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山南さんの話によれば、近藤さんとユフィ夫人、そして隣国に領地を持つもう一人の公爵家の御子息は幼い頃から親しい間柄でよく三人で過ごしていたと言う。
先に恋仲になったのは奥様ともう一人の公子様だったらしく、近藤さんは想いを実らせることは出来なかったそうだ。
でも時が流れ、ユフィ夫人の実家が経営難に陥った時、それを救ったのが近藤さんだったらしい。
婚姻を結ぶことで奥様の家門は大きな後ろ盾を得て、結果としてもう一人の公子様と奥様の関係は終わりを迎えたということだった。


「つまりそれは近藤さんが略奪したということですか?」

「言い方は悪いですがそうなりますね。ただ近藤さんは奥様のことを大事にされていましたので、無理強いはされていない筈です。だからこそ奥様も、近藤さんに想いを寄せるようになったのですよ」


近藤さんともう一人の公子様は当初揉めはしたものの、その公爵にも婚約の話が持ち上がったことから後に和解したという。
彼の相手に子供が出来たが故の婚約だったらしいが、互いに年の近い子供が生まれたことをきっかけに、六人で集まる時もあったらしい。
意気投合した夫人同士が、子供を連れて集まることが増え、基本はよくその四人で過ごしていたそうだ。


「それは向こうの奥様は、過去に自分の亭主と近藤さんの奥様がそういう関係だったことを知らなかったってことですか?」

「はい。ユフィ夫人もその頃は近藤さんにお気持ちがありましたし、六人で会うことは稀だったのであまり気になされなかったんだと思います。ですがある時、六人で子供の誕生日会を催している時、向こうの公爵様が皆のいない場所で奥様に言ったらしいんです。まだ気持ちが残っている、もう一度やり直せないかと。勿論近ユフィ夫人はきっぱり断られたそうですが」

「その人は結婚して子供がいるのに、そんなことを言ったんですか?」

「元々奥様と別れて自暴自棄になった時に誤って子供が出来て結婚しただけですから、彼は相手に然程愛情がなかったのですよ」

「いや、だからって良くないですよね」

「ですが人を想う気持ちというのは制御できないものだと沖田君も分かるのではないですか?」

「それは分かりますけど、気持ちが残っているなら独身を貫けば良かったじゃないですか。しかも他の人と関係を持つとか僕には理解できないな」

「まあ、そうなんですけどね。ですが皆が皆君のように強い人ばかりではありませんよ。彼も悩んだ末に奥様に告げてしまったんでしょう」


話の続きを聞くと、最悪なことはそれだけに留まらず、その話を公子様の奥様が運悪く聞いてしまったらしい。
その場では事を荒げなかった彼女は、悲しみに明け暮れた後、とんでもない奇行に走ったという。


「実はその奥様が、近藤さんの奥様を暴漢達を使って襲わせた首謀者でした。そして恐ろしいのが、そのことが直ぐに明るみにならなかった為、彼女は近藤さんの奥様が亡くなられた後も、子供を連れて近藤さんとお嬢様に会いにこの城によくいらっしゃっていたのですよ」


どくんと嫌な予感が身体中を走り、一筋の汗が伝うのを感じる。
深く考えることをしないまま聞いていたけど、子供の一人がセラだと意識すれば見えてくる真実。


「ちょっと待って下さい。まさかその相手の子供って……、はじめ君ですか?」

「正解です、よく分かりましたね」


思わず言葉を失って、ただ山南さんを凝視する僕に、彼はまた言葉を続けた。


「近藤さんはユフィ夫人と仲の良かった向こうの奥様を信頼していたのでしょう。疑うことなく彼女を受け入れていたみたいです。子供同士も仲が良かったので、お嬢様の良い遊び相手になると思ったのでしょうね」

「それで、どうなったんです?」

「彼女はお顔立ちが似ているお嬢様のことも憎く感じてしまったのでしょう、人の目を盗んでお嬢様を毒殺を試みたのです」

「セラは大丈夫だったんですか?」

「幸い即死してしまうような猛毒ではなかったことと、直ぐに吐き出せたこともあって回復されましたよ。三日三晩は意識もなく危なかったですが……」


いつも天真爛漫で人に害を及ぼすことのないセラが、僕の知るところ以外にも危険な思いをしていることを知り悔しさが込み上げてくる。
立場のある人間が命を狙われるのはこの世の常だと理解していても、あの子を取り巻くこの世界が思っていた以上に醜く歪んでいることを実感させられた。


「子供相手に酷いことをする人がいるんですね。何の罪もない子供を毒殺しようとするなんて……とても許せないですよ」

「ええ、それは近藤さんも同じ考えでした。彼は理由をつけて公子様だけ帰宅させると、その奥様を牢に繋いでそこまでする理由を聞いたのです」


全てを話したその奥様は言ったらしい、「斎藤公爵を苦しめたかった」と。
怒りの矛先は近藤さんの奥様同様、自分の愛した斎藤公爵にも向けられてしまったのだ。
近藤さんは彼女の行いを許すことは出来ず、法律のまま彼女を死刑に。
それからは、はじめ君とセラも会うことはなかったという。


「それなのにどうして以前、はじめ君はここに来たんです?」

「公子様もこの件については何も知りません。母親の死も流行病で闘病するうちに亡くなったと聞かされている筈です。子供に罪はないので、近藤さんも断れなかったのでしょう。それに隣国の公爵家との関係を断つということは互いに出来ないのが現状です。なので不仲ではないですが、近藤さんと斎藤公爵がプライベートでお付き合いされることはないとは思いますよ」

「それはつまりセラとはじめ君が婚姻を結ぶ可能性もないということですか?」

「ええ、それは絶対に有り得ません。それなのに以前君が公子様にいらぬ戦いを挑んでいたので、呆れましたがね」

「あの時はまだ僕も今より子供だったんですよ、その話はしないで貰えます?恥ずかしいんで」

「分かりました。ですが、今の話を聞いて私が懸念する理由を分かって頂けましたか?愛情は時に人を蝕む毒になる場所があるということです」


愛と言うと聞こえがいいけど、歪んでしまった愛情は山南さんの言う通り誰かを傷つける刃になってしまうのかもしれない。
そのせいで関係のないセラやはじめ君が巻き込まれてしまった事実を聞いて、僕の心中には影が落ちた。
勿論あの子がはじめ君の許嫁になることはないと聞いて、安堵したのは事実だ。
でも、セラのために迷いを捨てて戦っていたはじめ君を思い出せば、少しだけ心の端が痛む気がする。
そしてこの話すら知らないセラを思うと、更に心が痛くなった。


「まさか近藤さんにそんな過去があったなんて驚きました。セラを外界と接触させたくない理由も理解できます」

「そのことですが、沖田君にも年の為知っておいて欲しいことがあります」

「何ですか?」

「先日の護衛任務の際、敵の一味がお嬢様を狙っている組織が多く存在すると言っていたと教えて下さいましたよね」


山南さんの話は、今のセラに関わることだったため緊張しながら言葉を待つ。


「君がお嬢様を救って下さった誘拐事件……君もご存知かとは思いますが、城の侍女がお金で買収されていたことが事の発端です。あれから侍女の数を大幅に減らし、新しい者も雇っていませんが、あの時の連中が我が公爵家に狙いを定めたのは、とある人物からお金を積まれたからだと言っておりました。今回の件と首謀者が同じかはわかりませんが、裏でお嬢様のことを狙う輩がいるのは間違いないようですね」

「……そうですね。セラは色々な意味で目を引きます。彼女を欲しいと思う相手が数多く存在するように、疎ましいと思う奴もいるでしょうからね」

「ええ……。ですがお嬢様もいつまでもこの城の中だけで生活するわけにはいきません。学院に出向くようになれば、外部との接触は避けられませんからね」

「ちなみに、セラは自分の身が狙われていることや、以前の誘拐の時、侍女が買収されていたことは知ってるんですか??」

「お嬢様が目をつけられていることは話していません。ですが侍女のことはお話しましたよ。とても信頼していたそうなので、悲しそうにしていましたけどね」


僕がここに来てから、セラはやたら僕を信頼してくれていた。
命の恩人だからと彼女は話していたけど、見張り役をしていた僕に何故そこまで信頼を寄せてくれるのか、当時はあまり理解できなかった。
けれど山南さんから話を聞いて、その理由が次第に分かっていく。
いくら身近にいる人間でも平気で裏切り自分を売る人間がいると、彼女はあの時知ってしまったからこそ、僕をここまで信用してくれたのかもしれない。


「侍女まで裏切るなんて城の中でも気を抜けないってことじゃないですか……。それでその侍女や誘拐していた奴らを操っていた黒幕の情報は得られなかったんですか?」

「誰もその相手が誰なのか分かっておりませんでした。皆口を揃えてフードを被って顔を隠していたと言っていましたからね。ただ背丈やその特徴などは相手によって違ったので単独犯ではないことだけは分かりましたが」

「じゃあ組織ぐるみでセラを狙っていたってことですよね。でも何の目的で?誘拐した奴らは身代金を組織内で分けることしか話していませんでしたよ。つまり黒幕には利益がないってことですよね」

「考えられるのは金銭目的ではなくただ単にお嬢様の命を狙っていた、ということですが……近藤さんが狙われるなら兎も角何故お嬢様にその矛先が向いてしまったのか私達にも分からないのですよ。贈り物の件以来は城の中にもおかしな動きはありませんし、先程話した通り新しく侍女も雇っておりません。騎士は団員を増やしましたが、彼らには基本単独でお嬢様の護衛はさせませんので安心して下さい」


全ての話を聞いて、近藤さんやセラが僕を信頼してくれる理由や、伊庭君や平助が同じタイミングで就学することになったのかが理解出来た。
あの二人は剣術の腕は勿論、騎士団所属歴も他の団員より長いこともあって、信頼されているのだろう。
僕達三人でセラの学院生活を守ることが、最善な選択なのかもしれない。


「長々と話してしまい申し訳ありません。ですが君にはお伝えしておきたかったので今日このような機会を頂けて良かったです」

「僕も教えて頂けて良かったです。もっと気を引き締めなければいけないことが分かりましたよ。それに今まで以上に早く専属騎士になりたいと思っています。自分の手で護れることが僕からしたら一番安心ですからね」

「それは沖田君が一番信頼できる相手だと、そう信じても良いということでしょうか?」

「そうですよ。あの子の周りに危険が付き纏うなら、僕がこの手で護り続けます。僕達の関係がこの先変わったとしても、それだけは変わりません」


真っ直ぐ告げた言葉を聞いた山南さんは、今までで一番温かい微笑みを向けてくれたように感じた。
そして僕自身もこうしてあの子を護ることが出来る身体や力があること自体、恵まれていることだと考えることが出来た。
この世がどんなに醜かったとしても、僕が護ればセラの命が脅かされることはない。
自分にはそれが出来る筈だと信じて、微笑む彼女の顔を頭に思い浮かべていた。

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