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そして迎えた学院視察の日。
僕と相馬は朝から学院関係者に案内されながら、校内の様々な施設を見て回っていた。
帝国からの視察ということもあってか、学院側は随分と気合が入っているらしい。
案内役を務めている教員は終始上機嫌で、こちらが質問する前から次々と説明を始めていた。
「こちらが本学院自慢の自然科学棟でございます。最新設備を導入しておりまして、特に薬学研究の分野では大陸有数の成果を上げております」
そう言われて案内された建物では、研究設備や実験室を一つ一つ紹介されることになり、その後も図書館に移動すれば蔵書数について熱弁され、訓練場へ向かえば卒業生の進路実績について語られる。
学院側としては自慢の施設を見せたいのだろうし、その熱意自体は嫌いではない。
むしろ教育機関として真面目に取り組んでいることは十分伝わってきた。
ただ、予定表に書かれていた時間がとっくに過ぎてしまっていることが問題だった。
「次はこちらですな」
「随分とたくさんの施設があるんですね……」
思わず漏らした相馬の声に、案内役は朗らかに笑う。
「ええ、もちろんです。まだまだご覧頂きたい場所はございますぞ」
相馬が遠い目をしていて、僕も気付かれないようにため息を吐き出していた。
けれどこの後、さらに運の悪いことに、案内された部屋の扉が途中で故障し、鍵が開かなくなるという事件が起きた。
最初はすぐ解決すると思われていたものの、管理担当者を呼び、予備鍵を持って来てもらい、結局修理担当まで駆け付ける騒ぎになったせいで予想以上に時間を取られてしまった。
その影響で昼食の予定も完全に崩れてしまい、気付けば食堂が閉まる時間になっている。
学院関係者は申し訳なさそうに何度も頭を下げていた。
「誠に申し訳ございません。まさかこのような不手際が起きるとは思わず……昼食の時間まで失わせてしまいました」
「気になさらないでください」
僕がそう答えると、相馬も苦笑しながら頷いた。
「ええ。食事ならまたいつでも摂れますから」
そう言いながらも、その時の相馬のお腹は正直だった。
ぐう、と鳴った音に周囲の教員達が余計恐縮してしまい、相馬は慌てて咳払いをしていた。
その後も視察は続き、気付けば放課後が近付いていた。
本来ならもう少し余裕を持って校内を見て回る予定だったのだろうけど、学院側も予定が押してしまったことを気にしているらしい。
「本日は誠に申し訳ありませんでした。本来であればもっとゆっくりご案内できたのですが、そろそろ生徒達も授業が終わる時間ですので……」
その時、不意に相馬が口を開いた。
「一つご提案があるのですが、せっかくの機会なので、今度は生徒の目線で自由に校内を歩いてみたいなと思いまして」
「生徒の目線で、ですか?」
「はい。実際に在籍している学生達がどう過ごしているのかを見て回った方が、参考になる部分も多いかと思います。セレスティア学院のテラスや中庭が大変素晴らしいと聞き及んでおりますので、是非見学させて頂ければと」
その言葉に僕も頷く。
今日一日は案内中心だったせいで、学院の日常風景を落ち着いて見る余裕がなかったのは事実だった。
「ただ僕達、この格好でじゃないですか」
そう言いながら自分のスーツに視線を落とす。
帝国騎士としての公式視察である以上、今日は二人とも濃紺のスーツ姿だった。
放課後の生徒達で溢れた校内をこの格好で歩けばどうなるかは想像に難くない。
「このまま中庭やテラスを歩けば目立ってしまいますし、生徒達も気を遣ってしまうと思うんです。ですから制服を試着させていただき、その着心地なども参考にした上で、少しだけ生徒気分で校内を見て回れればと思うのですが、いかかでしょうか?」
僕と相馬の提案を聞いた学院関係者達の表情がぱっと明るくなった。
「おお、それは良い案ですな!」
「確かにその方が視察に向いているかもしれません」
「ぜひそうなさってください」
学院の制服を着てもらえること自体が光栄なのか、皆どこか嬉しそうだ。
案内役の教員は満面の笑みで頷いた。
「どうぞリラックスして校内をご覧ください。生徒達が普段どのように過ごしているかも含め、ぜひ参考になさっていただければと思います」
その言葉を聞きながら、僕は相馬と視線を合わせた。
ようやく自由に学院を歩ける機会が回ってきたことに、僕は改めて気を引き締めることになった。
学院の教員に案内されながら更衣室に通された僕たちは、それぞれ手渡された制服に袖を通した。
普段見慣れている軍服とも礼装ともまったく違う装いはどこか不思議な感覚で、鏡越しに自分の姿を見た時には思わず苦笑してしまったほどだった。
そして着替えを終えた相馬と目が合った時、僕たちは同時に笑ってしまう。
相馬が学生服を着ている姿は妙に新鮮だったし、どうやら向こうも同じことを思ったらしい。
「いいじゃない、ちゃんと学生に見えるね」
そう声をかけると、相馬は少し照れたように襟元に手を添えながら微笑んだ。
「そうでしょうか。隊長こそ、お似合いですよ」
「それなら良かったよ。でも、ネクタイの色が違うね」
僕がそう言うと、近くにいた教員が嬉しそうに説明を始める。
「ああ、こちらは学年や専攻科によって色を変えているんですよ」
「へえ、そうなんですね」
僕はグリーン、相馬はえんじ色。
正直なところ色の違いそのものには大した興味はなかったけど、学校という場所に縁のなかった僕からすると、こうして制服を着ていること自体がどこか新鮮だった。
もし普通の人生を歩んでいたなら、僕もこういう場所で友人たちと過ごしていたのだろうか。
そんな考えが一瞬だけ頭をよぎったものの、すぐに消える。
今の僕には、それよりもずっと大切な目的があったからだ。
「では、少し校内を視察させていただきます」
「はい。時間の縛りはございませんので、是非ごゆるりとお過ごしください」
柔らかな笑顔で見送られながら、僕たちは部屋を後にする。
勿論、このあと僕たちが行うのは視察という名目を借りたセラ嬢探しだった。
とは言え、教室を一つ一つ覗いて回るような真似はできない。
そんなことをすれば学院側に余計な迷惑をかけるし、何より彼女を困らせる可能性があった。
だから僕たちは、生徒たちが集まりやすいテラスに向かうことにした。
放課後が近い時間帯なら、人の流れも多い。
テラスの一角へ腰を下ろすと、相馬が持参した資料へ目を落としながら静かに口を開いた。
「事前に調査した結果、下校する際もこの道を通るとされています。なので、この席で待機していれば、万が一彼女がテラスに立ち寄らなくても、声をかけられる機会はあると思います」
テラスに到着すると、相馬は落ち着いた口調でそう説明した。
僕はロードに続く広い道に視線を向けながら小さく頷く。
「でも下校するつもりだとしたら、護衛を連れてるはずだよね」
「その場合はまず、俺が声をかけてますよ」
その言葉が頼もしくて、自然と肩の力が少し抜けた。
二人でテラスの席に腰を下ろすと、僕は念のため制服の下に着ている服のフードを深く被り、さらに眼鏡まで掛けて待機していた。
知人がいる可能性は低いとは言え、目立たないに越したことはない。
相馬はというと、特に隠れる必要もないから堂々と座っていたものの、その間にも何度となく腹の虫が鳴いていた。
「そんなにお腹減ってるなら、何か買ってくれば?丁度近くに店も並んでるじゃない」
そう言うと、相馬は少し困ったように笑った。
「しかし、その間に彼女が来てしまうかもしれませんよ」
「でも腹が減ってはなんとやらって言うでしょ。僕も緊張して喉が渇いてるし、ついでに何か飲み物でも買ってきてもらえると助かるんだけど」
「隊長がそう仰るのであれば、お言葉に甘えて少し離席させていただきます。すぐに戻りますので」
「慌てなくていいよ。一緒についてきて貰えただけで心強いからさ」
本心だった。
実際、もし一人だったら、こんな真似はできなかった。
帝国を出る準備から学院との調整まで、相馬には今回本当に世話になっている。
そのうち何かしらの形で返したいと思っているくらいだった。
「そう言っていただけると、騎士冥利につきますよ。では、行ってまいります」
そう言い残し、相馬は店が並ぶ一角に小走りで向かっていく。
その背中を見送りながら、僕は再びロードに目を向けた。
生徒たちが行き交う広い道、女子生徒が一人歩いてくるたびに無意識に視線が向いてしまう。
違う、また違う……。
そんなことを何度も繰り返しながらも、気持ちはどうしても落ち着かない。
命を懸けた戦場へ向かう時ですら、ここまで緊張したことはなかった。
でも待てども待てどもセラ嬢らしき姿は見当たらず、テラスに現れる気配もない。
張り詰めていた神経は少しずつ疲労に変わり、僕は頬杖をつきながら小さく息を吐き出した。
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