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セラと話した後、昼食を摂り騎士団の稽古場で稽古をしていると、前回の時同様、セラとはじめ君がやってきた。
彼は相変わらず無表情のまま左之さんと話していたけど、この国で作られた真剣を見ると、明らかに目を輝かせいるからちょっと面白い。
「寒くないの?」
『うん、大丈夫だよ』
はじめ君の様子を少し離れたところから見つめていたセラの傍まで足を運ぶと、ようやくその瞳を僕の方へ向けてもらえた。
さっきは色々あったけど、顔を真っ赤にしているセラの顔を思い出せば、また何か込み上げてくるものを感じる。
「これ貸してあげる」
風邪を引いたら可哀想だし、セラを見るととにかく優しくしてあげたくなる。
だから自分の制服のジャケットを彼女の肩にかけて、そのぶかぶかな様子にまた頬を緩ませた。
『でも総司が寒くなっちゃうよ』
「僕は大丈夫だよ。身体動かしてるから暑いくらいだし、実際よく脱いでるしね」
『ありがとう。じゃあ借してもらうね』
基本セラは僕と二人の時以外は大人しい。
口数も少なく立ち振る舞いも可憐な麗しい公女様というのは、城の内外問わず有名な話だ。
まだ年若いせいか周りには兎に角可愛がられている印象だけど、だからと言って騎士団員に我儘を言ったり甘えたりはしていない。
そんなところも好感が上がるらしく、こうして僕が話し掛けても何一つ余計な話はしてこなかった。
「すまない、待たせてしまっただろうか」
『ううん、ゆっくり見て貰って大丈夫だよ』
セラの元に戻ってきたはじめ君は、不意に僕に視線を移す。
別に親しくしたいわけではないけど、この前のように勝負を仕掛けるつもりもないから、敢えて伊庭君風に丁寧な挨拶を試みることにした。
「はじめまして、公子様。僕はアストリア公国の騎士としてセラお嬢様の護衛を務めております、沖田総司と申します。どうぞお見知りおきを」
貴族の立ち振る舞いは前回の時から嫌というほど叩き込まれてきたため、やろうと思えばこの程度容易い。
はじめ君も今回は僕に敵意は見せずに、宜しくと言って僅かにだけど微笑んでいた。
「公子様とは年齢も近いみたいですので、親しみを込めてはじめ様とお呼びしても宜しいでしょうか?僕のことは総司、とでもお呼び下さい」
「ああ、わかった。だが俺のことも様など付けずとも好きに呼んで貰って構わない。それに堅苦しいのは好きではない故、良ければ敬語もなしにして貰えればと思う」
「あっそう?じゃあそうさせてもらうね、はじめ君」
あっさり僕が素を出して話すと、一度眉を顰めたはじめ君だったけど、自分から言い出した手前文句は言えない様子だ。
『総司はね、ここに来てまだ二年なんだけどとっても強い騎士なんだよ。私は二度も命を救って貰ったことがあるの』
「そんなたいそうなものじゃないけどね」
「成る程。それ程までに強いのであれば、是非一度手合わせをお願いしたい」
「え?結局闘うの?」
「結局……とは?」
「いや、こっちの話。でもそんなに手合わせしたいならいいよ、受けてあげても。その代わり負けたからって泣かないでよね」
「あんたもな。こちらとしても簡単にやられるつもりはない」
はじめ君も相当な剣術馬鹿なのか、闘志を燃やした瞳で僕を見ている。
この前のような緊迫感はないものの、彼とまた打ち合えることは正直僕としても嬉しかった。
前回の僕はこの勝負に勝つことも負けることもなかったけど、今回は騎士団の階級もより上まで昇格しているし、剣術の腕だって以前より自信がある。
手加減はしないと踏み込んで、いざはじめ君と打ち合いを始めた。
「……くっ……」
「強いよね、はじめ君は。でも僕も負けないけど」
記憶の通り、はじめ君はそこらへんの団員より余程強い。
公子としての役割を熟しながらここまでの腕を持つのは、彼が相当努力をしているからのように思えた。
でも僕はここで彼に花を持たせてあげるような優しい奴ではないし、セラの前で負ける姿も見せたくはない。
思い切り踏み込み三段付きをお見舞いすると、この勝負は僕の勝ちに終わった。
「ありがとう。君とやり合えて楽しかったよ」
勝者の余裕というというものなのか、僕が笑顔でそう言うとはじめ君も悔しそうにしながらも認めてくれたらしい。
「あんたは強いな」と言って、何故か再び木剣を構えている。
「もう一本」
「え?まさかまだやるの?」
「あんたとやり合えるのはここにいる間だけだからな。満足するまで付き合って貰おう」
「勘弁してくれる?僕が疲れちゃうじゃない」
「あんたにとっても良い稽古になると思うが?」
「そんなこと言われてもね」
セラに止めて貰おうと思い彼女を見たけど、くすくす笑って「頑張って」なんて言っている。
前回は泣きそうな顔になっていたから、こうして嬉しそうにしている姿を見ればこの展開も悪くないと思えてしまうから、苦笑いをしながら僕も再び木剣を構えた。
「仕方ないな、じゃあ今日は僕がはじめ君の相手をしてあげるよ」
「恩に切る、では行くぞ」
結局その後僕達は数えられないくらい打ち合いをして、何度も剣を交えることになった。
そんな僕達をずっと見守ってくれていたセラは、終始優しく微笑んでくれていた。
「今日は相手をして貰い感謝する」
日が沈み、漸く僕がはじめ君から解放されると、セラが僕に制服の上着を返しに直ぐ近くまでやってくる。
僕を見上げると「ありがとう」と言って優しい微笑みを見せてくれた。
「いいえ。はじめ君に好かれちゃって、もうくたくただよ」
『ふふ、でもはじめも凄く楽しかったんだと思う。今も総司と手合わせが出来て良かったって言ってたよ。はじめをもてなしてくれてありがとう。このことはお父様にも報告しておくね』
はじめ君は強いから、僕も常に本気で打ち合いをしていた。
だからこそ身体は疲労困憊だけど、この疲労感がまた心地良かった。
それに問題を起こしてセラに心労をかけてしまった前回より、今回の方がずっと良い。
前回の様子からはじめ君が悪い奴でないことはわかってたし、僕にとっても充実した一日になった。
あと問題があるとすれば……
「ねえ、セラ」
はじめ君のところに戻ろうとしている彼女を再び呼び止めると、不思議そうな顔をして僕を見上げてくる。
「今日行くね」
『え?行くって?』
「君の部屋。だから窓の鍵、開けておくの忘れないで」
予定通りだと、今夜はじめ君はセラの隣の部屋に泊まる筈。
それなのに僕が一人離れた場所で寝なければならないなんて、納得できないのは当たり前だ。
少しでもこの子と一緒にいたいし、はじめ君が余計なことをしないかも気になるし。
何より僕はこの子に一刻も早く伝えたいことがある。
だから今夜は絶対セラに会いに行くって、もう決めた。
とは言え前回もセラを悲しませてしまったことを謝りに、彼女の部屋に行ったけど。
鍵が空いてなくてはじめ君と鉢合わせるという散々な事態になったから、そうならない為に先に告げることにした。
『でも……大丈夫かな……。もしかしてさっき言ってたお話のこと?』
「そうだよ。それに今日行ったとしても、君の部屋に行くのはまだ二回目だし」
『そうだけど、総司も疲れてると思うし今日は休んだ方がいいんじゃないかなって思ったの。それに見つかったら大変なことになっちゃうから心配だよ』
「逆に今日は見つからない自信があるんだよね」
何故って、前回の僕が見つからなかったから。
まあ、はじめ君には見つかってしまったわけだけど。
『ふふ、よく分からない自信だね』
「今日はセラの大事なお客さんだと思ったから、頑張ってはじめ君と手合わせしたんだけどな。そのご褒美として行ったら駄目?」
『だけど……』
「少し顔を見たら帰るからさ。いいでしょ?」
セラは僕がお願いすると、困った顔をしながらもなんだかんだ最後にはいいよと言ってくれる。
その悩んでいる様子も可愛いけど、予想通り彼女は言ってくれた。
『うん、いいよ』
「良かった。じゃあ忘れずに鍵開けておいてね。じゃないと僕、入れなくて泣いちゃうかもしれないよ」
『ふふ、分かった。カーテンは閉めておくけど、鍵は開けておくね』
「じゃあ夜ね」
『うん、総司が来てくれるの待ってる』
少し甘えるように上目で僕を見つめてから去っていくその姿を満足気に見送って、夜が来るのを待ち遠しく思う僕がいる。
セラの様子から僕に好意があることは見て取れる程分かったし、あとはここぞのタイミングで僕が想いを告げるだけだ。
勿論セラの気持ちが固まるまで焦らせたくはないけど、本当はいつだって君に好きだって伝えたい。
僕達が互いを想い合うのが自然な関係なんだって、一日も早く定めたいと思っていた。
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