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本当は、もっと楽しい雰囲気の中でお渡ししたかった。
仲直りのきっかけみたいになってしまうのは少し残念だけど、私はソファーのクッションの下に大切に隠していた小さなお人形を取り出し、両手で包むように持って総司様の前に立った。
『これ、総司様に』
そっと差し出すと、総司様は少し驚いたように目を瞬かせ、小さな総司様のお人形に視線を落とした。
エメラルド色の瞳が静かに揺れ、その子をじっと見つめている。
『私が至らなくて総司様を傷付けてしまったなら、ごめんなさい。それと……私、きちんと伝えられているかわからないですけど、総司様にはとても感謝しているんです。その気持ちを少しでも形にしたくて、この子を作りました』
今の私には、総司様に差し上げられるものなんて何もない。
自由に街へ出ることもできないし、高価な贈り物を用意することもできない。
それに奥様方がいらっしゃる総司様に、誤解を招くような品を贈るのも違う気がした。
だから総司様が気兼ねなく受け取れて、感謝の気持ちも込められるものは何だろうと何度も考えて、この小さなお人形にたどり着いた。
『自分の姿をした小さな人形を持ち歩くと、その子が身代わりになって災いから守ってくれるっていう言い伝えがあるんだそうです。総司様は毎日危険と隣り合わせの立場にいらっしゃると思うので、少しでも総司様を守ってくれたらいいなと思っています。受け取って頂けますか?』
そう言って差し出した小さなお人形を、総司様は両手で受け取ってくれた。
まるで壊れものを扱うみたいに優しく抱き上げると、そのまま視線を落とし、小さな頬を指先で静かに撫でる。
その仕草だけで、大切に思ってくださっていることが伝わってきて、心が温かくなった。
やがて総司様は口元を緩め、困ったように笑う。
「セラ嬢はずるいね」
『え?』
「こんな可愛いものを渡されたら、もう文句も言えないじゃない」
その言い方があまりにも総司様らしくて、私は思わずくすりと笑ってしまった。
少しでもこの子に込めた私の気持ちが届いたのなら、それだけで十分嬉しい。
「凄いね。これ、全部セラ嬢が作ってくれたの?」
『はい。今日、やっと出来上がったばかりなんです』
「上手で驚いたよ。僕の名前や紋章まで刺繍してくれたんだ」
総司様はお人形を見つめながら、感心した様子で眺めてくれている。
嬉しくなってお人形を覗き込み、私は指を伸ばした。
『私が一番気に入っているのは、ここなんです』
指先が止まったのは、お人形の口元だった。
少しだけ片方が上がった小さな笑み。
総司様が時折見せる、少し悪戯っぽくて、それでいてどこか優しい笑顔を思い浮かべながら、納得できる形になるまで何度も縫い直した場所だった。
「口?」
『はい。総司様はよく、こんなふうに少し意地悪そうに笑うから』
「結局、僕が意地悪だって言いたいの?」
『ふふ、違いますよ』
私は首を横に振って微笑むと、総司様とようやく視線がぶつかった。
『私はこれでも、長い間ずっと総司様を見つめてきたんです。会えない時間は長かったですけど、それでも総司様は私の知っている総司様のままでした。だから、総司様の優しさはちゃんと伝わっていますよ』
飾るための優しさじゃない。
言葉より行動で示してくれる、不器用で、少し照れ隠しが混じった総司様らしい優しさ。
幼い頃も、誰かに優しくしてもらうより、総司様が笑いながら頭を撫でてくれたり、さりげなく気遣ってくれたりすることが、何より嬉しかった。
そんな懐かしい気持ちを胸に抱きながら微笑むと、総司様の綺麗な瞳がかすかに揺れた。
そして、昔と何ひとつ変わらない、私が大好きだった優しい笑顔を私に向けてくれた。
「ありがとう、セラ嬢。凄く嬉しいよ。これは僕の宝物にする」
狡いのは、総司様の方だと思った。
さっきまであんなに意地悪なことを言って私を困らせていたのに、こうしてたまにとても優しく笑ってくれる。
昔も、今も。
その笑顔だけは、ずっと変わらない。
だから私は何度でも、この笑顔を見るたびに、一生懸命総司様を見つめていたあの頃の自分を思い出してしまう。
「あ、そうだ。この人形に小さな輪っかみたいなのって付けられたりする?」
総司様は掌に乗せたお人形を眺めながら、何か思いついたように顔を上げた。
『輪っか、ですか?』
「うん。そうしたら、剣帯の金具に留められるかなと思って」
そう言って、ご自分の腰に巻かれた革の剣帯を軽く指差す。
佩剣を吊るすための金具が付いた場所。
普段なら目立たない位置だけど、歩けば小さく揺れる場所だった。
『え……?そこに付けてくださるんですか?』
「うん」
あまりにも迷いのない返事に、思わず目を丸くする。
『でも、皆さんに見られてしまいますよ』
「別にいいよ。もちろん、返り血で汚れそうな日は外すけどね」
その言葉に、私は思わず苦笑した。
返り血が付くことより、お人形が汚れることを先に心配してくださるなんて。
帝国最強の剣士と噂される総司様が、小さなお人形を剣帯に揺らして歩いていたら、お屋敷中どころか騎士団でも大騒ぎになってしまいそうだ。
『ふふっ……総司様がお人形を付けて歩いていたら、皆さん驚いてしまいますね』
「でも君が言ったんじゃない。この子を持ち歩くと、災いから守ってくれるって」
『そうですけど……お部屋の片隅に飾っていただけるだけでも、私は十分嬉しいんですよ?』
「いいから。一応付けられるようにして」
そう言って総司様はお人形を私の前に差し出し、悪戯っぽく笑う。
「君なら、こういうの得意でしょ?」
そこまで言われてしまうと断れない。
私はお人形を受け取り、ソファーの腰掛け、横に置いてあった手芸籠を引き寄せた。
中から細い糸と小さな針、それから丈夫な組紐を取り出す。
するとそんな私の手元を眺めながら、総司様は興味深そうに身を乗り出した。
「そんな場所に付けるんだ」
『はい。襟の裏なら表から見えませんし、見た目も変わらないと思います』
私はお人形の小さな襟をそっとめくる。
表からは見えない裏側に針を通し、何度も細かく縫い重ねながら、小さな輪を作っていった。
力が掛かっても簡単には切れないよう、縫い目を重ね、最後に糸を固く結ぶ。
『ここを何重かにしておくと丈夫になるんです。引っ張っても外れにくいんですよ』
「へえ」
感心したような声がすぐ近くから聞こえた。
気付けば総司様も立ち上がり、私の隣に腰を下ろしている。
ふわりと漂う、どこか懐かしい香り。
すぐ隣から注がれる視線が少しくすぐったくて、私は少しだけ照れながら針を動かし続けた。
「これなら本当に外れなさそうだね」
『はい。これなら安心です』
最後のひと針を縫い終え、糸を結んで余分な糸を小さな鋏で切る。
襟を元の形に整えると、表から見ても輪が付いていることはほとんどわからない。
私は出来上がったお人形を両手に乗せ、嬉しくなって総司様に差し出した。
『これで完成です。金具に通しても、お人形が傷まないと思います』
完成したお人形を受け取ると、総司様は満足そうに眺め、頷いた。
「ありがとう。これなら腰につけても大丈夫そうだね」
そう言って指先で輪を確かめると、ふっと笑う。
「ねえ、せっかくだから、もう一つ何か作ってみてよ」
『もう一つですか?』
「うん。見てると面白いんだよね」
その言葉に思わず笑みがこぼれる。
『総司様は手芸なんて興味がないとと思っていました』
「全然。君の手元を見てると飽きないよ」
そんなことを真顔で言われると、少し照れてしまう。
私は手芸籠を引き寄せると、余っていた布を取り出した。
『それなら、この子に小さなマントでも作りましょうか』
「いいね」
総司様は嬉しそうに頷き、そのままソファーに深く腰掛け直した。
私は針に糸を通し、小さな布を丁寧に折りながら縫い進めていく。
静かな部屋には、糸が布を抜けるかすかな音だけが響いていた。
「器用だね」
『慣れているだけですよ』
「そっか」
それきり総司様は何も言わなかった。
けれど、時折感じる優しい視線が心地よくて、緊張はしなかった。
誰かに見られながら針を動かすなんて、本当なら落ち着かないはずなのに。
総司様が相手だからだろうか。
言葉はなくても、穏やかに流れるその時間が、不思議なくらい心地良かった。
やがて最後のひと針を縫い終え、糸を結ぶ。
小さなマントをお人形の肩につけると、思っていた以上に可愛らしく仕上がった。
『総司様、できました』
出来上がったお人形を掲げながら声をかける。
でも、総司様からは何の返事も返ってこない。
不思議に思ってゆっくり右隣に視線を向けると、総司様は腕を組んだままソファーにもたれ、静かに眠っていた。
『……総司様?』
もう一度だけ小さな声で呼んでみても、その長い睫毛はぴくりとも動かない。
どうやら、本当に眠ってしまったみたい。
その穏やかな寝顔を見たら、思わず口元がふっと緩んだ。
私が針を動かしている間も、ずっと起きて見守ってくださっていたのに、ほんの少しの合間にも眠ってしまうほど、お疲れだったんだろう。
それなのにその貴重な休息を選ばず、私の様子を見にこの部屋まで来てくださったことを思うと、申し訳なさと嬉しさが入り混じった、何とも言えない気持ちが込み上げてきた。
ふと総司様の寝顔に視線が止まる。
眠っている総司様は、起きている時の鋭さが嘘みたいに穏やかだった。
長い睫毛が静かに影を落とし、少しだけ乱れた前髪が額にかかっている。
その寝顔を見ていると、遠い昔の記憶が蘇ってきた。
アストリアの庭園でたくさん遊んだ後、珍しくお昼寝をしてしまった総司様。
私は隣に座って、その寝顔を飽きもせず眺めていた。
あの頃と同じ寝顔。
変わらない穏やかな表情。
変わってしまったものはたくさんあるのに、この寝顔や優しい笑顔は昔のままだった。
私は立ち上がると、部屋の隅に置いてあった薄いブランケットを静かに持ってくる。
起こさないよう肩からそっと掛けると、総司様は少しだけ身じろぎしたものの、そのまま安心したように眠り続けた。
『ふふ』
小さく笑ってから、私は再び総司様の隣に腰を下ろす。
規則正しい寝息を聞きながら、その穏やかな横顔をぼんやり眺めていると、その寝顔があまりにも懐かしくて、私は無意識に手を伸ばしかけた。
昔みたいに、頬をそっとつついてみようかな。
そんな幼い頃と同じ気持ちが、一瞬だけ頭をよぎる。
けれど、その指先が総司様の頬に届く前に、私ははっと我に返り、慌てて膝の上に手を戻した。
……何を考えているの。
童心に帰ってしまったかのような自分に、思わず苦笑いを溢してしまった。
昔は、こんなことくらい何でもなかった。
総司様が眠っていると、悪戯心で頬をつついてみたり、前髪を整えたりして、寝ている総司様との時間を一人で楽しんでいた。
でも、今は違う。
昔を思い出したからといって、同じようにしていいわけがない。
私達はもう、昔とは全然違う関係なのだから、今の距離を大切にしないといけない。
私は穏やかな寝顔を見つめながら、心の中でそっと願う。
どうか、幸せな夢を見られていますように。
どうか、このひとときだけでも心から休めていますように。
そして明日も、どうかご無事で帰って来られますように。
そんな願いを抱きながら隣に座っていると心が落ち着いて、私は自然と微笑みを浮かべていた。
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