32/さようなら

シエルとの話が終わって、ヴィンセントとレイチェルの墓の前にマリアは立って居た。


気がつくと隣にセバスチャンが居る。


「マリア様、とても楽しそうでしたね」

「まぁ、聞いて居たの」

「えぇ。薔薇の手入れを致しておりましたから」

「…貴方が居たのを気付いていたわ」

「そうですか…マリア様、小さな頃はとても手のかかる子だったのですね、まぁ今もおてんばでお騒がせなレディですが」


睫毛を伏せながら口角をあげてクスクス笑うセバスチャン。


「失礼しちゃうわ、今は立派なレディよ!」


「ほうら、またそうやって顔を真っ赤にしてムキになられる」


マリアは赤いストラップシューズでセバスチャンの足を踏もうとするが避けられてしまう。


「大人をからかってはいけませんよ」

「からかってない!私を馬鹿にするのがいけないのよ!」

すぐムキになるマリア。


「マリア様と坊っちゃんのお父様とお母様も大変でしたね、手のかかるお子様で」

マリアは持っている箱を開き、ヴィンセントのネクタイピンを取り出す。


「そうね…」


さっきまで、ムキになっていたのに、今度は真剣な顔になった。


「早く大人になりたいって思ってた。」


『こどもあつかいしないで』


マリアは昔を思い出しながら話し始める。


「私はファントムハイヴ家の長女。シエルは体が弱いし、何かあったら私はシエルを守りたかった。でも女だから所詮何もできないの。」



シエルが産まれた日。


私は凄く嬉しかった。
マダムレッド…アン叔母様に、産まれたてのシエルを抱かせてもらった。


可愛くて愛しくて涙が出た。


『ねぇおかあさま、わたしきょうだいがほしい』

兄弟が欲しくてお母様から聞いた神様に可愛い弟ができるように毎日祈っていたら本当にできた。



「可愛い弟を守りたいって強く思いすぎたのね」




「医者になりたいのも、マダムレッドに憧れていただけじゃなくて、お母様とシエルの病気を治したかった。私にできるとしたらそれ位でしょう?」




幼い頃、ファントムハイヴ邸から抜け出した時見知らぬマダム達が噂話をしていた。


「女王の番犬」



裏社会に繋がる貴族。

私は都市伝説とは思わなかった。


色んな人がファントムハイヴ邸に来たけど、怪しい人ばかりだったし、何よりお父様の笑顔が時々冷酷なものに見えた。


「お父様の笑顔は家族や仲間に対しては優しいけど、それ以外はちょっと怖く感じていたの。だから本当に『女王の番犬』なんじゃないかと私は思ってた。」



小さい頃"友達"になった、アンダーテイカーもお父様も「神様だっていつ何が起こるかわからない」と言っていたし、私もそう思った。

「私は、お父様のこともお母様のことも大好きだった」



マリアがイタズラをすれば叱られたけど、レイチェルは優しかった。


ヴィンセントもいつも笑顔でマリアを見守り優しかった。



「こんな強がりでへそ曲がりな私にお父様もお母様も見捨てないで愛をくれたの」


『ボート遊びに行きましょう』

『嫌、行かない』


優しくて大きい、父と母の手を何度も何度も振りほどいてしまった。




「…強がらずに素直に受け取っておけばよかった。お父様とお母様の優しさを」



墓に向けて手を開くが、二人はもう何処にも居ない。





強がってしまった。
大事な弟を守りたい。
お母様と弟の病気を治したい。
もし、ファントムハイヴが本当に女王の番犬だったらいつ何が起きるかも解らない
しっかりしなきゃ
強くならなきゃ



姉だから
ファントムハイヴ家に産まれたから



そんな思いが「強い私」を作った。





マリアは涙を流す。


「本当は、甘えたかった」



涙声でそう言った。

マリアの話をじっと聞いて、ポロポロ大粒の涙を流している所を見たセバスチャンは、不思議に自然と体が動いた。


マリアの涙を拭い、マリアを優しく抱きしめた。

「いいのですよ、お泣きになって」



きっと、マリアは普段は強がって居ても本当は硝子細工のようなヒトなんだろうとセバスチャンは思った。


同時に先程までシエルと楽しそうに話して笑っていたのに、ムキになったり、泣いたり表情がころころ変わって面白いヒトだとも思った。




マリアはセバスチャンの胸を軽く押し、腕をするりと抜けた。




「…ごめんなさい…貴方にも迷惑かけてしまったわね。私は貴方の身なりがよくて優しくされたから好きを勘違いしただけよ。巻き込んでしまってごめんなさい。」





箱を抱きしめ、涙を自分で拭い、
「さよなら」
そうセバスチャンに言うとマリアはヴィンセントとレイチェルの墓から走って去っていった。




旅立ちの日。

「よく寝てよく食べて体を冷やさない事!」

「分かってる、僕は子供じゃないぞ姉さん」



マリアは黙ってシエルをぎゅっと抱き締めた。


「シエル、愛しているわ」


腕を離す。

「メイリン、フィニ、バルド、スネーク、じいや……セバスチャン…みんなありがとう。シエル、エドワードとリジーとソーマとアグニにも宜しくね」

「あぁ、姉さんも元気で」

「シエルも元気で、セバスチャン、シエルをお願いね」

「畏まりました」


セバスチャンはお辞儀をする。



マリアは馬車に乗る。


動き出す馬車をシエルとセバスチャンと使用人は見送った。



馬車の窓から笑顔で手を振るマリア。



ファントムハイヴ邸が見えなくなると、自分の履いている靴を見た。
マダムレッドに買ってもらって、セバスチャンが直してくれた靴。




さよなら、セバスチャン。











一方、セバスチャンは
真っ赤な薔薇が手向けられたヴィンセントとレイチェルの墓の前に居た。




真っ赤な薔薇を見つめながら




私は彼女が欲しい
マリア様が欲しい





そう自分の気持ちに気付いて居た。