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山南さんに連れられるまま近藤さんに会いに行くと、彼は快く二つ返事で了承してくれた。
あまりに問題なく許可が降りて肩透かしを喰らったものの、近藤さんの期待を裏切らない為にも努力することを彼に誓った。
そして部屋を出て歩いていると、山南さんが僕を自室へと招待してくれることに。
二階最奥にある彼の部屋は、綺麗に整頓された山南さんらしい部屋だった。
「沖田君と一緒にお茶が飲めるのは嬉しいですね。前々からお声を掛けさせて頂きたいと思っておりましたから」
「僕も嬉しいですよ。山南さんには沢山お世話になってますしね。今日の件も、僕に声を掛けて頂けたこと光栄です」
「いえいえ、君はこの数年でとても立派な騎士になりましたからね。専属騎士まであと一歩です、このまま気を抜かずに頑張って下さい」
山南さんに認めて貰えるのは、近藤さんの時とはまた違った喜びがある。
彼にお礼の言葉を述べて出された紅茶を一口飲んだ時、山南さんは落ち着いた声で僕に言った。
「そう言えば、お嬢様と交際されているのでしょう?」
「っ……、げほっ……ごほっ……」
「おめでとうございます。想いが通じて良かったですね」
「……ご存知だったんですか?」
「私が知らないとでも?城内でのことは私もきちんと把握しておかなければなりませんので、それなりにわかっているつもりですよ、沖田君」
この人は一体どこまで知っているのだろうとその笑顔に恐怖心を覚えるけど、そんな僕を見てくすりと笑った様子からは然程他意はないようにも見えた。
「山南さんには敵わないな。実は謹慎明けに近藤さんからあの子のことをどう思ってるか聞かれたんですよ。正直に話したら今は自由にしていいと言って頂けて」
「そのようですね、私も近藤さんから少しお話は伺いました」
「近藤さん、何かおっしゃってませんでした?本心では反対されてるんじゃないかって、実は心配だったんですよね」
「いえ、近藤さんは君を評価していますから頭ごなしに反対はなされないでしょう。ただお話はあったと思いますが、将来のことはまだわかりません。お互いの気持ちは勿論のこと、お嬢様は公爵家の大事な跡取りですからね。必要な縁談があれば近藤さんでも断れない場合も出てくるということです。最悪そうなった時に後悔しないというのであれば、私達に君達を止める権利はありません。むしろ君達は見ていて好感が持てますからね」
「ありがとうございます、山南さん。先のことは正直不安ではありますよ。でも心配ばかりして今を諦めるのは嫌だったんで、自分の気持ちに正直に生きようと思ったんですよね」
僕に今出来ることは、もっと強くなって彼女を護り続け、いつか本当の意味で近藤さんに認めて貰うことだ。
僕の肩書きはどんなに努力したところで騎士伯か男爵あたりだろうけど、セラを幸せにするために出来ることはなんだってするつもりでいる。
「気持ちに正直に、ですか。良いですね。ですがあまり正直になり過ぎては駄目ですよ」
「どういう意味です?」
「お嬢様が大好きだからといって、一線を越えては駄目ですよという意味です」
「ああ、それなら大丈夫ですよ。近藤さんからも傷物にはしないで欲しいと言われてますし、あの子にそんなことするつもりないんで安心して下さい」
「今はそうかもしれませんが、相手を想うが故にそれを制御するのが難しい時もあるものです。暴走しないようにして下さいね」
「暴走なんてしませんよ。僕をどんな目で見てるんですか?別に僕は今のままで十分満足してますから、あの子に変なことはしませんって」
「沖田君は真面目で良い青年ですね。まあ、一線を越えなければいいだけなので、その手前までで抑えて頂けたら大丈夫ですよ。そこは上手くやってください」
「いや、手前って……嫌だな、変な話をしないで下さいよ」
山南さんが変な話をしてくるから、僕まで妙な気分になってくる。
セラをどうこうしたいなんて考えてもいないのに複雑な気分だ。
「私は真剣に話しているのですよ、沖田君。私は君達が離れなければならなくなった時、お嬢様より君の方が心配です」
「僕……ですか?」
「君は寝る間も惜しんで稽古をしていることもあるそうですね。任務では自分の身体を張ってでも必ず遂行する強い意志も持っていると思います。結果こうして異例の早さで出世しましたが、それが全てお嬢様のためだということが私としては気になってしまうのですよ」
「山南さんはそれが好ましくないと思ってるということですか?」
「いえ、一概にそうとは言えませんがね。沖田君もお嬢様もこの数年で劇的に成長されています。沖田君の功績も素晴らしいですが、お嬢様も主席を取るだけではなくピアノやヴァイオリン、その他の稽古事でも様々な結果を残していらっしゃいますから素晴らしいことです」
「セラは昔から頑張っていましたもんね」
「元々努力はされるお方でしたが、沖田君が来た頃からでしょうか。急に成績が上がって、その理由を聞いてみたことがあるんです。その時彼女は沖田君が専属騎士になるために頑張っているから、私も頑張りたいとおっしゃられていましたよ。それからお二人ともみるみる成長されて……近藤さんも君達が互いを高め合える関係を築いていると理解していらっしゃるので、あなた方を離すことはしないのだと思います」
「そうだったんですか……。僕達の努力が報われたなら嬉しいですけどね」
「そうですね。だからこそ一度距離が縮まることで、今後離れる時に更に大きな傷にならないか私も近藤さんも危惧しています。沖田君に限っては、頑張る理由を見出せなくなってしまうのではと心配なのですよ」
確かに僕は、セラを護りたくて、あの子の一番近くであの笑顔を見ていたくてここまで努力してきた。
辛いことや怖いと思うこと、不安だって勿論あったけど、セラが隣で僕を励ましてくれたから乗り越えることが出来たんだと思う。
それがもし全てなくなってセラの瞳に映して貰えなくなった時、僕の心は一体どこに沈むのだろう。
そんな日が来るなんて考えたくもないけど、その時の自分がどうなってしまうのかは今は見当もつかなかった。
「そうですね、確かに辛いと思いますよ。でも僕はそうなった時でもあの子の隣で堂々と彼女を護り続けられるように専属騎士を目指します。騎士の一人としてでもセラに必要だと思って貰えるように頑張りますよ。それにセラがこの城から出て行く時、もし僕があの子についていくことが出来なかったとしても、僕はここでセラが大切に想っている近藤さんや城の人達を護ります」
勿論これは、セラと離れた場合の理想の自分だ。
そんな未来は望まないけど、最悪そうなった時に自分を見失わないために考えていたことだった。
「素晴らしいですね。君がそうなってくれることを願いますが、実際理解していても割り切れないのが人間です。想像はしたことあるでしょうか?今まで大切に一線すら越えずに護ってきたお嬢様が、急に現れた男に奪われるんですよ。しかもその男とはすることをなさるのですから、その様子を間近で見ていて君は恨みすら持たないでいられるでしょうか」
山南さんの言葉通りのことを想像すれば、顔の見えないその男に憎しみが湧くと同時に握った拳にも力が入る。
敢えて考えないようにしていたことでもあったから、その話は正直して欲しくはなかった。
「それは……分かりませんけどね。でも今からそんな後ろ向きなことばかり考えたくはないんですよ。そもそもなんで山南さんにそこまで言われないとならないんです?」
「言ったでしょう、私は沖田君が一番心配だと。君もお嬢様もあまりに純粋で見ていてとても危ういのです。割り切って今を楽しまれているなら良いのですがね」
「でもそういうのって自分でどうこう出来るものでもないですよ。山南さんだって同じ人間なんだからお分かりになりますよね」
「分かりますとも。では何故私がこのような心配をしているのか、一つ話を聞いて下さいませんか?」
山南さんは落ち着いた物腰で席を立つと、空になったカップへ紅茶を注いでくれる。
そして僕の目の前に再び腰を下ろすと、淡々と昔のことを話し始めた。
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