10.

唇に残る熱が、まだ消えてくれない。
ほんの一瞬触れ合っただけなのに、胸の奥まで甘く痺れて、呼吸を整えることすら上手くできなくなっていた。

そっと目を開ければ、すぐ近くに総司様の顔がある。
長い睫毛の影も、少しだけ赤く染まった頬も、優しく細められたエメラルド色の瞳も、全部が大好きで仕方なくて、見つめるだけで胸がいっぱいになってしまう。
総司様は私を見下ろしたまま、小さく笑った。


「……なんか、照れるね」

『ふふ。総司様のお顔、赤いですもんね』

「君もね。まあ、セラ嬢は毎日のように顔赤くしてるけど」

『それはもう仕方のないことです。きっとこれから先も、変わらないかもしれません』


そう答えると、総司様は可笑しそうに肩を揺らした。

でも本当に、変わらないと思う。
出会った頃は、総司様と並んで歩ける未来なんて想像もできなかった。
ただ遠くから見つめるだけで幸せで、声を掛けられるだけで嬉しくて、名前を呼ばれるたびに心臓が跳ねて、どうしようもなく好きになっていった。

慣れる日はいずれ来ると思っていたのに、五年経った今でも私は総司様に触れられるたびに胸が熱くなるし、こうして見つめ合うだけでも幸せな気持ちになる。
この想いは前よりもっと大きくなって、好きだと思うたび、この感情が終わりなく膨らんでいくようだった。


「怖くなかった?」


総司様から不意に投げかけられたその問いに、私は瞬きをする。
きっと今の口づけのことを言っているんだろう。
でも私の脳裏に浮かんだのは、今日の薔薇庭園での出来事だった。

感情を閉ざしたような冷たい眼差し。
誰も寄せ付けないほど鋭くて、ぞっとするほど静かな怒り。
あの時だけは、いつもの優しい総司様とはまるで別人のように見えて、胸が締め付けられるほど苦しかった。

でも同時に、わかってしまった。
あの怒りは全部、私を護るためのものだったんだって。
そのことに気付いてしまえば、不思議なくらい恐怖は消えてしまった。
むしろ胸が痛くなるほど愛おしくて、総司様が一人で苦しまなくて済むように、私もこの人を護りたいと思った。
もう二度と、あんな孤独そうな瞳をさせたくない。
総司様が穏やかに笑っていられるように、私はずっと傍にいたい。


『総司様といて、怖いことは何一つないですよ。私は総司様のことを誰よりも信じていますから』


はっきりと伝えると、総司様の瞳が揺れた。
まるで予想していなかった言葉を聞いたみたいに、少し驚いたような顔をした後、ゆっくり微笑む。


「嬉しいよ、セラ嬢がそう思ってくれること」


私は自然と笑みを零しながら、そっと総司様の袖を握った。

今までは、本当に婚約できるのだろうかと不安になる夜もあった。
総司様はいずれもっと素敵な人に心を奪われてしまうのではないかとか、私では隣に立てないのではないかとか、そんなことばかり考えてしまっていた。

けれど今は違う。
こうして見つめてくださる瞳も、優しく名前を呼んでくださる声も、全部が真っ直ぐ私へ向けられているとわかるから、何も怖くなかったし、何一つ迷いもなかった。

総司様の隣にいられることが、ただ幸せで。
婚約できたことも、こうして想いを確かめ合えたことも、全部が夢みたいで、でも確かに現実で。
胸がいっぱいになった私は、堪えきれず口を開いた。


『総司様、大好きです。私、今が人生で一番幸せです』


すると総司様は目を瞬いてか少し照れたように笑って、私の頬にそっと触れた。


「そんなこと言われたら、これから先もっと幸せにしなきゃって思うんだけど」

『じゃあたくさん幸せになりましょう?二人で』

「うん、そうだね。好きだよ、セラ嬢」


総司様は柔らかく微笑むと、そっと顔を近づけてくる。
再び唇が重なるのかと思って、きゅっと目を閉じたけど。
こつんと額がぶつかって、目を開けば総司様が悪戯に笑ってる。


「びっくりした?」

『おでこでキス?』

「ははっ、違うよ。これは……そうだな、君を捕まえたってこと」


低く甘い声に、また胸が熱くなる。
総司様は私の髪を優しく撫でながら、少しだけ真面目な表情になった。


「だからこれから先も、ちゃんと僕の隣にいてね」


その声は穏やかなのに、どこか不安を隠しているようにも聞こえた。


『はい。私はずっと、総司様の隣にいます』


こんなにも誰かを想う日が来るなんて、昔の私はきっと想像もしていなかった。
総司様は私の髪を指先で梳きながら、穏やかな瞳でこちらを見つめている。
その優しい眼差しを受けるだけで、私の心はより満たされていくようだった。


『今日は色々なことがありました。嬉しいことも悲しいことも』


私はそっとポケットへ手を伸ばし、大切にしまっていたものを取り出した。
掌の上に乗った銀色のペンダントは、もう元の姿ではない。
細い鎖は途中で切れてしまっていて、飾りの部分も強く擦れたせいで欠けて傷だらけだった。

総司様はそれを見るなり、私の手の中にある壊れたペンダントへ触れる。
長い指先が傷ついた表面を労わるようになぞっていった。


「ごめんね」

『え?』

「僕がちゃんと護れてたら、壊れなかったかもしれないから」


夜風がそっと髪を撫でる。
私は壊れたペンダントを見下ろしながら、静かに首を横に振った。


『総司様は護ってくださいました。それにこのペンダントは傷ついてしまいましたけど、不思議と嫌じゃないんです。だって、今日のことがちゃんとここに残っているみたいだから。総司様がどれだけ私を大切に想ってくださっているのか、凄く伝わってきて嬉しかったです』


怖かったことも、悲しかったことも確かにあった。
でもそれ以上に、総司様が私を護ろうとしてくれたことが嬉しかった。
あんなに感情を露わにするほど、必死に私を想ってくださっていたことが。
だからこの傷を見るたび、きっと私は今日のことを思い出す。
そして同時に、総司様の温もりも思い出すのだと思う。


「……僕はさ。本当は、こういうものが壊れるの嫌だったんだよね」


私は瞬きをする。
すると総司様は少し困ったように笑った。


「縁起でもないこと考えちゃうから。もし君との繋がりまで壊れたらって」


総司様も、私と同じことを考えていた。
不安だったのは私だけじゃなかったのだと思ったら、どうしようもなく愛おしくなってしまう。


『総司様も、そんなふうに思ってくださっていたんですね。でも大丈夫です、私達の絆は切れないってわかりましたから』


そう答えると、総司様の瞳がひどく優しく細められる。
そして、私は静かに抱き寄せられていた。

鼓動が早くなるのを感じながら、私はそっと総司様の背へ腕を回した。
腕の中は驚くほど温かくて、私はそのぬくもりに包まれながら、これから先もずっと、この人を好きでい続けるのだろうと思っていた。

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