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ニコラ様がご遺体で見つかったと聞いたのは、その翌日のことだった。
アルディオン公爵邸の中には朝から慌ただしい足音が響き、使用人たちも騎士たちも落ち着かない様子で行き交っていた。
その日は夜になっても総司様はお屋敷に戻らず、仕事を終えた後、そのままニコラ様のご遺体の確認に向かわれたのだと、エイミーから聞いた。
けれど、なぜニコラ様が命を落とされたのか、どのような最期だったのか、詳しいことは何一つわからないままだった。
ニコラ様が亡くなられたという事実さえ、どこか現実味を持たないまま数日が過ぎ、今日は帝都にある聖堂でニコラ様を弔う葬儀が執り行われた。
高い石造りの天井には静かな祈りの声が響き、祭壇の上では幾本もの蝋燭が揺れている。
白い布をかけられた祭壇には十字架が掲げられ、その前には黒い衣装に身を包んだ聖職者が立っていた。
私はアルディオン家の方々と一緒に参列することになり、喪のための黒いドレスに身を包み、長いヴェールを髪に添えて、静かに聖堂の中に立っていた。
聖堂にはニコラ様のご親族やアルディオン家と縁のある方々が集まり、それなりの人数がいたものの、誰も声を出すことはなく、ただ静かな時間が流れていた。
やがて神父様が祭壇の前に立ち、低く穏やかな声で祈りを捧げる。
「神の御許に召されたニコラ様の魂が、永遠の安らぎの中にありますように。残された者たちの悲しみを主が受け止め、その心に慰めと平安を与えてくださいますように。彼女がこの世で受けた愛と、彼女が誰かに与えた愛が、決して失われることなく、永遠の光の中にありますように」
その言葉を聞きながら、私は祭壇の近くに置かれた棺を見つめていた。
重厚な木で作られた棺には白い花が添えられ、その周囲には幾本もの蝋燭が並べられている。
蓋は固く閉じられたままで、その中にニコラ様が眠っているのだと思うと、心が締めつけられた。
ふと、以前お会いした時のニコラ様の姿が脳裏に浮かんだ。
少し得意げに笑った顔や、誰かと話す時に見せていた明るい表情。
あの方にも、当たり前のように笑って過ごす日々があったはずなのに、それがもう二度と戻らないのだと思うと、どうしても胸が苦しくなった。
人は、いなくなってしまってから、その人が確かにそこにいたことを思い知らされるのかもしれない。
棺のそばには、ニコラ様のご両親やご兄弟と思われる方々が立っていた。
母親と思われる女性は何度も涙を拭いながら俯き、その隣では父親らしき男性が唇を固く結び、深い悲しみを堪えている。
ご兄弟の方々も皆、顔を伏せたまま、声を押し殺すようにして涙を流していた。
そして、棺のすぐそばには総司様が立っていた。
その隣には千様とリーシェ様の姿もある。
黒い礼装に身を包んだ総司様の背中は、いつもよりずっと遠く感じられた。
私は少し離れた場所からその背中をじっと見つめ、総司様のお気持ちを考えていた。
ニコラ様は総司様の妻のおひとりだった。
だからこそ、今あの背中にどんな悲しみが隠されているのかを考えるほど、より胸の奥が苦しくなっていった。
葬儀が進み、参列者が一人ずつ棺のそばに花を手向ける時が来た。
白い花を一輪ずつ手に取り、静かな祈りとともに棺の前に置いていく。
棺の蓋が開かれることはなく、私は手の中の花を見つめながら、胸の奥に奇妙な痛みを覚え始める。
なぜなら幼い頃の記憶が、突然鮮明によみがえったからだった。
お母様の葬儀の日も、棺の蓋は最後まで開かれなかった。
暴漢に襲われた母はひどく傷つき、娘の私でさえその最期の顔を見ることは叶わなかった。
棺の中に眠る母に触れることも、その顔を見つめて別れを告げることもできないまま、ただ閉ざされた蓋を前にして、もう二度と母の笑顔を見ることができないのだと悟った時。
自分でもどうにもできないほどの悲しみが溢れ出てしまったことを、今もよく覚えている。
あの時と同じ、閉じられた棺。
まさか、ニコラ様も……。
頭の中に浮かんだ考えを、私は慌てて打ち消した。
そんなことを考えてはいけない、きっと違う……そう思いたいのに、一度生まれた不安はなかなか消えてくれず、指先まで冷たくなっていく。
それでも私は、震えそうになる手で花を握り直した。
私も、ニコラ様に最後のお別れをしなければならない。
総司様や他の方々に続き、私は棺のそばまで静かに歩いていった。
けれどわたしが棺のすぐ前まで来た時、突然、すぐ近くから悔しさを滲ませた声が響いた。
「なぜニコラが、あんな無残な殺され方をされなければならないんだ……!」
堪えていた悲しみと怒りが、一瞬にして溢れ出したような声だった。
私は驚いて肩をびくりと震わせ、ニコラ様のご兄弟らしき男性を見つめる。
その言葉に反応するように、ニコラ様のお母様と思われる女性が顔を覆い、涙を溢した。
「可哀想に……あんな……あんな酷い姿になって……!最後にこの棺を開けることすらできないなんて……っ」
その言葉を聞いて、息が止まりそうになった。
あの日の記憶が、まるで時間を越えて私の胸に押し寄せてくる。
命が奪われることがなければ、あの笑顔も、あの声も、当たり前のように続いていくはずだった。
大切な人と過ごすはずだった未来を、何の前触れもなく理不尽に奪われてしまう苦しみを、私は嫌というほど知っている。
瞬く間に視界が滲んで、息を吸おうとしても、胸の奥が塞がったように苦しくて、うまく空気を取り込めない。
震える手で花を胸元に寄せたところで、足元がふらりと揺れた。
その瞬間、倒れかけた身体を誰かの腕が支えた。
「……セラ嬢?大丈夫?」
涙で滲んだ視界の向こうに見えたのは、総司様だった。
すぐ近くにあるエメラルド色の瞳が、静かに私を見つめている。
その表情はいつものように落ち着いていたけど、私の顔を見つめる瞳には、隠しきれない心配が浮かんでいた。
「顔色が悪いよ。もしかして体調が良くないの?」
総司様の腕に支えられたまま、私は必死に涙を堪えた。
ニコラ様を見送るために集まった人たちの前で、私だけが過去の悲しみに囚われてしまうわけにはいかない。
『いいえ、私は大丈夫です。心配をおかけして、ごめんなさい』
一つ深呼吸をして、気をしっかり持とうと自分に言い聞かせる。
そして総司様の腕から離れると、私は棺のそばまで静かに歩いていった。
白い花々に囲まれた棺を前にすると、また胸が痛んだけど、今度は目を逸らさなかった。
そっと膝を折るように身をかがめ、手の中の花を棺の傍らに置く。
『ニコラ様、どうか安らかにお眠りください。もう何も心配なさらず、静かな眠りの中でお心を休めてくださいね』
棺の蓋は閉ざされたまま、返事が返ってくることはない。
それでもそっと祈りを捧げると、少しだけ心が穏やかになった気がした。
ニコラ様と私は、歳が一つしか違わない。
生まれた家も、育った場所も、歩いてきた人生も違っていたけれど、もし私たちがもっと別の形で出会っていたら、今とは違う関係になれていたのかもしれない。
身構えることも、互いを遠ざけることもなく、同じ年頃の女性として笑い合い、他愛のない話をする日があったのかもしれない。
そう考えると、心に小さな痛みが広がった。
もう、そんな未来が訪れることはない。
ニコラ様が笑う姿を見ることも、声を聞くことも二度とない。
あの日々がどれほど些細なものであったとしても、その先に続いていたかもしれない時間まで、突然すべて失われてしまったのだと思うと、言葉にならない寂しさが込み上げてくる。
私はもう一度だけ棺を見つめ、それから静かに立ち上がった。
振り返れば、少し離れた場所に総司様が立っている。
その隣には千様とリーシェ様がいて、聖堂の中には今も静かな祈りの空気が満ちていた。
どうか、ニコラ様の魂が安らかでありますように。
私は涙をこらえながら、もう一度心の中で祈った。
そして聖堂に響く祈りの声に包まれながら、私は静かにその場を離れた。
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