1

相馬に背中を押されて以来、僕はセラ嬢に会いに行くということを、初めて現実的な選択肢として考えるようになっていた。
それまでも彼女に堪らなく会いたくなる時が幾度もあった。
でも会いに行くということと、会いたいと思うことは違う。
もし拒絶されたらという恐怖が常にあったからこそ、会いに行くという選択肢に手を伸ばすことができなかった。

だから僕は帝国の剣になることだけを目指し、それ以外のことをなるべく考えないようにしてきた。
実際その目標は叶い、ようやく帝国最強と呼ばれる立場を手に入れた。
でも、いざ欲しかった役職を手に入れた僕は不思議な空虚さを抱えるようになった。
目指す場所へ辿り着いたはずなのに、その先が見えない。
これから何を望み、どんな人生を歩みたいのか、自分でも分からないまま日々だけが過ぎていく。
剣を握る理由も、戦う理由もある筈なのに、心だけが置き去りになっているような感覚があった。
だからこそ、相馬の言葉は僕の胸に深く残ったのかもしれない。

このままでは前に進めない。
彼女に会わなければ、きっと僕は一生あの日から動き出せない。
そんな考えが、少しずつ心の中で形を持ちはじめている。
そして一度でも希望というものを抱いてしまえば、人は思っている以上にそれに縋ってしまうらしい。
三年という年月が流れた今なら、もしかしたらセラ嬢は、僕の顔を見ることくらいなら許してくれるかもしれない。
そんな淡い期待が芽生えてしまった時には、この選択肢を捨て去ることはできなくなっていた。

そんな折だった。
まるで僕の迷いを見透かしたかのようなタイミングで、第一部隊に新たな任務が下された。
内容は帝国中央部と東部の境界付近に存在する旧街道の調査だった。

近頃、その周辺では不審な武装集団の目撃情報が相次いでおり、密輸組織との関連も疑われているらしい。
大規模な討伐任務というほどではないものの、放置するには危険性が高く、少人数による潜入調査が必要と判断されたのがつい先日だった。

目的地は東部そのものではないけど、そこからさらに数日進めばアストリア公爵領に到達できる距離にある。
だからこそ報告書を受け取った時、僕の胸は大きく脈打った。
任務を終えた後、少しだけ足を伸ばせばいい。
誰にも迷惑をかけず、誰にも知られず、ただセラ嬢の姿を見て帰るだけでもいい。
そう考えた時には、すでに僕の中で計画は動き始めていた。


でもいざ計画を具体的に進めようとすると、すぐに大きな問題に突き当たることになった。
事前に集めた情報によれば、セラ嬢は現在、王立学院へ通っているものの、その行動範囲は驚くほど限定されているらしい。
登下校のために城と学院を往復する以外、私的な外出はほとんどなく、休日であっても公爵家の管理下から離れることは滅多にないという。

それだけならまだしも、彼女の周囲には常に護衛騎士が配置されていた。
三年前の事件以降、公爵家の警戒体制は大幅に強化されていると聞いていたけど、その噂は誇張でも何でもなかったことを知る。
学院への送迎にも細心の注意が払われていて、正面から接触を試みるなんて不可能に近かった。

東部へ赴いたとしても、肝心のセラ嬢に会えなければ意味がない。
窓の外に視線を向けながら考え込んでいると、向かいに座っていた相馬が書類を覗き込み、静かに口を開いた。


「やはり厳しいですね」

「そうだね。これじゃ東部まで行ったところで会える保証はないし、仮に姿を見つけても近付ける気がしないよ」

「公爵家の護衛騎士ですからね。学院の外で接触するのは現実的ではありません」

「だろうね」


せっかく会いに行こうと決めたのに、肝心の方法が見つからない。
三年間も踏み出せなかった一歩をようやく踏み出そうとしているのに、ここで立ち止まるのかと思うと、どうにもやり切れなかった。
すると相馬が何かを思いついたように顔を上げた。


「でしたら学院に入ればいいんじゃないですか?」

「え?」


あまりにも当然のように言われて、一瞬何を言われたのか理解できなかった。
僕が眉を寄せると、相馬は至って真面目な顔のまま続ける。


「学院の外は公爵家の警備網の中です。しかし学院の中なら事情が変わります。護衛騎士がいるとしても生徒として通っている限りは行動には制限がありますし、他の生徒も大勢いますから、接触できる可能性はむしろ校内の方が高いと思います」

「いや、言いたいことは分かるけどね」


思わず苦笑が漏れる。
確かに理屈は通っていた。
学院の外で護衛騎士の目を盗むのは難しいだろうけど、校内なら人の流れに紛れて話しかけられる可能性はある。
問題は、その大前提だった。


「そもそも、王立学院にどうやって入るのさ」

「正面から入ればいいんです」

「そんな簡単に言うけど、ここの学院も警備体制が整えられてるらしいよ」

「勿論、無断で入るわけじゃありません。北部騎士団の名義で正式に視察申請を出しましょう」

「視察?」

「ええ。帝国でも士官教育機関の整備計画が進んでいますよね。王立学院は王国最高峰の教育機関ですし、運営方式や生徒管理体制、警備体制などを視察したいというのは十分に自然な理由です」


僕は思わず感心してしまった。
確かにそれなら不自然ではないかもしれない。
帝国軍内部でも若年層教育についての議論は以前から行われているし、王立学院を研究対象にすること自体は極めて真っ当な話だった。


「学院側にも利益があります。王国の教育制度が他国から注目されていると分かれば悪い気はしないでしょうし」

「随分考えてるんだね」

「隊長のためですから」


さらりと言われてしまい、返事に困る。
けれど話はそこで終わらなかった。
相馬はさらに一枚の書類を取り出し、何やら書き加えながら言う。


「それと制服についても一文加えておきましょう。生徒の規律維持や帰属意識の形成において制服が果たす役割にも関心があり、可能であれば実物を拝見したい、と」

「そこまでする必要あるのかな」

「具体的に要望を出した方が、視察らしく見えるでしょう?」

「まあ、それはそうだけど」

「それに学院側が好意的なら、試着や着用を伴う見学を許可してくださるかもしれません。そうなれば、より目立たないで行動できますよ」


そこまで聞いて、ようやく相馬の本当の狙いに気付く。


「ああ、確かに。なるほどね」

「学院関係者として校内を歩ければ、生徒たちの中に自然に溶け込めます」

「生徒相手なら、公爵家の護衛も警戒しないってことか」

「そういうことです」


相馬は静かに頷いた。
確かに王立学院の許可を得て堂々と校内に入る人間を、公爵家の護衛たちが不審に思うことはないだろう。
まして帝国騎士団の人間が視察に来ているなんて、誰も想像しないはずだ。


「相馬。君、本当に騎士だよね?」

「失礼ですね」

「たまに諜報員に見えるんだけど」


そう言うと、相馬は珍しく小さく笑った。
その笑顔につられて僕も笑ったけど、胸の奥は不思議なくらい落ち着かなかった。

計画が成功する保証なんてない。
学院側が許可を出してくれるとも限らないし、たとえ潜り込めたとしても、セラ嬢と話せるかどうかは別の話だ。

それでも、ただ会いたいと願うだけで行動に移せなかった僕が、ようやくセラ嬢のいる場所へ向かおうとしている。
その事実だけで心が妙に浮き立ち、任務の準備を進めている最中も気付けば彼女のことばかり考えていた。

三年ぶりに再会した時、セラ嬢はどんな顔をするのだろう。
驚くだろうか、怒るだろうか。
それとも……少しだけでも、会いたかったと思ってくれるだろうか。

答えのない問いばかりが胸の中を巡り続け、その日が近付いてくることを止められないほど待ち望んでしまう僕がいた。

- 549 -

*前次#


ページ:

トップページへ