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入学式が始まると、王立学院長の祝辞を皮切りに、生徒評議会議長、風紀と規律を司る監督官、各学年を統括する主任教授などが次々と壇上に立ち、聞いているだけでまぶたが重くなるような長い演説を続けていた。
思わず欠伸を溢してしまったけど、ようやくセラが挨拶する番になったらしい。
新入生代表として呼ばれたセラが舞台に上がると、生徒側の席が明らかに騒つくのを感じた。

あんなに緊張していた割に、舞台の上の彼女は驚くくらい落ち着いていて、聞き心地の良い声ですらすらと挨拶の言葉を述べていた。
真剣に話す中、時折見せる笑顔が相変わらず可愛くて、眠くなることも目を逸らすこともないまま、セラの話を聞いていた。


「なあ、あの子誰?凄い可愛いんだけど」

「お前知らないの?アストリア公国のご息女だって。ほら、凄い可愛い公女様がいるらしいって一時期噂になってた子」

「ああ、知ってる。アストリアの白百合だろ?社交の場に一切顔を出さないっていう」

「そうらしいな。ここで会えて嬉しいんだけど。後で声掛けてみようか」


周りにいる生徒達の会話が思い切り耳に入ってきて、その内容と煩わしさから僕の瞳が徐々に細められるのを感じる。
その他の場所からも男女問わず、可愛いだ何だと様々な賞賛の声が聞こえるから流石は公爵家自慢のお嬢様だと苦笑いを溢した。

セラの挨拶が無事終わり、他の人にはしなかった拍手をあの子だけには送る。
一躍有名人だけど、これでセラの心労もなくなっただろうと思うと僕まで安堵した気持ちになった。
そしてまた次に委員会の説明で在校生の生徒が出てきたものの、聞こえてくる声はセラについての内容ばかり。
つい聞き耳を立てていると、一人の女子生徒の声が辺りの雰囲気をがらりと変えた。


「でもあの公女殿下、攫われたことがあるそうよ」

「え……本当?」

「四日も行方知れずだったとか。そんなこと、普通では考えられないでしょう?」

「まあ、確かに。その間、どんな扱いを受けたのかしらね」

「乱暴な男達に囲まれて、それはもう相応しくない目に遭わされた、なんて話よ」

「まあ……それなら、もう……」


そこから先は、言葉にする必要もないとでも言うように、意味ありげに声を落とした。
良い噂より、悪意を含んだ話の方が早く広まる。
思わず視線を向けると、噂を口にしていたのは、身なりの整った、ごく普通の裕福そうなご令嬢だった。
特別な事情があるようにはまるで見えないからこそ、余計にたちが悪く感じる。


「始まってしまいましたね……」

「始まったって何が?」

「貴族同士の牽制です。あの方も少し離れた公国を治める公爵家のご令嬢。立場としては、セラとほぼ同格です。同じ公女である以上、どちらが上位に立つかは重要なのでしょう。噂を流し相手の評判を落とせば、自然と人は離れていきますから」

「は?そんなくだらい理由でわざわざあんなこと言うの?」

「貴族社会では珍しくありませんよ。下級貴族の家々は、より上位の公爵家や大公家と繋がるよう、親から強く言われて育ちます。誰の傘下に入るかで、家の行く末が決まる場合もありますから」

「上の立場の人達からしたら、取り巻きを増やした方が力を持てるってこと?」

「ええ。セラの評判を落とせば、その分、あちらへ人が流れる。そう考えているのでしょう。それに……セラは社交の場に出たことがほとんどありませんからね」


伊庭君の声が、少しだけ重くなる。


「近藤さんのご判断で、これまで一切参加してこなかったでしょう。今から友誼を結ぶのは、簡単ではないかもしれません。派閥も、もう固まりつつあるでしょうし」


そう言われて、周囲を見渡す。
確かに皆それぞれ既に輪を作り、親しげに言葉を交わしている。
家門も紋章も入り混じり、すでに関係は出来上がっているようだった。
セラが外の世界に馴染めるのか不安だと言っていた山南さんの言葉を思い出し、ようやくその意味がわかった気がした。


「今の挨拶した子って、社交の場に一切参加されないんでしょ?どうして?」

「誘拐犯達に弄ばれて、それどころじゃなかったって話聞いたけど本当なの?」

「ええ?悲惨……。傷物になってしまったら、まともなところに嫁げないわよね。お可哀想」


次第に根も葉もない噂が広がっていく。
思わず後ろを振り返って文句を言おうとしたけど、辺りには怒りを含んだ平助の声が響いた。


「さっきから煩くて、全然聞こえねーんだけど!話くらい静かに聞けよ」


少し離れた平助の場所にも、この下世話な噂話は届いていたらしい。
その声に辺りは静まり返り、セラの話は誰も口にしなくなった。
今回ばかりはあの子の席がここから離れていて良かったと思うけど、クラスの連中がこんな噂話をしていたと知ればおそらくセラは悲しむ筈。
それを阻止出来る方法を考えながら、心中では苛立ちが募るばかりだった。


それから程なくして入学式が終わり、僕達はぞろぞろと自分の教室へと入って行く。
広々とした教室には人数分の机と椅子が綺麗に並べてあり、そこに自由に腰掛けていいようだった。


「なあ、セラは?」


教室に入るなり真っ先にそう聞いてくる平助は、先程の噂を気にしてか開口一番そんなことを聞いてくる。


「先程先生に呼ばれたみたいで、まだここにいらしてませんよ」

「そっか……」

「僕はここに座ろかな。あの子はここでいいよね」


なるべく変な奴と接触させたくないから、セラの席は教室の最後尾の端っこ。
僕はその隣にしようとそこに鞄を置いた。


「でしたら僕と平助君は一例前にしましょうか」

「おう」


皆も恐らく同じことを考えているのか、取り敢えずはあの子を囲むように席を決める。
すると今しがた入ってきた一人の男子生徒が、セラのために確保しておいた机に乱雑に鞄を置いた。


「あの、すみません。そちらの席はもう一人座る予定で確保しておりますので他の席に移動して頂けますか?」

「は?なんだ、お前」


伊庭君を睨みつけたその男は、威圧的な態度でこちらを睨んでくる。
思わず僕も睨みつけてしまったけど、伊庭君は煽りには乗らずに立ち上がると彼に名前を名乗っていた。


「は、お前騎士かよ。だったらここを譲れ。俺は大公子なんだけど?」

「……分かりました」

「ちょっと伊庭君、なんで勝手に譲っちゃうわけ?」

「沖田君、席なんてとこでもいいじゃないですか」


余計な揉め事は起こすなと言わんばかりの伊庭君の視線を受けて、気に食わないながらも席を退く。
大公の御子息と言えば公爵家より格上の人間に当たるから、逆らわない方が得策だということだろうけど。


「じゃあ四つ空いてんの、この前の方しかねーけどここでいい?」

「そうですね、そこにしましょうか」

「つーか、俺今の奴嫌い。なんだよ、大公子だからってさ。偉いのは別にあいつじゃねーじゃん」

「仕方ありませんよ。あまり気にされない方がいいですよ」


思っていたより空気の良くないこの教室の中は、既にどこも数人のグループで固まっていて、中にはいまだにセラの話をしている生徒達もいる。
僕達は互いに話すこともないまま座っていたけど、その顔付きから皆がピリ付いていることは分かった。


「あの挨拶してた子、セラちゃんだっけ?可愛いよね、後で遊んで貰おうかな」


先程の大公子だと言った男の声を皮切りに、女の子達が反応し始め、再び教室内がざわつき始めた。


「でも誘拐犯に色々されちゃった子でしょ?」

「複数の野蛮な男の人達に傷物にされたなんて気の毒だよね」

「でもお茶会にも来ないなんて、お高く止まってるんじゃない?」

「おい!根も葉もない噂を立てるのはやめろよな!」

「平助君」


声をあげた平助を止めた伊庭君は、首を横に振って苦虫を噛み潰すような顔をする。
紋章で僕達がセラの従者だと分かるのだろう、周りの怪訝そうな視線が僕達三人に向けられた。


「なんで止めるんだよ、もうすぐセラが来ちまうかもしんねーんだぞ」

「ですがあまり僕達が目立ったことをすると、余計に彼女を孤立させてしまいますよ」

「でもこんな噂を立てられて放っておくの?あの子の耳に入ったらどうするのさ」

「確かにそうなのですが……」


伊庭君もこの状況をどう打破すべきなのか悩んでいるらしく、珍しく歯切りが悪い。
そんな時再び聞こえてきたのは、あの態度の悪い大公子とその取り巻き達の声だった。


「え?あの子って、もうやられちゃってんの?」

「ああ、何人もの男達に相当ぼろぼろにされたって話だぜ。あんな顔してやることやってんだな。案外楽しんでたりして」

「へー、可愛い顔して凄いね。そんなに相手にしてんなら俺も相手して貰おうかな。簡単にやらせて貰えるかもしれないじゃん」


その言葉を聞いた時、気付けば僕はその男の胸ぐらを掴んで思い切り後ろの壁に叩き付けていた。


「かはっ……てめ、何する……」

「おい、総司!」

「沖田君!」


平助と伊庭君の止める声が聞こえたけど、怒りのまま胸ぐらを掴む手に力を入れる。
けれどそんな僕を現実に引き戻したのは、セラの声だった。


『総司……?何してるの?』


驚いた様相で僕を見つめたセラは、教室の外から慌ててこちらへと走ってくる。
条件反射のようにその男から手を離したけど、僕を見上げるセラの瞳は、困惑から大きく揺れていた。


「あのさあ、お前の所の騎士、何なの?どいつもこいつも礼儀がなってないんだけど」

『ごめんなさ……』

「騎士の教育くらいちゃんとしとけよ」


大公子が吐いた言葉に続くように、周りの女の子達が思い思いに言葉を吐く。


「そもそも護衛三人って……すごいわよね」

「王女様気取りなんじゃない?」

「あの三人ともそう言う関係だったりして」


あまりに酷い内容に伊庭君と平助までが口を開きかけた時、意地の悪い言葉を吐いた彼女達に鋭利な物を向けたのは、近くに座るはじめ君だった。


「きゃっ……」

「これ以上ありもしない話を続けるのなら、俺も手元が狂ってしまうかもしれないが、まだ続けるか?」


教室内が静まり返り、セラを愚弄した女生徒達は一斉に首を横に振る。
はじめ君が手にしていたのはペーパーナイフ。
真剣を持ち込めない学院の中では、確かにペーパーナイフはそれなりに効果があるかもしれない。
この時ばかりは、はじめ君の行動に賛同してしまう僕がいた。


「くそ、最悪な気分だ」


大公子はそう言って教室の扉に向かった為、ようやく場が収まると思った矢先。
そいつはセラの肩をいきなり引き寄せると、彼女の耳元で何かを言った。
その瞬間、顔を赤らめ泣きそうになったセラの表情を見てしまったから、僕は再び大公子の胸ぐらを掴んでいた。


「お前っ……!」

『総司っ……だめ……』


僕を止めに入ろうとしたセラを、事もあろうかその大公子は乱雑に突き飛ばす。
彼女の頬を殴るように出されたそいつの拳は、小さな身体を跳ね伸ばし、セラは後ろの机諸共、勢いよく床に倒れた。


『……うっ……』


そこから先はあまり覚えていない。
僕はおろか伊庭君や平助まで大公子に飛び掛かり、大公子側の取り巻き達も交えての殴り合いの喧嘩に発展した。
騒ぎを駆けつけた教員によって抑えられたこの騒動は、前代未聞のトラブルだと学院側は頭を抱えていたけど。
赤く腫れたセラの頬を見れば、相手を殺したいくらい憎しみが募り、謝罪の言葉なんて出てくるわけがなかった。


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