6

少しずつ意識が浮上し、重たかった瞼を開けば、窓から差し込む夕暮れの光が部屋を茜色に染めていた。
ぼんやりと視線を巡らせた先は、見慣れた公爵邸のセラ嬢の部屋だった。
どうやら僕は、ソファーに腰掛けたまま眠ってしまっていたらしい。
時刻を確かめると、軽く二時間は過ぎている。
頭が冴え渡っているのは、それだけ深く眠っていた証拠なのだろう。

人前で眠るなんて、僕には本来あり得ないことだ。
どんなに疲れていても気を張り続ける性分で、誰かの前で無防備に眠りこけることなんて、成長してからは一度だってなかった。
それなのに今日は、まるで警戒心そのものが溶けてしまったみたいに意識を手放していた。
思わず苦笑を漏らしながら隣を見ると、セラ嬢が僕の肩にもたれかかり、小さく寝息を立てながら穏やかな表情で眠っている。


「……あれ」


肩にほんのりとした重み
柔らかな髪が肩をかすめるたび、微かな花の香りが漂う。
身体を起こそうとしていた力は、その温もりに気付いた途端、あっさりと抜け落ちてしまった。


「あ、マントが出来上がってる」


視線を落とすと、セラ嬢の膝の上には小さな人形が置かれていた。
人形を持ち上げ、改めて眺めてみると、髪の色や瞳の色、纏っている騎士服や、胸元の細かな刺繍に至るまで丁寧に作り込まれていて、その出来栄えには感心してしまう。
一針一針に、彼女の時間と想いが込められていることが伝わってくるものだった。

立場柄、僕はこれまで数え切れないほどの贈り物を受け取ってきた。
名工が仕立てた品も、高価な宝飾品も珍しくなかった。
それでも、これほど嬉しいと思えた贈り物は、生まれて初めてだった。
きっと何日もかけて懸命に作ってくれたんだろう。
この人形だけ見ていたら、まだ僕を少しは想ってくれているんじゃないかなんて、都合のいい勘違いまでしてしまいそうになる。

でも今日、この子は僕に言った。
もし誰かと生涯を共に歩めるのなら、その相手はあの王太子がいいと。
離れて初めて、自分にはあの人しかいなかったと気付いたのだと。

……皮肉だよね。
僕がセラ嬢を手に入れたくて、この国に縛りつけた結果、離れた時間が彼女の想いをより確かなものにしてしまったなんて。
あの言葉を聞いた時、胸の内はぐちゃぐちゃだった。
それでも悟られるわけにはいかなくて、必死に笑って、結局また棘のある言葉を返してしまった。
あの時の僕には、あれが精一杯だった。

だって仕方ないじゃない。
僕は何年経っても君だけを想い続けているというのに、君はもう僕なんか見ていなくて、こんな状況になっても他の男の隣を望んでいる。
その現実は、腹立たしいというより、胸の奥を鈍い刃物で何度も抉られるみたいに痛かった。

今になって思えば、あんな質問をした僕が愚かだった。
セラ嬢を連れてくる計画を立てた時から、彼女の心は永遠に手に入らないことはわかっていた筈だったのに。
それでも、心のどこかで期待していたんだ。
もしかしたら、僕に都合のいい答えが返ってくるかもしれない。
僕にも、まだ望みが残されているかもしれないって。

あの答えを聞いてしまった今、その想いを知りながら彼女を側室として縛れば、セラ嬢は今度こそ僕を本気で憎むかもしれない。
そう考えれば、今日の問い掛けは完全な失敗だった。
全く、何を勘違いしていたんだろう、僕は。


「はぁ……」


他の男への想いを聞いた後も、セラ嬢は僕に君を憎むことすらさせてくれない。
僕の苦しみなんて何一つ知らないまま、こんなにも優しい贈り物を差し出して、何度でも僕の心を君色に染め直してしまう。
もうこれ以上、想いを深くしたくないって思っているのに。
彼女の隣はどうしようもないくらい居心地が良くて、このまま時間が止まればいいと願ってしまう。

実際、身体は正直だった。
たった数時間、彼女の隣で眠っただけで、長い間抜けなかった疲れが嘘みたいに消えている。
彼女の傍だけが、僕に安らぎを感じられる唯一の場所だった。

もし、セラ嬢が僕の奥さんだったなら。
毎日こうして隣で笑って、他愛もない話をして、眠る前に顔を合わせて……そんな当たり前を手にできたなら、どれほど幸せだっただろう。
そんな未来を、今日もまた懲りずに思い描いて、どうしたって待ち侘びてしまう僕がいる。


「セラ嬢、いつまで寝てるの?」


そっと頭を撫でても、小さく寝息を立てるだけで目を覚ます気配はない。
僕は動かないように息を殺し、ただその姿を見つめていた。

すでに僕は何度も、こうして眠っている彼女の身体に触れてきた。
それなのに、この唇だけは重ねはしなかった。
触れれば触れられるのに、それをしてしまえば、もう戻れなくなる気がしていたからだ。

まだ婚約していた頃には、何度か唇を重ねたことがある。
庭園の裏側で、誰も見ていないことを確かめ合いながら、恥ずかしそうに目を閉じる彼女に、そっと一瞬触れただけだった。
あの頃のキスは、未来を信じる甘さに満ちていた。
けれど六年近くの時が流れ、今ではこの屋敷に連れてこられた彼女を、表向きはただの客人として扱っている。
周囲の誰もが、僕が彼女に一方的な想いを抱き続けているなんて、夢にも思わないだろう。

それなのに今、胸の奥から想いが溢れて、気付けば吸い寄せられるように身を屈めていた。
彼女の頬に落ちる柔らかい髪を、指先でそっと避けるだけで指先が微かに震えた。
すでに身体の奥まで知っている自分が、今さらこの程度のことに躊躇うなんておかしくもあったけど、だからこそこの瞬間が酷く甘美に思えてしまう。


「……ごめんね」


セラ嬢は何も知らない。
僕がどれほど彼女を想い、どれほど彼女のすべてを独占したいと願っているかも知らず、ただ安心して肩を預けて眠っている。
その無防備さが余計に愛情を溢れさせてしまうから、僕は一度息を整え、ゆっくりと自分の唇を重ねた。
触れるか触れないか、というほどの浅いキスだった。
それなのに、脳の芯がじんわりと痺れ、唇が小さく震えるのを抑えきれない。
幼い頃の記憶が鮮やかに蘇り、それと同時に今またこの清らかな唇に触れているという事実が胸を締め付ける。
ただ大切に、彼女の吐息を感じながら、その温もりを確かめていた。

ゆっくりと顔を離すと、セラ嬢はまだ眠っている。
震える指先と、唇に熱く残る感触が、いつまでも消えない。
とてつもなく甘くて、何よりも背徳に満ちていた。
この甘美な罪を、きっと僕はまた繰り返してしまうだろう。
そう考えながらこれから先のことを考えぼんやりしていると、それからどれ程時間が経った頃だろう。
部屋が薄暗くなった頃、部屋の扉が静かにノックされた。


「失礼いたします。夕食のご用意を始めても宜しいでしょうか」


控えめな声とともに姿を現したのは、セラ嬢付きの侍女であるエイミーだった。
部屋の暗さに気付いた彼女は慣れた手つきで燭台に火を灯し、柔らかな明かりが室内を包み込む。
その光が僕の姿を照らし、続いてセラ嬢の眠る横顔を映した途端、エイミーは驚いたように大きく目を瞬かせた。


「お嬢様、眠ってしまわれたんですね」

「何度か声を掛けてみたんだけどね。まるで聞こえてないみたいでさ」


そう言って肩をすくめると、彼女は僕とセラ嬢を見比べ、不思議そうに首を傾げる。


「それで閣下は、ずっとそのままお傍にいらしたんですか?」

「うん。あまりにも気持ち良さそうに眠ってるから、起こすのが少し可哀想になっちゃってね」


冗談めかして笑えば、エイミーも思わず頬を緩め、そっとセラ嬢の寝顔を覗き込んだ。


「本日は、本当にありがとうございました。閣下とお嬢様がお気遣いくださったおかげで、久しぶりにゆっくり休むことができました」

「それなら良かった。休める時はちゃんと休まないとね」

「それと、お人形も無事にお渡しできたようで安心いたしました」


もうすぐ完成するとエイミーから聞いていたから、今日はどんなに仕事が立て込んでも早く切り上げるつもりでいた。
ようやく会えた嬉しさは確かにあった。
だけど、その一方で知りたくなかった現実まで耳にしてしまい、胸の奥には鉛のような重さが沈んでいる。
腹立たしさも、焦りも、どうにもできない歯痒さも入り混じって、自分が今どんな感情を抱いているのかさえ、うまく言葉にできなかった。

それでも、一つだけ揺るがない事実がある。
こうして彼女に触れることを許され、その行く末を握っているのは、紛れもなく僕だけだ。
たとえこの先、どれほど面倒な障害が立ちはだかろうと、セラ嬢だけは誰にも譲るつもりはない。


「閣下、夕食はどうなさいますか。こちらでお嬢様とご一緒になさいますか?」

「いや、晩餐は一階で皆と食べるよ。セラ嬢は起きたら部屋で食べさせてあげて」

「かしこまりました。それでは、そのように準備いたします」


一礼したエイミーは、眠りを妨げないよう足音さえ忍ばせながら静かに部屋を出て行く。
再び静寂が戻り、聞こえるのは規則正しい寝息だけ。
そろそろ僕も食卓に顔を出さないとならない時間だ。
名残惜しいけど、このまま眠らせ続けるわけにもいかない。
僕は小さく息をつき、穏やかな寝顔を見つめながら、その名をできるだけ優しく呼ぼうと口を開いた。


「セラ嬢、そろそろ起きた方がいいよ」


そう呼びかけても、小さく身じろぎしただけで目を覚ます気配はない。


「ねえってば、セラ嬢」


もう一度、今度は肩にそっと指先を添えて揺すると、甘えるような小さな声が漏れたものの、それだけだった。
その様子に思わず笑みを溢し、もう一度肩を揺すると、彼女は眉をわずかに寄せ、眠たそうに睫毛を震わせた。


「起きないと夕食の時間、過ぎちゃうよ」


それでも返事はなく、僕の肩に頭を預けたまま規則正しい寝息を続けている。


「これはかなり重症だな」


思わず喉の奥からくすくすと笑いが零れた。
何度呼んでも起きないなんて、小さな子供みたいだ。


「ほら、セラ嬢起きて。起きないと、僕はもう行っちゃうよ」


そう冗談交じりに囁きながら、もう一度だけ優しく肩を揺すると、ようやく薄く瞼が持ち上がる。
僕の瞳をぼんやりと見つめたあと、彼女は何度か瞬きを繰り返した。


『……あれ……?総司様……?』

「おはよう。よく眠ってたね」


状況を思い出したのだろう。
彼女は僕の肩から身体を離すと、見る見るうちに頬を赤く染め、小さく息を呑んだ。


『申し訳ありません……。私、眠ってしまって……ご迷惑をおかけしました』


慌てて頭を下げる姿があまりにも彼女らしくて、また笑ってしまいそうになる。


「そんなに慌てなくて大丈夫だよ」

『でも……折角来てくださった総司様を長い間、お待たせしてしまって……』

「待たされてないよ。僕もさっきまで寝てて、今起きたとこだから」

『本当ですか?』

「うん。だから気にしないで」


そう告げるとセラ嬢は恥ずかしそうに頬を染めながらも、ほっと息を吐いて笑顔で頷く。
その可愛い反応を見てしまうと、ずっとここにいたくなるから厄介だけど。


「もう晩餐の時間なんだよね」


時計に視線を移しながら立ち上がると、彼女は顔を上げ、僕の言葉を待っていた。


「今日、僕は一階の食卓で皆と食べることになっててさ。セラ嬢は部屋に夕食が運ばれてくるけど、一人でも平気?」


問い掛けると、その瞳が僅かに揺れた。
寂しさにも似た小さな影が差した気がしたけど、彼女はすぐにいつもの柔らかな笑みを浮かべ頷く。


『はい、大丈夫です』

「そう。それなら安心かな。ちゃんと全部食べるんだよ。体調も戻ってきたとはいえ、まだ無理をしていい時期じゃないんだから、苦手なものを残してご馳走様、なんて駄目だからね」


少しだけからかうように笑うと、セラ嬢も困ったように笑みを浮かべた。


『はい、お気遣いありがとうございます』


本当は、一人になんてしたくない。
とは言え、あまり僕がこの子を気に掛け続ければ、屋敷の者たちも余計な勘繰りを始めるだろう。
今は名残惜しくても、ここに居続けるわけにはいかなかった。
……それなのに。
立ち上がったはずの足は自然と引き返し、気付けばもう一度、彼女の隣に腰を下ろしていた。


『総司様?』


不思議そうに首を傾げる姿が可愛くて、僕の眉は自然と下がった。


「まだ少し時間があったなと思って」


そう誤魔化しながら笑い、彼女の髪を眺める。
眠っていたせいだろう、耳の横で一房だけ髪が乱れていた。


「動かないで」


驚いたように身を固くしたセラ嬢に軽く笑い掛けながら、その乱れた髪を指先でそっと整える。


「寝癖がついてるよ」

『え?』


慌てて自分の髪に触れようとした手を、僕はくすりと笑って制した。


「もう直したから大丈夫」

『ありがとうございす』


彼女は恥ずかしそうに頬を染め、少し照れたように笑った。
その愛らしい顔をもっと見ていたいし、この子の声がもっと聞きたい。
今日は折角久しぶりにこうして起きてるセラ嬢に会えたのに、寝落ちした自分が恨めしかった。


「そう言えば、君に伝えておきたいことがあったんだ」

『何でしょうか?』

「来週末に帝都で、皇帝陛下ご臨席の夜会が開かれるんだ。帝国の貴族だけじゃなく、同盟国や友好国からも多くの使節が招かれる大きな催しでね。君も帝国が正式に迎えている来賓だから、その夜会には出席してもらうことになってるんだ」

『私も……ですか?』


驚いたように瞳を丸くする彼女に、僕は頷いた。


「もちろん。皇帝陛下も君の出席を望んでいらっしゃるし、君が姿を見せることにも意味があるからね」

『わかりました』


素直に頷き、柔らかな笑みを浮かべる。
だけど、その微笑みはどこか硬く見えた。


「あまり乗り気じゃなさそうな顔だね」


冗談を交えるように笑ってみせると、セラ嬢も困ったように眉を下げ、小さく笑い返した。


『少しだけ、心配なんです』


その声は控えめで、視線を膝に落としたまま、セラ嬢は言葉を選ぶように続けた。


『私はまだ、社交の場には二度しか出席したことがありません。わからないことばかりですし、失礼な振る舞いをして皆様にご迷惑をお掛けしないかと考えると、それが心配で……』


本来ならデビュタントを迎えた彼女は、これから社交界に足を踏み入れ、数え切れないほどの舞踏会や夜会を経験し、同年代の令嬢たちと笑い合いながら少しずつ世界を広げていくはずだった。
けれど、その穏やかな未来を断ち切ったのは、他でもない僕だ。
彼女はデビュタントを迎えてすぐに故郷を離れ、帝国に迎えられるという名目のもと、この屋敷でひっそりと暮らすことを余儀なくされている。
もし東部に残っていたなら、今頃は毎日のように社交の誘いが届き、新しい出会いに胸を躍らせながら、華やかな世界を楽しんでいたに違いない。

だからせめて今度の夜会では、堂々と胸を張って歩けるように、彼女の澄んだ美しさを何一つ曇らせないドレスを用意したかった。
誰の目にも、この国が迎えた来賓に相応しい令嬢だと映るように。


「心配しなくても大丈夫だよ」


そう口にすると、セラ嬢は不思議そうに僕を見上げた。


「会場では僕も近くにいるし、何かわからないことがあったら、その時は僕を頼ればいいから」

『でも、総司様は多くの方とお話しなさるんですよね。私のことまで気に掛けていたら、お仕事の妨げになってしまいます』

「僕が君一人も見る余裕もないように見える?そんなだったら、アルディオン公爵家の当主なんて務まらないよ」


当たり前のようにそう言ってみせると、彼女は目を丸くしてすぐに笑ってくれた。


『ふふ。そう言って頂けると安心できます』

「それなら良かったよ」


帝国の貴族だけではなく、同盟国や友好国の使節まで集う今回の夜会で、彼女は間違いなく多くの視線を集める。
東部との関係を探ろうと近付く者もいるだろう。
何気ない会話を装いながら、和平の内情や彼女の胸の内を探ろうとする連中も少なくない。
それだけなら、まだ予想の範囲だった。
厄介なのは、最近になって耳にするようになった別の話だ。

セラ嬢の今後の処遇は、表向きにはまだ正式な発表がなされていない。
帝国が保護する来賓として今はアルディオン公爵家に滞在しているとはいえ、この先どのような立場になるのかは伏せられたままだから、有力貴族の間では様々な憶測が飛び交っているらしい。
そのせいか、「いずれ誰かの保護下に置かれるなら、ぜひ我が家に迎えたい」と皇帝陛下に願い出る若い貴族が後を絶たないと聞いた。

まったく、勝手な話だ。
狩猟会であれほどの騒ぎになり、そのことは帝都中に知れ渡っている。
普通なら軽々しく近付こうとは思わないはずなのに、連中はそんな騒ぎなど些細なことのように笑い飛ばし、この子の愛らしさだけに心を奪われているらしい。
夜会で彼女が姿を見せれば、その手合いが次々声を掛けてくることくらい容易に想像できた。
だから正直、この夜会にはあまり参加させたくはなかった。
誰の視線にも触れさせず、この屋敷の中だけで僕だけのために存在してくれたらいいのにという身勝手な願いが胸を過る。


「そうだ。当日着るドレスだけど、明日にでもヴァルモンから仕立屋を呼ぼうと思ってるんだ。せっかくの皇帝陛下ご臨席の夜会なんだから、君にもちゃんと似合うものを用意しないとね」

『今あるドレスでは駄目なんでしょうか?先日、ヴァルモンで夜会用のドレスもご用意くださった筈です』

「駄目じゃないけど、君は帝国を代表する来賓の一人でもあるんだ。公爵家として恥をかかせるわけにはいかないし、君自身にも堂々としていてほしいから新しいものを見繕いなよ」

『ですが、こちらに来て夜会にはまだ一度も出席していません。夜会用のドレスは全て新品のままですよ?』


確かにそうだった。
でも、この子に一番似合う最新の一着を贈りたい。
誰が見ても思わず息を呑むほど綺麗だと、そう思わせる姿を見てみたい。
もちろん、そんな本音を口にはできないから、僕は軽い口調で続けた。


「でもあの時はまだ夏だったでしょ?今は冬物が並ぶ季節だし、季節外れの装いじゃ見栄えも良くないからね」

『確かに、そうかもしれませんが……』

「安心して。君の好みも聞きながら決めるつもりだから。嫌なものを無理に着せたりしないし、今度は僕にも一緒に選ばせてよ」


するとセラ嬢はくすりと頬を緩め、小さく頷いた。


『ありがとうございます。そのように言って頂けるなら、少し楽しみになってきました』


その無邪気な一言に、思わず笑みが深くなる。
その笑顔だけで、仕立屋を呼ぶ理由としては十分だ。
あとは当日、その姿を僕が一番近くで見届けられれば、それでいい。
そう考えながら、残り少ない彼女との時間を楽しんでいた。

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