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お母様の葬儀が執り行われたのは、それから三日後のことだった。
王都の中央に建つ大聖堂の大礼拝堂には、色鮮やかなステンドグラスが床に淡い光の模様を落としている。
その神聖な空間には、お母様を慕っていた多くの方々が訪れていて、誰もが深い悲しみを胸に抱えながら、棺の前で静かに頭を垂れていた。
私も黒い喪服のドレスに身を包み、お父様の隣に立っていた。

まだ身体は本調子ではない。
食事もほとんど喉を通らず、夜になってもなかなか眠ることができないまま朝を迎える日が続いていて、鏡を見るたびに自分でも驚くほど顔色が悪くなっていることが分かる。
それでも今日だけは倒れるわけにはいかなかった。
お母様を見送る日なのだから、最後まできちんと立っていなければならないと、自分自身に言い聞かせていた。

けれど、その身体はまだ現実についていけていないようで、立っているだけでもひどく疲れてしまう。
数日前から何度も涙を流し続けたせいか、目の奥は重く、胸の痛みも少しも薄れてくれなかった。

大好きだったお母様を失ってしまった悲しみ。
そして、もう二度と会えないかもしれない総司様を失ってしまった悲しみ。
どちらか一つだけでも耐え難いはずなのに、その二つが同時に胸へ押し寄せてきて、心の中には大きな穴が空いてしまったようだった。

朝になっても何も変わらない。
窓の外では鳥が鳴き、人々はいつも通りに暮らしているのに、私だけが取り残されてしまったようで、何を見ても、何を聞いても、最後には悲しみへと辿り着いてしまう。

夜はもっと辛かった。
目を閉じればお母様の笑顔が浮かぶ。
総司様の優しい声が聞こえる。
だから眠れない。
ようやく眠れたとしても、朝になればまた現実を思い出してしまうから、そのことが怖くて眠ることさえ苦痛になっていた。

それでも、いつまでも悲しみに沈んでいてはいけないことくらいは分かっている。
私はこれからも生きていかなければならない。
お父様も城の方々も親しくしてくださってる方々も、皆が私を心配してくれている。
これ以上、周りの人達に心配をかけたくなかった。

だから今日は泣かないようにしようと決めていた。
ちゃんとお母様をお見送りしよう。
お母様が愛してくださった娘として最後まで立っていよう。
そう思いながら、私は何度も涙を飲み込んでいた。

そうして葬儀は静かに進み、やがて参列者がお花を棺へ添える時間が訪れた。
お母様はお花が大好きだった。
幼い頃から庭を一緒に歩きながら、これは薔薇、これはデルフィニウム、これはカンパニュラなのよと優しく教えてくださったことを覚えている。
花の名前だけではなく、その花が咲く季節や意味まで楽しそうに語るお母様の横顔が私は大好きだった。

だから今日だけは、お母様のために一番好きだった花を持ってこようと思った。
私の腕の中には、白いカーネーションの花束がある。
お母様が愛していた花の一つだった。
その花をお母様のお顔のそばへ置いて差し上げたかった。

けれど棺の蓋は最後まで開けられることなく、参列者の方々が順番に花を添えていく。
私は腕の中の白いカーネーションを見つめながら、小さく首を傾げていた。
以前、お祖母様の葬儀の時には、最後に棺の蓋を開けていただいて、お顔を見せていただいたはずだった。
それなのに、どうして今日は誰もそのことを口にしないんだろう。

祭壇の前には騎士の皆さんが立ち、お父様も静かに棺を見つめている。
その表情は皆どこか硬く、悲しみだけではない重苦しいものを抱えているように見えたけど、その時の私は自分が泣いてしまわないようにすることだけで精一杯だったから、その理由までは思い至ることはできなかった。

ただ、お母様にお花を届けたい。
最後にもう一度だけ、お顔が見たい。
そんな想いのまま、私は花束を抱え直しながらぽつりと口を開く。


『こちらのお花、お母様のおそばに添えたいのです。棺の蓋を開けていただいてもよろしいですか?』


私にとってはごく自然な願いだった。
けれどその言葉を聞いたお父様の表情が目に見えて強張り、山南さんの瞳が揺れ、山崎さんも苦しそうに視線を伏せる。
まるで誰もが、その一言を恐れていたかのようだった。

どうしてそんな顔をするんだろう。
私はただ、お母様に会いたいだけなのに。
戸惑いながら皆の顔を見回していると、山南さんが静かに歩み寄り、いつもと変わらない穏やかな声で言った。


「申し訳ありません。今日の葬儀では棺の蓋は開けない予定です」

『え……?ですが、最後にお母様のお顔が見たいのです』


あの優しい笑顔が大好きだった。
幼い頃から何度も私を抱き締めてくれた人。
熱を出した夜には眠るまで手を握ってくれた人。
悲しいことがあれば一緒に涙を流してくれた人。
嬉しいことがあれば、自分のことのように喜んでくれた人。

もう返事をしてくださらなくてもいい。
もう目を開けてくださらなくてもいい。
それでも最後に一度だけ、そのお顔を見ながらありがとうを伝えたかった。
今まで育ててくださってありがとう。
沢山愛してくださってありがとう。
私はお母様の娘で幸せでしたと、ちゃんと伝えたかった。

けれど、お父様は何も言わないまま苦しそうに顔を歪めると、そっと私の肩へ手を置いた。
その手の温もりは温かいのに、不思議と胸がざわつく。
お父様は何かを堪えるように目を伏せ、それから低く掠れた声で告げた。


「……開けない方が良いのだ」


その一言で、私は気付いてしまった。
今まで考えないようにしていたこと、心の奥底へ押し込めていたこと。

お母様は病気で亡くなったわけではないし、事故でもない。
悪意ある人達に殺されたのだ。

私はずっと、お母様がいなくなってしまったことばかりを悲しんでいた。
もう会えないことばかりを考えていた。
だから、お母様がどのような最期を迎えたのかについては考えないようにしていた。
考えてしまったら耐えられないと思ったから。

けれど、お父様の言葉を聞いて、その現実が容赦なく胸に流れ込んでくる。
棺を開けられない理由や、誰も私に説明しなかった理由。
皆がこんなにも辛そうな顔をしている理由。
お母様はきっと、この棺を開けることができないほど傷付けられてしまったんだ。

その事実を理解してしまえば、息が上手く吸えなくなった。
胸の奥が締め付けられ、冷たい手で心臓を握り潰されるような苦しさが広がっていく。

お母様は怖かっただろうか。
苦しかっただろうか。
私が知っているお母様は、いつだって優しくて、穏やかで、人を傷付けることなどできない人だった。

そんなお母様が、どれほどの恐怖の中で最期を迎えたのだろう。
どれほど助けを求めたのだろう。
どれほど帰りたいと思ったのだろう。
そこまで考えた瞬間、今まで必死に堪えていた涙が一気に溢れ出した。


『……ううっ……お母さまっ……』


声にならない嗚咽が喉から漏れる。
視界が滲み、祭壇も、人々の姿も、何も見えなくなっていく。
ただ目の前にある棺だけが見えた。
その中にお母様がいるのに、私はもうお母様のお顔を見ることさえ許されない。
最後に触れることもできない。
その残酷な現実が胸を引き裂いていくようだった。


『やだ……いやぁ……お母さま……っ』


胸の奥から溢れてくる悲しみはもう自分では抑えられなくて、私は花束を抱き締めたまま泣き崩れる。

どうして、どうして。
どうしてお母様だったの?
どうしてお母様が傷付けられないといけなかったの?


『お母さまぁ……お母さまぁ……!』


どれほど呼んでも、お母様は返事をしてくださらない。
どれほど手を伸ばしても、その手は届かない。
それなのに私は諦めることができなくて、まるで幼い子供が母親を探すように何度も何度もお母様の名を呼び続けながら、棺へ縋りつくように白いカーネーションを抱き締めていた。

あまりにも恋しくて、あまりにも会いたくて、あまりにも大好きだったからこそ、その喪失は私の想像を遥かに超える痛みとなって心を蝕んでいく。
礼拝堂に響く自分の泣き声を聞きながら、私は初めて、お母様が本当にこの世界からいなくなってしまったのだという残酷な現実を受け止めるしかなかった。


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