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城に戻ると、ぼろぼろになった僕達を見て山南さんが目を見開いたまま言葉を失っていた。
彼の部屋に呼び出された僕達は、三人並んで山南さんにその時の状況を説明することになった。


「それで……入学初日からこんなにぼろぼろになって帰ってきたのですか」


僕達の顔には殴られて血が出た跡や、擦り傷なんかもあったから、確かに言葉通りぼろぼろだ。
平助は制服の襟元が破れていたし、いつもは綺麗に束ねられている伊庭君の髪もぐちゃぐちゃ。
僕に至ってはいくつか制服のボタンが吹き飛んで、行方不明になっていた。


「沖田君や藤堂君は兎も角、伊庭君までとは……予想外ですよ」

「目の前でセラが傷つけられたら、流石に黙っていられませんよ。と言うより、気付いた時にはもう相手に手が出てしまっていたんです。自分でも信じられませんが、殺意というものは案外簡単に湧くものなんですね」

「そうですか……。それで、相手方の怪我は?」

「さあ、わかんねーけど多分俺達よりぼろぼろなんじゃねーの?あいつら人数の割に全然弱かったし、最後の方なんて殺さないでくれーとか意味わかんねーこと叫ぶ奴とかいてさ。まあ、俺が思わず首絞めちゃったからかもしんないけど」

「僕も相当思い切り殴っちゃったんで、誰かしら骨折くらいしてるかもしれませんね。でも本当は真剣でずたずたに切り裂いてやりくらいだったんで、あの程度じゃ全然生温いですけど。あんな奴ら、十数回殺しても足りないくらいです」


僕同様、伊庭君と平助も反省している素振りはなく、むしろ当然のことをしたと思っている様子だ。
淡々と話す僕達を目の前に、山南さんは大きな溜め息をこぼしていた。


「まあ……こちらも先にお嬢様が傷付けられていますから、先に手を出したのは向こうということで私から学院側には話しておきます」

「先に手を出したのも勿論ですが、相手は女性ですよ?男性の力であんな吹き飛ぶまで殴るなんてどうかしていますよ」

「しかも皆、根も葉もねー噂ばっかしてさ。俺達これでもずっと我慢してたんだぜ?」

「僕たちだけじゃなく、はじめ君ですら女子生徒達にペーパーナイフを向けて黙らせてましたからね」

「あの公子様がですか?」

「そうですよ。そのくらい酷かったんですって」

「確かに先程の話を聞くと、その噂とやらは耳を塞ぎたくなるような内容ですね。とてもお嬢様には聞かせられない内容ですが、まさかお嬢様の耳にも入ってしまっているのでしょうか?」


山南さんの問い掛けに僕達は顔を見合わせたけど、正直あの子がどの程度知ってしまったのはわからないし、確認も出来ない。
それに何より、あの大公子に何を言われたのかと考えれば再び怒りが込み上げてくるのを感じていた。


「恐らくですが、何も知らないということはないと思います。彼女がいるところで、その話をしている方もいらっしゃいましたから」

「そもそもなんでそんな嘘の噂が広まっちまんたんだろ」

「外界は下世話な人間が多いものです。相手を蹴落とすことばかりを考えている人達からしたら、誘拐された話などは相手の評判を下げる良いネタなのですよ。それにお嬢様は社交の場に出席されていないとは言え、あの容姿と優秀さから貴族の間では有名です。近藤さんの作り上げた騎士団も他の貴族にとっては脅威にもなり得ますし、早いうちに潰しておきたいと思う家が多くいてもおかしくはないですね」

「随分な話ですね。自分の努力が及ばないからって人を引き摺り落とすことしか考えられない人って、結局その程度の人間だって自分で言ってるようなものじゃないですか。そんな奴らに好き勝手言われてあの子を傷付けられるのは我慢出来ないんですけど」

「それは同意見です。それでもお嬢様や君達は、これからもその中で生き延びていかなければなりません。なのでこれからもお嬢様を護って差し上げて下さいね」


そう言って微笑んだ山南さんを目の前に、僕達は再び顔を見合わせる。


「俺達、何のお咎めもないのか?」

「ええ、お嬢様のために戦って下さりありがとうございます。出来れば次からは、お嬢様が手を出される前に対処して頂けると良いですね」


山南さんの寛大な処置に僕達は揃って頭を下げる。
帰り道の途中、馬車の中で謹慎処分を喰らうことを予想していたけど、良い意味でそれは外れたようだ。


「お嬢様をお護り出来ず申し訳ありませんでした。次からは迷わず戦うように致します」

「いえ……戦う前提で通学されるのは困りますよ、伊庭君。あくまでも乱闘にならない程度に収めて下さい」

「その為にも今日やりあった大公子やその周りの連中はセラに近付かせないよう僕達で護ります。というか、僕達以外と交流しない方が良いんじゃないんですか?ろくな生徒がいませんよ」

「そうだとしても、君達としか交流しないというのはそれでそれで困りますね。学院に出向く意味がなくなってしまいますから」

「でも相手は選んでもいいんだよな?つーか、クラスの奴らは殆ど無理。ぜってー話したくない」


膨れた様子で話す平助を見て、山南さんはやれやれという様子で苦笑いを溢していた。
僕達の件はこれで良いとしても、セラのことが気掛かりで馬車の中のあの子を思い出す。
傷のことを聞いても全然大丈夫と言って笑っていたし、噂を気にしてなのか何故か彼女の方が僕達に謝っていたけど。
今日の朝、嬉しそうに馬車に乗っていたセラの様子を思い出せば、僕の胸には何とも言えない痛みが伴った。


「セラの傷は大丈夫なんですか?」

「今山崎君が手当していると思いますが、頬の腫れと少し口の中を切った程度で済んだみたいですね」

「でもそもそも怪我をしたことが問題ですよね、僕達がいながら申し訳ありません」

「今回は仕方ありません。次から気をつけて頂きたいですが、世の中には平気で女性に手を上げる方もいらっしゃいますから、学院内でも気を抜かないようにして下さいね」


山南さんの言葉にそれぞれ返事を返した時、部屋の扉がノックされた音がする。
視線を向けると山崎君が顔を出し、その後セラが続いて部屋へと入ってきた。


「お嬢様が山南さんにお話したいことがあるとおっしゃっていたのでまいりました。まだお話の途中でしたか?」

「いえ、もう終わったので大丈夫ですよ。どうされましたか?」

『今日は騒ぎを起こしてしまい申し訳ありませんでした。今回のことは全て私が原因なので、皆に処罰は与えないで頂けませんか?』


左頬に痛々しく白いガーゼを貼り付けているセラは、僕達の処分を気にしてここに来てくれたらしい。
不安そうに眉を寄せて山南さんに尋ねていた。


「安心してください、彼らには何の処罰も与えておりませんよ。先にお嬢様が攻撃されたのですから、こちら側としては正当防衛を主張するつもりです」

『そうなんですね、良かった……。寛大なご処置、ありがとうございます』

「それよりお嬢様の怪我の方は大丈夫ですか?今日は大変でしたね」

『私は大したことないので全然大丈夫です。でも皆がこんなに傷だらけになってしまって……』


悲しそうな顔で僕達を見つめるセラに、皆して全然平気と笑顔で告げる。
実際こんな傷は大したことないし、やられた何倍も殴ってあげたから問題ない。


「彼らは平気そうですよ。この程度の傷でどうこうなってしまうことはないでしょう。そうですよね?」

「おう!俺なんて朝より調子良いくらいなんだから気にしないでくれよ」

「僕も同じです。普段鍛えていますから、あの程度はお遊びの延長みたいなものですよ」

「相手も弱かったから殴られても全然痛くなかったしね。子供相手に喧嘩したような感じだよ」


僕達の返事を聞いてセラがふわりと笑ってくれたから、取り敢えずは少し安堵する。


『そう言ってくれてありがとう』

「そう言えば、この件は近藤さんにご報告はされますか?」


山南さんの言葉に身体を揺らしたセラは、少し青ざめた顔で首を横に振っていた。


『お父様には絶対絶対報告しないで下さい。このことを知ったら、きっと怒って学院に乗り込んでしまうかもしれせん……』

「その可能性は多いにありますね……。では今回は見送りましょうか」

『ありがとうございます。次からは同じようなことが起こらないように気をつけます』

「気をつけると言っても、彼らの話ですとお嬢様は巻き込まれてしまっただけですから、あまりご自分を責めないで下さいね」

『いえ、私が原因なんです。申し訳ありませんでした』


深々頭を下げるセラにそれぞれ複雑な表情を浮かべていたものの、これで話はまとまり僕達は山南さんの部屋を出ることになる。
セラは僕達と一緒に城内を歩き、城の外まで見送ってくれた。


『怪我、大丈夫かな?今日はゆっくり休んでね』

「僕達はこの程度何も変わらないから大丈夫だよ。セラこそ挨拶もあったし疲れたんじゃない?ゆっくりしなよ」

『うん、ありがとう』

「今日は色々あったけどさ、明日からも俺達といればいいって。変な奴らとは関わらない方がいいと思うし」

「そうですね。良い方がいらっしゃれば、その時にお付き合いすれば良いだけですから」

『うん、そうさせて貰うね。今日は皆に迷惑かけちゃったけど、私一人だったら心細かったと思うから、皆がいてくれて良かった。私の為に戦ってくれて本当にありがとう』


夕日の下、愛らしい顔でそんなことを言ってくれるから僕達は思わず見惚れてしまうわけだけど、その顔に傷を付けた奴への憎しみはかえって増殖した気がした。


『じゃあ、また明日』


儚げに微笑む顔を見てしまえばこのまま離れるのは名残惜しくなってしまう。
でもセラも休みたいだろうし、僕達三人は騎士団専用の寮へと歩いて行った。
楽しみにしていた筈の入学初日は、夕日と一緒に沈もうとしていた。


「あーあ、なんか最悪な一日だったな。俺楽しみにしてたんだけど、意外とあんな連中ばっかなんだな」

「案外そんなものですよ。僕は公爵家に来たばかりの頃、ここにいる方々の人柄の良さに驚きましたから。だからこそこちらの家に忠誠を誓ったのですけどね」

「僕もここで暮らすうちに忘れてたけど、外はあんなものだよね。伊庭君も言っていたけど、近藤さんやセラに仕えることが出来る僕達は相当恵まれてるよ。あの大公子の護衛とかだったら、僕は何かあっても見殺しにする自信があるな」

「確かに!あの大公子とかセラの悪口言ってた令嬢達とか、俺ぜってー護りたくないもん」

「そうですね。まあ色々な方がいらっしゃいますが、僕達は僕達で楽しく過ごしましょう。四人いれば怖くないですから」

「てか前に城に来たはじめ君。あの公子様にも仲間に入って貰えばいいじゃん。今日だって、怒ってたみたいだし」

「えーはじめ君?僕は嫌われてるみたいなんだけど」

「それは沖田君が前に変な試合を申し込んだからでしょう?今朝も斎藤君に対して感じ悪かったですし、学院では問題起こさないで下さいよ」


なんだかんだ一緒に戦ってきた仲間は信頼出来るものなのか、こうして三人並んで歩いていても嫌じゃない。
この二人の隣も僕の居場所の一つになりつつあるのかもしれないと考えながら、明日からのことを考えていた。

きっとまた嫌な想いをすることもあるだろうし、心無い言葉も聞こえてくるだろう。
だけどどんな場所でもあの子が楽しく過ごせるように僕達がいるから、あの笑顔がなくなってしまわないことを願っていた。


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