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その日、結局セラは熱が出て倒れてしまったらしい。
体調不良を回避出来なかったことに申し訳なさを感じながら、山崎君からの報告を聞いていた。

そして僕は、前回同様あの子の部屋の侵入を試みることに。
近藤さんと山崎君が部屋に来るだろう時間の少し後を狙って、僕は彼女の部屋へと足を踏み入れた。


「セラ」


この前はいきなり姿を見せて叫ばれてしまったから、今夜は敢えて遠くから小声で話しかけてみる。
けれど何の反応もないから仕方なくベッドに近付くと、セラは愛らしい寝顔ですやすやと眠っていた。


「……ちょっと来るのが遅かったかな」


前回は僕が意地悪を言ったせいで、セラは一人ベッドの中で泣いていた。
けれど未来が変わった今は、こうしてゆっくり休めている様子だったから、安堵から笑みが溢れた。

ベッドサイドに腰掛けた僕は、セラの寝顔を眺めながらまた以前の彼女を思い出す。
僕は前の世界で、きっとセラを沢山泣かせてしまっただろうから、目の前のこの子にはもっと優しくしてあげたいと思っていた。

でも昨日から妙なことを考えてしまう自分もいて、あの頃のセラが今もどこかで泣いているような気がしてしまう。
私はその子とは違うよ……と言って涙を流すセラを想像すると、淋しい想いをさせてしまっているんじゃないかという不安がどうしても消えなかった。

それでも記憶のない目の前のこの子が、あの頃のセラと本当の意味で同一人物なのかは確かめる術もない。
だからこそ、昨晩僕に擦り寄ってきたこの子の行動は、まるでついこの前までのセラと過ごしているような感覚にさせられたから、無性に切なくなってしまったわけだけどね。


『……うう……』


寝言が聞こえた直後、苦痛の表情を浮かべたセラが身動ぎをしていた。
嫌な夢を見ているだろう様子に気の毒だと思いながらも、動いているセラを見るだけで言いようのない安堵感が僕を包んだ。

でも本当に辛いのか、更に苦しそうな表情をした後、一筋の涙が目尻から溢れ落ちてくる。
起こしてあげるべきか悩んでいると、彼女の口から消え入りそうな声で僕の名前が呟かれた。


『……そう……じ……』


寝ているのに、なんて悲しそうに僕の名前を呼ぶんだろうと思った。
必死に僕を呼んでいるように感じさせられるから、我慢ならずに伸ばした指先が頬の涙を拭っていた。


「……セラ、起きて」

『ん……』


呼び掛けるとゆっくり瞳は開かれて、涙に濡れた瞳が僕を捉える。
いまだに夢見心地なのか、周りを見回しているセラは状況がよく理解できていない様子だった。


「だいぶ魘されてたよ、怖い夢でも見てたの?」

『夢……?』


セラは不安そうな顔付きのまま上体を起こすと、身体に掛けられたコンフォーターを剥ぎ取り、手を腹部へとあてている。
その手や小さな身体は明らかに震えていて、今にも泣き出しそうな顔をしている彼女の肩にそっと触れた。


「セラ、平気?」

『……夢……だったんだ……』

「どんな夢見てたの?」

『……お腹を刺されて……凄い血が出て……』

「……え?」

『助けを呼びたいのに、声も出てくれなくて身体も動かなくなっちゃってね……もう死んじゃうんだなって思ったら……総司に……凄く会いたくて……』


その出来事を一つ一つ思い出していくかのように話すセラは、耐え切れなくなった涙をぽろぽろ落とすと苦しそうに瞳を細める。
思わず伸ばした手で彼女の身体を包むと、あの時一人で逝かせてしまったセラをようやくこの腕に抱きしめることが出来たような感覚に陥った。


「……怖い夢だったんだね」

『うん……』

「その夢ってさ……どんな場所だった?君の服装とか、君を刺した奴の特徴とか、覚えてる?」

『知らない場所だった……お花が周りに咲いてて、お庭みたいなところ……』

「あとは?」

『服は……白いブラウスが真っ赤になってたことしか……』

「君を刺した奴の顔は見たの?」

『ううん、顔は見れなくて……でも黒いスーツを着てた……』


啜り泣きながらそう話すセラを強く抱きしめながら、目の前のこの子が僕の大好きだったセラだとようやく確信を得た。
記憶がなくても、心の奥深くに眠った出来事が夢に出てきたんだろう。
その呪縛が何も知らない今のセラのことまで苦しめていると分かれば、故意的にセラを狙ったその相手に著しい殺意も覚えた。

恐らく僕にぶつかってきた奴が犯人だろうけど、あれが誰なのかも、性別すらわからない。
この時初めて、真実を確かめないまま死刑になることを選んだ自分に後悔をした。

でも目の前で泣くセラを見て、僕が死を選んだことでこうしてまたこの子と会うことが出来きたと考えれば、どうしたってこの道を選んで良かったと思ってしまう。
セラに記憶がなかったとしても、ずっと言いたかった言葉を、今君に伝えられるんだから。


「助けに行ってあげられなくてごめん。怖かったし悲しかったよね」

『総……司……』

「次は絶対僕が君を護るから。だからもう心配しなくて大丈夫だよ」


セラに全てを打ち明けることも考えなくはなかった。
けれど夢ですらあの時の恐怖に身を震わせているこの子に、君は一度殺されていて今も命を狙われている……なんてどうして言えるだろう。
そうすることでセラが怯え、あの愛らしい笑顔を無くしてしまうくらいなら、僕が一人この記憶を頼りに彼女を護ることが得策に思えた。

それに僕の言葉を聞いて安心してくれたのか、セラの啜り泣く声は少しずつ落ち着き、僕の腕の中で大人しく身を預けてくれている。
あの日、一人で逝かせてしまったセラの温もりをこうして感じられることが、何よりも僕にとって大切なことだった。


『……ごめんね、ただの夢なのに……』

「いいよ、泣き止んだ?」

『うん、取り乱しちゃってごめんなさい……。私寝ぼけてたのかも……』

「別にいいよ。夢でも怖いものは怖いでしょ」


身体を離し、そっと涙を拭うと涙目のセラがじっと僕を見上げてくる。
そして数秒間僕を見上げた後で、何かに気付いたように口を開けた。


『あれ?どうして総司がここにいるの?』

「ははっ、今更それ聞くの?随分遅いね」

『だって最初は総司がいるのも夢なのかなって思ってたんだもん……。だからつい泣いちゃっただけで、さっきのはなしにしてね?』

「残念ながらなしになんて出来ませんよ、お嬢様」


鼻を赤くしながら僕を困り顔で見つめるセラは、いまだに涙目だ。
小さな額に手を置くと、熱があることが窺えた。


「まだ熱が高そうだね、ちゃんと寝てなよ。早く元気にならないとね」

『ありがとう。もしかしてお見舞いに来てくれたの?山崎さんに入れて貰った?』

「勿論君のお見舞いに来たのはそうなんだけどさ。山崎君がこんな時間に規則を破って、僕をこの部屋に入れてくれると思う?」


小首を傾げて本気で意味がわからないという表情をするセラには笑ってしまったけど、人差し指で部屋の窓を指差してみせた。


「あそこの窓から入ったんだよ。木を登ってね」

『え……?外から来たの?』

「この技を身につけたら最強だと思わない?セラに呼ばれたら、いつでもここに飛んできてあげられるよ」


得意気にそう言ってみると、セラはくすくす笑っている。
ようやく大好きな笑顔が見れて、僕の頬も緩んでしまった。


『ふふ、随分めちゃくちゃな技を習得しちゃったんだね』

「めちゃくちゃって言うのは酷いな。これでも見つからないか冷や冷やしながら命懸けで来たんだよ」

『もう、こんなことに命懸けたら駄目だよ』

「でもそのおかげで君に会えたよ」


何度時間が戻っても、僕はセラに会うためならどんなことでもしてしまう気がする。
何故って、僕が来れば君は嬉しそうに笑ってくれるからさ。


『今日ね、折角昨日約束したのに庭園に行けなくて悲しいなって思ってたの。だから総司が来てくれて嬉しいよ』


思えばこの時からセラは素直に僕に好意を伝えてくれていた。
その愛情表現が、この子の中でいつから恋愛感情的なものに変わっていくのかはわからないけど、そんな可愛いことを言われたら今までのように手を伸ばしてしまう僕がいる。
頬に手を添えればセラも愛らしい表情で目の下を赤く染めるから、気付いた時には引き寄せられるまま彼女の唇に自分のを近づけていた。


『だ、だから近いのっ……』


つい今までのように接してしまえば、触れる寸前に目を見開いたセラは僕の胸を押してくる。
僕を受け入れてくれる以前までのセラと相違はないように思えたけど、あのとろんとしていた瞳はただ熱があるせいだったのかもしれない。


「ごめんね、セラが可愛いこと言うからつい我慢出来なくなっちゃって」

『我慢って……。総司ってそういうこと言うの……?なんか違う人みたいだよ?』

「そんなことないよ、僕はずっと僕だけど」

『でも私、軽い人はあんまり好きじゃないから……』


セラに好きじゃないなんて言われたのは初めてで、流石に傷付く僕がいる。
目の前のこの子には記憶がないのに、気持ちを無視した行動を取ってしまったことが悔やまれた。


「いい加減な気持ちでしたわけじゃないよ。もうしないから軽いなんて言わないでよ」

『別に……もういいけど……』

「僕が会いたいと思うのも護りたいと思うのも君だけだよ。それだけは勘違いしないで」


この子に嫌われたら元も子もない。
だから想ったままに伝えることにした。
この頃の僕がセラにどんな接し方をしていたのかはうろ覚えだけど、この子を大切に想う気持ちに嘘はないということをわかっていて欲しかった。


『ありがとう、総司。私もね、毎日総司に会いたいなって思ってるよ』

「それ、本当?」 

『うん。お城の中でいつも総司のこと、探してるんだよ』


セラは少し照れながらも、僕にそう返してくれた。
その言葉を聞いて、僕は純粋で真っ直ぐな愛情をくれるこの子が大好きだったことを思い出した。
一度知ってしまった分、どうしても君の温もりが恋しくなってしまう時はあるかもしれないけど。
僕はまたここから君に好きになって貰えるよう、出来る限りの愛情を届けたいと思うよ。

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