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総司様への想いを断ち切ろうと決めてから二週間。
この想いを鎮めようとしても膨らんでしまうし、考えないようにしようと思えば思うほど、心は勝手に総司様を探してしまう。
そんな自分に呆れながらも、この気持ちを少しも切り離すことができないまま毎日を過ごしていた。
学院でも、北部の話題が出るだけで心が落ち着かなくなる。
もしこれ以上、総司様について悲しい噂を聞いてしまったら……そう思うだけで怖くなってしまって、最近では話題そのものから逃げる癖までついてしまった。
千鶴様だけは私の事情を知ってくださっているから、二人でいると心が楽になるけど、他の友人達は何も知らない。
だから教室では今日も帝国の話が楽しそうに飛び交っていた。
「最近北部で話題の演劇があってね」
「帝国一のデザイナーが作ったドレスショップが王都にもできるみたいなの」
もう。
どうしてみんな帝国の話ばかりするの?
確かに東部より北部の方が栄えていて、軍事力も貿易も文化だってどこよりも発展していることは知っている。
けれど東部には東部の良さがある。
春と夏が長く続く穏やかな気候もそうだし、豊かな自然も、実り豊かな畑や果樹園だってある。
帝都に比べると華やかさは欠けるかもしれないけど、ゆったりと流れる時間も私は好きだった。
それなのに誰もそんな話をしてくれない。
そう思っていると、不意に隣から声が降ってきた。
「何故むくれているのだ?」
驚いて顔を上げると、はじめが不思議そうな顔でこちらを見ていた。
どうやら私は思っていた以上に不満そうな顔をしていたらしい。
少し恥ずかしくなりながら小さく笑った。
『最近北部の話題が多いなって思ってたの』
「それが不満なのか?」
『ううん。ただ私は東部が好きだなって思ってただけだよ』
「確かに東部はいい場所に思える。のどかで過ごし易い」
『うん、だよね』
少し嬉しくなって頷くと、はじめも小さく頷いた。
「だが剣となると、やはり帝国産のものが一番切れ味が良いと聞く。鉄道が開通されればもう少し早く王都にも帝国産の剣が入ってくると期待しているのだが」
『…………』
私はじとっとはじめを見つめた。
はじめは数秒遅れてその視線の意味に気付いたらしく、その言葉を止める。
「どうかしたか?」
『ううん。ただ今は東部の話をしてたんだけどなって思っただけ』
「すまない。つい剣の話に変えてしまった」
素直に謝られてしまうと怒る気にもなれない。
くすりと笑うと、はじめは少しだけ考えるようにして言葉を紡いだ。
「東部の一番良いところは何だと思う?」
急な問いかけにぱちぱちと瞬きをする。
東部の良いところは、勿論たくさんある。
『お花が綺麗なところとか、果物が美味しいところとか、景色が綺麗なところも好き』
はじめは静かに頷いている。
『あと、優しい人が多いところかな』
そう言いながら、ふとお父様やお母様の顔が浮かんだ。
騎士団の皆様の顔や友達の顔も。
自然と少しだけ頬が緩むと、はじめも穏やかな表情になった。
「確かにそれは良いところだな」
『でしょう?』
「特にアストリアの人間は皆親切だ」
『そうかな?はじめはアストリアのことを好きって思ってくれてるの?』
「嫌いになる理由がない」
私が大好きな場所を、はじめも良い場所だと思ってくれている。
そのことが嬉しくて、胸の奥が温かくなる気がしていた。
「最近のセラは考え事が多いようだが、好きな場所の話をしている方が良い顔をするな。顔が少し明るくなったから良かった」
『え?』
「何か悩みがあるなら話せとは言わない。だが、無理をする必要もない」
何も聞かずにそう言ってくれる優しさが嬉しかった。
総司様のことは言えないけど、いつか総司様のことをはじめにも笑って話せる時がくればいいと思う。
『ありがとう、はじめ』
「礼を言われることではない」
『よく考え事をしてるって、わかるね』
「顔を見れば大体わかる」
『私、どんな顔してたの?』
「干し葡萄を食べさせられた子供のような顔だ」
『ええ?なにそれ』
はじめは真面目に言ったつもりらしいけど、例えが少しおかしくて、私は肩を震わせ笑ってしまった。
『ふふっ、たとえがおかしいよ。それに私、干し葡萄は嫌いじゃないよ』
「そうか。では例えを間違えたな」
真顔でそう返されると余計におかしくて、私はとうとう笑ってしまった。
『はじめって時々変なこと言うよね』
「そうだろうか」
『そうだよ』
はじめは納得していないようだったけど、それ以上反論はしなかった。
その不器用さがどこか心地良くて、私は窓から差し込む柔らかな陽射しの中で、少しだけ肩の力を抜くことができた。
そしてその日の放課後。
私は薫様と約束していたこともあって、校舎を出るとテラスに向かって歩いていた。
伊庭君と平助君はレポート作成のために図書室で資料を探すらしい。
護衛は必要ないことを伝えて、一人で約束の場所まで向かっているところだった。
けれど約束の時間まではまだ少し余裕がある。
先に飲み物を二つ買っておいてもいいかもしれないと思いながら、テラスの奥にある売店や喫茶店が並ぶ一角に足を向けた。
放課後ということもあって周囲は賑わっている。
友人同士で談笑する生徒達の声が重なり、穏やかな風がその間を吹き抜けていった。
そんな中、少し先で小さな騒ぎが起きていることに気付く。
一人の男子生徒が銀貨を落としてしまったらしく、床の上に散らばったそれらを慌てた様子で拾い集めていた。
けれどちょうど人通りの多い場所だったせいか、列を作っていた生徒達の間から不満そうな声も聞こえてくる。
「ちっ、邪魔だな」
「あ……すいません」
謝りながらも懸命に銀貨を集める姿は何だか気の毒で、私は自然と足を止めていた。
このまま見ているだけなんて出来ない。
そう思うと身体は勝手に動いていて、私は彼の近くへしゃがみ込むと散らばった銀貨を一緒に拾い始めた。
幸い数はそれほど多くない。
一枚、また一枚と集めていき、最後の銀貨を見つけたところで私はそっと彼へ差し出した。
『どうぞ』
「拾って頂きありがとうございます」
顔を上げた彼と視線が重なると、彼は僅かに目を見開いた。
けれどすぐにはっとした様子になり、私の手から銀貨を受け取る。
「助かりました。俺一人では相当時間がかかっていたと思いますので」
『いいえ。その、ネクタイの色……私と同じ、一年生ですか?』
「え?」
私は自然と彼の胸元へ視線を向ける。
セレスティア王立学院では学年ごとにネクタイやリボンの色が決まっている。
貴族科の一年生はえんじ色。
二年生はグリーン、三年生はネイビー。
目の前の彼も、私と同じえんじ色のネクタイを身につけていた。
「あ、そう……そうですね。俺も一年です」
『初めてお見かけするかもしれません。同じクラスではないから、薫様と同じクラス?』
「薫様?」
きょとんとした顔をされたので、私は思わず首を傾げてしまう。
貴族科の一年生は二クラスしかない。
だから自然とそう思ったのだけど、どうやらすぐには分からなかったらしい。
『王太子殿下の薫様のことですよ』
「……あっ、そうです。殿下と同じですね」
『やっぱり。私は隣のクラスなんです。そのうち選択科目などでお会いする機会があるかもしれませんね』
「そうですね。その時は、よろしくお願いします」
そう言って頭を下げる彼は、とても丁寧で律儀な方だった。
私は自然と微笑みながら頷く。
『こちらこそ、よろしくお願いします』
そう返したところで、彼のお腹がぐうっと盛大に鳴った。
静かになったタイミングだったせいか、私の耳にも届いてしまう。
彼も気付いたらしく固まっていたけど、私は思わず小さく笑ってしまった。
『ふふ、お腹が空いていらっしゃるんですか?』
「……そのようです」
とても真面目な顔で返されてしまう。
その様子が何だか可愛らしくて、私はまた笑ってしまった。
『もしかして、お昼をあまり食べられなかったとか?』
「はい。少し急いでいたので」
『だから銀貨を落としてしまったのかもしれませんね』
そう言うと、彼は少しだけ考え込む。
「それはあるかもしれません」
『ふふ』
「そんなにおかしいでしょうか」
『ごめんなさい。でも、少しだけ』
慌ててそう言うと、彼も困ったように笑った。
「ちょうど手軽に食べられるものを探していたんですが、何かおすすめはありますか?」
『おすすめ……あ、サンドイッチはお好きですか?』
「はい、好きです」
『それでしたら、あの一番奥のお店のサンドイッチ、とってもおいしいですよ。種類もたくさんありますし』
「そうなんですね。この後のぞいてみます」
『是非、そうされてください。どれもおいしいですけど、私は特に卵のものが好きなんです』
そう言うと、彼は少しだけ目を見開いた。
「奇遇ですね。俺もサンドイッチは卵が一番好きです」
今度は私が驚く番だった。
『本当ですか?』
「はい」
『わあ』
卵サンドの美味しさを共感できることが、何だか少し嬉しくなってしまう。
本当に些細なことなのに、不思議と心が弾んだ。
『今度最後の一つを取り合うことになったら、仲良く半分こですね』
口にしてから、私ははっとする。
初対面の方に何を言っているんだろうと、慌てて口元を押さえた。
『あ……、ごめんなさい。変なこと言ってしまいました』
すると彼は一瞬呆気に取られたような顔をしたあと、肩を震わせた。
どうやら笑っているらしい。
「いえ、それは良い提案かもしれません」
真面目な顔で頷かれてしまい、少し気恥ずかしい。
でも彼の表情はどこか優しくて、からかわれている感じはしなかった。
私はふと時計に視線を向けて、小さく声を上げた。
『あ、いけない』
「待ち合わせですか?」
『はい。そろそろ行かないと』
そう告げると、彼は少しだけ瞳を揺らして、すぐに頷いた。
「では、引き留めてしまいましたね」
『そんなことありません。お話できて楽しかったです』
そう告げると彼も微笑み、少し照れたように視線を逸らした。
「俺もです」
その声は先程より少しだけ柔らかく聞こえて、私は自然と微笑む。
名前も知らない方なのに、不思議だった。
少し話しただけなのに、何だか昔から知っている人みたいに話しやすい。
そんなことを思いながら会釈をすると、私は急いで飲み物を購入し、約束の場所に向かって歩き出した。
振り返ることはなかったけど、何故だか背中に優しい視線を感じた気がした。
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