4.
それから僕は任務をこなしながら、少しずつ第一部隊へ人を引き入れていった。
ヴェルメルは近隣諸国の中でも、皇帝直属領へ従属する立場にある。
その分、裏では貴族同士の権力争いも絶えず、表沙汰に出来ない汚れ仕事も多かった。
そんな中で出会ったのが、三木三郎だった。
彼を捕えたのは、帝都近郊で起きていた違法薬物の横流し事件だ。
最初はただの運搬役かと思ったけど、調べてみれば三木自身が私腹を肥やしていたわけじゃない。
幼い妹と弟を人質に取られ、逆らえば二人を奴隷商へ売ると脅されていたらしい。
地下牢で事情を聞いた時、三木は悔しそうに奥歯を噛み締めながら吐き捨てた。
「笑いてぇなら笑えよ。オレだって好きでこんな真似したわけじゃねぇんだ」
その目を見て嘘じゃないと分かった。
結局、裏で糸を引いていた連中は僕が潰し、妹と弟はヴェルメル家が援助している孤児院へ保護されることになった。
相馬が以前助けた子供達も、今はそこにいる。
その話を伝えた時、三木はしばらく黙り込んでいたものの、「あんたに拾われた恩は、一生忘れねぇ」と深く頭を下げ、それ以来第一部隊へ加わった。
次に引き入れたのは、武田観柳斎。
元は他国軍の軍学顧問で、戦術理論や兵站、政治学にまで精通していた男だ。
ただ頭が切れ過ぎたせいで貴族達の政争に巻き込まれ、ある侯爵家の不正を暴こうとした結果、逆に反逆罪を着せられていた。
処刑直前で彼を止めた時、武田は牢の中だというのに、妙に余裕ぶって笑っていた。
「ほう……まさかこの私を助けるとはな。面白い若者だ」
正直、最初は高圧的な男だと思った。
でも彼のような人間は使い方次第で強い。
権力に媚びるだけの男ではないとわかったからこそ、僕は彼を第一部隊へ迎えた。
最後は、伊吹龍之介。
彼に関しては、本当に何となくだった。
借金取りに追い回されながら、「待ってくれって!今はマジで金ねぇんだよ!」と情けない声を上げていた姿が、あまりにも間抜けだったからだ。
結局、放っておくのも後味が悪くて、借金を肩代わりしてそのまま連れて帰った。
最初は怯えていたくせに、気付けば普通に第一部隊へ馴染んでいる。
雑用を押し付けると文句を言いながらもきちんとやるし、使い走り程度には十分役に立った。
そして半年後。
帝国側の密偵組織を潰す大規模任務を終えた夜、僕達は五人で打ち上げをしていた。
「ふん、今回の任務は骨が折れたな」
武田がグラスを揺らしながら笑えば、龍之介がぐったりと机へ突っ伏す。
「折れたどころじゃねぇよ……。俺、絶対今回死ぬと思った……」
「龍之介さんは後半ほとんど荷物運びでしたけどね」
相馬がさらりと言うと、龍之介が勢いよく顔を上げた。
「いやいやいや!俺めちゃくちゃ頑張ってただろ!?なんで毎回雑用扱いなんだよ!」
「実際、雑用だろ」
三木が呆れたようにそう呟き、騒がしいやり取りに僕は思わず笑った。
「まあ、とりあえずお疲れ様。今回の任務、正直ここまで上手くいくとは思ってなかったんだ。でも僕が見込んだ通り、君達の腕はなかなか良かったよ」
相馬が嬉しそうに目を細め、三木は気まずそうに視線を逸らしながら、「急に褒めんなよ」と小さく呟く。
武田だけは余裕ありげに笑っていた。
「ほう、随分と買ってくれるではないか」
「実際助かったよ。武田の戦術がなかったら、敵の包囲を抜けるのはもっと厄介だったしね」
「違いない。あの包囲を抜けるのは容易ではなかっただろう」
扇を揺らしながら満足そうに笑う武田の横で、僕は相馬へ視線を向ける。
「相馬も良かったんじゃない?後衛を崩された時、君がすぐ立て直してくれたから助かったよ」
「ありがとうございます。でも、隊長の方がよほど無茶してました。あの人数を一人で抑えるなんて、普通じゃありません」
「同感だな。あんた敵に回ったら絶対最悪だろ。あの細剣で平然と斬り込んでくるし」
「怖ぇんだよなぁ、隊長の戦い方。笑いながら敵を追い詰めるのやめてくれって。見てるこっちまで怖くなっちまうだろ」
「酷くない?」
三木と龍之介の言葉を聞いて苦笑すると、三木が鼻を鳴らした。
「いや事実だろ。あんた戦場だと時々目が笑ってねぇし」
「でも、だからこそ安心出来るんですよ。隊長が前にいると、負ける気がしません」
相馬の言葉に、武田は面白そうに目を細め、三木は豪快に酒を煽る。
龍之介だけは「うわ、なんか今ちょっと格好良かったな……」と意味がわからないことを呟いていた。
半年前まで、誰かと他愛のない話をして笑う未来なんて考えたこともなかった。
騎士団は常にどこか殺伐としていて、誰かを信用する場所じゃないと思っていたから。
でも今は違う。
背中を預けてもいいと思える人間が、少しずつ増えていた。
「まあ、これからも頼りにしてるから」
「はい。必ず隊長のお役に立ってみせます」
「今さら逃げる気なんかねぇよ」
「ここまで来た以上、最後まで付き合ってやろう」
「ま、俺がいるから安心してくれってことだな!」
「君はまず雑用以外も出来るようになってから言おうね」
「またそれぇ!?」
店内に笑い声が響く。
その騒がしさが、不思議と嫌じゃなかった。
勿論、僕がこうして外部の人間を第一部隊へ引き入れることを、快く思っていない者もいた。
特に団長であるクラウス兄上は露骨だった。
新しい人員を連れてくる度、兄上は氷みたいに冷えた目で彼らを見下ろし、まるで不要な異物でも見るように眉を顰める。
「騎士団は慈善事業の場ではないぞ」なんて言葉を向けられたのも、一度や二度じゃない。
元犯罪者だった三木は論外、得体の知れない武田も警戒されていたし、龍之介に至っては「何故こんなものを拾ってきた」と本気で呆れられていた。
でも父上は違った。
あの人は、過程より結果を見る。
僕がどんな人間を使おうと、どんな手段を取ろうと、第一部隊が成果を出している限り、余計な口を挟むことはなかった。
そして実際、彼ら四人が加わってから第一部隊の働きは目に見えて変わった。
相馬は冷静に周囲を見ながら動けるし、三木は荒事になれば誰より前へ出る。
武田の戦術眼は厄介な任務ほど力を発揮したし、龍之介ですら文句を言いながら雑務を完璧に片付けるせいで、気付けば皆に便利に使われている。
いつの間にか第一部隊は、以前より遥かに動きやすい場所になっていた。
それからさらに月日が流れ、ヴェルメルへ厳しい冬が訪れようとしていた。
窓の外には灰色の空が広がり、今にも雪が落ちてきそうな冷たい風が硝子窓を鳴らしている。
僕は執務室で、明日からの遠征準備を進めていた。
行き先は勿論、アストリア。
必要書類を纏め、剣帯を確認しながら外套へ手を伸ばしたところで、不意に扉が開いた。
「隊長、失礼します」
最初に入ってきたのは相馬だった。
そしてその後ろからは三木、武田、龍之介まで当然みたいな顔で続いてくる。
「君達揃ってどうしたの?」
首を傾げながらそう聞けば、龍之介がさっそく机へ身を乗り出した。
「いやだって、隊長が珍しく長期で出るって聞いたからさ。しかも行き先は東部のアストリアだろ?任務じゃないってことは、絶対なんかあるんじゃないかって思ったんだよ」
「で、何しに行くんだ?」
三木も腕を組みながら低く聞いてくる。
武田だけは最初から何か察しているみたいに、意味深な笑みを浮かべていた。
「一体何を隠している?詳しく聞かせてもらおうか」
「別に。ただの私用だよ」
そう返して書類へ視線を戻そうとしたけど、ふと相馬を見れば、何故か口元を押さえながら妙に嬉しそうにしている。
その反応を見た途端、三木が怪訝そうに眉を寄せた。
「おい、相馬。お前、なんか知ってんのか?」
「まあ……少しは」
隠す気があるのかないのか分からない返事だった。
それを聞いて、龍之介が更に勢いよく身を乗り出してくる。
「何だよそれ!隊長、俺も連れてってくれって!アストリアなんて滅多に行けねぇし、どうせなら観光もしたい!」
「何しに行くと思ってるのさ」
呆れて返せば、龍之介は一瞬だけ詰まったあと、「……護衛?」と苦し紛れみたいに言い直した。
「お前、自分でも今適当に言っただろ」
三木が冷めた声で突っ込む。
そのまま腕を組みながら、探るみたいな視線を僕へ向けた。
「つーか、いい加減教えてくれよ。隠されると逆に気になるだろうが」
「一体何を企んでいる?詳しく詮議させてもらうぞ」
三人に好き放題言われ、僕は小さく息を吐く。
別に隠していたわけじゃない。
ただ、わざわざ話すようなことでもないと思っていただけだ。
でもここまで騒がれると、誤魔化すのも面倒だった。
「ただ婚約者に会いに行くだけだよ」
さらりと口にしてみると、部屋の空気が一瞬止まる。
そしてすぐに龍之介が机を叩かんばかりの勢いで叫んだ。
「婚約者ぁ!?」
「やはりな」
武田がそう言うと、相馬だけがどこか楽しそうに笑っている。
一方、三木は呆気に取られた顔のまま僕を見つめ、それからじわじわ口元を歪めた。
「へえ……隊長、女に興味ないふりして、ちゃっかりいたんじゃねぇか」
「何なの、その言い方」
「いや実際そうだろ。あんた、今までそういう話一回もしなかったじゃねぇか」
「え、どんな人なんだ!?可愛いのか!?」
龍之介のストレートな質問に苦笑いしていると、武田がふっと意味深に笑った。
「アストリアのご息女か。噂程度には耳にしているぞ」
その言葉に、僕は思わず目を瞬かせる。
すると今度は相馬まで意外そうに武田を見た。
「武田さんはご存知なんですか?」
「会ったことはないが、才色兼備で知られている娘だろう。各国の貴族どもが狙っているという話だ」
「へぇ……」
龍之介が素直に感嘆の声を漏らす。
三木も小さく口笛を吹いた。
「そんなご令嬢を射止めるとか、隊長すげぇな」
「ええ。さすがです」
相馬まで真面目に頷くものだから、何だか妙に居心地が悪い。
「やめてくれる?別に狙って射止めたとかじゃないから。それにこのことはまだ公にしてないから、他言無用だよ」
そう告げると、騒いでいた三人の顔が少しだけ引き締まる。
龍之介ですら、珍しく真面目な顔で頷いた。
「お、おう。そこは分かってるって」
「当然です」
「オレらだって、そこまで馬鹿じゃねぇよ」
武田だけは相変わらず楽しそうだった。
「安心しろ。その程度のこと、わざわざ吹聴はせん」
「一番信用ならないんですけど」
「ふん、酷い言われようだな」
そんなやり取りに部屋の空気が和らぎ、このどうでもいい会話さえ少し心地良かった。
半年ぶりにセラ嬢に会える。
そう思うだけで、冬の冷たい空気さえ、どこか柔らかく感じられた。
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