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ここ最近の私達の生活は忙しい。
学院に通いながら出された課題を熟し、城の中ではワルツの練習やその他のレッスンが日々の時間を奪っていった。
総司は大会を春に控えているから、毎日欠かさず鍛錬をしていて身体作りに力を入れているらしい。
それに加えて任務もあるため、中々二人で過ごすことが出来ないでいた。
そんな中、大会が近い総司の為に何かしたくて、総司が喜びそうな物を考えながら、ああでもないこうでもないと毎日頭を悩ませている。
甘いものは好きそうだけど、お菓子を作って渡したとしても今更特に新鮮味がない気がするし……。
物欲があまりないと言っていた総司に、何を贈ったら喜んでくれるのかわからなかった。
けれど渡すなら絶対、総司が専属騎士になってから使えるものがいいと思っている。
山崎さんと同じ制服を着ている総司をイメージして、彼が身につけたら似合いそうなものを頭の中で思い浮かべていた。
そして頭に浮かんだのは、時間を刻んでくれる懐中時計。
就任できた暁には私の予定に合わせてくれるだろう総司に、手軽に持ち運べる懐中時計は必需品だと気付いた。
それからというもの街へ寄った時は、さりげなくお店を見て、総司に似合いそうな時計を探す日々。
あまり機会がない中、イメージに合う物を見つけるのは時間が掛かってしまったけど、前回ようやく良い物を見つけられた。
あとは総司に知られないよう購入するだけだけど……
『どうしたら……』
気付けば大会はすぐ目前まで迫ってきているのに、中々街に出る機会がない。
出られたとしても護衛役である総司に知られず買うのは難しそうで、思わず独り言を漏らしていた。
「何か悩んでるの?」
千ちゃんとすっかり仲良くなった私は、学院内では彼女と過ごすことが多かった。
彼女のお陰で周りの陰口もなくなり、学院生活がとても楽しい。
優しくて明るい、お日様のような千ちゃん。
この子に出会えて本当に良かったと思っていた。
『あのね、春にアストリアで大きな剣術大会があるんだ。だから、ある人に贈り物をしたいなって考えてたんだけど』
「ある人?」
『うん、普段からお世話になってる人にね』
「えー、素敵ね。何を贈りたいの?」
『懐中時計なんて素敵かなって思うんだけど、どうかな?』
「凄く良いと思うわ。相手は男の人?」
『うん、そう』
立場上、主従関係のある私と総司の関係は口外しないと互いに約束している。
それは相手に関わらず徹底するべきだと思っていたから、いくら親しくても千ちゃんにすら話していないことだった。
「ねえねえ、もしかして沖田君?」
『え?』
「まあ仲良いみたいだし?普段お世話になってる騎士の人に贈り物をしたいっていう気持ち、わかるわ」
千ちゃんは少しにやにやしながらそう言ってくれちゃうから、私の顔が少し熱くなってくる。
私達の関係は気付かれてなくても、私の気持ちはとっくに彼女には見透かされてしまっているのかもしれない。
「セラちゃん、もしかして照れてるの?可愛い!」
『違うよ、もう』
「顔赤いけどね?」
『千ちゃんに照れてるの』
「えー?へー?ふーん?」
私に抱き付いてきた千ちゃんは、そう言って私の頬を突いてくるから本当に困る。
でも人懐っこい彼女が好きだから満更でもなくて、顔を見合わせて笑ってしまった。
『いつも色々と助けて貰ってばかりなんだよね』
「そうなのね。それで何に悩んでたの?」
問題は懐中時計を買うには街に出なければならないこと。
そして街に出る時は、必ず総司が護衛役としてついてきてくれることだった。
本人の前で贈り物を選ぶわけにはいかないし、かといって黙って出掛けてしまえば知られた時に後が心配。
そのことを千ちゃんに話すと、彼女は笑顔で協力すると言ってくれた。
「三人で出掛けて、私がうまく沖田君を引き離すからその時に買ったらいいんじゃないかしら?」
『ありがとう、凄く助かるよ』
「でもその少しの間だけ、護衛がいなくなっちゃうことになるけど大丈夫?それが心配よ」
『うん、少しの時間だったら大丈夫だよ。急いで買ってくるから』
専属騎士の候補者が決まってからは、護衛につくのは必ず三人のうちの誰かだった。
同じ大会に出るのに総司にだけ贈り物を渡すことは、伊庭君や平助君に知られても良くないと思うから、どうしても三人には頼めないのが現状だった。
「大会はいつなの?」
『来週末なの』
「じゃあ明日の学校帰り、早速行ってみる?あまりぎりぎりより早い方が良いわよね」
『いいの?時間割いてくれてありがとう、千ちゃん』
「私もセラちゃんとお出掛けしたかったから気にしないで」
という顛末で、明日の約束を取り付けた私は総司にその話をしてみることにした。
つい先日、二人で出掛けるのは絶対駄目だと言っていた総司は、予想通り「僕もついて行くよ」と言ってくれた。
『ありがとう。でも大会も近いし無理しないでね』
「僕も気分転換したいから丁度良いよ。それに僕が行かなければ、伊庭君か平助に頼むようになるでしょ。結局あの二人だって同じ大会に出るじゃない」
『そうだけど、総司に時間割いて貰ってること多いから申し訳ないなって思って』
「でも前回街に出掛けたのなんてだいぶ前じゃない?そんなの気にしなくて大丈夫だよ」
優しい総司は、忙しい筈なのにいつも私を優先してくれる。
それが嬉しくもあり申し訳なくもあって、特に今回は総司に秘密の計画があるだけに罪悪感が心に積もった。
『ありがとう……』
「いいえ。それで街で何を買いたいの?」
『あ、えっと……ほら、この前話した可愛いノートがあるお店とか、千ちゃんと一緒に見たいなって話してるんだ』
「思ったんだけど、千ちゃんっていつも護衛連れないで街に出てるの?」
『うん、遠出する時以外は連れてないみたいだよ』
「ふーん。大公家のご令嬢なのに珍しいね」
『そうなのかな?私学院に入るまで周りがどうなのかあんまり良く分かってなかったけど、結構みんな護衛を連れずに街に出てたりするよね?どちらかと言うと私みたいにいつも護って貰ってる方が珍しいのかなって』
それに護衛と言っても、周りの護衛はどちらかというと緩い印象を受ける。
うちの家門は騎士団の規模が大きいから、護衛に人数も割けるし強い騎士も多いけど、案外周りはそこまで気にせず自由に出歩いている印象だった。
「まあ、近藤さんがセラのこと人一倍気に掛けてるからね。騎士団にもセラを一人にしないよう周知令が出てるし、実際誘拐されたこともあるから心配なんだよ。でも注意するに越したことはないんじゃない?」
『そうだよね。ただ街に出るだけなのに騎士の方のお時間を頂いてしまうのがいつも申し訳ないの』
昔から感じていたことではあるけど、護衛を頼む身としては頻繁に街に出たいとは言えなかった。
だから私が一人で街に出るのは、せいぜい年に数回程度。
その時にまとめて欲しいものを買って、基本はずっとお城の中で過ごす生活だった。
護衛の人がいてくれるのは心強いし感謝もしている。
でも申し訳なく思う気持ちはいつだって心に芽生えてしまうから、私こそ剣術を習うべきだったんじゃないかと最近よく思ってるところ。
まあ、それこそお父様が許してくれる筈がないけど。
「それが騎士の仕事なんだから気にしなくていいんだよ。それで給料貰って食べるわけだしね。だから明日はのんびり買い物しなよ」
『ありがとう。でも明日はそんなに時間掛からない予定だからね』
「別に時間は気にしなくていいよ。千ちゃんと出掛けるの、前から楽しみにしてたでしょ?」
微笑む総司にもう一度お礼を告げて、明日のことを考える私がいる。
どうか明日は無事時計が買えますようにと願いながら、少し落ち着かない心情で総司の笑顔を見つめていた。
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