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ニコラの葬儀も滞りなく終わり、執務室に戻った僕は、部屋に入るや否や口元に笑みを浮かべた。
隣にいた相馬も同じように長い息を吐き出し、張り詰めていた空気が緩むのがわかる。


「お疲れ様でした。これで、ひとまず全て順調に片付きましたね」

「そうだね。少なくとも僕に疑いの目を向けている者はいないし、作戦通りってところかな」


今日一日、多くの貴族たちと幾度も言葉を交わして、改めてわかったことがある。
ニコラは生前、社交界では自分こそが僕から一身に寵愛されているのだと、随分と吹聴していたらしい。
先日の誕生日に僕が贈ったルビーのペンダントまで、その噂を裏付ける証として都合よく利用していたようだった。

だからこそ今日の葬儀でも参列者たちは僕を気遣い、妻を失った夫に向けるような慰めの言葉を惜しみなく掛けてきた。
僕も悲痛な面持ちを崩さず、遺族に対しては十分な弔慰金を用意し、今後の生活を案じる言葉とともに、名誉を損なうことのないよう最大限の配慮を示しておいた。
彼らは深く感謝を述べ、これからも両家の縁を大切にしたいとまで口にしていたから、こちらとしても申し分のない結果だった。


「ですが、三木さんと武田さんが仰ってましたよ。隊長は少しやり過ぎだ、と」

「ん?何が?」

「ニコラ様の断罪の件ですよ。ご遺体時の状態がかなり悪かったので、運び出すのも大変だったそうです。あまりに不自然な点が残れば、別の場所で命を奪われたあと、森に運ばれたのではないかと勘繰る者が出るかもしれないですから。不自然さが残らないよう整えるのに、随分と手間が掛かったそうですよ」

「そうなんだ。後始末まで綺麗にしてくれたなら、僕としては助かったよ」

「助かった、で済ませていい話なのか、少々疑問ですが……」

「そう?僕は最初から、余計な騒ぎを起こすつもりなんてなかったんだけどね」


そう言って笑えば、相馬は呆れたような顔で僕を見た。
でも、これでひとまず全てが終わったのだと思えば、ようやく少しだけ肩の荷を下ろすことができる。
あとは、残っている問題を片付けてしまえばいい。


「メルディックのことは何かわかった?」

「いえ。メルディック様が東部のセレスティア王立学園へ留学されていた頃、誰と関わりがあったのかまでは確認出来ておりません。ただ、留学されていたのは三年ほど前のことですので、ルヴァン王国の王太子殿下が学院にいらっしゃった時期とは重なっていなかったようです」

「……そう。それなら、無関係なのかな」


メルディックは、貴族の男としては珍しく騎士科ではなく薬学科を専攻していたらしい。
あの時のセラ嬢の様子は、普段とは違って見えたけど、メルディックから薬学の話を聞いたという彼女の言葉も、すべてが嘘だったとは限らないということだ。
でもワルツを踊っていたセラ嬢は、どこか不安そうな眼差しでメルディックを見つめていた。
僅かな変化だったから、気のせいだと言われれば、それまでなのかもしれない。
実際あの後、彼女の態度や様子に目立った変化はないし、メルディックとの間に何かあったと断じるだけの材料もなかった。


「引き続き、調べられそうならお願いね」

「承知しました」


相馬が頭を下げるのを見届け、僕も椅子の背に身体を預けた。
早くセラ嬢を正式に側室として迎えられる日が来ればいい。
そうすれば、少なくとも今のように、彼女を奪われてしまうことを不安に思う日々からは抜け出せる。
それまでは、どんな小さな異変も見逃すつもりはなかった。

そんな僕の元には、今も近藤閣下から定期的に書状が届く。
手紙のやり取りを禁じられているセラ嬢に代わり、彼女は元気にしているのか、屋敷で不自由なく過ごせているのかと、近況を気にかける内容だ。
さらには、今後の処遇や帝国に滞在する期間まで細かく確認してくるのだから、随分と都合のいい話だと思う。
僕の母を一方的に断罪し、こちらから何度手紙を送っても、返事ひとつ寄越さなかったのは誰だったかな。
そう考えれば、今でも胸の奥には苦いものが残っているけど、過ぎたことを今さら蒸し返すつもりはない。
近藤閣下は、僕が愛するセラ嬢にとって、たった一人の肉親だからだ。

それに、彼女が帝国に来ることになったのは、僕の都合だけで決まったわけじゃない。
東部と帝国との間に結ばれた講和条約に基づく正式な取り決めであり、僕自身が彼女を保護する立場を引き受けた以上、その父親から届く書状を無視するわけにもいかなかった。
だから僕も、個人的な感情は脇に置き、そのたびにきちんと返事をした。
セラ嬢とこの帝国で穏やかに暮らせるなら、多少の不快感なんて取るに足りないことだった。


「セラ様をお迎えになるまで、あと三週間ほどですね。いつ頃、彼女にお伝えになるんですか?」

「陛下からの通達が正式に出てからかな」


僕と陛下が何より懸念しているのは、今回の講和に僕の私情が最初から絡んでいたと知られることだった。
とはいえ、婚姻を結ぶ頃には、あの子が帝国に来てからすでに四ヶ月が経っている。
そこまでの時間を共に過ごしていれば、僕が彼女に惹かれたとしても、さほど不自然には見えないだろう。
この数ヶ月の間に、同じ屋敷で暮らすうちに互いの距離が縮まり、僕がセラ嬢を望むようになった。そういうことにしてしまえばいい。


「俺は今から、その日が待ち遠しいです。隊長の悲願でしたからね」

「そう言われると、なんだか少し照れくさいけど」

「いいじゃないですか。それに俺は嬉しいんですよ。隊長とセラ様の仲が、以前よりずっと良くなられたので。今なら婚約の話が出ても、むしろ彼女も安心するのではないでしょうか」


セラ嬢がこの屋敷に来たばかりの頃は、色々あった。
何度か口論にもなったし、ニコラのせいで彼女が傷つくこともあった。
それでも、そうした出来事をひとつずつ乗り越えるうちに、僕たちはいつの間にか、昔のように笑い合える関係に戻っていた。
その変化がどれほど大きなものなのかは、相馬もわかっているんだろう。


「そうだといいんだけどね」

「大丈夫ですよ。隊長が優しい方だということは、きっと伝わってます」

「いや、僕は優しくはないけどね。そんなことを言うのは、相馬とセラ嬢くらいだよ」
 

僕が優しくないことくらい、セラ嬢だって今は知っているはずだ。
必要とあらば迷わず人を斬ることも、目的のためなら容赦をしないことも、あの子はもう十分にわかっている。
それでもセラ嬢はそんな僕を見て、それだけが僕という人間のすべてだとは思わなかった。
彼女は僕の中にある僅かな優しさまで見つけてくれる人だからこそ、余計に大切にしたいと思うんだ。


「そう言えば、今日の葬儀の時。セラ嬢の体調、あまり良くなさそうだったよね」

「そうなんですか?」

「うん。花を手向ける前、顔が真っ青でさ。少しふらついてたし、心配だな」


それに、あの綺麗な瞳には今にも零れ落ちそうなほど涙が溜まっていた。
自分をあれほど傷つけたニコラを思っての涙だったのか、それとも別の理由があったのかまでは、僕にもわからない。


「心配なら、会いに行けばいいのでは?」

「そう思ったんだけどさ。さすがに妻の葬儀があった日に、セラ嬢のところへ行くのは不謹慎だと思われそうじゃない?」

「下心がなければ平気ですよ。単純に心配だから様子を見に来た、とお伝えすれば問題ないと思いますけどね」

「……まあ、確かにね」


僕がセラ嬢に特別な想いを抱いていることなんて、鈍いあの子が気づいているとは思えない。
それに今日の彼女の様子を見て心配になったというのは、会いに行くには十分な理由になる。


「少し会いに行ってくるよ」

「はい、行ってらっしゃい。一晩、過ごされてもいいですよ」

「ははっ、馬鹿なの?」


冗談を溢す相馬に苦笑いを返しながら、僕は部屋を出る。
今夜ばかりは不用意に明るい顔を見せないよう気を付けながら、彼女部屋を目指して行った。


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