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ワルツのレッスンが終わった後、少し疲れを感じながら歩いていると侍女に呼ばれ城内の応接間へと行くことになった。
今日のお茶はここに用意して下さっているらしい。
いつもは自分の部屋か庭園のテラスが殆どだったから、少し不思議に思いながらもその扉を開けた。


「お疲れ様」


何も考えていなかったからか、総司がいることに瞬きを数回。
言葉が直ぐに出てこない私を見て、総司は少し笑っていた。


「はは、びっくりしてる」

『総司がいるなんて思ってなくて……。でも嬉しいな、どうしてここにいるの?』

「山南さんに、最近セラと会えてないんですよねーって言ったらここを用意してもらえたんだよね」

『山南さんが?』

「さっき二人でお茶してたんだけど、山南さんも僕達のこと知ってたみたいだよ。想いが通じて良かったですね、なんて言われたから最初は焦ったけど」


山南さんが私達の関係を知っていたなんて驚いてしまう。
総司と山南さんが二人でお茶をするくらい仲良しだということも、少し予想外だった。


『そうなんだ、それでこれを?後でお礼しないとだね』

「そうだね。なんか沢山用意して貰えたし」

『わあ、本当だ。クラブサンドもあるし私の大好きなペクチンゼリーもある……!』

「なんか僕を見た時より、食べ物を見てる時の方が喜んでるよね」

『そんなことないよ、総司と食べられるから嬉しいんだよ』


総司が座るソファーの向かいではなく、彼の隣に腰を下ろす。
そんな私を見て微笑んだ総司は、いつものように私の髪を優しく撫でてくれた。


「それでお嬢様はどれが食べたいですか?僕が食べさせて差し上げますよ」

『ふふ、ありがとう。じゃあ……どうしようかな。やっぱり一番好きなのから食べようかな』

「それって僕のこと?」


ふざける総司に思わず笑ってしまう。
普段は頼りになるけど、こういうところは可愛いと思う。


『確かに総司のことは大好きだけど、食べられないでしょ?』

「なんで?僕のことも食べてよ」


腰に回された腕に引き寄せられた時にはもう目の前に顔があって、次の瞬間には唇が重ねられていた。
ドキドキは止まらないのに唇に触れる温もりは心地良くて、次第に瞳は閉じられていく。
角度を変えて何度も触れる唇は、時に甘噛みするように重なって、その度に何度もこの人が好きだと思った。


『……総司……』

「セラ、好きだよ」


私が想いを口にする前に再び唇が重なって、私を抱き締める総司の腕にも力が入る。
ここ数日ずっと待ち侘びていた温かさに触れることが出来て、今日までの疲れや不安が全部溶かされていくような気がした。


「どちらかと言うと僕が食べさせて貰った感じだね」

『私も食べさせて貰ったよ。ご馳走さまでした』

「あはは、ご馳走でしたって何さ。しかもまた顔赤いよ」

『それは仕方ないよ……。それに総司だってちょっと赤いよ?』

「僕は赤くないよ」

『じゃあ総司は私にドキドキしてくれてないってこと?』

「さあね」


少し色付いてる気がしたけど、気のせいかもしれないからと総司の顔をじっと見る。
すると顔を背けた総司は口元や頬を隠すように頬杖をついてしまうからなんだかちょっと狡いと思う。


『赤い耳は隠れてないよ?』

「煩いな。ほっといてくれる?」

『ごめん……』

「いや、怒ってないけどね。冗談だってば」

『ふふ、わかってるよ』

「良かった。なんか悲しそうな顔するから焦ったよ」


総司が繊細な人だとわかったのはいつだっただろう。
繊細な分、総司はその時折の私の表情を見て、私の心まで大切に気遣ってくれている気がした。
だから私も総司の考えていることや思っていること、悩みや不安も知りたいし支えてあげたいと思う。


『悲しくないよ、総司と一緒にお茶できて幸せだから』

「僕もだよ。会えたの久しぶりだし、山南さんには感謝かな。ほら、何食べるの?」

『私、ゼリー食べたいな』

「ゼリー?あ、もしかしてこれのこと?」

『うん、それ。大好きなんだ』


綺麗な霧の箱に一つずつ詰められているのは、果実を沢山使ったペクチンゼリー。
宝石のような一口サイズの小粒ゼリーは、十二種類もあってそのカラフルなところは目で見るだけでも十分楽しめるくらいだ。


「どれでもいいの?」

『うん、総司が選んでくれたら嬉しい』

「じゃあこれかな」


丸くて薄い桃色のゼリーを摘んだ総司は、微笑みながらそれを私の口元へと持ってきてくれる。
一口食べると程良い酸味と周りの砂糖の甘さが口の中に広がって、思わず口角が上がった。


『ん、美味しい。桃味一番好きなんだ』

「なんか君はこれっぽいなって思ったんだよね」

『さすが総司だね。じゃあ今度は私が食べさせてあげる』


私が選んだのは、薄い黄緑色の葡萄型のゼリー。
彼の瞳の色と似ているそれを、総司は嬉しそうに食べてくれた。


「うん、美味しい。マスカットだね」

『美味しいよね、総司と食べられたから二倍幸せ。さっきまでの疲れもなくなっちゃった』

「それなら良かったよ。今日は何の授業受けてたの?」

『さっきまではワルツだよ』

「ああ……、そうだったね……」


総司はそう言うと少し顔を背けて、僅かに肩を震わしている。


『総司……?なんか笑ってる?』

「いや、全然笑ってないよ」

『……そう?』


私の気のせいだったのか、首を捻ってみたけど今はいつも通りの総司だ。


『そう言えば、ワルツの先生って指導役とリード役で二人いらっしゃるんだけどね。リード役の人が次回から変わるってさっき聞いて……』

「へえ、そうなんだ。どんな人になるの?」

『全然分からないの、次回のレッスンの時に紹介するって言われてるんだけど……』

「なんか浮かない顔してるね。どんな人がくるか心配?」

『うん……。ようやく少し今の人にも慣れてきたかなって思ってたのにもう変わるなんて』

「ぷ……、あれに慣れてきてたんだ……」

『え?……今笑った?』

「いや、笑ってないよ」


何か聞こえた気がしたけど、総司は何事もなかったかのように紅茶を飲む。
私もワルツのことを考えると憂鬱になるから、思わず小さいため息を漏らしてしまった。


『はあ、どんな人なんだろう……』

「セラはどんな人がいいの?」

『どんな人がいいって言われても難しいけど』

「じゃあ僕は?」


総司の問い掛け通り、総司と踊ることを想像してみる。
腰に手を回されて、ぐっと身体が近付いて、顔も目の前にあって……


『む、無理……総司は絶対無理』

「は?なんで?」

『だって多分緊張して、レッスンにならなそう』

「なんだ、そういうことね。拒絶されたのかと思って地味に傷付いたよ」

『総司のことそんな風に思うわけないよ、良い意味で無理ってことね?』

「結局無理なのは変わらないじゃない、残念だな」


総司はそう言って笑ってるけど、私的には結構笑い事ではないんだけどな。


『今の人とはそこまでレッスン進んでないから、次からもう少しスピードあげて進めるんだって。相手の方も変わるのに、私……うまく出来るのかな……』


島田さんは体調が優れないのか体質なのか、いつも赤い顔をして汗ばかり掻いてしまうから、私に気を遣って身体を寄せることも私を見つめることもしなかった。
次回からはリード役の人も変わるし、レッスンも今よりしっかり行う筈だから、どうしても心配に思う私がいる。


「大丈夫だよ、次回からは楽しくレッスン出来るんじゃない?」

『そうだといいな』

「楽しみにしてるね、セラのワルツ」


そうだよね、いつか専属騎士になれたら私と一緒に社交界やパーティーにも総司は足を運ぶようになる。
そうなった時、少しでも総司にきれいにワルツを踊る姿を見て貰いたい。
それに本当は、いつか総司と踊ってみたいな。


『ありがとう、頑張るね。でも総司は踊ったことあるの?』

「まさか。一度もないよ」

『踊れるようにしておいた方が、もしかしたらいいんじゃない?』

「じゃあセラに教えて貰おうかな」

『教えてあげたいけど、私には教えられる自信ないよ』

「なんでさ、僕は君となら踊りたいけど?」

『私も総司と踊りたいよ。でも、この前言ってたみたいに気持ち悪いとか思わないでね』

「思うわけないじゃない。まあ君以外とは気持ち悪くて無理だけどさ」


他人に触られることを好まないと言っていた総司は、私にはよく手を伸ばしてくれる。
それが嬉しい、なんて本人には恥ずかしくて言えないけど、総司の温もりはいつだって恋しくなるから、総司の腕に擦り寄ってそっと伸ばした手で総司の指に自分のを絡めた。


『私、総司が他の人とワルツ踊るところ、見たくないな……』


いつかお互い社交界に出席するようになれば、否が応でもその機会はやってくる。
総司以外と踊りたくないし、それ以上に総司が他の女の子と手を取り合って見つめ合っている姿を見たら本気で泣いてしまいそうだ。


『総司が他の子と仲良く踊ってたら、私やきもち妬いちゃうかも……。だからやっぱり総司はワルツなんて踊れなくていい……』


総司の肩に頭を預けたまま思ってることを正直に告げてみた。
それなのに総司からは何の返答もなかったから、不思議に思い右上の彼を見上げた。


『ねえ、聞いてる?』

「いや、聞いてるけどさ」


ようやく返事をしてくれた総司は、僅かにだけどその頬を染めている。
その様相が珍しくて思わず見つめていると、少し困り顔のまま私に微笑みを向けてくれた。


「そんな可愛いこと言われると、絶対に他の子とは踊れなくなっちゃうよね」

『え、本当?じゃあ踊らないでいてくれる?』

「いいよ。でもそれなら今から断る台詞考えておかないとね」


そう言って考える素振りを見せた総司は、いつもの少し意地悪な笑みを浮かべて私に言った。


「こういうのってはっきり言った方が良いだろうし、あなたと踊るのは気乗りがしないので無理です、とか?正直に気持ち悪いので無理です、もありかな」

『ふふ、それ絶対に言ったらダメなやつだよ』

「じゃあ、僕はセラお嬢様のものなので無理です、かな。これがしっくりくるね」


冗談を交えて話しているだけだけど、私の気持ちを汲んでくれる総司の優しさが嬉しいと思う。
でも笑う私を今度は総司がじっと見つめて、尋ねてきた。


「僕にそう言うってことは、セラも僕以外とは踊らないでいてくれるの?」

『私?えっと、私は……私も踊りたくないけど……』

「けど、何?僕もセラが他の男と踊るのなんて見たくないよ」


ふざけているのかはわからないけど、真顔でそう言う総司の言葉やその表情に少し心音が早くなる。
少しでも私と同じような感情になってくれてるのなら嬉しいと思うから、こうだったらいいのになと思うことを総司に伝えることにした。


『じゃあ……私が他の人と踊らないといけなくなったら、総司が私を迎えに来てくれる?』

「それは相手からセラを攫ってもいいってこと?」

『うん。私は総司とだけ踊りたいから』

「いいよ。その時は相手が誰でも奪い去るけど、いいんだよね?ちなみに相手がごねたら斬っちゃうけど」

『ふふ、総司はそればっかり。でも私、総司が来てくれたら嬉しい』


その時が来たら、私は本当に総司が攫ってくれるのを待ってしまいそう。
他の人達との交流も大切だけど、自分の中の優先順位は飛び抜けて総司が一番だからだ。
勿論お父様の娘として、アストリア家の公女として、正しい行いをしなければならないことは理解している。
でも今はただ総司の温もりに身を寄せて、幸せだけを感じていたかった。

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