5
あれから総司とは時間が許す時に庭園で会い、他愛ない話をしながらお互いのことを知っていった。
二日間は様子がおかしかった総司も、今ではすっかり元通り。
優しいのにたまに意地悪な笑顔で笑う、私が一番気になっている人だ。
そんなある日、私は世話になっている先生に贈り物を選ぶため、騎士の方々を連れて街へ出掛けた。
総司が傍にいてくれることに言いようのない安心感はあったものの、誘拐されて以来初めての外出だったから少し不安に思う私がいた。
「セラちゃん、見てみ!綿菓子っていう砂糖菓子みたいなんだが、可愛い見た目がセラちゃんにぴったりだろ?食ってみてくれよ!」
『わあ、ありがとうございます。頂きます。ん、甘くておいしい』
「そうだろそうだろ?いっぱい食べて大きくなれよ!」
永倉さんは私に大きな綿菓子を手渡すと、また次の目新しいお菓子を見つけてどこかに行ってしまう。
大き過ぎて前が見え難いことに少し困っていると、不意にそれは私の手から離れていった。
「これだと前が見えなくて歩き難いでしょ。持っててあげる」
総司はこの街に来てから、ずっと私の横から離れないで隣にいてくれている。
その気遣いや優しさが嬉しくて、私は笑顔で「ありがとう」と言った。
「なあ、セラ!この箱綺麗だろ?開けてみてくれよ!」
次に平助君がやってきて綺麗な箱を私に差し出してくる。
思わず手を伸ばそうとすると、総司が「はい」と言って箱を開けた途端、総司の手に蜘蛛が乗ったから驚いて思わず総司の腕にしがみついていた。
『く、くもっ……』
「大丈夫だよ、これは作り物だから」
「あーあ、なんで総司が開けちまうんだよ」
「なんでも何も、こんなのでセラを脅かしたら可哀想じゃない。この子は公女様なんだから、僕達みたいに虫に触り慣れてるわけじゃないんだよ」
「確かにそうかもしんねーけど……。怖がらせてごめんな」
少ししゅんとした平助君は、「箱を返してくる」と言って元いたお店へと戻って行く。
あの蜘蛛が手に乗っていたら多分凄い叫んでいたと思うし、虫は苦手だから玩具でも怖い。
総司が気を利かせてくれて良かったと、ほっと息を吐き出していた。
『ありがとう……』
「いいえ、どういたしまして。それより今日は随分とくっついてくれるんだね」
ずっと総司の腕を掴んでいたらしく、私は慌てて総司から離れた。
『ごめんなさい……』
「そんな離れ方しなくてもいいのに。あのままでも僕は良かったんだけどね」
『そういうわけにはいかないよ』
「ふーん、どうして?」
どうしてなんて聞かれても困る。
そして多分そんな私の心情を見透かしているのか、総司は意地悪な笑みを浮かべて私を見下ろしていた。
誤魔化すように私がふいと視線を逸らすと、そんな私の周りにふわりと甘い香りが広がった。
「はい、食べて」
ちぎられた綿菓子が口元に与えられて、思わずそれに口をつけると甘い味が口いっぱいに広がる。
少し口の周りがベトベトになった気がしなくはないけど、総司が食べさせてくれた方がもっと甘く感じるから不思議。
『うん、美味しい』
「良かったね。でも、ここについてるよ」
総司はくすりと笑いながら、私に指を伸ばす。
温かい親指が私の唇を拭うと、その親指を戸惑いなく舐めるからその動作を思わず目で追ってしまっていた。
「なに?じっと見て」
『う、ううん……』
この前の夜、総司はいきなり私に顔を近づけてきたけど、多分……そういうことだよね?
自分には到底無縁のことだと思っていたけど、あの時拒まなかったら総司とキスしてたのかもしれないと考えてしまう私がいる。
そもそも、どうして総司はそんなことを……?
私の勘違いかもしれないけど、あの時はドキドキし過ぎて心臓が壊れるかと思った。
生物学の勉強で、唇は身体の中で一番触点が多い敏感なところだって習ったけど、キスってどういう感じなんだろう……。
やっぱり好きな人としたら幸せだし、気持ち良いものなのかな。
「セラ?」
総司とキスするところをつい想像してしまった時、いきなり総司に顔を覗き込まれて小さな悲鳴をあげてしまった。
総司も少し驚いた様子だったけど、私を見るなり苦笑いしていた。
「どうしたの?やたらぼんやりしてたけど」
『あ……ごめん。なんでもない』
「しかも顔真っ赤だけど。もしかして暑いの?」
『ちょっとだけ……』
余計なことを考えないようにしたいけど、目の前に総司がいると中々それも難しいみたい。
総司は私のことをどう思ってるんだろうと、最近はそればかり気にしてしまう。
それに、次にまたこの前の夜のようなことが起こったら、私は総司に触れて欲しいと思ってしまうかもしれない。
この前も思わずその温もりを待ち侘びてしまったような気がして、そんな自分に少し動揺していたくらいだった。
「どう?久しぶりの街は。あの日以来なんでしょ?」
総司のことを考えていると、不意に質問が投げ掛けられる。
思えば街に着いた時は怖さを感じていたのに、今はもう怖くない。
その理由は総司が常に傍にいて、私だけを見つめて話しかけてくれていたからだった。
『うん、とっても楽しいよ』
「それなら良かったよ。まだ怖いんじゃないかなって心配してたんだ」
『最初は怖かったけど、総司がいてくれるから今は全然怖くなくなったよ。今日、総司がいてくれて良かった。ありがとう』
他の三人はまだ戻って来ないから、束の間のこの時間は総司と二人で出掛けているみたいに感じさせてくれる。
人とぶつかりそうになればその前に身体を寄せてくれたり、綿菓子みたいな嵩張りそうなものを代わりに持ってくれたり。
優しいのは知っていたけど、こんなに優しい人だったんだと再認識したら、今まで以上に総司のことが好きになった気がした。
「前の時もそう言ってくれたよね」
『前?でも、総司とのお出かけは今日が初めてだよ』
「そうなんだけどさ。まあ、内緒」
『ええ?気になる……』
「いいよ、僕のこと存分に気にしてくれて」
『ふふ、何それ』
総司といると楽しくて、ドキドキもして、嬉しくて。
今まで感じたことのない感情になったりするから私の心情は大きく揺れ動いて大変だけど、それが最近心地良くも感じていたりする。
ずっと見つめていたいのに目が合うと恥ずかしくて、でも私を見て欲しいとも思うから。
そんな我儘なことを考えているなんて総司には絶対言えないけど、これが誰かを特別な意味で好きになることかもしれないと最近少しずつ考え始めていた。
「セラってよく笑うね」
『そうかな?普通だよ』
「よくころころ表情が変わるっていうのかな、見てて飽きないんだよね。いい暇潰しになるっていうか」
『暇潰し……?』
思わず眉を顰めると、私の長い髪を上から撫でる総司は優しい微笑みを浮かべている。
優しく触れる手の動きが心地良くて、総司を見上げた私に総司は言った。
「暇潰しって言うのは冗談だよ。そんなところも可愛いくて好きってこと」
さらっと言われた言葉に目を見開いた時、総司の頭は何故か永倉さんによって軽く叩かれることに。
他の二人も揃っていて、皆は総司を呆れた顔で見つめていた。
「おい、セラちゃんに何やってんだ?べたべた触りやがって」
「目を離すと総司は直ぐ余計なことしてるよな」
「そうですよ。そもそも僕達は護衛対象に過度な接触は禁止だと言われているじゃないですか」
「知ってるよ。だから髪しか触ってないじゃない」
「髪だってセラの身体の一部だろ?何言ってんだよ」
「本当ですよ。その程度のことは考えればわかることだと思いますけどね」
「ったく、困った奴だな」
三人各々に罵倒されて、総司の顔がやや苛立っているのが分かる。
ずっと私を気遣ってくれていた総司が責められるのは悲しかったから、止めようとすると。
私が口を開くより前に、総司は三人へ言った。
「あのさ、だったら僕からも一つ言わせて貰うけど」
総司は護衛任務中に護衛対象から目を離したことに対して、三人にお説教をし始めてしまった。
凄い真っ当なことを言っていて驚いたけど、私を護るために指摘してくれていると分かったからその優しさが嬉しかった。
でもそんな皆のやり取りを見ながらも、私の頭の中には総司から言って貰った言葉が消えずにずっと残っている。
あの好きの意味が知りたいのに聞けなくて。
そっと唇を撫でた私がいた。
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