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「近藤さんは今は亡き奥様のことをとても大切にしてらっしゃいました。それこそ今の沖田君とお嬢様のように大変仲睦まじいご夫妻だったのですよ」
山南さんの話というのは、昔の近藤さんの話だったらしい。
彼はその頃を懐かしむように、ゆっくりと話をし始めた。
「近藤さんは勿論、ユフィ夫人もとてもお優しい方で、城の従者からも大変慕われていました。お嬢様がお生まれになってからも、近藤さんはご家族で過ごす時間を一番に考え、とても幸せな生活を送っていらっしゃったと思います。ですが、お嬢様が七歳の時だったでしょうか、夫人が不慮の事故でお亡くなりになりました。その話は沖田君もご存知ですよね?」
「はい、あの子から聞いたことがあります。馬車の事故だったんですよね」
「表向きはそうですね。ですが、実際は違います」
「え?そうなんですか?」
「これはお嬢様も知らないことなので、沖田君が誰にも話さないと約束してくださるならお話しましょう。勿論喋ってしまったら、それなりの罰は覚悟して貰いますが」
「絶対に喋りませんよ。セラに関わることで僕がいい加減なことをするわけないじゃないですか」
「沖田君ならそう言ってくれると思いましたよ」
セラですら知らないという山南さんの話は、夫人の死の真相だった。
彼女は街で暴漢共に攫われ、複数の男に弄ばれた挙句に惨たらしく殺されたらしい。
その時の護衛役数人も全てそいつらに殺され、その現場は見るも無惨だったという。
その出来事がセラの耳に入らないようにするため、城内では馬車の事故として話を通したらしいが、あまりに卑劣な話を聞いて胸糞が悪くなるのを感じていた。
「……酷い話ですね。その時の近藤さんの気持ちを考えたら辛くなります。許せませんよ、そいつら」
「ええ、私もあの時のことを思い出すだけでいまだに怒りが湧きます。それに実際、その事件の後から近藤さんは変わりましたよ。近藤さんは財産の多くを騎士団の育成に使うようになりました。城の中だけでも安全に過ごせるように、そして出掛ける際はより強い護衛を連れて歩けるようにです」
「だからアストリア公国の騎士団は規模も大きく有名なんですね」
「ええ、最初は散財してしまうのではないかと心配しておりましたが、騎士団が評価されてからはむしろ以前よりこのアストリア家は大きく成長しました。それから更に騎士団を大きくし、今のようになったと言うわけです」
「そんな経緯があったんですね。近藤さんは争いが嫌いな方じゃないですか、それなのにどうしてこんなに立派な騎士団を抱えているのか不思議には思っていたんです」
「全てお嬢様を守るためですよ。お嬢様は元々とても愛らしいお方ですが、成長されるにつれ生前の奥様に益々似てこられてまるで生き写しのようです。近藤さんからしたら、お嬢様は何に変えても護りたい大切な存在なのでしょう」
「大好きな人が残してくれた宝物ですからね。近藤さんの気持ち、わかる気がします」
あの人が温かいのは人の痛みが分かる人だからだと思っていたけど、まさかここまで重い過去があるとは思わなかった。
あの優しい笑顔の下で、どれだけの苦悩や悲しみを乗り越えてきたのだろうと考えれば僕の心にも痛みが走った。
「ただお嬢様を大切にし過ぎるあまり、お嬢様が城の外部の人間と関わることを極端に嫌いました。彼女を外に出すことや他の貴族と交流されることさえ断固としてしてこなかったものですから、お嬢様はいまだに社会の情勢や貴族の在り方について疎いのです。君もお嬢様を見ていてそう感じませんか?」
「確かに純粋な子だとは思いますけどね、でもマナーや貴族の立ち振る舞いは完璧じゃないですか。もうすぐ学院にも通いますし、これから身につけていけば良いんじゃないですか?」
「そうだといいのですがね。ただ現実は本に書かれた物語のように綺麗なことばかりではありません。それを知ったお嬢様がうまく周りに馴染めなかったり、将又変な男に拐かされてしまうのが心配なのですよ」
「僕がセラを絶対に護りますから大丈夫ですよ。伊庭君と平助もいますし、あの二人もあの子が大好きなので僕達三人があの子の傍にいて危険な目には合うことはないと思いますけどね」
「無論、それを期待して沖田君もお嬢様と一緒に就学して頂くことになったのですからそうして頂かないと困ります。近藤さんは、本当に君を信頼しているのですよ」
「近藤さんがですか?」
近藤さんに頼って貰えたり信頼されることは、僕にとってとてつもなく嬉しいことだ。
思わず紅茶を飲む手を止めて反応してしまった僕に、山南さんは微笑みながら言葉を続けてくれた。
「お嬢様が誘拐された時、近藤さんは相当心労を抱えていらっしゃいました。その期間も長かったので、私達も最悪を想定せざるを得なかったのですよ。そんな時、犯人の一人がお嬢様を背負ったまま姿を現したと報告が入りました。それが沖田君だったわけですが、後からお嬢様のお話を詳しく聞いて近藤さんがあなたにとても感謝をしていたのです。何の見返りもないどころか君にとっては本来マイナスでしかないにも関わらず、お嬢様の命を優先して下さったのですから」
「そうだったんですか……。でもあれは僕も見張り役でしたからね、あまり誇れることではないですけど」
「ですが実際、君がいなければお嬢様の命は救えませんでしたよ。犯人側に明確な殺意があったことは取り調べで明らかになりましたしね。それに護衛任務の時も馬車がお嬢様に直撃していたら怪我程度では済まなかった筈です。君は深傷を負ってまでお嬢様を傷一つ付けずに護りきった実例があるので、近藤さんからしたら君以上に信頼出来る騎士はいないのです。護衛の任務は剣術の腕だけでは補いきれないことがあると近藤さんは身を持って知っておられますからね」
「そう言われると、確かに剣術の腕だけではないのかもしれませんね。僕はこれまで剣の腕を磨く強くことばかり考えていましたけど、山南さんの話を聞くと色々考えさせられます」
今の自分に足りていない物はないか、そう改めて考える僕を山南さんは感情の読めない瞳で見つめている。
今まではあの子を護れていたけど、近藤さんの奥様のようなことがいつ起きてもおかしくはないこのご時世にいつになく不安を感じていた。
「近藤さんが君を信頼出来る理由がもう一つあることをご存知ですか?」
「いえ……分からないですよ。僕は前科者なので一番信用されない可能性もあると考えていたくらいですから」
「確かに過去には色々あったかもしれませんが、君はお嬢様と出会ってこの城で生活するうちに変わりました。それはお嬢様を本当に大切に想われているからではないですか?」
真っ直ぐに問われると気恥ずかしさが勝り、短い肯定の返答だけで視線を逸らす。
「君がお嬢様を好きでいて下さる限り、君は誰よりも確実にお嬢様を護って下さる強い盾となることでしょう。だから近藤さんは君達の交際を許可したのですよ」
「そうなんですか?」
「ええ。君が謹慎になった時、一度はお二人を離すことも近藤さんは検討されたようですが、お嬢様が反発したこともあり色々と考えられたそうです。その結果今離すのは得策ではないと思われたのでしょうね」
「それはいずれは離すつもりだと……そういうことですか?」
「いえ、そればかりは分かりません。状況はその都度変わるものですからね。だからこそ近藤さんも酷く悩んでおられるのです。ただ近藤さんは君を本当に可愛がっておられますし、君のことを利用している訳ではありません。そのことだけは今後も忘れないで頂きたかったので、このお話をさせて頂きました」
近藤さんがセラを想う気持ちや、山南さんが近藤さんを気遣う気持ちが理解出来るからこそ、僕はどのような結果になってもこの人達のことを恨むことは出来ないのだろうと思った。
彼女を共に過ごすということは、この人達の想いも同時に背負うことだと気付き、僕は山南さんに微笑みを向けた。
「大丈夫ですよ、僕は利用されたなんて思いませんから。仮に利用されたとしても、あの子の傍にいられるのなら僕は迷わずその道を選ぶと思うんで、自分の選んだ道には自分で責任を取りますよ」
「そう言って頂けるのありがたいですがね」
「心配し過ぎですって。まさか僕がそのうち報復でもするんじゃないかと疑ってます?」
「君のことは信頼していますよ。ですか実際痴情の絡れは惨劇を生むことがありますからね」
「そんなものなんですかね、僕にはよく分かりませんけど」
「では君にこの話をしましょう。ユフィ夫人の話には実はまだ続きがあるのですよ」
敢えて軽く受け答えをしていると、山南さんの声質がいつもより低くなり、その顔色も暗くなる。
そして僕の瞳も見ないまま、彼はまた話し続けた。
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