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困ったことになった。
その理由は、総司が部屋に行くと言っていた今夜、はじめが私の隣の部屋に泊まることになってしまったからだった。
総司にそのことを伝えたくても、もう城から出てはいけない時間。
今日は部屋に来ないでね、なんていう伝言は勿論誰にも頼めないからどうすることも出来ないでいた。


「今日は世話になったな。ゆっくり休んでくれ、おやすみ」

『ありがとう、はじめもね』


おやすみなさいと告げて、取り敢えず部屋へ入り用意されたお風呂に入る。
そしてナイトドレスを身に纏ってから、窓の方へと足を進めた。


『閉めたままは一番まずいよね……』


総司の性格的に、ここが閉まっていても諦めて静かに帰るなんてことはしなさそう。
むしろはじめのいる専属騎士の部屋から侵入を試みてしまえばもっと大変なことになるから、取り敢えず鍵は開けることにした。
でも折角来てもらっても、流石に今日は直ぐに帰ってもらった方がいいのかな……。
総司に申し訳ない気持ちを抱きながらも、ベッドサイドで本を読んで待っていた。

そしてそれから程なくして、総司がそっと窓を開け私の部屋に顔を出す。
凄くいけないことをしている気分になったけど、総司に会えるのは嬉しかった。


「来たよ」

『来てくれてありがとう、総司。あのね……』


直ぐ帰ってなんて言い難いし、かと言ってあまり話してはじめに気付かれたりしたら大変だ。
言葉を探しながら総司を見上げると、総司は小首を傾げて私を見下ろしていた。


『実はね、今夜はじめが専属騎士の部屋に泊まることになったの。隣の部屋にもうはじめがいるから……』

「そっか。じゃあ静かに話さないとね」

『あ、うん……。でももし見つかったら大変だから、今日は帰って貰った方がいいかなって思うんだけど』

「どうして?折角来たのに」

『ごめんね……。私も総司と話したいけど、総司のことが心配なんだもん』

「そもそも見つかるかもしれないってことは、はじめ君がその扉を開けて、勝手にセラの部屋に入ってくる可能性があるってこと?」

『わからないけど、その可能性もなくはないかなって思うよ』

「ふーん。セラは親しくもない男を平気で部屋に入れちゃうんだ」


そういうことではないけど、総司は今朝の時のように不機嫌そうな顔をして私を見下ろしている。


「あ、そうだ。良いこと思いついた」


総司はそう言うなり、クローゼットの横の小さめなチェストを静かに運び始める。
そして隣接している部屋のドアの前に置くと、満足そうににやりと笑った。


「これで直ぐには入ってこれないね」

『これだと外側のドアから入ってきた人が怪しがるよ』

「そう?男の人が隣にいると思うと心配で眠れなくて、とかセラが言えばいいだけだと思うけど」


次から次に浮かんでくる総司の言い訳や行動力に思わず笑ってしまう。
それにこうして頭を使って、一緒に過ごせる方法を考えてくれる総司の気持ちが嬉しかった。


『ふふ、総司の悪知恵みたいなのって凄いね』

「セラは普段こんなことしないだろうし、僕といると色々勉強になるんじゃない?」

『確かにそうかも』


折角だからやっぱり私も少しだけ話がしたい。
総司にベッドに腰掛けて貰うと、私もその隣に座ることにした。
こうしてこの部屋で総司を迎え入れるのは今夜で二回目だけど。
背徳感からなのか夜だからなのか、いつも以上にドキドキする。


「セラ、会いたかったよ」


総司がかけてくれる優しい言葉に、私がいつもどんな気持ちでいるか、総司はどのくらいわかってくれているんだろう。
駄目だって言い聞かせても、総司も私と同じ気持ちでいてくれてたりするのかなってどうしても期待してしまう私がいる。
本当は今直ぐにでも聞きたいし、私の気持ちも伝えたい。
それでも大きくなり過ぎた気持ちが逆に私を臆病にさせるから、結局今日も先延ばしにしてしまう。


『私も……だよ』


総司はどうして私に優しくしてくれるんだろう。
どうして危険を犯してまで、私に会いに来てくれるんだろう。
そんな想いで総司を見上げてみても、彼は首を傾げて微笑んでいるだけだから、総司の考えていることは私には読み取れないみたい。
これ以上余計なことを考えないように、彼の隣に座ったまま再び彼から視線を逸らした。


「今日は大きい声出したら駄目だよ、僕がはじめ君に殺されちゃうからね」

『ふふ、小さい声で話そうね』

「あれ、今日の髪型はハーフアップなんだ。似合ってて可愛いよ」

『あ、ありがとう……』


総司って凄いなって思う。
総司が来るから、ハーフアップにしてお気に入りのバレッタで留めて髪を整えてみたけど、そんな私の気持ちまで全部分かっているみたい。
いつも私が言われて嬉しいと思う言葉をかけてくれる。


『総司もその服似合ってるよ』

「はは、別に無理に褒めてくれなくていいよ。これは暗闇に同化するように着てるだけだし、このフードで顔も隠せるしね」

『そのフード被ってみて?』

「いいよ。ほら、結構深いから顔見えないでしょ」

『本当だ、このまま部屋に入って来たら最初少し怖いかも』

「セラを怖がらせたくないから、これは取らないとね」


フードを取るといつもの顔が見えて、その横顔を見ながらカッコ良いなって思う。
誰かにこんな感情を抱いたことはなかったけど、総司のことは割と最初から意識していたのかもしれない。
助けてくれたあの日、小屋の中で話した時も私を気遣って火を急いで焚いてくれたり、自分の服を私にかけてくれたり。
傷を気にしてくれたりもしたよね。

それを表立って言葉にしなくても、総司の様子や行動からそれが十分に伝わってきたから、あの一日で私はこの人のことが信頼出来るようになった。
普通なら知らない人と二人で夜を過ごすのは怖いはずなのに、あの時の私は安心して総司といることが出来ていたことを思い出した。


『総司には何をされても怖いなんて思わないよ』

「へえ、何をされても?」

『うん』

「この状況でそういうこと言っちゃうのは危ないと思うよ。僕が豹変したらどうするつもり?」

『だって総司は私に危害加えたりしないってわかってるもん』


そう言い切った私を見て苦笑いをこぼした総司は、髪を一度掻き上げて再び私を見つめた。


「そういえば朝、話の途中だったよね。行きたい場所の話、何か言いかけてなかった?」


朝は伝えられないまま離れることになってしまったけど、総司が覚えてくれていたことが嬉しい。
私だって今の今まで忘れてたのに。


『覚えててくれてありがとう……。あのね、昔から死ぬまでに一度絶対に行ってみたいって思ってる場所があるの』

「そうなんだ。どこ?」

『バスベル地方で開かれるランタンフェスティバル……行きたい』


その場所を聞いて一度目を見開いた総司は、その場所を知っているかのような反応をして見せた。


『もしかして知ってる?』

「まあ、知ってると言えば知ってるけどちゃんと見たことはないよ」

『そうなんだ、ヴェルメルから近いの?』

「そうだね、数時間で行ける場所かな」

『いいな、ここからは遠いんだよね』

「確かに結構距離はあるかもね。でもどうしてそこに行きたいの?」

『前に絵でその様子を見たんだけどね、夜空に沢山ランタンが浮かんで温かい光が本当に綺麗なの。初めて見たのに凄く特別な気がして、この目で実際に見てみたいなって思ったんだ』


図書室にある本を読み漁っている私は、今でこそ物語や勉強関連の本を手に取ることが多いものの、幼い頃は色々な国のことについて書かれた本に興味を持っていた。
広い世界のことを少しでも知りたくて読んでいただけだったけど、そのランタンフェスティバルのことだけは何故か忘れられなかった。
そこに行けば何か大切なものが見つかるような、そんな感覚を覚えたことを今でも鮮明に覚えている。


「じゃあ今度行こうよ。いつになるかはまだ分からないけど、絶対に連れて行くよ。だから楽しみに待ってて」

『ありがとう。凄い嬉しい、私ずっと楽しみに待ってるね』


あの綺麗な光を総司と見れたなら、そんなに幸せなことはないのかもしれない。
思わず想像すると、唇からは笑みが溢れた。


「詳しくは知らないけど、確かそのランタンフェスティバルって亡くなった人を弔うために始まったのがきっかけだって聞いたことあるよ」

『そうなんだ、フェスティバルっていうくらいだからもう少し明るいイメージを想像してたかも』

「今はただ毎年の恒例行事のように行われてるんじゃないかな。どちらかというと、願い事をしてそのランタンを飛ばすような意味合いに変わってたと思うよ。でも参加している人の中には、自分の大切な人を想いながらランタンを浮かべている人もいるかもしれないね」

『悲しいことだけど、なんか素敵だね。亡くなった後も誰かに想って貰えるって幸せだし、ずっと忘れないで誰かを想う気持ちもとっても温かいと思う』


例え一枚の絵だとしても、私があの光に温かさや尊さを感じたのはそういう理由からだったんだと漸く繋がる。
ただの光ではなく、きっと一人一人の大切な想いが込められているんだと思えば、儚いけれど美しいと思うから、想像したら少し瞳が潤んでしまった。


「じゃあ僕が死んだら、セラにはそのランタンで弔いをして貰いたいな」

『どうしてそんな悲しいこと言うの……?やめてよね』

「はは、もしもの話だよ」

『もしもだとしても想像したくないよ。私は総司のいない世界で、生きていたくない』


総司と出会ってからもうすぐ二年。
今では総司のいない生活なんて、私にはとても考えられなかった。
私の瞳はいつも総司を探していて、総司の姿を見つけた時は一気に心に花が咲く。
そんな当たり前だけど何よりも大切な毎日がなくなってしまうなんて、想像すらしたくなかった。

だからこそ思わず本音を口にしてしまえば、総司は無言になってしまったから、重い発言をしてしまったことに少し後悔した。
でも膝の上に乗せていた左手は総司の温かい右手に包まれて、そっと指が絡められる。
総司を見ると彼は真剣な面持ちで私を見つめていたから、彼から目を離せなくなる私がいた。


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