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朝、ゆっくりと瞼を開くと、視界に映ったのは、一昨日と同じように寝台の傍に腰掛け、穏やかな笑みを浮かべながら私を見つめている総司様の姿だった。


「おはよ」

『……おはようございます』


眠気の残る声で挨拶を返しながら、私は思わず小首を傾げる。
どうしてまた、私が目を覚ますまで待っていてくださったんだろう。

昨夜、私が寝る時は、間違いなくご機嫌を損ねていたはずだった。
それなのに今はまるで昨日のことがなかったかのように、にこにこしている。
その変わりようが不思議で、少しだけ落ち着かない気持ちになった。


「よく眠れた?」

『はい、とっても』

「それなら良かったよ。今日も朝食の前に湯浴みする?」

『宜しいのですか?』

「もちろん。じゃあ君が入っている間に、朝食を運ばせるよう伝えておくね」

『ありがとうございます』


総司様に軽く頭を下げ、寝台から降りると、そのままバスルームに向かった。
けれど昨日までの様子を思えば、総司様の穏やかさはやっぱり不自然に思えてしまう。
バスルームの扉を閉め、一人きりになると、私は小さな声で呟いた。


『何か良いことでもあったのかな……』


ふと頭をよぎったのは、昨夜のことだった。
私が眠った後、総司様はニコラ様のお部屋に向かわれたのかもしれない。
寵愛されているあの方と幸せな時間を過し、ご機嫌も直ったのだとしたら、今朝あれほど楽しそうに微笑んでいることにも説明がつく気がした。

……それなのに。
寄り添う二人を頭に浮かべた途端、胸の奥がちくりと痛んでしまう自分がいて、私は困ったようにため息を溢す。
総司様がどなたと過ごされようと、それは総司様の自由なのに。
私が気にする理由なんてどこにもないはずなのに、どうしてこんなにも胸が落ち着かない気持ちになるんだろう。
答えの見つからない想いを抱えたまま、私は寝着を脱ぎ、丁寧に畳んで洗濯籠に入れると、続いて下着にも指を掛けた。


『……あれ?』


下着の内側に、透明なものがとろりとついている。
光に透かして見ると、それは薄く光る粘り気のある液体で、下着の布地にしっかりと染みついていた。
指先でそっと触れてみると、ぬるりとして、指の間を糸を引くように伸びる感触がする。
心臓がどきんと大きく跳ね上がり、私は慌てて下着を目の高さに持ち上げ、じっと見つめてしまった。


『え……これ、なに……?どうしてこんな……』


頰が一気に熱くなって、私は思わず太腿をぎゅっと閉じ合わせた。
こんな透明な液体が、自分の身体から溢れてしまっているなんて。
昨日はいつも通り薬を飲んで、すぐに眠ったはずなのに。
秘部にそっと指を当ててみると、まだ少し湿っているし、じんわりとした敏感な感覚が残っている気がして、恥ずかしさのあまり小さな声が漏れてしまった。


『うう……変……私、病気……?』


私が暮らしていたアストリアでは、このような身体の変化についてほとんど何も知らされていない。
性に関しての知識は結婚日が近づくまで知らなくていいことだと教えられてきたから、汚れた下着は洗濯籠の奥深くに隠すように押し込みながら、胸の奥がざわつくのを感じていた。

暫くして、湯を張った浴槽に浸かりながら、ぼんやりと昨夜のことを考えていると、次第に昨夜の夢の記憶が僅かに蘇ってきた。
夢の中で、総司様の優しい声が耳元に甘く囁いていた気がする。
あまり覚えていないけど、総司様の手が私の身体に触れるおかしな夢。
あの甘いぞわぞわするような感覚が、身体の奥にまだ残っているような気がした。


『どうしてあんな変な夢を……?』


顔が熱くなり、私は湯の中に顔を半分沈めて小さく身をよじった。
総司様の優しい声が頭から離れなくて、ドキドキしている自分が恥ずかしい。
慌ててお風呂から上がり、新しいドレスに着替えた後も、私はまだ頰の熱が引かないままだった。
それなのに、バスルームから出ると、ちょうど総司様が近くに立っていたから、私は大きく目を見開くことになる。


「あ、出たね。朝食にしようか」


総司様と目が合ってしまって、思わず肩がぴくりと震えてしまった。


「どうしたの?そんなに驚いて」

『あ……いえ、その……まさか扉の前にいらっしゃるとは思わなくて』

「そう?」


総司様は少しだけ首を傾げられたものの、それ以上は追及せず、笑みを浮かべたまま私を見つめている。
そんな彼の視線に気付かないようにしながら朝食を頂き始めると、そのおいしさに魅入られて細かいことは気にならなくなっていた。



『これも、とても美味しいです』

「たくさん食べなよ」

『はい。もうお腹はいっぱいですけど、まだまだ食べられそうです』


私の返事が可笑しかったのか、総司様はくすりと笑い、上品な仕草でオムレツを口に運ばれた。
私はホワイトアスパラのポタージュをスプーンに掬ったけど、総司様がふと私に話しかけてくる。


「そういえば、あれから身体はどう?どこか痛むところとか、前と変わったことはない?」


その言葉を聞いて、今朝、下着についていた透明な液体が頭に浮かび、思わずスプーンを持つ手が止まってしまう。
あんなことは初めてだったから気になって仕方がない。
でも、それを総司様にお話しする勇気はとてもなかった。


『大丈夫です。順調に良くなっていると思います』

「それなら安心した。それでね、ちょっと申し訳ないんだけど」


そうおっしゃると、総司様は小さく息をつき、真っ直ぐ私を見つめた。


「僕、今日も昼から出かけないといけなくなったんだ。また君を一人にすることになっちゃうんだけど、大丈夫?」


その言葉に、もしかしたらまた東部のことなのかもしれないと胸がざわつく。
そんな私の顔を見て気づかれたのか、総司様は困ったように微笑んだ。


「君には残念かもしれないけど、今日は東部とは関係ない用事だから」

『……そうだったのですね』

「うん。でも大事な用事だから、どうしても外せないんだ」

『わかりました。お気をつけて行ってきてください』


休日なのに、総司様は今日もお仕事。
昨夜も遅くまでお忙しそうだったのに、休む間もなくまた出かけなければならないなんて、本当に大変なんだと思う。
帝国の剣であり、公爵家の当主であり、更には騎士団第一部隊を率いるお立場なのだから当然なのかもしれないけど、それでも身体を休める時間くらいあってほしいと思わずにはいられなかった。
そんな思いを込めて微笑むと、総司様は私を見つめたまま、不意に口を開いた。


「セラ嬢は僕が出かけると、嬉しい?それとも悲しい?」

『え?』


突拍子もない問いかけに目を瞬いてしまったものの、総司様は至って真面目に聞いているようだった。


「ねえ、どっち?」

『どちらと聞かれましても……勿論嬉しいわけではないですよ?でもお仕事で出かけるのに、悲しいと思うわけでも……』

「じゃあ聞き方を変えるね。セラ嬢は僕がこの部屋からいなくなると安心する?それとも少しは退屈だな、淋しいな、とか思ってくれる?」


どうしてこんな質問をしてくるんだろう。
総司様の考えていることは、本当によくわからない。
でも昨日、一人きりで部屋で過ごした時間は、決して楽しいものではなかった。
帝国で唯一、ただの人質ではない本来の私を知ってくれているのは総司様だけなのだから。


『……安心することは、ありません』


そう答えると、総司様の瞳がわずかに細められる。
私は自分の気持ちを伝えようと、ゆっくりと言葉を続けた。


『もちろん、お仕事ですから笑顔で送り出したいと思っています。でも……総司様がお部屋にいらっしゃらなくなると、急に静かになってしまうので』


そこまで口にしてから、何だか少し気恥ずかしくなって視線をテーブルに落とす。


『最初の頃は一人の時間の方が気楽だと思っていました。でも昨日、総司様がお仕事に向かわれたら、このお部屋が急に広く感じてしまいました。それに、総司様がお仕事をしている音とかが聞こえないと、本を読んでいても落ち着かなくて……』


言葉にして初めて、自分でもそんなふうに感じていたのだと気づく。


『ですから……少し退屈ですし、淋しいのかもしれません』


照れ隠しのように微笑むと、私は恥ずかしさを誤魔化すように言葉を続けた。


『あの、ですけど、それ以上に総司様にはお仕事を無事に終えて帰ってきていただきたいです。また笑顔でただいまと言ってくださる方が、私は嬉しいですから』


それは、偽りのない私の気持ちだった。
総司様とは、今日まで本当にたくさんのことがあった。
大切な方達を傷つけられ、故郷を離れ、人質として帝国に連れて来られたこと。
多くの人の前で私の言葉は虚言として退けられ、昨日も抗うことさえ許されず、自分の口で偽りを認めるしかなかった。

苦しかった出来事を挙げれば、きっと数え切れない。
それでも、そのすべてを総司様だけの罪だと思ったことは、一度もなかった。
私が東部から送られた人質で、総司様はその私を預かる役目を負っている。
ただそれだけの巡り合わせが、私達を偶然こんな形で出会わせてしまった。
だから総司様を憎もうとしても、その気持ちはいつも胸のどこかで行き場を失ってしまう。
この方にも守らなければならないものがあって、背負わなければならない責任があるから仕方ないって。

だからこそ、今日も無事に帰ってきてほしいと思っている。
私の言葉を聞いた総司様は、ふっと目元を和らげ、優しく笑われた。


「セラ嬢にそう言ってもらえると、頑張ろうって思えるよ」


その笑顔は、アストリアで何度も見てきた、あの頃と変わらない優しい笑顔だった。
懐かしい日々を思い出してしまうから、そんなふうに優しく笑いかけないでほしいのに、その笑顔は私の記憶をいとも簡単に連れ戻してしまう。
総司様は少しだけ瞳を細めると、表情のまま続けた。


「これはもう、一人残らず捕まえないとね」


その言葉には冗談めいた響きがあったけど、言葉の奥には揺るがない決意が宿っているように感じられた。


『どなたかを……捕らえに行かれるのですか?』


思わずそう尋ねると、総司様は肩を竦めて小さく笑う。


「うん、そんなところかな」


詳しく話すつもりはないらしく、それ以上は何もおっしゃらない。
けれど、その穏やかな笑みを見ていると、不思議と胸騒ぎだけが静かに広がっていく。
そんな私の様子に気づいたのか、総司様は安心させるように柔らかく微笑まれた。


「戻ってきたら、一緒に夕飯を食べようね」

『はい、お待ちしています』


自然と笑みがこぼれる。
総司様がいないと少し不安だけど、その約束があるだけで、今日一日を穏やかな気持ちで過ごせるような気がした。

どうか総司様が、今日も無事に帰って来られますように。
私は小さく願いながら、温かな朝の光に包まれた食卓で、もう一度微笑んだ。

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