5
セラの部屋に足を運ぶのはいつぶりだろう。
一度目はあの子が熱を出した夜、二回目ははじめ君と鉢合わせた夜。
そして三回目の今夜は、僕にとって特別な夜だった。
今日のことへの実感も満足に湧かないまま、ただ会いたい一心で木を登りバルコニーへと降り立つ。
カーテン越しに薄明かりが透けて見える彼女の部屋は、温かく僕を迎えてくれているようだった。
『総司、待ってたよ』
僕がそっと窓を開けると、ベッドサイドで本を読んでいたセラは笑顔で僕の目の前へとやってくる。
はにかみながらも柔らかく手を握ってくるから、その顔を見るだけで堪らなくなる。
「おまたせ。なんか今日は見つからないか凄い心配でさ」
『総司も心配することなんてあるんだね?』
「それって失礼だよね。僕は結構繊細なんだけど」
『ふふ、そうなんだ。見つかったら大変なのに来てくれてありがとう』
「こちらこそ」
『今日は念の為、鍵掛けてあるから大丈夫だからね』
小声でそう言ったセラは、僕が悪影響を及ぼしたせいなのか悪戯に笑っている。
「廊下沿いのドアには鍵があるんだね」
『うん。閉めたら駄目って言われてるんだけどね、何かあった時に対処出来ないと困るみたいで』
「ああ、確かにね」
『でも今日は折角総司と二人でいられるし、邪魔されたくなかったから閉めちゃった』
そう言って照れたように笑うから、僕にまでそれが伝染したのか少し気恥ずかしくなってしまう。
元々可愛いのはわかっていたけど、想いが通じてからはその破壊力がより増している気がした。
「良かったよ、その方が僕も落ち着くし」
『うん』
セラはベッドのところまで僕の手を引くと、座ってと言うようにそっと僕の身体を押す。
そしてサイドテーブルに注いだばかりの紅茶を準備して、中央に果物の入ったお皿を置いた。
『ゆっくりしていってね』
「セラは座らないの?」
『えっと、私は……』
「もっと近くにおいでよ」
直ぐ側で微笑むセラの手を今度は僕が取り、自分の方へと引き寄せる。
脚の間に座らせると小さな身体は簡単に腕の中に収まった。
「はい、これでもう君は逃げられないね」
『ふふ、別に逃げないよ』
「そう?じゃあずっと僕の傍にいなよ」
斜めに腰掛けたセラは うんと言って昼間のように僕の肩に擦り寄ってくる。
その様子がまた可愛いくて、そっと彼女のやわらかい髪を撫でた。
『私ね、最近よく考えるんだけど……あの日誘拐されて良かったなって思ってるんだ。あの事件に巻き込まれてなかったら、今総司と一緒にいられてないもん』
「そうだね。君には怖い思いさせて申し訳なかったけど、僕はいつもあの時の選択を間違えなくて良かったって思ってるよ」
一歩間違えたら、僕はこの子を救えていなかったかもしれない。
それにこの国の騎士団の応募を見ていなければ、そもそもアストリアにすら来ていなかった。
そう考えると何気なく選んできた自分の今までの選択が、いかに大切なものなのかを思い知らされる。
『ここに戻って来た後、私を助けてくれた総司がどんな人なのか気になって、総司のことが知りたいなって思ってたんだ。話せると嬉しくて、気付いたら総司のことばかり考えてたんだけど、あの時からきっと総司のことが好きだったんだと思う』
そんなに前から僕のことを気にしてくれていたのは目から鱗だったけど、セラの言葉は嬉しかった。
でも思い返せばあの頃から、この子は僕を見て嬉しそうに微笑んでくれたし、僕を信じて優しい言葉を掛けてくれていた。
「僕もここに来た頃からずっとセラのことばかり考えてた気がするよ」
『それ、本当かな?』
「本当だよ。どうしたらセラが笑ってくれるんだろうっていつも考えてたし、君を泣かせた時は凄く後悔したしさ。自分の人生において誰かのことをここまで考えたことがなかったから自分でも驚いたけど、セラのことを考えてる時が僕は一番楽しいんだよね」
そしてそれはこれから先も変わらない。
セラのことを考え、想うことはもう僕が息をすることと同じくらい当たり前で、なくてはならないものになっているからだ。
『総司がそう考えてくれてたなんて全然知らなかったから、とっても嬉しい』
少し涙目で微笑んだセラは、涙を堪えるように顔を伏せる。
僕が彼女の細い髪を耳にかけると潤んだ瞳が僕を見つめるから、その顔を見て僕はまた君が好きになる。
何度もそれを繰り返してここまで大きくなった想いをどうやったら君に伝えられるのか、今日一日そればかりを考えていた。
「僕はこれから先もずっと君が好きだよ」
『ずっと?』
「うん、ずっと。それは絶対に変わらないし、君以外を好きになることはないよ。それだけは覚えておいて」
例えもし離れなければいけない時が来ても、僕の気持ちはこれから先も変わらずセラにあると伝えておきたかった。
ただの一時的な感情でないのは自分自身が一番よくわかっていたし、ここ最近はこの子に会うために生まれてきたのではないかとすら思ってしまうくらいだ。
『嬉しいな、嬉しくて……泣いちゃいそう……』
「セラはすぐ泣いちゃうね」
『総司がそうさせるんだよ』
誘拐された時も、この子は今よりも幼かったのに涙を見せなかった。
手を刺されても意地悪を言われても、黙ったままぐっと堪えている子だった。
最後殺されそうになった時だけ潤んでしまった瞳を見て、僕はこの子を助けることへの迷いを捨てたけど、この泣き顔を見るとどうにも僕は駄目らしい。
あの涙を見た時からセラを絶対護りたいと思っていたし、そのために強い自分になりたいと思ったんだ。
「じゃあセラを泣かせていいのは僕だけの特権にして貰おうかな。他の人に泣かされるのは駄目だよ」
『うん、総司だけにする』
「ちなみに他の男に泣かされたら僕がそいつを斬るから」
『ふふ、なんか総司は本当に斬っちゃいそうで怖いよ』
「そのくらいするのは当たり前じゃない?そのために強くなったしね」
元々剣術は好きで極めたいとは思っていたけど、ここまで腕を磨けたのは間違いなくこの子がいたからだ。
セラを護るためなら僕は絶対に負けない。
何に変えてもこの子だけは護る自信がついたから、絶対に僕が専属騎士になってみせるという強い意志が今の僕を突き動かしている気がした。
『私は総司にずっと傍にいて欲しいよ。総司がいてくれたら他に何もいらないって思ってるんだ』
「本当に僕だけでいいの?」
『うん、だって世界で一番大好きだもん。私もそれはずっと変わらないよ、だから覚えててね?』
僕の真似なのか、そう言ったセラはまだ少し涙目だったけど可愛い笑顔で笑ってくれた。
愛らしい姿に引き寄せられてそっと唇を重ねると、僕の手を握る一回り小さな手にも力が入る。
セラの頬を優しく手で寄せて、角度を変えては何度も唇を重ね合わせた。
「耳まで真っ赤になってるよ」
『だって仕方ないよ。初めてだし、なんか凄いドキドキするし……』
「そう思ってくれるのは嬉しいけどね」
『総司は……初めてじゃないの?』
「初めてだよ、当たり前じゃない」
『本当にそうなの……?』
「そうだってば。セラ以外とこんなこと出来ないよ、気持ち悪い」
意外と自分には潔癖なところがあるということを、ここ最近になって知った。
セラには触りたくて仕方がないのに、他の人にはむしろ触られたくないと思う自分がいる。
『ふふ、総司っていつも気持ち悪いって言うね。ワルツの話の時も言ってた』
「なんか駄目なんだよね、人にべたべた触られるのとか苦手で」
『そうなんだ……?私、触ってたらごめん……』
「いや、セラは別だから」
元々頻繁に触れられてたわけではないけど、セラにたまに触れて貰えることが嬉しかった。
そっと気遣うように触れてくれる、彼女の肌の温かさが心地良かった。
「だから触ってよ、たくさん」
『たくさん触るのは恥ずかしくて出来ないよ』
「じゃあ僕から触ってもいい?」
恥ずかしそうに僕を見上げて頷くセラは、なんて言うかもう可愛い過ぎて色々我慢するのが大変だけど、小さな身体を抱き締めるだけで僕の心は驚く程満たされていく。
滑らかな頬も柔らかい唇も触れるととても心地良くて、一度知ったら離れ難くなるのが辛いところだ。
「なんか拙いな、君に会いたくてまたここに来ちゃいそうだよ」
『私も総司に会いたいよ。でも頻繁だと見つからないか心配なの』
「そうなんだよね。死角になってるから見つかるリスクは低そうだけど、こんなことで足元を掬われたくないし」
『総司が早く専属騎士になってくれたらいいな、そうしたら毎晩一緒にいられるね』
この部屋に隣接した専属騎士の部屋。
初めて来たあの夜から、ずっとあの部屋に住むことが僕の目標だった。
あの時はただの憧れに近かったけど、今は違う。
努力した分、そしてこの子を想う気持ちの分、こうして近付けたから、絶対に僕が勝ち取りたいと思っている。
「絶対に僕がなるよ。伊庭君や平助にあの部屋は使わせない。そんなことになったら毎晩襲撃に行くしかなくなるからね」
『あはは、襲撃って』
「だって嫌だよ。セラの部屋の隣にずっと他の男がいるんだよ?考えたくもないんだけど」
しかもぴったり護衛もするだろうから、多分この子と二人になれる時間なんて皆無じゃない?
そんなことになった日には僕の精神が崩壊しそうだから、やっぱり僕がなる以外の選択肢はない。
『総司なら大丈夫だよ、絶対専属騎士になれるって信じてる。だから大会、頑張ってね。全身全霊で応援するから』
「じゃあ大会で大声で応援してくれる?総司大好きーって言って欲しいんだけど」
『ええ?それは無理』
「うわ、酷いな。即答で無理はだいぶ傷付くよね」
『だって周りの人達に私が総司のこと好きだって気付かれたら恥ずかしいもん』
「なんでさ。セラが言ってくれないなら僕が叫ぶしかないかな。お嬢様が大好きなので専属騎士になるため頑張りまーすって」
『あはは、それ言っちゃったら絶対後で山南さんに怒られちゃうよ。沖田くん、悪ふざけが過ぎますよ?君は本当に専属騎士になりたいと思ってるんですか?とか』
「ははっ、あの人なら確かに言いそうだね」
頷いて微笑むセラは、いつも惜しみ無く笑ってくれてその笑顔が本当に可愛い。
飽きずにずっと見つめていると、セラが視線に気付いて小首を傾げていた。
「今セラに応援して欲しいな」
『うん、大会頑張ってね』
「そっちじゃないほう」
『え?』
きょとんとしてから数秒でセラは気付いたらしい、少しはにかみながらも言ってくれた。
『総司大好きだよ』
「僕も君が大好きだよ」
どちらかと言うと僕が言いたかっただけだけど、セラはまた嬉しそうに笑った。
セラが応援してくれると、それが何よりも僕の力になる。
この子を喜ばせるため、そして自分自身のためにも大会優勝は絶対条件。
この子と会って活力も出たし、明日からもまた努力の連続だと気合いを入れた僕がいた。
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