5.

ヴェルメルで冬が始まる前に、僕は再びアストリアの地へ降り立った。
こうしてこの国を訪れるのも、もう六度目になるけど、足を下ろした瞬間に胸の奥へ広がる感覚は、初めてここへ来た時と少しも変わらない。
冷えた空気の中に混じる甘い花の香りも、遠くから聞こえる噴水の音も、今ではすっかり懐かしいものになっていた。

そして何より、僕は知っている。
この門を抜ければ、必ず彼女が待っていてくれることを。

視線を上げた先で、淡いクリーム色の外套を羽織ったセラ嬢が、こちらへ駆け寄るように歩いてくる。
白い息を零しながら僕を見つめるその顔は、冬の光の中で愛らしく輝いて、見た途端に自然と口元が緩んでしまった。


『総司様、アストリアへようこそ』


そう言って微笑む彼女は、本当に嬉しそうで、まるで僕が来ることをずっと待っていてくれたみたいだった。


「ただいま」


冗談半分でそう返すと、セラ嬢は少しだけ目を丸くして、それからくすくすと笑う。


『ふふ、アストリアが総司様のお家みたい』

「でも、セラ嬢がいるなら似たようなものでしょ」


そう言えば、彼女はすぐに頬を薄く染めて視線を逸らしてしまう。
本当にこういう仕草一つ一つが可愛い。
誰かの反応ひとつで心が温かくなることなんてなかったはずなのに、今では彼女が笑うだけで胸の奥が静かに満たされていくようだった。


昼食はいつものように賑やかだった。
近藤公爵は豪快に笑いながら旅路の話を聞きたがるし、ユフィ夫人もにこやかに紅茶を勧めてくれる。
その向かい側でセラ嬢は時折僕を見ながら嬉しそうに微笑んでいて、そんな些細な仕草にさえ僕の視線はどうしても引き寄せられてしまっていた。

そして食事を終える頃には、これももう恒例になっているように、僕とセラ嬢は二人きりで庭園へ出る。
春のような華やかさはなく、花々もほとんど眠りについているけど、その代わりに空気は澄み切っていて、木々の枝が陽光を反射している。
吐く息は白く、彼女の白い頬も鼻の頭も少しピンク色に染まっていた。


「寒くない?」


隣を歩きながらそう聞くと、セラ嬢は外套の襟元へ指先を寄せ、小さく笑う。


『少しだけ。でも、総司様と一緒だから平気です』


はにかむ顔に笑顔を返し、そのまま庭園の奥へ歩いていった。
やがて辿り着いたのは、幼い頃に彼女に隠れてもらった低木に隠された場所。
春には一面にシロツメクサが咲くその場所も、今は足元に葉があるだけだ。
セラ嬢は少し残念そうに辺りを見渡し、それから困ったように笑った。


『冬だから、何もありませんね』

「そうだね。花冠は作れそうにないかな」

『残念です。少し楽しみにしていたのに』


しゅんと眉を下げるその顔が愛らしくて、僕は思わず笑ってしまった。
そして少し考えたあと、近くへ落ちていた細い枝を拾い上げる。
柔らかな蔓と、小枝、それから常緑樹の葉を集めながら指先を動かしていくと、セラ嬢は不思議そうにこちらを覗き込んできた。


『総司様、何をしているのですか?』

「内緒だよ。少し待ってて」


細い蔓を器用に編み込み、小枝を留める。
途中で赤い木の実を見つけたから、それも控えめに添えてみた。
昔からこういう細かい作業は嫌いじゃない。
やがて形が整うと、僕はそれを彼女へ差し出した。


「はい、出来た」


それは花冠の代わりに作った、小さな冬の腕輪だった。
深い緑の葉に、赤い木の実が静かに映えている。
華やかではないけど、この冬の景色にはよく似合う気がした。
セラ嬢は目を丸くしながら、それをそっと受け取ってくれる。


『わあ、すごい。総司様はなんでも作れてしまうのですね』

「花冠のかわりに、冬仕様のブレスレットだよ」

『ふふ、とっても可愛い』


その声は、本当に嬉しそうだった。

冬の冷えた空気の中で、セラ嬢は僕が作った腕輪を壊れ物でも扱うみたいに両手で包み込み、それからそっと細い手首へ通していく。
深い緑の葉と赤い木の実は、白い肌の上で静かに色づき、まるで最初から彼女のために存在していた飾りみたいによく似合っていた。


『ありがとうございます、総司様。とても嬉しいです。宝物にしますね』


セラ嬢が笑うたびに、もっとその顔が見たいと思ってしまうし、少し甘えるような声音で名前を呼ばれるたびに、自分でも呆れるくらい胸が熱くなる。
多分僕はもう、セラ嬢がいない世界ではこの心を満たせない。
彼女が僕に向ける優しさや愛情を知ってしまった以上、もう彼女を知らなかった頃には戻れなかった。

そして同時に、少し怖くもなる。
ここまで誰かを大事に思ってしまったら、きっともう、失うことには耐えられないから。
愛らしい微笑みを見つめながらそんなことを考えていると、不意に思い出したように鞄の存在が頭を過った。


「あ、そうだ」

『どうかしましたか?』

「毎年持って行き忘れてて、ようやく今回持ってこれたんだけどさ」


そう言いながら布袋を開くと、セラ嬢は不思議そうに小首を傾げながらこちらを見ていた。
袋の中から取り出したのは、一冊の古い絵本だった。
何度も読み返したせいで角は少し擦れていて、表紙も新品みたいに綺麗ではない。
だけど僕にとっては昔からずっと特別な本だった。


「覚えてる?月の王女さま。今度君に持って行くって話してたよね」

『あ……総司様が私に似てるって仰ってくださった?』

「そう。この子、似てるでしょ?」


表紙にはミルクティーブランドの髪を揺らしながら月明かりの中で微笑む少女が描かれている。
でもただ髪色や瞳の色が同じだからという単純な理由じゃない。
初めてセラ嬢の優しさや笑顔に触れた時、僕はどうしてか真っ先にこの絵本を思い出した。

柔らかな雰囲気も、誰かを安心させるみたいな笑い方も、触れれば消えてしまいそうなくらい優しい空気も、全部。
セラ嬢は表紙をそっと撫でながら、照れた様子で僕を見上げた。


『ふふ。可愛い女の子、総司様に似てるって言っていただけて嬉しいです』

「表紙もそうだけど、中の挿絵なんか本当にそっくりだよ。笑った顔とか、特に」

『ええ?そうなのですか?中も読んでみてもいいですか?』

「もちろん」


彼女は嬉しそうに絵本を開き、丁寧に頁をめくっていく。
陽の光の下で本を抱える姿は不思議なくらいその世界観に溶け込んでいて、本当に物語の中から抜け出してきた王女さまみたいだった。

そして子供の頃、この本が大好きだったことを思い出す。
眠る前には必ず開いて、擦り切れるくらい何度も読んでいたし、王女さまが月夜の中で誰かに優しく微笑む場面を飽きることなく眺めていた。


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