10

週末になり、僕は約半年ぶりにヴェルメル大公家の屋敷に足を運んだ。
幼い頃から見慣れているはずの廊下も、今ではどこか他人の家のように感じられる。
使用人に案内されて向かった先は父の書斎だった。
重厚な扉の向こうは相変わらず無駄な装飾一つなく整えられていて、人払いも済まされているらしい。
用意された席に腰を下ろすと、父は執務机の向こうから静かにこちらを見据えた。


「先日話した件だが、心変わりはしておらんな」

「していません。だからこそ詳しい話を伺いに参りました」

「わかった。だが勘違いはするな。これはお前の恋路を叶えるためだけの話ではない」

「勿論、承知しています」

「ならば話そう」


そう告げると、机の上に広げられていた地図へ視線を落とす。
そこには帝国北部から、中立都市である中部地域、王国東部にかけての広大な地域が描かれていた。


「お前は陛下が近年、東部諸公国連合との関係に頭を悩ませておられることは知っているな」

「はい、ある程度は」

「一つは東部に頼っている食糧だ。特に帝国は東部産の小麦に大きく依存しているが、中でもレーヴェルン公国の生産量は他国を圧倒していて、代替も容易ではない。だが近年、その小麦価格が年々上昇していてな。帝国の財政や商人たちの負担も無視できない水準になりつつある」


北方国家である帝国には武器も鉄も軍馬も揃っているものの、食糧だけは東部への依存が大きい。
中でも、小麦がなければ帝国の食卓は立ち行かなくなるだろう。
父の指先が地図上のレーヴェルン公国をなぞり、今度は東部沿岸へ指が移った。


「問題の二つ目は港だ。帝国北部の港湾は冬になれば凍結する。東部港湾は帝国にとって生命線だが、その使用料も年々引き上げられ、その度に莫大な金が流出していることも問題視されている。ここ数年は、商人からの不満の声も抑え切れていない状態だ」


さらに指先が南方へ向かった。


「加えてルヴァン王国は近年、南方諸国との接触を増やしていると聞く。まだ同盟には至っていないが、陛下は警戒している。もし東部が南方と結び付けば、帝国は東と南の双方に備えねばならなくなるからな」
 

父はそう言って地図の上に視線を落としたまま、しばらく指先で東部沿岸をなぞっていた。


「本来であれば、それらの問題を緩和する手段はあった。お前とセラ嬢の婚約だ。帝国北部と東部を結び付ける象徴であり、軍事的にも政治的にも大きな意味を持つ縁談だった。しかしその話は潰え、結果として帝国は東部との関係を改善するための最も穏便な手段を失ったのだ」


父はそこでようやく顔を上げ、真っ直ぐ僕を見る。


「だからこそ陛下は別の道を探しておられる。東部問題を解決し、帝国の影響力を強めるための新たな手段をな」


その口調からは父の中で既に結論が見えていることが伝わってくる。
そんな父が次に指を置いた場所は、セラ嬢の暮らすアストリア公爵領だった。


「そこで私が先日陛下に進言したのは、アストリアを無力化することだ」


僕の瞳は、わかりやすく見開かれただろう。
父の言う無力化がどの程度のことを指すのかわからず、僕はただ黙って言葉を待った。


「アストリアは東部最大の軍事国家であり、王国軍の主力でもある。その影響力は王国内だけに留まらん。東部諸侯が団結できるのは、いざという時にアストリア騎士団が存在するという安心感があるからだ。だからこそアストリアは東部最大の盾であり、真っ先に崩すべき相手だということになるというのはわかるな」

「はい。それにアストリアは近年急激に規模を拡張していると聞き及んでいます。これ以上脅威になる前に手を打つというのは正しい判断かとは思いますが……まさかいきなり攻め入るんですか?」


書斎の空気が静かに張り詰めていく。
そんな無謀なことが本当に可能なのかと考えていると、父は小さく首を横に振った。


「そのようなことをすれば、周りの国々から帝国を危険視する声も上がるだろう。よって、まずは外交から始める。帝国は先にルヴァン王国に要求を提示する予定だ。東部港湾の共同管理権、小麦価格の長期固定、帝国軍の駐留権、南方諸国との軍事協力制限。恐らくどれも王国側が容易に受け入れられる内容ではないものだが、それで構わない。帝国は譲歩を求めたが王国は拒絶したという事実さえ作れれば十分だからだ」


父は紅茶を一口飲み、静かにカップを置く。


「交渉決裂後、帝国やその周辺国にその事実を流し、帝国民の東部への不満を煽った後で行動を開始する。ただし標的は王都ではない。最初からアストリアだ。東部軍の中心であり、帝国との関係改善を妨げる勢力として攻撃する。だが城を落としただけでは意味がない。近藤閣下を討ったところで、東部諸侯は新たな旗印を探すだけだ。本当に必要なのは東部全体を縛ることだからな」

「つまり軍事的価値より政治的価値の方が重要になるということですよね」

「ああ。そのために城を落とす寸前で、講和条約を結ばせる。アストリアを存続させる代わりとして、要塞の一部接収と賠償金を要求するつもりだ。これだけでも帝国にとっては十分な利益になるが、それだけではない。それ以上の価値を持つものがアストリアにはあるからな」


父はそう言って、地図の上に置いていた指先をゆっくりと動かした。


「東部の忠誠を保証するための人質だ」

「人質?」

「セラ嬢はアストリア公爵家の後継者であり、ルヴァン王国の王太子からも重んじられていると聞く。加えてレーヴェルン公国との繋がりも深い。王位や公爵位がいずれその息子達に継がれることを考えると、近藤閣下よりむしろ彼女の方が将来的に価値は高いだろうな。彼女が帝国側にいる限り、アストリアは勿論、王国もレーヴェルンも軽々しく動けなくなる。東部を抑える楔としては申し分ない程度にはな」


確かにセラ嬢がこちら側にいる限り、東部は帝国に刃を向けられないだろう。
彼女を危険に晒す可能性がある賭けには出られなくなる。
そう考えれば、父の言うことは決して机上の空論ではないとわかった。


「陛下が東部問題の打開策を模索しておられたからこそ、私は先日この策を進言した。国家利益という観点から見ても十分な価値があり、軍略としても理にかなっている。そして何より、お前にとっても望むものを得られる可能性がある。だから私はお前をここへ呼んだのだ。これは帝国の未来を左右する計画であり、その成否にはお前の存在が必要不可欠だからな」

「つまり、皇帝陛下はこの計画に賛成していらっしゃるということですか?」

「ああ。そしてお前に主体となって動いてもらいたいと仰っている」

「僕にですか?」

「当然だろう。帝国の剣であるお前以上に適任な者はいない。必要とあれば躊躇なく敵を斬り捨て、情より結果を優先できる。戦場で甘さを見せぬお前だからこそ任せられるとのことだ。そしてこの計画が成功したならば、お前が望むものを与えるとも仰っていた」


そこまで聞いて、ようやく全てが一本の線で繋がった気がした。
帝国の利益と家門を大きくしたいという父の軍略、そして僕自身の願い。
その全てが奇妙な形で重なっている。
しばらく沈黙した後、僕は静かに尋ねた。


「では……僕がその人質を欲しいと告げたら、陛下は僕にくださると?」

「ああ。殺さない限り、お前の好きにして構わんそうだ」


あまりにも現実離れした話だった。
数年前に断ち切られたはずの縁が、こんな形で再び目の前へ差し出されるなんて、つい先日までの僕なら想像すらしなかっただろう。
でも不思議なことに、罪悪感のようなものは湧いてこなかった。
むしろ胸の奥でじわじわと熱を帯びていくのは、長い間手の届かない場所にあったものが突然現実味を持ち始めたことへの昂揚だった。
あれほど欲しくて、あれほど執着しても諦めるしかなかった存在が、ようやく手の届く場所まで引き寄せられようとしている。
その事実は妙に心を高揚させて、僕は無意識に唇の端を持ち上げながら父を見る。
けれど父はそんな僕の反応を見ながらも、冷や水を浴びせるように言った。


「だが、このやり方で手に入るのはセラ嬢の身柄だけだ。当然ながら、彼女の心ではない。故郷を奪われ、家族を脅され、人質として連れて来られるのだ。お前が望む通り彼女を側に置けたとしてもその心は二度と手に入らなくなるやもしれんが、それでも構わないのだな?」


それは問いかけというより確認だった。
でも僕がどんな答えを返すのか、父は最初から分かっているのだろう。
だから僕も隠すつもりはなかった。
少しだけ考える素振りを見せた後、小さく笑う。


「別に構いませんよ。どのみち僕は切り捨てられた立場ですからね。既に嫌われてる身なので、憎まれたとしても痛くも痒くもありません」


僕は椅子の背にもたれながら、ゆっくりと言葉を続けた。


「アストリアは僕との婚約を破棄して関係を完全に断った。僕がどれだけ望んだところで、向こうから手を伸ばしてくることはもうないでしょう。だから今さら彼女に愛されたいとも思いません。そんなことを期待する時期は、とっくに終わりましたから」


書斎の窓から差し込む光が地図の上に落ちる。
僕はその光を眺めながら静かに続けた。


「僕は別に愛情が欲しいわけではないんです。ただ彼女が他の誰かの隣で幸せそうに笑ってるなんて、許せないんですよ。それに欲しかったものが奪われたまま、はいそうですかと納得できるほど出来た人間じゃないですし。父上なら、分かってくださいますよね」


父はしばらく僕を見つめていたけど、やがて僅かに目を細める。
その表情は呆れているようにも、納得しているようにも見えた。


「分からんでもないな。自ら引き下がるのが美徳だと言う者もいるが、そのような者は大抵何も手に入れたことのない人間だ。地位も、権力も、戦場での勝利も同じだ。望むだけでは手に入らん。奪われれば取り返し、邪魔する者がいれば排除し、そうして初めて自分のものになる」


その言葉は、まさに父らしかった。
善悪ではなく結果。
正しいか間違っているかではなく、弱者か強者のどちらになるか。
幼い頃から何度も聞かされてきた価値観だ。


「もっとも、お前の場合は少々度が過ぎているようだがな」

「そうですか?」

「数年も前に終わった縁に未だ執着している時点で十分異常だ」


そう言われても反論する気にはなれなかった。
自分でも分かっている。
彼女が他の誰かのものになるくらいなら、その心が永遠に手に入らなくなったとしても自分の傍に置きたいと考えているのだから、まともな感情ではないのだろう。
けれど父はそんな僕の沈黙を否定することなく、小さく鼻を鳴らした。


「だが、それでいい。何としてでも手に入れたいと思うほどの執着があるからこそ、人は常識では辿り着けない場所に辿り着く。お前が帝国最年少で帝国の剣となったのも、周囲が呆れるほど結果に執着したからだろう」


その言葉は確かに否定はできなくて、思わず苦笑が漏れる。


「そうかもしれませんね。それで、この計画はいつ実行するんです?」

「この策は帝国と王国の均衡を揺るがす規模の話だ。実行するにはまだ準備が必要になる。まず王国との交渉材料を整えねばならんし、帝国議会への根回しも必要だ。軍を動かす以上は兵站も確保し、アストリア侵攻の際に周辺諸侯がどのように動くかも調べておく必要がある。何より重要なのは、攻め入ったその場でセラ嬢の身柄を確実に確保することだ」


父はそこで一度言葉を区切り、そのまま続けた。


「城を落としたところで肝心の人質を取り逃がせば意味がない。東部を牽制するための駒が手に入らなければ、この計画そのものが成立しなくなるからな。だから軍事行動と身柄の確保は同時に行う必要があるということだ。それに帝国法の問題もある。貴族の令嬢を側室として迎える場合、本人が十七歳以上でなければならない。だからこそ、セラ嬢が十七を迎えた後、速やかに動けるよう今から全てを整えておく必要がある。交渉も軍備も人員配置も、全てその時期に合わせて進めるつもりだ」


あと一年程の辛抱だと考えながら、セラ嬢と昔交わした約束を思い出した。
アストリアの庭園で指切りをした誓い。
十七になりデビュタントを迎えたらすぐに君を迎えにいく約束をした。
婚約破棄と共に朽ち果ててしまった約束が、今になってまるで運命の悪戯のように僕の元に舞い戻ってこようとしている。
セラ嬢が望まない形で。


「それにお前にもやってもらわねばならんことがある。まずはアルディオン公爵家に確固たる後ろ盾を得ることからだ」


その言葉を聞いて、嫌な予感がした。
父がこういう前置きをする時は、大抵ろくでもない話が続くからだ。


「つまり……結婚しろと?」

「そうだ」


予想通りの返答に思わず眉を顰める。
しかし父はそんな僕の反応など意にも介さず、当然のことを語るような口調で続けた。


「東部から送られてくる人質を公爵夫人に据えるなど、帝国の貴族達が認めるはずもない。セラ嬢はあくまで側室として迎えることになる。その前に、公爵家を支える正妻が必要だ」


そこまではまだ理解できた。
納得はできなくても理屈は分かる。
でも父の話はそこで終わらなかった。


「だが、それだけでは不十分だ」

「……まだあるんですか?」

「当然だろう。アルディオン公爵家は新興の家門だ。皇帝陛下から公爵位を賜ったとはいえ、土台は脆い。東部を相手取るのであれば、一つや二つの後ろ盾では足りん」


父はそう言うと机の引き出しを開き、中から三通の書類を取り出した。
それらは厚手の羊皮紙にまとめられた家門記録と人物調書だった。
令嬢本人の経歴はもちろん、親族関係、保有領地、軍事力、財政規模に至るまで詳細に記されている。
父はそれを無造作に僕の前に滑らせた。


「目を通せ」


嫌な予感しかしなかったけど、とりあえず受け取る。
一枚目を開き、そこに記された名前を見て、思わず目を細めた。


「……ローゼンガルド?」

「以前、この家門のご令嬢とも良く会っていただろう」


ローゼンガルド大公国。
帝国中部を治める名門中の名門だった。
豊かな鉱山資源を持ち、帝国軍の武具製造の大半を担っている家門でもある。
そこに記されていたのは、何度も顔を合わせたことのある千嬢の名前だった。


「ローゼンガルドは諜報網に長けている。帝国と中部との交易路を管理している関係で、帝国内外の情報が自然と集まるのだ。王侯貴族が何を企み、どの商会が勢力を伸ばし、どの領地が不穏な動きを見せているのか。そうした情報を誰より早く掴める家は強い。どれほど名門であろうと、世の流れを知らねば取り残されるからな」


僕は何も答えず次の書類に目を落とす。
そこには西方有数の商業貴族の名が記されていた。


「この家は医療大国だ。様々な薬品の研究を行い、実際北部最大の薬物製造業を手がけている。帝国では手に入らぬ薬草や希少な医術書を数多く保有していてると聞く。医療の発展は民の支持を集め、貴族社会においても大きな発言力となるだろう」


そして最後の一枚。
そこに記されていたのは帝国南部よりの辺境伯家だった。
軍事色の強い家門であり、南方諸国との最前線を担っていた。


「この家は精強な騎士団を保有している。東部との戦が長引いた場合、真っ先に援軍を出せるのはここだ。それに縁を結べば武具供給の優先権を得られるだろう。つまり嫡妻一人、側室二人。三家との縁を得ればアルディオン公爵家は盤石になる」

「盤石どころか、帝国でも有数の巨大勢力になりますね」

「だからこそ意味がある。東部を抑える計画の中心に立つ以上、お前個人の力だけでは足りん。家門の力も必要になる。陛下が望んでいるのは帝国の勝利であり、そのためにはアルディオン公爵家がさらに大きくならねばならない」


父の声音には一切の迷いがなかった。
まるで既に決定事項であるかのような口振りだった。
書類を見下ろしながら、僕は静かに息を吐いた。

父の理屈は反論しようとしても、そのほとんどが合理性で塗り固められているさら厄介だった。
けれど同時に、それを拒めない自分がいることも理解していた。
父の示した道筋の先には、確かにセラ嬢がいる。
どれほど不本意な手段だったとしても、その可能性がある以上、簡単に背を向けられなかった。


「どうした?この計画から降りるのか?」


父は静かな口調でそう問い掛けてきたけど、その声音には僕を試すような色も、説得しようとする色も含まれていなかった。
ただ目の前に置かれた選択肢を確認しているだけであり、もし僕がここで首を横に振ったとしても、この男は眉一つ動かさないんだろうと思えた。


「降りないですけどね」


僕自身、この話を聞かされた時点で既に答えを出していたのだと思う。
だからこそもし僕が断った場合、この話はどうなるのか逆に気になった。


「ちなみに、僕が降りたらどうなるんです?」

「残念ながら別の者を立てるしかないな。東部問題はお前個人の事情で止まる話ではない。陛下が必要だと判断なされた以上、誰かがその役目を担うことには変わりない」


そこまでは予想通りだったけど、父は淡々と続ける。


「その場合、人質が誰の手へ渡るかまでは私にも分からん。側室として迎えたい者もいるだろうし、皇族へ献上すべきだと主張する者もいるかもしれん。あるいは功績を挙げた有力貴族への褒賞として与えられる可能性もある。もっとも、東部最大の公爵家の後継者であり、東部諸侯にとって象徴的な立場にある娘だ。加えて見目も麗しいとなれば、欲しがる者など帝都には掃いて捨てるほどいるだろうな」


父の言葉は淡々としていたけど、その内容は十分過ぎるほど僕を苛立たせた。
欲しがる者はいくらでもいるのは確かにその通りだろう。
あの子は昔から愛らしかったし、今はもう誰もが目を奪われるような令嬢に成長している。
アストリアという家柄を抜きにしても、貴族達が放っておくはずがない。
ましてや今回の計画が成功した後なら、東部全体を牽制するための重要な人質としての価値まで加わるのだから、その身柄を望む者が現れるのは当然だった。

そして、そんな話を聞いてしまえば、間違っても断れるはずがなかった。
そもそも僕は、ここへ来る前からある程度こうなることを予想していた。
父がわざわざ僕を呼び出した時点で、都合の良い話だけで終わるはずがないことくらい分かっていたし、何かを手に入れるためには何かを差し出さなければならないことも嫌というほど知っている。
その代償が望まぬ婚姻であろうと、政治的な駒として利用されることであろうと、その先にセラ嬢がいるのなら僕は受け入れるしかない。
僕はゆっくりと息を吐き、机の上へ置かれた三通の調書に視線を向けたまま口を開いた。


「分かりました。父上や陛下のご意向通り動きますよ」

「賢明な判断だな」


その言い方が少し気に入らなくて、僕は小さく苦笑した。


「ですが、僕はいいとしても彼女達はいいんですか?まだ具体的な話は出ていないんですよね?」


いくら政略結婚が当たり前の世界とはいえ、僕のような浮いた噂が多い男に嫁ぐ話を喜んで受ける令嬢ばかりではないはずだ。
それに帝国の剣という呼び名で知られている僕を、帝国の死神だと罵って快く思わない者だって少なくない。
でも父は意外そうに眉を上げると、すぐに鼻で笑った。


「問題はない。先方はどの家も、むしろ是非にと願っている立場だ」


あまりにも断言するので思わず顔を顰めると、父は構わず続けた。


「お前は自覚が足りないと見える。帝国最年少で帝国の剣となり、公爵位を賜り、陛下からも厚く信任されている。多少性格に難があろうが、多少女癖に問題があろうが、それでもなお欲しがる家門の方が圧倒的に多い」

「酷い言われようですね」

「事実だ」


父らしく即答だった。
でも、その言葉に嘘がないことも理解できた。

結局のところ、この世界は感情より利益で動く。
有力な家門との婚姻はそれだけで価値がある。
だから令嬢達本人がどう思っているかなど関係なく、家門としては歓迎するだろう。


「話は以上だ。これから先は私と陛下で準備を進める。お前はアルディオン公爵として力を蓄えろ。いずれ来るその日のためにな」


僕は返事をしなかった。
できなかったと言った方が正しいかもしれない。
父の描いた未来はあまりにも現実離れしていたし、まだ何一つ始まっていない。
それなのに、胸の奥では既に一年後のことを考えてしまっている自分がいた。

再び会うことになるだろう十七になったセラ嬢。
そして、どんな形であれ手を伸ばせるかもしれない未来。
それらを思い浮かべるたびに心は静かに熱を帯び、同時にどうしようもなく落ち着きを失っていく。
父との話が終わった後も、僕の頭の中に残り続けていたのは軍略でも政治でもなく、結局はただ一人の相手のことだけだった。   

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