5

女の子が近づいてきたのは、武田が店の者と耳打ちを交わした、少し後のことだった。
燭台の灯りが柔らかく揺れる廊下を、彼女は僕の前に立って歩いた。
振り返るたびに笑みを向けてくる様子は、どこか嬉しそうにも見える。
目が大きくて、どちらかと言うと可愛らしい顔立ちをしていた。


「こちらへどうぞ」


細い指が僕の手を取り、扉を開ける。
部屋の中は薄暗く、寝台の上に白い布が整えられていた。
窓の外には夜の街の灯りが遠く滲んでいる。

こういう場所もこういう展開も初めてだった。
それでも不思議と緊張はなかった。
心臓が騒ぐこともなく、足が竦むこともなく、ただどこか遠い場所から自分を眺めているような感覚だけがあった。

セラ嬢との関係が切れてしまった今、罪悪感を覚える理由はない。
胸が弾む理由も、特にない。
ただ、こうやって少しずつ僕も知らない世界を知って、大人になっていくのだろうか。
三木も龍之介も武田も、きっとそうやって今の自分になったのだろう。
そう考えると、この夜のことが妙に他人事のような気がした。

彼女に促されるまま寝台に腰を下ろすと、柔らかな重みが隣に添う。
白い肩が灯りを受けて、ほんのり光って見えた。
やがて彼女は、細い腕を僕の首へと回してきた。
甘くて淡くて、少し息が詰まるような香水の香りがする。
当たり前のように唇が近づいてくると、その距離が数寸というところで、気がついたら顔を背けていた。


「……え?キス、だめ?」


彼女が小首を傾げる。
責めているのではなく、純粋に不思議そうな顔だった。


「だめかな」

「苦手なの?」

「まあ、そんなとこ」


我ながら、理屈になっていないと思った。
苦手なわけじゃない。
ただ、それだけはどうしてもできなかった。
なんとなく、セラ嬢と唇を重ねた時のことを思い出してしまったから。

彼女は少し考えるように間を置いてから、静かに頷いた。
そして今度は、唇の代わりに白い指先が僕の頬へ触れてくる。
そしてそれはそのまま、するりと衿元に移った。

彼女は微笑みながら僕の胸に寄り添い、ゆっくりと上着のボタンを一つずつ外していった。
指先が肌に触れるたび、熱い疼きが下腹部に集まっていく。
彼女は自分の薄い衣装の紐を解き、肩から滑り落とした。
白く滑らかな肩、形の良い胸の膨らみ、くびれた腰、そして柔らかな太ももが露わになる。
僕は彼女を引き寄せ、唇を首筋に這わせた。

大公家での暮らしの中で、そういった事柄については一通り教わっていた。
若い貴族の嗜みとして、あるいは社交の作法の延長として、年長の従者が淡々と、まるで剣術の型を教えるように語り聞かせた知識だった。
知識として知っていることと、実際に行うことは別物だろうと漠然と思っていたけど、こういうことも経験するうちに慣れていくのかもしれない。
甘い肌の味が舌に広がると、彼女は小さく身を震わせ、僕の髪に指を絡めてきた。


「ん……、気持ちいい」


彼女の吐息が耳にかかる。
僕は彼女の胸を両手で包み込み、親指で乳首を優しく転がした。
先端の蕾が硬く尖っていくのを掌で感じながら、口に含んで舌で愛撫する。
彼女の喘ぎが甘く高くなり、背中を反らした。

僕の手はさらに下に滑り、彼女の秘部に触れた。
すでに熱く湿り気を帯びた花弁を指先で優しく撫で分け、蜜をすくい上げるように中に沈める。
彼女の内壁が指を締めつけ、くちゅくちゅと淫らな音を立てた。

男としての欲情は確かに高まっていた。
僕の下半身は熱く硬くなり、彼女の太ももに当たって脈打つ。
彼女はそれを察して細い手で僕のものを握り、ゆっくりと上下に扱き始めた。

柔らかな掌の感触が心地よい。
でも彼女をベッドに押し倒し、仰向けに覆い被さった瞬間から、胸の奥に奇妙な違和感が広がり始めた。


「あなたみたいな素敵な人のお相手ができて、私嬉しい」

「それはどうも」

「また私に会いに来てほしいな」


彼女の潤んだ瞳、甘えた表情、僕を見つめる視線……それらがなぜか興奮を削いでいく。
その感情に気付かないふりをしながら腰を沈め、彼女の熱い内部に自身をゆっくりと挿入した。

湿った粘膜が僕を包み込む感触は確かに気持ちいいはずなのに、頭の中に浮かぶのはセラ嬢の姿ばかりだった。
セラ嬢の僕を見上げる無垢な瞳。
愛らしい微笑みや、触れたことのない白い肌。
セラ嬢のことを思うだけで、下半身がびくりと反応し、欲望が一気に高まる。
でも目の前の子の喘ぎ声が遠くに聞こえて、数回腰を動かしただけで胸がざわついた。
このまま彼女の顔を見ながらでは、セラ嬢の幻を重ねられない。
そう思ってしまったら最後、この体位が急に耐えがたくなった。


「……少し、向きを変えようか」


低く囁き、僕は彼女の体を優しく回転させた。
彼女を四つん這いにさせ、後ろからその丸く柔らかな尻を掴む。
彼女は素直に従い、背中を反らして僕を迎え入れた。

顔が見えなくなったら、ようやく不快感がなくなった。
再び熱い秘部に自身を深く沈め、後背位の体勢で腰を打ちつけると、パン、パンと肌がぶつかる音が部屋に響いた。
彼女の内部が僕を強く締めつけるけど、僕の意識はすでに完全に別の世界へ飛んでいた。

セラ嬢……。
僕は目を閉じ、目の前の背中を、セラ嬢の小さな背中に置き換えた。
肩甲骨のライン、細くしなやかな腰、僕の手にすっぽりと収まる柔らかな尻の感触。
もし今、後ろから抱いているのがセラ嬢だったら。
その想像だけで、猛烈な恋慕と欲情が全身を駆け巡った。

セラ嬢の高い声が甘く蕩け、「総司様……もっと、奥まで……」と僕の名を呼ぶ姿を思い浮かべるだけで、腰の動きが自然と激しくなる。
もう、目の前の子のことなんて全く考えられない。
彼女の体はただの媒介に過ぎなくて、僕が求めているのはセラ嬢だけだった。

想像の中で、セラ嬢は僕を受け入れながら肩越しに振り向き、優しく微笑んでくれた。
あの柔らかな唇が、甘い喘ぎを漏らす。
セラ嬢の髪の匂い、きめ細やかな肌の滑らかさや、秘所の熱く湿った感触。
すべてが鮮明に浮かび上がり、僕の欲望を爆発的に掻き立てていく。

行為の最初はただの好奇心や肉欲だったのに、今は完全にセラ嬢への想いだけが僕を支配していた。
彼女のことを想うほどに、胸が熱く疼き、セラ嬢に対する恋しさが溢れ出す。
こんなにも一人の相手に囚われたことなんて、今までなかった。
腰を激しく振りながら、僕は幻のセラ嬢の背中に覆い被さるように身体を倒し、片手で彼女の胸を揉みしだいた。


「ああっ……、それ……すごい……」

「……はっ……」


律動が速くなり、深くなる。
最奥を何度も突くたび、目の前の女が喘ぐ声も、セラ嬢の甘い声にすり替わっていく。
彼女の内部の収縮すら、セラ嬢の温もりとして感じた。
セラ嬢のすべてが欲しくてたまらない。
僕のものだけにして、他の誰にも触れさせたくない。
この恋慕が、肉欲を何倍にも増幅させていた。

限界が近づいて、熱い波が腰の奥から一気に駆け上がり、僕は小さく声を上げた。
想像の中でセラ嬢がしなやかな体を震わせ、「総司様……一緒に……」と囁く。
その瞬間、僕は強く腰を押しつけ、彼女の中に熱い精液を大量に放った。
長い、激しい脈動が続き、セラ嬢を抱きしめているような幻覚の中で、何度も何度も最奥に注ぎ続けた。

体が震え、視界が白く染まるほどの強い快楽だった。
余韻に浸りながら、僕は彼女の背中に崩れ落ち、汗まみれの肌を重ねた。
荒い息が混じり合う中、僕の心はまだセラ嬢の幻の中にいる。
行為が終わっても、あの子への恋しさが胸の奥で燃え続け、消える気配がなかった。
新しい世界を知るはずの行為が、かえってセラ嬢への想いをより強く、鮮烈に刻みつけていくようだった。


そして朝を迎え、店を出た僕は、堪えきれないあくびを一つこらえながら、大きく伸びをした。
体には昨夜の疲れがまだ重く残り、筋肉の奥に甘い倦怠感が絡みついている。
昨晩の出来事がぼんやりとした熱とともに蘇ってきた時、扉の向こうから勢いの良い声が響いた。


「おはようさん。隊長、昨晩はどうだった?」


三木が意気揚々と笑みを浮かべながら近づいてくる。
僕は苦笑を浮かべ、昨夜の記憶を胸の奥にしまい込んだ。

昨晩は、一人でセラ嬢を思い浮かべて欲望を吐き出すよりも、はるかに生々しく、妄想を掻き立てる夜だった。
あの熱、あの感触、そして何よりセラ嬢の存在を重ねてしまったあの激しい高揚。
まあ、そんなことを口にするわけにはいかないけど。


「普通に良かったよ」


簡潔に答えると、三木は満足げに大きく頷いた。


「だろ?隊長もこれでようやく一人前の男になったな!」


勢いよく手を伸ばされ、ばしんと背中を叩かれる。
痛みが背骨にまで響き、思わず顔をしかめた。

そこに、店の奥から武田と相馬、龍之介の三人が姿を現した。
武田はいつものように余裕のある笑みを浮かべ、龍之介はご機嫌な様子で口笛を吹いている。
一方で相馬は珍しく借りてきた猫のようにおとなしく、視線を少し逸らしながら歩いてきた。


「おっはよー、隊長」


龍之介が穏やかに声をかけ、武田が続いた。


「朝から三木が騒がしいが、昨夜の話か?どうだった、隊長。まあ、顔を見れば大体わかるが」

「十分に堪能したよ。みんなも楽しめたみたいだけど」


相馬が少し顔を赤らめながら、小さく呟くように言った。


「……まあ、悪くはなかったです。でも、隊長みたいに堂々としていられるほど余裕はなかったですけど。俺は自分のペースで過ごしました」


三木が大笑いして相馬の肩を叩く。


「相馬、お前はまだまだだな!俺なんか、朝まで相手を泣かせてやったぜ。隊長はさすがだ。昨夜の相手、なかなか良かったみたいだしな」


僕は皆の顔を見回し、軽く息を吐いた。
昨夜の出来事が、それぞれに異なる余韻を残しているのが伝わってくる。
セラ嬢の幻がまだ胸の奥に強く残る中、仲間たちとのこの朝の会話が、妙に現実味を帯びて感じられた。


「隊長の相手の子はどんな子だったんだ?」

「どんな子って、龍之介も見たじゃない。別に普通の子だったけど」

「普通って、凄い可愛い人だったじゃん。名前は?歳は聞いたのか?」

「さあ、知らない。名前も、なんか言ってたけど忘れたよ」

「うわ、隊長は随分とドライなんだな」

「ドライも何も、ただの性欲処理相手のことなんて知る必要なくない?」


思ったままにそう告げると、四人は何故か揃って僕を見つめた。
その視線が妙に居心地悪い。


「何?」


尋ねると、三木が真っ先に口を開いた。


「やっぱ隊長、怖ぇわ」

「は?」

「いや、俺もそう思います」


珍しく相馬までが苦笑いを溢しながら同意する。


「隊長は人当たりは良いんですが、時々驚くほど情が薄そうに見える時があるんですよ」

「俺もわかる!笑ってるのに何考えてるか分かんない時あるもんな!」

「なんかみんな、酷くない?」


龍之介の言葉を聞いて、武田も腕を組みながら満足そうに頷いた。


「違いない。普段は愛想よく振る舞っているが、時折ぞっとするほど冷めたことを申すからな。なかなか油断ならん男だ」

「武田にだけは言われたくないんだけど」

「なんだと?つまり私の方が危険だと、そう申すのか?」

「そこまでは言ってないよ」

「今さら誤魔化しても無駄だ」


結局くだらない言い合いをしながら、僕達は歩き出す。
無意識にセラ嬢のことを思い出し、胸が疼くような変な気分になった。


「でさ、どうだったんだ?これで隊長は失恋相手のことを忘れられそうなのか?」

「だから、失恋失恋って言うなって言ってるんだけど?そろそろ斬られたいのかな」

「わ、悪かったって!ただ気になったんだよ」

「楽しめたってことは、だいぶ克服してきてるってことだろ。な、隊長」


三木がご機嫌の様子でそう告げるけど、実際は克服も何も、むしろ以前より深く泥沼にはまってしまったように感じる。
本来なら酒を飲んで騒いで、何も考えずに過ごす筈だった。
でもどんな時もセラ嬢は僕の心の中に現れて、僕に向かって微笑んでくる。
昨晩のセラ嬢は、いつもの想像の時よりずっと艶っぽくて、可愛くて、なんか……これはこれで癖になりそうだと苦い気分になる僕がいた。

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