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次の日、馬車の前で微笑むセラは、昨日の涙が嘘のように元気になっていた。
左頬には相変わらずガーゼが貼られていたけど、それでも可愛い僕達のお嬢様だ。


『ふふ、皆の制服見ると新入生に見えないね』

「昨日は気付かなかったのですが、膝のところがすっかり破れていましたね」

「俺のなんて襟元はだけちゃってんだけど」

「いいんじゃない?これはこれで。まあ山南さんが、新しい制服を注文してくれたみたいだけどね」


山南さんは僕達がまた何かやらかすと思っているのか、「君達のことですから三着は必要でしょうね」なんて言っていた。


『ありがとう。次は私もちゃんと加勢するからね』

「セラが加勢しちゃったら意味ないじゃない。君は安全なところで応援だけしててくれればいいから」

「そうですよ。また怪我でもされたら大変ですからね」

「なあ、その痣って酷いのか?」


思えば平助と伊庭君は、彼女がガーゼを取ったところをまだ見ていない。
セラは悪戯に笑うと、「見たい?」と二人に聞いていた。


「気になりますね」

「俺も」

『じゃあ見せてあげるね』


そう言ってガーゼを少しだけ剥がして見せた痣は、時間が経ってより紫色が濃くなっている。
案の定顔を顰めた二人は、僕同様あの大公子に殺意を抱いたような顔付きをしていた。


「セラにこんな傷を負わせるなんて許せませんね。昨日、息の根を止めるべきだったのかもしれません」

「これ、大問題だよな。まじ退学処分とかにして欲しいんだけど。今日会ったら、俺また喧嘩しちゃいそう」

『痣はそのうち治るから大丈夫だよ。あの人にはもう関わりたくないなって思うから、皆にもそうして貰えたら嬉しいんだけどいいかな?』

「君がそう言うのでしたら、僕もそうします。危険な人とは距離を置くのが一番ですからね」

「まあ、そうだよな。変な奴らは全部無視!もうこれで行こうぜ」


二人の返答を聞いて安堵した表情を浮かべたセラは、僕を見て微笑みを向ける。
昨日は色々あったけど、今日は昨日より良い一日にしたいものだ。


馬車が学院に着くと、セラは心なしか頼りなさげな表情を浮かべる。
そんな彼女に寄り添って教室へと向かえば、廊下ではやっぱりこそこそと話す声が様々な場所から聞こえてきた。
けれどその内容は昨日とは打って変わって、僕達三人が起こした乱闘事件のことだったから思わず笑ってしまう。
セラの護衛役はだいぶ危ない奴等らしいと、結構有名になったようだ。


『なんかごめんね、皆まで……』

「全然いいって。むしろこの方が何かしてくる奴が減っていいじゃん」

「はは、確かに。まあ、何かしてきたら速攻返り討ちだけどね」

「昨日のことで、先に手を出さなければ正当防衛になると学びましたからね。セラに何かされたら、その時は容赦しません」


結局のところ僕達はセラが笑ってくれればいいわけで、他の連中にどう思われようがどうでもいい。
教室に入れば当たり前に雰囲気は良くなかったけど、正直それもどうでも良かった。


「えっと、席は確かここにしたんだよな」

「そうですね」


席に着き他愛ない話をしていると、ガシャンと大きい音がして思わず後ろを振り返る。
するとあの大公子が教室に入ってきたらしい。
僕達を睨みつけていたものの、鼻には大きなガーゼが貼られていた。


「昨日僕、思い切り鼻殴っちゃったんだよね、骨折れてたりして」

「なんかあいつ間抜けじゃね?」

「ふふ、そうですね。態度だけはまだ大きいですけど」


大公子の取り巻き達は、僕達を恐れて目を背ける者もいれば、睨んでくる奴もいて様々だ。
共通して言えることは、僕達に敵意は向けつけつつも、昨日のことがあるせいで何かを仕掛けてくる意思はなさそうだった。


『私、ロッカー行ってくるね』

「待って、僕も行くよ」

『大丈夫、これを置いてくるだけだから』


僕を置いてセラは行ってしまうから、そんな彼女を追いかけるように僕も教室の後ろに並ぶロッカーに行こうと立ち上がった。
でも事もあろうかあの大公子は、セラに近づくなり彼女の髪を掴み乱雑に引っ張った。


『やっ……』

「お前達のせいで、鼻折れたんだけど。どうしてくれんの?」

「お前、またっ……」


今度こそ殺してやろうとその手を伸ばした時、そいつの頭は一人の女子生徒の持つ辞書で思い切り叩かれていた。


「いって……!てめぇ、何す……」

「あなたこそ昨日から女の子相手に何してるのよ!」


物凄い声量にクラス中が一度静まり返り、僕も唖然とその子を見つめる。
真っ直ぐな黒髪が印象的なその子は、眉を吊り上げて大公子を睨み上げていた。


「は?お前に関係ねーだろうが」

「あなた、私が誰か知ってるのかしら?」


そう言って彼女が見せた胸元の紋章に気付くと、大公子は見るからに顔を青くさせた。


「その紋章、まさか鈴鹿大公様の……」

「そうよ。あなたのお父様をよく面倒みて差し上げてるわよね?」

「…………」

「言っておくけど、私このクラスで一番爵位は上なの。私に逆らったら、どうなるかわかるわよね」

「…っ、申し訳ありません……」

「どこか行ってくれる?目障りだから」


同じ大公の跡取りでも身分差はあるのか、大公子は彼女には逆らえないらしい。
文句すら言えないまま、言われた通り呆気なく教室から出て行った。


『初めてお目に掛かります。アストリア公爵家のセラと申します。助けて頂き本当にありがとうございました』


綺麗な所作でセラが頭を下げると、彼女はそんなセラを真意の読めない瞳でじっと見つめている。
セラの敵となるのか、味方となるのか……。
それだけが気掛かりで黙ったまま見守っていると、彼女は急に笑い出した。


「やあだ、そんなかしこまった挨拶なんてしないで!私堅苦しいの苦手なの」

『そうなんですか?ごめんなさい』

「敬語もいらないわ。お友達になるのに、必要ないでしょ?」


そう言ってセラに差し出された手のひらを、セラは少し驚いた様子で見つめている。


『お友達になってくれるの?』

「勿論。昨日の挨拶を見て、ずっとあなたと友達になりたいなって思ってたの。良かったら仲良くしてくれない?」

『勿論喜んで!嬉しい、ありがとう』

「こちらこそありがとう。宜しくね、セラちゃん」


宜しくと返して手を握ったセラは、それはもう嬉しそうに微笑んでいた。
その様子を見て、僕は勿論平助と伊庭君も安堵した笑みを浮かべている。
大きな後ろ盾となる鈴鹿家のご令嬢に出会えたことは、セラにとって大きな転機になるに違いないからだ。


『千ちゃん、こちら紹介するね。私の護衛もしてくれてる方達なんだけど』

「知ってる。昨日大暴れしていた人達でしょ?」


彼女の返しに思わず僕達は苦笑いをしてしまうけど、間違ってはいないから何も言えない。


「宜しくね。クラスメイトなんだし、あなた達も敬語は使わないでいいから」


一人一人名乗って握手をしていくから、僕も最後に名乗りその手を差し出す。
できればセラ以外の子と手を合わせたくはなかったけど、この場合は仕方ない。


「宜しくね、沖田君」

「宜しく」


セラを見れば嬉しそうにしているから、それならいいかと僕を微笑みを向ける。
お友達第一号が大公女殿下ならば、昨日のような陰口も減る可能性も期待出来た。


「それにしても凄いわね。護衛三人って」

『うん、皆には申し訳ないんだけど、凄く心強いよ』

「まあセラちゃん可愛いから、護衛したくなる気持ちもわかるけどね」


そう言ってセラに抱き付いたこの子は、意外にも人懐っこい面があるらしい。
セラも嬉しそうに頬をやや染めて喜んでいる。


『ふふ、千ちゃんの方が可愛いってば。凄い綺麗な子だなって思ったんだ』

「うん、よく言われる」

『あはは、もう私千ちゃん大好きになっちゃったかも』

「かも、じゃなくてちゃんと好きになってよ?」

『それなら千ちゃんもね』 

「私はもう昨日セラちゃんに一目惚れして大好きになっちゃったもの。ねえ、今度一緒にお出掛けしましょうよ」

『もちろん!どこ行こう、今から楽しみ』


女の子の仲良くなるスピードにはついていけないけど、こんなに嬉しそうにしているセラは久しぶりに見る。
若干セラを取られた感はあるものの、僕もセラの笑顔が見れて嬉しいのは事実。
二人の友情が続くことを願いながら、戯れ合う二人を微笑ましく思っていた。

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