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店の中、セラがレストルームから出てくるのを待っていた僕は、少し経ってからふと違和感を覚えた。
それはセラがいつになっても出て来ないことは勿論、彼女の前に入った人もまだ出てきていないことに気付いたからだ。
「セラ、遅くない?」
「女の子はお化粧直しとか色々あるから仕方ないわよ。それより、これ見てみて。可愛いと思わない?」
千ちゃんに声を掛けられても、僕が今日ここにいる目的はあの子の護衛だ。
別に買い物に来たわけではないから、特に興味は示さず、ただセラを待っていた。
けれど、いよいよおかしいと思った僕が仕方なくレストルームのドアをノックしても中からは何の反応もない。
意を決して開けてみると、中は間抜けの空だった。
「千ちゃん、セラがいないんだけど」
「……え?そうなの?」
「そうなのって知ってるんじゃないの?向こうにも出口あったけど、まさかあそこからセラが出て行ったわけじゃないよね?」
中に入る前、彼女達二人で何か小声で話していることは知っていた。
まさかそれが僕を欺くためだったなんて思いもしなかったけど、ここにあの子がいないことが何よりの答えだと思った。
千ちゃんに聞いても困り顔のまま何も教えてくれないから、僕は店を飛び出すとセラの姿を探して近くの場所を手当たり次第に探して行った。
そしてようやくセラの姿を見つけたかと思えば、変な男達に今にも店の中に引き込まれそうになっている。
ぎりぎりのところで助けることが出来たものの、あまりに危機感のない行動に怒りが湧いて、馬車の中、向かいに座るセラにきつい言葉を言うことしか出来なかった。
「それで、僕を騙してまでしたかったことは何?」
『ごめんなさい……。でも、総司を騙そうとしてたわけじゃないよ……』
「でも僕に手洗い場に行ってると見せかけて、違う場所にいたじゃない。そんなことをしてまで、僕から離れたかったってことだよね」
『違うよ、総司と離れたかったわけじゃなくて』
「どうせ護衛されるのが煩わしかったんでしょ?最近千ちゃんと二人で出掛けたがったり、周りのご令嬢は一人で街に出てるとか、そんなことばかり言ってたしね」
ここ数日の会話の節々から、そのことは薄々感じていた。
一人で気ままに出歩けないことは、年頃の女の子にとっては確かに窮屈に感じてしまうことだろうけど、だからこそ僕が行けば他の団員がついて回るよりかは気が楽だろうし、この子も僕と一緒にいられることを喜んでくれるだろうと思っていた。
実際、少し前までは僕と出掛けられて嬉しいって言ってくれてたよね。
だから僕も護衛するのは負担でも何でもなく、ただ一緒に過ごせる時間が持てることが嬉しかった。
でも今回は確かに様子が違って、一緒に行くと言っても少し困ったような、無理して笑っているようなそんな印象を受けた。
それに加えてこんなことが起きてしまえば、専属騎士を目前にしてセラの気持ちが以前より離れてしまったように感じるのは当然だった。
それが僕に言いようのない節操感を与え、セラが急に遠く感じてしまう。
やるせ無いような、それでいて悔しくて堪らないような感情が、僕の心中を圧迫させる結果となった。
『そう思わせてしまったのならごめんなさい……。でも本当に違うし、護衛してもらうことを煩わしいなんて考えたことは一度もないよ。総司がついてきてくれるのはいつも嬉しかったから……』
「だったらなんで一人でいなくなったのって聞いてるんだよ」
『それ……は……』
セラは僕の言うことに一生懸命否定して、泣きそうな顔をしているけど、その理由を聞いても結局何も答えてくれない。
その態度が余計に僕を苛立たせるから、不機嫌さながらな態度で髪を掻き上げ、すっかり真っ暗になった窓の外に視線を写した。
「暗くなったあの道を、女の子一人で歩くことがどれだけ危険かわからないの?」
『近かったから……走れば少しなら大丈夫かなって思って……』
「あんなところを一人で歩く令嬢なんて、何も考えてないか、外のことを何も知らない世間知らずだけだよ。君みたいなね」
『……ごめ……なさ……』
「第一さっきも危なかったよね。あのまま店の中に連れ込まれてたら、何をされてたかわかったもんじゃないよ。そのこと、ちゃんとわかってる?」
『はい……。一人で行くなんて私が間違ってた……。本当にごめんなさい……』
そう言うってことは、やっぱり自分の意思で出歩いたってことだよね。
これだけ僕が、セラが危険な目に遭わないように常に考えているっていうのに、この子には僕の想いなんて少しも伝わっていないのかと愕然とする。
確かにセラは、自分が複数の組織から狙われていることなんて知らない。
わざわざ不安を背負わせる必要はないと思って伝えていないことだから仕方ないのかもしれない。
でも、それにしたって世界をあまりに楽観視しすぎている。
山南さんが心配していた通りだと思うと、自然とため息がこぼれた。
「いくら頑張って護ろうとしても、君が勝手な行動を取るなら護れるものも護れないよ。こんなだったら僕が専属騎士になる意味もないね」
『……総司……』
馬車が城に到着し、僕は彼女を置いて先に出る。
これ以上一緒にいたら余計に酷い言葉を吐いてしまいそうで、それを避けるためにも足早に騎士団の敷地へと歩いて行った。
その後ろを追いかけて来たセラが僕の腕を引っ張って僕の名前を呼ぶけど、今はこの苛立ちが落ち着くまで一人いたい。
だからその手を振り払うことしか出来なかった。
『総司、本当にごめんなさい。話を聞いて欲しいの』
「僕も忙しいんだよ、また今度にしてくれる?」
『だけど……私、総司に嫌われたくないよ……』
そんなの僕だって同じだ。
だからこの子にきつい言葉は言いたくないし、そんな悲しそうな顔だってさせたくない。
それでもセラを想えば想う程、込み上げてくる苛立ちや悔しさはなくなってはくれないから、吐き出される言葉は思ってもいない醜いものばかりだった。
「だったらなんで僕が一番嫌がることしたの?これだけ一緒にいるんだから、そのくらい考えたらわかることだよね」
『ごめ……なさ……』
「正直、セラにはがっかりしたよ」
あまりに悲しそうに目を見開いたセラは、言葉を失ったように僕を見上げるだけで。
そんな顔をさせたのが自分だということを直視したくなかった僕は、彼女を置いて再び足を進めた。
多分明日になれば僕も少しは冷静になれるだろうし、セラだって本当の理由を話してくれるかもしれない。
だから今夜だけは自分のしょうもない感情を消化するために、一人で考える時間が欲しかった。
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