3

総司様のお人形を作り始めてから、二週間。
最後の一針まで丁寧に縫い上げ、先程完成したばかりの騎士服を着せると、小さな総司様はようやく私の手の中で完成した。
何度も眺めていたはずなのに、出来上がった姿を見ると胸がいっぱいになる。
思わず頬が緩み、私は嬉しさを隠せないままエイミーに駆け寄った。


『見て、エイミー。ついに完成したの』


両手に大切そうに抱えたお人形を見せると、エイミーも目を丸くしたあと、優しく微笑んでくれた。


「とっても可愛いです!」

『ふふ、良かった。どうかな、総司様に似てる?』


茶色の毛糸で一本一本丁寧につけた髪。
澄んだエメラルド色の瞳。
少し切れ長になるよう工夫した目元に、いたずらっぽく笑っているような口元。
騎士服も、総司様がよくお召しになっているアルディオンの騎士服を思い浮かべながら、落ち着いた生成り色の布で仕立て、胸元には小さなアルディオン公爵家の紋章まで刺繍した。

時間はたくさんかかったけど、その分だけ思い入れも大きい。
だから、少しでも似てると思ってもらえたら嬉しかった。
けれどエイミーは、お人形をじっと見つめたまま何とも言えない顔になり、少しだけ遠くを見るような目をして呟く。


「……お嬢様には、閣下がこのように愛らしく見えていらっしゃるのですね」

『え?』

「いえ。とてもよく似ております」

『本当?』


思わず身を乗り出すと、エイミーは何度も頷いた。


「もちろんです。それに、本当に素晴らしい出来栄えですから、閣下もきっとお喜びになりますよ」

『そうだと嬉しいな』


ほっと胸を撫で下ろす。
時間を忘れるくらい夢中になって縫い続けたから、こうして無事に完成したことが何より嬉しかった。
手のひらに乗る小さな総司様のお人形と両手を繋ぎ、そのまま部屋の真ん中でくるりと一回転すると、エイミーが堪えきれないようにくすくすと笑い出す。


「ふふ。お嬢様、本当に嬉しそうですね」

『うん。でも、いつ渡せるかな。総司様は毎日お忙しそうだから、しばらく会えないかもしれないよね』


少しだけ肩を落とすと、エイミーは不思議なくらい自信たっぷりに笑った。


「いえ、恐らく今日あたりお見えになると思います」

『そうなの?どうして?』

「私の勘です。でも、きっといらっしゃいます」

『勘……?』


何だかよく分からない。
それでもエイミーがそこまで言うのなら、本当に会えるような気がしてしまう。
近いうち、お渡しできたらいいな。
そんなことを考えながら、小さなお人形をそっと胸に抱き寄せた。

けれどふと顔を上げると、エイミーはまたさっきと同じように、どこか遠くを見つめて小さく息を吐いていた。
何か考え込んでいるような、少しだけ疲れたような、そんな表情だった。
私と目が合ったことに気づくと、彼女は慌てて何事もなかったように微笑む。
その笑顔が、少しだけ無理をしているように見えてしまった。


『エイミー、最近少し疲れてない?』

「いいえ。そんなことありませんよ」


笑顔はいつもと同じなのに、どこかぎこちない。
朝お部屋に来てくれた時も、時々そんな顔をしていることがあった。
嫌なことがあったのかな。
それとも、何か心配事でもあるんだろうか。
ずっと気になっていた私は、そっとエイミーの手を包んだ。


『お仕事いつも一生懸命してくれて、本当に助かってるよ。でも、無理だけはしないでね。疲れた時は私のお部屋で休んでもらってもいいし、寝台だって遠慮なく使ってほしいの』

「そんな……私は元気ですから、本当に大丈夫です」

『うん。でも、何かあったらちゃんと話してね。たまには私に甘えてもいいんだから。その方が私も安心するし、私だってもっとエイミーに甘えられるから嬉しいの』


そう言うと、エイミーは少し驚いたように目を見開き、それから困ったように笑った。


「お嬢様は、本当にお優しいですね。使用人の私のことまで気にかけてくださって」

『エイミーは私にとって使用人じゃなくて、大切なお友達だよ。だから気にかけるのは当たり前でしょう?』

「お友達……?」

『私はそう思ってるんだけど……だめかな?』


少しだけ恥ずかしく思いながら尋ねると、エイミーは大きく首を横に振り、今度は彼女の方から私の両手を優しく包み込んだ。


「いいえ、とても嬉しいです。私も、お嬢様のことをお友達のように思っています」

『本当?良かった』

「お嬢様、私が無力なばかりに申し訳ありません……」

『え?そんなことないよ。エイミーは全然無力なんかじゃないよ』

「いいえ。私は、お嬢様をお守りする力も持たない、ただの使用人です。ですが、心からお嬢様の幸せを願っている気持ちは本当です……っ」

『う、うん……ありがとう、エイミー』


真っ直ぐな瞳でそう言われると、何だか胸がくすぐったくなる。
でも、どういう意味だったんだろう。
何だかすごく真剣だったけど、少し前まで元気がなかった表情には笑顔が戻っている。
それだけでも良かったのかな、と私は少し安心した。


『お屋敷の中で何か困ったことがあったら、ちゃんと話してね。私から総司様にもお話しできるし、相談くらいならきっと……』

「……それだけは結構です!」


突然、エイミーが悲鳴のような声を上げた。
驚いて見つめると、彼女は見る見る顔色を失い、さっきまで赤みのあった頬が嘘みたいに青ざめていく。


『エイミー?』

「お願いです、お嬢様……っ、それだけは、どうか閣下には何も仰らないでください……!」


必死な様子で何度も首を振るから、私は目をぱちぱち瞬かせる。


『えっと……そんなに慌てなくても大丈夫だよ?』

「本当に、本当にお願いします……!」

『うん、何も言わないけど……』


何がそんなに駄目なんだろう。
総司様は時々意地悪だけど、相談したくらいでエイミーを叱ったりはしないと思う。
不思議に思って首を傾げていると、エイミーははっとしたように咳払いを一つした。


「申し訳ありません。少し取り乱してしまいました」

『ふふっ、びっくりした』

「忘れてください……」


耳まで真っ赤にして俯いてしまう姿が何だか可愛らしくて、思わず笑みが零れる。


『そんなに総司様が怖いの?』


その一言に、エイミーの肩がびくっと跳ねた。


「怖いと言いますか……私如きが閣下に相談するなど畏れ多いと言いますか……」

『総司様、そんなに怖くないよ?』

「それはきっと、お嬢様の前では猫を被っていらっしゃるから……」


小さな声でぼそっと何かを呟いたあと、エイミーは慌てて口を押さえた。


『え?今、何て言ったの?』

「い、いえ、何でもありません」

『ふふ、不思議なエイミー』


くすくす笑う私につられたように、エイミーも困った顔で笑い出す。
何だかよく分からないけど、さっきまでの重たい空気はもうどこにもなかった。


『エイミーは総司様とは関わりがないから、確かにいきなり相談とかはしにくいよね』

「まあ……そうですね」


その時、廊下の向こうから規則正しい革靴の足音が静かに近づいてくる。
一定の間隔で響くその音に、エイミーの笑顔がぴたりと固まる。


『誰かいらっしゃったのかな?』

「…………」

『エイミー?』

「お嬢様。もしかしたら、私の勘が当たったのかもしれません……」


首を傾げたまま、扉の方に視線を送ると、部屋の扉がコンコンと静かに叩かれた。
エイミーは真顔で姿勢を正し、襟元を軽く直してから扉に向かう。
ゆっくりと扉を開くと、その先には予想どおり総司様が立っていて、私は思わず目を丸くした。


「セラ嬢、ご機嫌よう」


本当に来てくださった。
エイミーの勘は当たったんだ。
胸が弾むのと同時に、ふと視線を落とすと小さな総司様のお人形が私の膝の上にちょこんと座っている。
せっかくなら、ちゃんと贈る時まで内緒にしておきたい。
私は急いでお人形を抱き上げると、近くのソファに置いてあったふかふかのクッションを持ち上げ、その下にそっと隠した。
総司様が少し不思議そうな顔をした気がして、慌てて何でもなかったように笑う。
そして身なりを整えると、私は扉の前まで歩み寄った。


『総司様、ご機嫌よう。今日はもうお仕事、終わったのですか?』

「うん、今日は久しぶりに早めに切り上げられたんだ」


丁度お人形が出来上がった日に、総司様が来てくださるなんて凄いタイミング。
そんな些細なことが嬉しくて、自然と頬が緩んだ。
総司様も私の表情を見て穏やかに笑うと、少しだけ得意そうに口角を上げ、大きな箱を私の前に差し出した。


「君にお土産だよ。一緒に食べない?」

『わあ、よろしいのですか?ありがとうございます。ぜひ、ご一緒したいです』

「良かった。じゃあ、お邪魔するね」

『はい、どうぞ』


総司様がお部屋に入ると、エイミーはすぐに椅子を引き、お茶の支度がしやすいよう手際よく卓上を整えていく。
その様子を見ていると、今朝から少し疲れているように見えたことを思い出した。
このまま総司様のお相手をしながら立ち働かせるのは、少し可哀想かもしれない。
そう思って声を掛けようとした時だった。


「今は僕がいるから、君は少し休んでおいで。残りのことは僕たちでも出来るから」

「ですが、お茶やお菓子のお支度もございますし、お嬢様のお世話をする私が離れるわけには……」

『さっきエイミーが全部用意してくれたから大丈夫だよ。今日は私が総司様をおもてなししたいから、エイミーは気にしないで少し休んできて?』


エイミーは戸惑うように瞳を揺らし、私と総司様を交互に見つめる。


『いつも私のために一生懸命動いてくれてるんだもの。少しくらい休んでも、誰も困らないよ。今日は私たちに甘えてくれたら嬉しいな』


そう言って笑いかけると、総司様も穏やかに頷いた。


「セラ嬢の言うとおりだよ。君はよく働いてくれているからね。セラ嬢が安心して毎日過ごせるのも、君が支えてくれているおかげだよ。たまには主人の命令に甘えて、気兼ねなく羽を休めておいで」


その言葉に、エイミーは目を少し潤ませながら胸に手を当てた。


「……ありがとうございます。お二人のお気遣い、本当に嬉しく思います。それでは、お言葉に甘えさせていただきます」


深く一礼すると、静かに部屋を出ていく。
扉が閉まり、部屋の中には私と総司様だけが残った。
少し前まで賑やかだった空気が、穏やかな静けさに変わる。
総司様は小さく肩の力を抜くように息をつき、その様子に私は思わずくすりと笑ってしまった。


『少しお疲れみたいですね』

「顔に出てた?」

『少しだけ』

「隠せてるつもりだったんだけどね」


困ったように笑う総司様が珍しく見えて、私は自然と口元を緩める。


『毎日夜遅くまでお疲れ様です。今日は私が紅茶を淹れますね』

「本当に?それは楽しみだな」


私が頷くと、まだ温もりの残るティーポットに新しい茶葉を入れ、静かにお湯を注いだ。
ふわりと立ち上る優しい香りが部屋いっぱいに広がる。
その香りに包まれながら振り返ると、総司様は机の上に運んできた大きな箱を笑顔で眺めていた。


『何が入っているのですか?』


箱を覗き込もうとして身を乗り出すと、総司様はいたずらを思いついた子供のように微笑む。


「そんなに慌てなくても逃げないよ。あとで君に開けてもらうから」

『ふふ、楽しみです』


どんなお土産なんだろう。
総司様が私のことを思い浮かべながら選んでくれたことをありがたく思いながら、箱の蓋が開く瞬間を心から楽しみに待った。

私が二人分の紅茶を淹れて席に着くと、私の前に総司様がその箱を差し出してくれる。
その箱は深い紺色の厚紙に銀色の箔押しが施され、細い淡い金色のリボンで丁寧に結ばれていた。
まるで贈り物そのものが一つの作品みたいで、見ているだけでも胸が弾む。


『開けてもいいですか?』

「もちろん。そのために持って来たんだから」


わくわくしながら結び目をほどき、そっと蓋を持ち上げる。
その途端、ふわりと甘く優しい香りが漂った。


『わあ……』


箱の中には、一つ一つ形の違う焼き菓子が宝石みたいに並んでいた。
こんがりと焼き色のついた生地は艶やかで、その表面には細かな砂糖がきらきらと光っている。
葉っぱや小花の形に飾り切りされた生地が重ねられ、まるで小さな芸術品みたいだった。
その真ん中には、透き通るような琥珀色の林檎の蜜煮が包まれている。
焼き上がった蜜がほんの少しだけ生地の隙間から覗き、甘い香りを漂わせていた。


『これ……』


思わず顔を上げると、総司様は優しく微笑んでいた。


「覚えてる?」

『はい……!』


忘れるはずがない。
以前、総司様と馬車で街を通った時。
たくさんの人が一軒のお店の前に並んでいて、不思議に思って尋ねたことがあった。
林檎の蜜煮を包んだ焼き菓子が有名だと総司様が教えてくださり、今度私に買ってきてあげると言ってくれていた。
その時のことを覚えていて、こうして仕事帰りに買ってきてくれる優しさに心が温かくなる。


『あの時のこと、覚えていてくださったんですね』

「あの店をずっと見てたからさ。よっぽど食べたいんだろうなって思ってたんだよね」

『ふふ、ありがとうございます。お菓子もすごく可愛いですけど……あの時のことを覚えていてくださったことが一番嬉しいです』


そう言うと、総司様は一瞬だけ目を丸くしたあと、照れ隠しをするみたいに肩を竦めた。


「そんなに大したことじゃないよ。君が嬉しそうなら、それで十分」

『それでは、一緒にいただきましょう?』

「うん」


私は箱から焼き菓子を二つ取り出し、一つを総司様のお皿に、もう一つを自分のお皿にそっと載せた。
香ばしい焼き色の生地はまだほんのり温もりが残っているようで、甘い香りが紅茶の湯気と重なって部屋いっぱいに広がる。


『いただきます』

「いただきます」


手を合わせ、生地をひと口かじる。
さくり、と心地よい音がして、生地の中からとろりとした林檎の蜜煮が顔を覗かせた。
甘さの中にほんの少しだけ爽やかな酸味があって、口いっぱいに幸せが広がる。


『……んん、おいしい!林檎がとろとろです。蜜もすごく甘いのに、くどくなくて……こんなに美味しい焼き菓子、初めて食べました』


嬉しくて思わず総司様を見ると、総司様は焼き菓子よりも私の顔を見つめながら、小さく笑っていた。


「そんなに喜んでもらえたなら、買って来た甲斐があったよ」


その笑顔につられて、私もまた笑ってしまう。
窓から差し込む午後の柔らかな陽射しの中、お気に入りになりそうな焼き菓子と温かな紅茶を囲みながら過ごす時間は、何気ないひと時の筈なのに幸せだった。

- 627 -

*前次#


ページ:

トップページへ