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総司様の件があってからというもの、はじめは騎士団での鍛錬の合間を縫っては私のところへ顔を出すようになった。
本当なら数日前には自国へ戻る予定だったはずなのに、帰国を一週間延ばし、その間は騎士団で稽古をつけてもらうのだと言う。
もちろん、それ自体は悪いことではないし、はじめが真面目に鍛錬に励んでいるのも分かってる。
でもそんな日々が三日過ぎた頃には、私は一人になるたび小さくため息をつくようになっていた。
総司様と二人で過ごせる時間が思うように取れないことが、思っていた以上に淋しかったのだと思う。
それに、おそらく総司様も同じだった。
表面上はいつも通り穏やかに微笑んでいるけど、はじめが現れるたびに空気が張り詰めるのを感じてしまう。
そして、その日の昼食の時間も、そんな空気が漂っていた。
『わあ、おいしそう。いただきます』
公爵邸のテラスには三人分の昼食が並べられ、丸いテーブルを囲むように私と総司様、そしてはじめが腰掛けている。
目の前の二人は妙に静かで、どこかよそよそしかった。
何だか私だけが落ち着かない気持ちになってしまい、話題を探すように総司様へ視線を向けた。
『午前中の騎士団の稽古はいかがでしたか?』
そう尋ねると、総司様は私を見るなりふっと表情を和らげた。
さっきまでの不機嫌そうな空気が嘘みたいに消えて、柔らかい声で答えてくれる。
「今日は一対一の実践訓練をしたんだ。色々な人の剣技を見ることで臨機応変に戦えるようになるらしいし、ためになったかな」
『それは良かったです。総司様はお強いですから、勝率も良かったのではないですか?』
「まだまだ強くならないといけないけどね。でも、今日の訓練では負けることは殆どなかったよ」
『わあ、すごいです。私も今度見学させていただきたいな』
「もちろん。セラ嬢が応援してくれるなら百戦錬磨かもね」
思わず笑うと、総司様も楽しそうに目を細めた。
良かった、これなら三人で楽しくお話し出来るかも。
『はじめも参加したんでしょう?どうだった?』
今度ははじめに話を振ると、彼は頷きながら答える。
「ああ。普段剣を交えない相手と戦うことで、自分では気付かなかった癖も見えてくる。参考になることが多かったな」
「はじめ君は僕よりずっと勝率低いもんね。たくさんある悪い癖、早く直せるといいね」
……あれ?
総司様、今のはもしかして意地悪……ですか?
総司様からわざわざ相手を挑発するような言い方をするなんて珍しい。
はじめも同じことを思ったのだろう。
紅茶のカップを持つ手を止めると、冷たい視線を総司様へ向けた。
「ああ、そうだな。だがあんたの場合は、まず自分の悪いところに気付くことから始めたらどうだ?」
「へえ。例えば?」
「あんたの剣は少し勢いに任せるところがある。無論、それだけの技量と速度があるから成立しているのだろうが、相手がそれを凌いだ場合や長期戦になった場合は負担が大きい。体力の消耗も少なくはないはずだ」
はじめは純粋に剣士として感じたことを述べているだけのように聞こえた。
それに剣術の話になると、はじめはいつもこうだ。
相手が誰であろうと関係なく、良いところも悪いところも真面目に分析する。
けれど総司様は、そんなはじめをじっと見つめたあと、うっすらと目を細めた。
「僕は毎日誰よりも鍛錬しているつもりだし、体力にもそれなりに自信はあるよ。それに僕の剣は、長く打ち合うためのものじゃない。相手に流れを渡さず、一瞬で勝負を決めるための剣だからね。耐久戦を前提に動く必要がないだけだよ」
「だからあんたは急所ばかりを狙って打ち込んでくるのか。不可解に思っていたが、ようやく納得がいった。実践では確かに合理的かもしれないな」
「そう思ってもらえたなら良かったけどね」
「だが訓練でまでそれを徹底していては、本来見つけるべき課題や穴を見落とすことになりかねない。勝つことだけを目的にしていては得られないものもある」
総司様の眉が苛立たしげに寄せられて、私は落ち着かない気持ちでサンドイッチを一口齧った。
「でも僕は訓練のための訓練なんて好きじゃないんだよね。だって実戦で使わない動きを覚えても意味がないでしょ。僕はいつだって本番を想定して剣を振ってるから、癖もそのままだし手も抜かない。相手を倒すために、最も効率の良い動きを選んでいるだけだよ。実際、それで結果は出てるよね」
「結果が出ていることと、改善の余地がないことは別だ。強い者ほど、自分を疑うことをやめない。今のやり方で勝てているとしても、常に模索していくことが大事だ」
「改善したつもりが弱くなることだってあるよ。剣なんて理論理屈で勝てるものじゃないしね。どれだけ綺麗な言葉を並べても、最後に立っている方が勝者だ。僕は今の戦い方が自分に一番合ってると思ってるし、今のままで構わないかな」
総司様がはっきりと言い返すと、今度ははじめの眉が僅かに顰められた。
「あんたは成長しないままで満足できるのだな、残念だ」
『…………』
喋り方はお互い穏やかなのに、二人の間に見えない剣が何本も飛び交っているような気がする。
私は口を挟める雰囲気ではなくて、おそるおそるサラダを口に運んだ。
「随分な言い方だね。成長してないって誰が決めたの?」
「少なくとも、あんたは自分の欠点から目を背けているように見える。実践、あんたは攻めに比べて守りが雑だ」
「……雑?」
総司様が薄く笑う。
その顔は笑顔のままなのに、空気が更に冷えた気がした。
「ああ。攻撃に意識を割き過ぎている。だから受けに回った時の選択肢が少ない。今日も何度かそういう場面を見たな」
「僕は毎日自分の剣を見直してるし、自分の弱さも知ってるつもりだよ。守りが得意じゃないこともね」
「なら何故改善しない」
「改善はしてるよ。ただ、はじめ君とはやり方が違うんだってば」
「どう違うというのだ」
「僕は守りを平均以上まで引き上げたいわけじゃないんだ。守りが弱いなら、それを補えるくらい攻めを強くすればいいだけじゃない」
「それは根本的な解決ではない」
「そうかな、僕はそう思わないけど」
「穴を放置したまま強くなろうとするのは危険だ。どれだけ優れた長所があっても、欠点を放置したままではいずれ限界が来る」
「穴を埋めることばかりに必死になって、自分の武器を磨けなくなる方が僕は嫌だな。それに実際、今日の結果を見る限り、今のところ僕のやり方は間違ってないみたいだけど。はじめ君こそ、間違った頑張り方をしてるから僕より勝率悪いんじゃない?」
『…………』
殺伐とした雰囲気の中、何も喋らず一生懸命口を動かしていたからか、気付けば私はお昼ご飯を全て食べ終わってしまっていた。
時計を見れば、もうすぐ午後のレッスンの時間。
あまり二人と話せなかったことを残念に思っていたけど、二人の視界に私は全く入っていないようだった。
「あんたは本当に人の意見を聞こうとしないな」
「聞いてるよ」
「聞いていない」
「聞いてるってば。聞いた上で納得してないだけ」
「それを聞いていないと言うのだ」
『あ、あの……』
思わず声を挟むと、ようやく二人が私の方を見てくれた。
『私、今日はそろそろ城内に戻りますね』
「え、もう行っちゃうの?」
『はい。レッスンの前にもう一度ヴァイオリンの練習しておきたいんです』
「だが昼はきちんと食べるべきだと思うが」
はじめの言葉に、私は首を傾げた。
『私は全部食べたよ?お二人こそちゃんと食べてね?』
そう言うと、二人は揃って自分達の前に視線を落とした。
そしてそこで初めて気付いたらしい、二人の昼食はほとんど手つかずのまま残っていた。
しばらく続いていた議論に夢中になり過ぎていたのだろう。
総司様もはじめも、少しだけ気まずそうな顔をしている。
その様子に思わず笑いそうになったけど、私は立ち上がり微笑んだ。
『では、お先に失礼します。お二人はゆっくり召し上がってください』
「うん。レッスン頑張ってね」
「ああ、気を付けて行け」
『はい』
二人に小さく頭を下げ、私はテラスを後にした。
背後ではまた二人の声が聞こえ始める。
振り返ることはしなかったけど、きっとまた剣術の話の続きをしているのだろう。
総司様とはじめが以前よりも刺々しくなっているように見えるのは、私の気のせいなのかな……。
そんなことを考えながら歩きつつ、私は小さく息を吐いた。
次はもう少しだけ、総司様とゆっくりお話できたらいい。
そんなささやかな願いを胸に抱きながら、私は城内へと戻っていった。
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