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セラと想いが通じて早十数日。
脇腹の傷は良くなって来たものの、お互い忙しかったこともあり僕とセラは中々会うことが出来ないまま毎日を過ごしていた。
ようやくまとまった時間が出来て庭園に出向いてみても、いつもセラの姿はない。
タイミングが合わないのか何なのか、少し残念に思わないではいられなかった。

そんな僕があの子の姿を探して城内を歩いていると、何やら山南さんと山崎君が眉を顰めてこそこそと話をしている。
僕の悪戯心が芽生えてしまったから、背後から忍び寄って声を掛けてみることにした。


「わあ」

「……んなっ……」

「……沖田君ですか。驚かせないで下さい」


山崎君は多少驚いてくれたけど、山南さんに至っては無反応過ぎて面白くない。
驚かせないで下さいと言っていたわりに、リアクションが薄過ぎるから、驚かすならやっぱりセラに限ると内心で考えていた。


「お二人で何をされてるんです?」

「俺達はお嬢様の習い事の件で少々話し合っておりました」

「へえ、もしかして最近始まったワルツのことだったりして」


セラの話なら聞きたいし、今一番気になるのはこの前聞いたワルツを踊る話だ。
だから山崎君の言葉の後に敢えてそう言ってみると、二人は目を瞬いて互いに顔を見合わせていた。


「沖田君、もしかしてお嬢様から何かお話を聞かれてますか?」

「少しだけですけど聞きましたよ。珍しく憂鬱そうだったんで気になっていたんですよね」

「やはりそうでしたか……」

「やはりって、何かあったんですか?」

「いえ……そう言うわけではないのですが……」

「沖田君も良ければ練習風景を見て頂けますか?」


気付かれないようにして下さい、そう言った山南さんは僕に手招きをして一つの部屋へと入る。
その部屋の隣接しているドアを音を立てずに開けた先、もう一つの部屋の奥でワルツの練習をしているセラがいた。


「先生が二人いません?」

「指導して下さっているのは講師として歴の長い井上さんです。あの方は問題ないのですが、お嬢様と踊る男性役の先生が……」


どんな男と踊っているのかと目を細めて眺めてみると、至って普通の体格の良い男の人だ。
名前は山南さんから聞いた話によれば、島田さんという方らしい。
想像していたより素朴というか、浮ついてなさそうな彼の風貌を見て少し安心した僕がいる。


「お二方とも、落ち着いていそうな先生ですね。年齢も若くはないし」

「そうなんですが、まあ……見ていて下さい」


井上さんの指導を聞いたセラと島田さんは、井上さんの指示で手を取り合う。
彼女の腰に手を回す島田さんを見て、やっぱり苛立ちは募ったものの、取り敢えずは我慢して見守っていた。
けれど……


「はい、島田君!お嬢様から目を逸らさない!手もちゃんと握らないと駄目じゃないか」

「は、はい……」

「島田君!もっとそこは寄ってお嬢様をリードするところだと言っただろう!何故離れてしまうんだい」

「すみませんお嬢様、また汗がっ……」

『あ、いえ。全然大丈夫ですよ?気にならさらないでください』

「いや、しかし……すみません、一度拭かせて頂きます」

「またなのかい?島田君。君はいつになったら慣れるんだい」

「申し訳ない、どうしても緊張してしまうみたいで……」


よく状況が飲み込めないまま見ていたけど、僕にはあまり理解出来ないみたいだ。
島田さんの顔は真っ赤だから、多分相当な暑がりの人みたいだけど。


「とまあ……ずっとこんな調子でレッスンが進んでないそうなんですよ」

「何やってるんですか?あの島田さんって人。講師のわりに下手そうですけど」

「あの人はあれでも、有名で実力のあるお方らしいですよ」

「あれで……ですか?」

「私達も昨日井上さんから相談を受けたばかりなんですが、島田さんはお嬢様があまりに可憐で緊張してしまうんだとか……」

「はい?でもプロの講師の方なんですよね。今までも沢山の女の子と踊ってきてる筈なのに、そんな理由であんなになるものなんですか?」

「ここだけの話ですが、彼は少し変わった趣向の持ち主らしくて、現実の女性に興味はないお方なんですよ。無垢な愛らしい人形を集めることがご趣味のようで」

「…………」

「けれどお嬢様を見て、自分の理想の人形が動いていると感銘を受けたそうなんです。今まで生きていて、そのような女性に出会ったことがなかったらしく、どうしても緊張されてしまうらしいですよ」


黙って聞いていたけど、よく考えなくても僕が言いたいことは一つしかない。


「講師の人、変えた方がいいと思いますよ。というか変えないと駄目ですって」

「やはりそうですよね……」

「あのままじゃあの子が可哀想ですよ。だってさっきからあの人、何回汗拭いてるんですか?そもそもそんな変な趣味の人に気に入られて狙われたらどうするんです?山南さんが言い難いなら僕が今から行って島……」

「沖田君、一度落ち着いて下さい」


山南さんに宥められて、つい捲し立てたように話してしまった自分の口を閉じる。
一度ここを離れましょうと言った山南さんに続き、セラの身を案じながらも渋々その部屋から出ることになった。


「沖田さん、見学されてみてどうでしたか?」

「どうも何も、あの先生は変えた方がいいと思いますよ」

「やはり沖田君も我々と同じ意見ですね。ですが変えると言っても、良い先生が他にいらっしゃるかどうかが問題でしょう」

「人気の先生は予約がだいぶ埋まってますし、そもそも近藤さんの条件に当て嵌まる先生自体が殆どいらっしゃいません。自分は井上さんに一任して見て頂くのが良いと思いますが」

「そもそも近藤さんはどんな条件を出されているんです?」

「年齢が四十以上の経歴のある先生をと、言われております」

「ダンス指導の若い男性が、初心な若いご令嬢を弄ぶ話が多々耳に入ってくるのですよ。近藤さんが心配する気持ちもわからなくはないのですがね」


そんな話を聞いてしまえば、講師を変えることも心配になってしまう。
変な男に目を付けられればそれこそセラの身が危険だし、僕も稽古や任務どころではなくなりそうだ。


「山崎君が言っていたみたいに、井上さん一人だと駄目なんですか?」

「その件は私も提案してみたんですよ。ですが彼は若い頃に腰を痛めてしまったようで、指導は出来ても男性パートを自らが踊ることは厳しいのだそうです。ただ……確か初心者の男性でもお嬢様と一緒に指導することはできるとおっしゃっていたような」

「しかし初心者だとしても、近藤さんが出す条件をクリアできる男性を探すのことが難しくないですか?」

「いえ、意外とすぐ側に適任者がいるかもしれませんよ」


山崎君と山南さんの話を静かに聞いていると、山南さんの視線が僕に向けられ、直ぐににっこり微笑まれる。
山崎君はそんな山南さんを目の前に、少し驚いた表情を浮かべた。


「まさか、沖田さんですか?」

「ええ。年齢は条件に合っていませんが、近藤さんが制限を設けたのはお嬢様に手出しされることを危惧していた為です。その点沖田君であれば、お嬢様に危害を加えることも、ましてや手を出すこともしないでしょうし、お嬢様も気兼ねなくレッスンを受けることが出来るでしょう。ね、適任だと思いませんか?」

「いや、僕は……」


山南さんは今の僕とセラの関係を知らないだろうけど、近藤さんは察している筈。
それなのにこの展開は不味いと首を横に振る。


「何故駄目なんです?君も専属騎士を目指すなら、社交界デビューに向けてワルツの一曲二曲は踊れないと面子が立ちませんよ」

「でもほら、僕完全に未経験ですし。セラの足を引っ張っても申し訳ないじゃないですか」

「大丈夫ですよ、お嬢様もワルツは初めたばかりですから。それに君が相手だと知ればお嬢様もお喜びになると思いませんか?」


セラが嬉しそうに笑う顔を想像したら、急に気持ちが揺れてしまう。
いや、でも駄目だってば。
今はワルツを踊るより先に、専属騎士になるため鍛錬を重ねなければならない時だ。


「でも僕、任務や稽古で忙しいんですよね。大会も近いですし」

「週に三回、一時間のレッスンがあるだけですよ。任務と被らないようこちらで調整も出来ますが」

「いえ、やっぱり僕には無理ですよ」

「そうですか。残念ですが無理強いは出来ないので仕方ないですね。では代わりに伊庭君か藤堂君を……」

「山南さん」


話しながらどこかに行こうとした山南さんの肩を掴み、つい引き止めてしまったのは無理もない。


「相手役、僕が引き受けます」

「ですが気乗りしないのであれば、無理はなされなくても大丈夫ですよ」

「いえ、無理はしてないですって。あの子とレッスン受けられるなんて、そんな特権を断る理由もないですしね。しかもワルツは貴族の嗜みですし、踊れるようになるなんて夢みたいじゃないですか」

「そんなに乗り気になって頂けたのなら良かったです。では早速近藤さんの許可を頂きにまいりましょうか」


僕達のやり取りを見ていた山崎君は何とも言えない顔をしていたけど、この役目は他の人には譲れない。
これは好機だと自分に言い聞かせて、不安な心情のまま近藤さんに会いに行くことになった僕だった。

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