5
昨晩は一睡も出来なかった。
昨日のことを後悔していた私は、総司にどう伝えればいいか、どう謝れば許してもらえるのか、そればかり考えていた。
会えば上手く伝えられない可能性もあると、何度も手紙を書いては捨てて、また書き直してを繰り返しているうちに気付けば外は明るくなっていて。
結局自分の口で話さないと誠意は伝わらないという理由から、手紙は全てゴミ箱に捨てることになった。
今日はまた朝から学院がある。
総司に会うことが不安だった私は、朝食に手をつけないまま皆の待つ馬車へと向かった。
どんな顔で会っていいのかもわからない心情で皆の前に立つと、鞄を持つ手が僅かに震える。
私はいつからこんなに弱い人間になったんだろうと、今の自分が酷く情け無くなってしまった。
『おはよう』
笑顔を作って皆にいつもの挨拶をする。
伊庭君と平助君は、いつものように満面の笑みで私を迎えてくれた。
「おっす!」
「おはようございます」
何も言ってくれない総司を見れば、一度目が合い、直ぐにまた逸らされて。
「おはよ」という短い言葉だけが、耳に届いただけだった。
「なあ、総司。お前……なんか怒ってない?」
「別に?」
馬車の中、暫く続いた無言の空間に耐えられなくなった様子で平助君が言葉を放つ。
伊庭君も総司を見てため息を吐いた後、私に視線を移して気遣うように話し掛けてくれた。
「大丈夫ですか?今日は顔色が優れないですよ」
『ううん、全然大丈夫。元気だよ』
「それなら良いのですが、沖田君にいじめられたならいつでも僕に相談して下さいね」
『違うの。私が悪いことをしちゃったから、私が悪いの……』
「え?」
伊庭君も、それを聞いていた平助君も、少し困ったような表情で互いに顔を見合わせている。
二人に気を遣わせてしまってることに申し訳なさを感じて、「ごめんね」と謝った。
「いや、いいって。てかよくわかんねーけど、もう仲直りしちゃえばいいじゃん。ずっと気不味いままでも俺達もどうしていいかわかんなくなっちまうし」
「そうですよ。折角ですから皆で仲良く行きたいですしね」
総司をちらりと見てみたけど、うんともすんとも言わない彼は頬杖をついて窓の外を見ているだけ。
ここまで総司が怒ったことは今まで一度もなかったから、本当に嫌われてしまったのかもしれないと不安は募った。
でも私は総司のことを信頼しているし、真剣に怒ってくれたのは私の身を案じてくれているからだとわかってる。
だから今日、どこかで時間を作って貰えないか聞いてみようと口を開いた私がいた。
『総司、あのね……』
「別に喧嘩してるわけじゃないし、仲直りとかいらないよ。こんなところで話すつもりもないしね」
誰に向けて言った言葉かはわからないけど、私の言葉を遮るようにそう言った総司を見れば、これ以上何も言えなくなってしまう。
思わず唇をぎゅっと強く結ぶと、見兼ねたように再び二人が総司に話し掛けてくれた。
「沖田君、君はどうしてそう棘のある言い方ばかりされるんですか?」
「そうだって。怒ってたって何の解決もしねーじゃん」
「別に怒ってなんかいないよ」
「どう見ても怒ってるようにしか見えませんけどね……」
総司と付き合いの長い二人も、今の総司には何を言っても逆効果だとわかるのか、それ以上は何も言わなくなる。
そのまま学院までは四人ともほぼ無言で、静かに馬車で揺られているだけだった。
学院に着けば千ちゃんが気遣うように私のそばに寄ってきて、総司の様子を見て大体のことを察してくれたらしい。
申し訳なさそうに私を見つめて言ってくれた。
「ごめんなさい、私が余計なことをしたせいで……」
『ううん、私が頼んだんだよ。千ちゃんを巻き込んで本当にごめんね』
「私はいいのよ、そんなに沖田君と仲良いわけでもないし。でも……セラちゃんは大丈夫?」
『うん……。今日中に話したいとは思ってるよ。総司が時間を作ってくれると良いんだけど……』
千ちゃんが慰めるように私の背中を撫でてくれるから、その優しさが温かくて思わず涙ぐんでしまう。
でも総司には思っていることや後悔していることをしっかり伝えて、心配を掛けてしまったことを謝りたい。
もう時計のことを隠している場合ではないと、全てを伝えるつもりでいた。
「大丈夫よ。話せばわかって貰えるわ」
『ありがとう。なるべく早く話せたらいいな、学院にいる間とか……』
暫くは授業が続くから厳しいけど、昼休みなら話せるかもしれない。
そんな希望を持ちながら総司の姿を見つめ、不安な心情のまま午前中を過ごした私がいた。
そして昼休み。
声を掛けようとしたものの、総司は直ぐに席を立つと一人でどこかに行ってしまう。
その姿を見送るだけで声が掛けられなかった私は、結局戻って来ない総司を待ちながら皆でお弁当を食べることになった。
「沖田君、戻って来ないですね。お昼は食べないんでしょうか」
「それにセラちゃんも全然食べてないじゃない」
「本当だ。飯はちゃんと食った方がいいぜ?」
『うん、ありがとう。なんかお腹いっぱいで』
「あれ?それは何ですか?」
伊庭君の言葉に目を瞬き、彼の視線の先を追う。
すると私のペンケースには、一枚の手紙のようなものが挟まっていた。
『なんだろう?ノートの切れ端?』
「うふふ、ラブレターだったりして」
『ふふ、絶対違うよ』
そう言いながら小さな紙を開くと、中庭で待ってると書かれた短い文字が目に入る。
差し出し人は総司だったから、私は目を見開いた。
「何だよ、総司か。こんなことしないで普通に声掛ければいいのに」
「沖田君がこんなことするなんて、なんか可愛いらしいですね」
「ふふ、本当ね。でも良かったわ、仲直りちゃんとしてきてね」
『ありがとう。私行ってくるね、総司としっかり話してくる』
「僕も中庭までご一緒しましょうか?」
『大丈夫だよ、校舎出てすぐだし伊庭君は皆とお昼食べてて』
総司からの手紙をスカートのポケットにしまった私は、彼の待つ中庭に走って行く。
天気の良い昼下がり、そこに着くと誰もいなくて、何故か周りには立ち入り禁止の札が下げられていた。
貼り紙を読む限りだと、中庭の花壇はこれから花の入れ替えをする予定らしい。
それまでの間、生徒はここに立ち入れないみたいだった。
でも総司はこの場所を指定しているし、来てみてから立ち入り禁止の札があって困ったかもしれない。
それに彼の性格ならこの中で普通に待っていそうだから、周りを見て人がいないことを確認すると、こっそり中へと入って行くことにした。
『総司?』
きれいな花が咲く中庭は、誰もいないせいかとても広々としていて綺麗だった。
こんなに綺麗なのだから、花の入れ替えなんて必要ないと思ってしまうくらいだ。
思わず見惚れて木々の揺れる音や風の音、鳥の囀りに耳を傾けていると後ろから誰かが来た音がする。
総司が来てくれたとわかって、私は少し緊張しながら後ろを振り返った。
『総……』
振り返った直後、目の前に黒いスーツが見えた。
そして衝撃を与えられた腹部が熱く痛くて、何が起こったのか直ぐには理解出来なかった。
『……っ……』
酷い痛みが走った場所に目線を落とすと、白いブラウスは真っ赤に染まり、そこに添えた手にも真っ赤な血が大量についている。
自分が刺されたのだと気付いた時には、刺した人はもう中庭から出て行くところで、その後ろ姿からはその人が男なのか女なのかも分からなかった。
『……あっ……誰……か……』
自分でも今の状況がよくわからなかった。
ううん、わかりたくなかった。
止めどなく流れていく血液が腹部に添えられた手を伝い、地面へとこぼれていく。
その量の多さに愕然としながらも、こんなことが現実に自分の身に降りかかるなんて予想すらしていなかった。
『……っ』
こんなところでまだ死にたくない。
だから早く助けを呼ばないとと、震える足で一歩一歩歩いて行った。
近くから他の生徒の笑い声が聞こえるのに、私の声は痛みのせいで出てくれない。
あと少しで中庭から出られるところまで歩いてきたのに、気付いた時にはその場で倒れてしまっていた。
『……っ、……そう……じ……』
こんなことになるなら、昨日、正直に全部話しておけばよかった。
いくつもの後悔が押し寄せてきて、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
総司に会いたい。
名前を呼んでほしい。
優しく笑って、いつものように「大丈夫だよ」って言ってほしい。
だけど今の私には近くの花でさえ霞んでしまって、その輪郭すらはっきり捉えられない。
遠のいていく意識の中でわかるのは、自分の体がどんどん冷たくなっていくことだけ。
まるで、この世界から私という存在が少しずつ消えていくみたいだった。
死にたくないよ、まだ生きたい。
総司に伝えたいことが、まだたくさんあるのに。
胸の奥から湧き上がる想いが、言葉になる前に薄れていく。
こんなにも総司のことが好きなのに、それを伝える時間さえ残されていないなんて、そんなの絶対に認めたくなかった。
でも私は気付いたの、総司は怒っていたのではなく、悲しかったんだって。
私を護るために、あんなに強くなるまで努力を続けてくれたのに。
それなのに私がその想いをちゃんと受け取れていないと、思わせてしまったから。
あの時の総司の顔、苦しそうだった。
それなのに私は自分のことで精一杯で、総司の気持ちまで考えてあげられなかった。
総司はいつだって誰よりも私を護ろうとしてくれたのに、私……ほんとうに駄目だよね。
でも私は本当に総司が大好きで、どんな形でも傍にいられることが嬉しくて堪らない。
今まで過ごしたどんな時間も、私にとって宝物なんだよって伝えたい。
だから神様、どうかまだこの命を奪わないで下さい。
この気持ちを、彼に伝えさせてほしいから。
『……そ……じ……』
もし次に目を覚ましたら、大好きって言いたい。
ごめんねって謝りたいし、ありがとうって伝えたい。
でもどんなに願っても私の身体はもう動いてくれないし、声も届いてくれないみたい。
それでも、また総司に会えたら何て言おうかずっと考えていた。
沢山私の気持ちを伝えたいし、総司がまた素敵な笑顔を見せてくれるように、沢山楽しい話をしたい。
それであとは……
もっと、総司と一緒にいたかった。
『……っ……』
涙が溢れる。
総司のぬくもりが、頭の中で鮮やかに蘇る。
私を包み込んでくれた腕の感触も、そっと撫でてくれた手のひらも、全部覚えている。
優しい声も、いたずらに微笑む横顔も、大好き。
たとえこのまま目を覚まさなくても、私はずっとずっと総司が大好き。
そしてお父様や城や騎士団の皆、はじめや千ちゃん。
みんなに出会えて幸せだったと思いながら、私の瞳は閉じられていった。
ページ:
トップページへ