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今にも泣き出してしまいそうだった。
会えなかった五年間の気持ちを今にも吐き出してしまいそうで、それをぐっと飲み込むことが精一杯だった。
だからこそ、今の総司様の言葉にだけは、何も言わないままではいられなかったのかもしれない。
『私が……そんなことをすると本当に思っていらっしゃるのですか?』
一度呼吸を落ち着かせて、はっきりと尋ねると、総司様が私を真っ直ぐ見下ろしている。
負けじと見つめ返し、少しでも気丈に振る舞おうと言葉を続けた。
『自分で命を絶ったり、誰かを脅したり……総司様を殺そうとしたり……そんなことをするって、本気で思われているんですか?』
声が震えてしまう。
息を吸おうとしても、胸が詰まって苦しい。
けれど胸の奥に押し込めてきたものが、堰を切ったように溢れ出してしまうから、言葉は止まってくれなかった。
『力づくで相手を従わせようとなさるのは……総司様の方でしょう?』
言うつもりのなかった言葉まで、言ってしまった。
責めたかったわけじゃないのに、胸の奥で押し殺していた想いはもう止まってくれなかった。
『私だって……好きでここに来たわけではありません。家族や友人と離れることも、故郷に帰れなくなることも、全部嫌でした。それでも誰かが傷つくよりはいいと、自分で決めて受け入れたんです。それなのに……総司様は、私が東部の方々を捨てて、そんな卑しいことをするとお思いになるのですね』
私がそう言うと、今度は総司様の瞳が細められる。
その表情に僅かな苛立ちが浮かんだのは見て取れたけど、その言葉を撤回するつもりはなかった。
「つまり君は、僕が力づくで相手を従わせようとする卑しい人間だって言いたいわけ?」
『総司様がそうお思いになるのでしたら、そう受け取っていただいて構いません』
「……あっ、そう」
総司様は小さく鼻で笑った。
その笑みは私の知っている穏やかなものではなく、冷え切った鋭さを帯びていた。
「確かに否定はしないよ。セラ嬢を帝国に連れて来たのは僕だし、拒むようなら君の周りの連中から順に命を奪うつもりだった。でも、それ以外に方法があったとでも言うの?国同士の争いを武力を使わずに収められるなら、騎士なんて最初から必要ないでしょ」
総司様は相変わらず、静かな口調のままで、怒鳴りもしないし責め立てたりもしない。
だからこそ、一つひとつの言葉が胸に沈み、息をすることさえ苦しくなる。
「セラ嬢は僕が人を力で従わせる人間だって言ったけどさ、それが帝国の騎士だよ。綺麗事だけで守れるものなんて何一つないからね。それとも君は、僕が情に流されて任務を放棄するべきだったとでも言うの?」
『……そういうことでは、ありません』
ようやく絞り出した声は、自分でも分かるほどか細く震えていた。
でも私は任務を責めたいわけでも、帝国の騎士としての務めを否定したいわけでもない。
けれど、その思いはうまく言葉にならないまま、喉の奥で絡まるばかりだった。
「違うの?第一、僕がどんな方法で任務を遂行しようが僕の勝手だよね。それが不満だって言うなら、君は君で何か動いてみたら?そうやってただ文句を言っていたって、何も変わらないと思うけど」
『私が勝手な動きをしたら、東部の方々が困ることになるんです。そんなこと、できるはずがありません』
「だったら今のこの状況は、君を護れなかった東部の連中のせいだよね。可哀想だね、周りに弱い騎士しかいなくて」
その言葉を聞いて、胸を締めつけていた悲しみの中に、熱いものが勢いよく流れ込んだ。
何度倒れても立ち上がり、命を懸けて私を守ろうとしてくれた皆の姿が脳裏によみがえり、私は震える拳を強く握り締めていた。
『アストリアの騎士の方々を侮辱しないでください』
「侮辱はしてないよ。ただ弱かったねって、それだけの話」
その言い方があまりにも冷たくて、悔しさに胸が震える。
『武力で勝ることだけが、騎士の価値ではありません』
「じゃあ、君の言う騎士の価値って何?」
総司様は片眉を上げ、興味深そうに私を見る。
問いかけられた私は、真っ直ぐ総司様を見つめ返した。
『どれほど剣が強くても、人を思いやる心を失ってしまったのなら、それはもう私の知っている騎士ではありません。強さだけを追い求めて、優しさを弱さと切り捨ててしまう方を、私は立派な騎士だとは思えないんです』
その言葉は、まるで総司様に向けてしまった責めのようでもあった。
本当は総司様を否定したいわけじゃない。
昔の総司様は、そんな人ではなかった筈だという思いが、胸の奥から零れてしまっただけだった。
けれどその言葉を聞いた直後、総司様の表情がぴたりと止まり、私を見つめる瞳がより鋭く細められた。
「……それ、僕に言ってる?」
そう問い返す口調には胸の奥を探るような冷たさがあり、私は息を呑む。
言葉が見つからないまま何も言わずにいると、その沈黙だけで十分だったんだろう。
総司様は自嘲するように小さく笑った。
「君の考えはよくわかったよ。つまり君にとって僕は、人を思いやる心を失った最低な騎士ってわけだ」
黙り込む私を目の前に総司様は小さく息をつくと、私からふいと視線を逸らして、皮肉っぽく笑った。
「君も随分と言うようになったよね。昔はもっと可愛かったのに」
その言葉を聞いて、頬に熱が集まり、視界が滲んだ。
今の私はもう可愛くないのだと、もう好かれてはいないのだと言われたようで、胸が余計に苦しくなる。
『……総司様こそ、昔は……もっと、お優しかったのに』
「へえ、そうだったっけ」
『私は総司様の優しいところが……好きだったのに』
総司様は肩を竦めるように笑う。
その笑みには、やっぱり少しも温もりがなかった。
「仮に優しかったんだとしても、残念だったね。セラ嬢が好きだった僕は、とっくの昔にいなくなったよ」
その静かな一言は、どんな刃よりも鋭く、私の胸を深く切り裂いた。
私が大好きだった総司様はもういない、そして私を大切に想ってくれていた総司様ももういないのだと突きつけられたから。
張りつめていたものが、一気に壊れる。
湧き上がった涙は、次の瞬間には止めようもなく溢れ出し、頬を伝ってぽたぽたと床へ落ちていった。
「……セラ嬢?」
私を呼ぶ声が聞こえる。
その優しい呼び方だけは昔と少しも変わらなくて、だから余計に苦しかった。
『……うっ……』
泣くつもりなんてなかった。
こんなことで泣いてしまうなんて、自分が一番信じられなかったのに、胸の奥へ押し込め続けてきたものは、もう限界だったのかもしれない。
ただ悲しくて、苦しくて、胸が張り裂けそうで、この人の口からもう何も聞きたくなかった。
そんな私を見た総司様は、どうしていいのか分からないように眉を寄せ、小さく息をつくとこちらに歩み寄る。
「セラ嬢……」
子どもを宥めるような声音で私の名を呼び、ゆっくりと手を伸ばしてくる。
その指先が触れそうになった時、私は反射的にその手を振り払っていた。
乾いた音が静かな部屋に小さく響き、総司様の手が宙で止まる。
その拒絶は無意識のものだったけど、大好きだったその手に触れられたら、もっと泣いてしまいそうで、どうしても受け止めることができなかった。
『来ないでください……っ』
そう言ったのに、総司様はまた一歩近付いてくるから、私は慌てて両手を伸ばし、総司様の胸を押す。
もちろん、ほとんど力なんて入っていない。
騎士である総司様なら、少しも動かないくらいの力しか。
それなのに総司様は押し返そうともせず、ただ信じられないものを見るように目を見開き、されるがまま私を見つめていた。
『もう……お話しなんて、したくありません……っ』
震える手で何度も何度も押し返す。
ぐい、と押しては涙が落ち、また押しては息が震える。
総司様は何も抵抗せず、一歩、また一歩と後ろへ下がり、気づけば扉の前まで追いやられていた。
それでも呆然とした表情のまま、私から目を逸らそうとはしない。
「……待ってよ、セラ嬢。そんなつもりで」
『待ちません……っ』
震える声で叫ぶと、総司様の言葉を遮るように首を振る。
もう何も聞きたくない。
どんな言葉を重ねられても、さっきの一言をなかったことにはできない。
『もう……お顔も見たくありません……っ』
扉を勢いよく開け、そのまま総司様を廊下に押し出した。
「セラ嬢、聞い……」
最後まで言葉を聞くことはできなかった。
ばたん、と勢いよく扉を閉め、急いで鍵を掛ける。
静まり返った部屋に響くのは、自分の荒い息遣いだけだった。
扉一枚を隔てた向こうに総司様が立っていることは分かっている。
それでも今は、顔を見て話すことなんてできない。
その場に力なくしゃがみ込み、私は子どものように声を上げて泣き続けた。
胸が苦しくて、悲しくて。
それでも何より辛かったのは、あんなことを言われても総司様を嫌いになれない自分の心だった。
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