3

次の日の朝、ベッドで目覚めた僕は起き上がるなり鏡に映る自分を確認した。
すると今日の僕も以前より幼く、カレンダーも昨晩同様、ニ年前の年数のものが飾られていた。


「……良かった、戻ってない」


起きたらまたセラのいない世界に戻っていそうで、昨晩は眠ることが怖くて堪らなかった。
でもこうして僕は今も昔の僕のまま、この身体で生きているらしい。
体調も至って万全で、ようやく少しまともな判断が出来そうだった。

昨晩セラに会えたことで、心に空いた大きい穴が少し塞がり始めた気がしている。
こうしてまたあの子をこの腕に抱きしめられたことや、大好きなあの笑顔を見れたことが何よりも嬉しかった。

何故時間が巻き戻ったのか、何故僕以外の人がそのことに気付いていないのかはわからなかったけど、細かいことはこれから考えていけばいい。
何よりも大事なことは、僕のいるこの世界でセラが生きているということだった。

でも、僕の心の中には今も亡くなったセラの姿が蘇る。
今までくれた言葉や温もり、彼女の愛情を恋しく思う気持ちは何も変わらなかった。
それをこの世界のセラに求めるのは間違っているとわかっていても、昨晩はどうしても抑えがきかなくて手を伸ばしてしまったわけだけど。
そんな僕を受け入れ、温かい言葉や温もりをくれた彼女は、間違いなく僕が愛した人と同じだと本能が教えてくれていた。


「おっす、総司!」


朝食の後、稽古場に行くと平助が開口一番に話し掛けてくる。
隣には伊庭君もいて、僕を良く思っていないだろうその眼差しを受け、思わず目を瞬いてしまった僕がいた。


「おはよ」

「おはようございます、沖田君」

「総司、あの後大丈夫だったのか?だいぶ様子おかしかったけど」

「大丈夫だよ。あの後ちゃんとセラにも会えたしね。今日はむしろ絶好調かな」


敢えてそう告げると、伊庭君の顔がほんの少しだけ不機嫌そうなものに変わる。
でも直ぐにいつもの笑みを浮かべると、穏やかな口調で話し掛けてきた。


「僕の伝言がちゃんと伝わったみたいで良かったです」

「うん。正確な時間を教えてくれてありがとう」

「伝言って何の話?つーかあの後セラに会ってたなんて、俺聞いてねーんだけど!」

「いいでしょ、しかもこれ貰っちゃったんだよね」


そう言って見せびらかしたのは、昨日貰ったハンカチ。
しかも僕の名前の刺繍入り。


「なんだよ、それ。総司だけずりーじゃん。しかも総司の名前まで入ってるし」

「いいじゃないですか、平助君。セラは沖田君が騎士団に入団したことをお祝いしたかっただけだと思いますよ。他意はないでしょうし、名前入りのハンカチなんて今はどこででも売ってます」

「ふーん、そうなんだ。でもこれ、セラが自分で刺繍してくれたものなんだけどね。あの子にしか作れない、世界でたった一つのハンカチなんだけど」


にっこりと笑ってそう告げると流石の伊庭君も悔しかったんだろう、「それは良かったですね」なんて思っていないことを口にして、僕に背を向け行ってしまった。


「うわー、伊庭君めっちゃショック受けてるみたいなんだけど」

「勝手にショック受けさせておけばいいんだよ。こっちは伊庭君のせいでセラと喧嘩になる一歩手前だったんだからさ」

「セラと喧嘩?何の話?」

「別に?なんでもないよ」


他愛ないやりとりをしながら、ふと違和感に気付く。
それは何故伊庭君に苛立ちを感じて、あんな子供じみたことを口にしたのかよくわからなかったからだ。
以前の僕は既に伊庭君とはわかり合えていたし、この件もとっくに解決している。
だから今更、伊庭君に意地悪なことを言う必要なんてなかったのに。


「総司、打ち合いしようぜ」

「いいよ。その代わりぼこぼこにされても泣かないでよ」

「それはこっちの台詞だって!」


悪いけど、僕は鍛錬を積みまくって相当強くなった。
この頃の平助なんて余裕で負かすことが出来ると木剣を構えて打ち合いを始めた。
でも、身体が思いの外早く動かない。
学んだ技術や動かし方は頭に入っているのに、脳からの指示に身体が上手く応えられていない印象だった。


「うわああっ!」


もどかしさを感じながら剣を構えた時、いきなり近くで新八さんの叫び声がして、僕も平助も思わず打ち合いを止める。
何が起こったんだと彼に近寄ってみると、新八さんの頭や肩は鳥のフン塗れになっていた。


「なんだよ、ちくしょう!この制服、洗濯したばっかだったのによ!」

「良かったな、新八。運が向いてきたんじゃねぇか?」

「てめぇ、左之!他人事だと思いやがって!」

「なんだよ、ただの鳥のフンじゃん。びっくりした」


平助は二人のやり取りを呆れた様子で見ていたけど、僕は思わずその場面を凝視する。
何故なら思い返せば、前回鳥のフンがついたのは新八さんではなく左之さんだったからだ。


「必ず同じことが起こるわけじゃないってこと……?」


鳥のフン程度なら誰に落ちようが大差ないけど、例えばこれが違う物だったとしたら話は別で。
僕が関与していないところでも多少の誤差が生まれるとしたら、必ずしも僕が辿ってきた道と同じになるわけではないことに気付いた。

現に昨晩のように僕が前回と違う行動を取れば、それに伴い僕の周りの未来が変わる。
このハンカチが今朝の時点で手元にあることが、まずその一つだ。

それに僕のこの肉体は勿論、僕の精神的な内面も、ニ年前の自分に戻っているように感じる。
子供じみたことを平気で口にしてしまう辺り、正にここに来て間もない頃の僕自身のようだった。
加えて記憶や知識は残っていても、それを上手く駆使して戦える身体的技術が明らかに足りていない。
つまり僕はまたこの身体と共に、多大なる成長をしていかなければいけないことになる。


「総司、続きやろうぜ」

「うん、負けないよ」


とは言え、以前までの記憶と知識は必ず今の僕の強みになる。
この記憶があれば危険なことや失敗は回避出来るし、何よりセラの死という何よりも耐えがたい未来を変えることが出来ると思ったからだ。
だから今はまず、この身体をもう一度鍛え上げて出来ることなら前回の僕より強くなる。
僕になら出来るはずだと踏み込んで、この時の僕がまだ出来ていなかった三段付きを平助に思い切りお見舞いした。


「うおあっ……!」

「はい、僕の勝ちだね」

「な、なんだよ今の……」


まだ身体の動きは鈍いけど、動かし方は熟知しているから前の時より断然やり易い。
それに気付くことが出来た今、こうして記憶を残したまま過去に戻ってこれたことは、神様か何かがくれたチャンスに違いないと思った。
別に多くは望まない、僕が欲しいのはあの子の隣で幸せな未来を過ごすことだけ。
今度こそセラを護ると誓って、僕を見上げる平助にその意思表示をした。


「僕はこれからどんどん強くなって見せるよ。それであの子の専属騎士になる。平助はもう僕に追いつけないかもね」

「は?なんだよ、それ!お前、この前は専属騎士は狙わないって言ってたじゃん!」

「それ、いつの話?もう遠慮はしないよ」


セラを殺した奴が誰なのか、今はまだ分からず仕舞いだ。
それでもこの記憶を使ってあの子の未来を繋げてみせると、心に決めた。
そしてセラとの関係も、もう一度ゆっくり築いていこう。
あの子はまた僕を想ってくれるに違いないと信じることが出来るから、ようやく僕の目の前が明るく開けた気がしていた。

- 130 -

*前次#


ページ:

トップページへ