overripe

(+12 生存if平和軸)
 

 
「あれ、場地くんじゃん。
 こーいうの来るんだ?スゲー意外」

「おう、みょうじ。
 まあオレんトコにも来てたし、メール」

「はは、そりゃ同じクラスだった奴等全員に送ったもん」

渋谷にある、少し洒落た飲食店。
宴会席のあるその店の外で、人集りから少し離れるようにして立っていた場地は
柔らかく、耳障りの良い声で名前を呼ばれて振り向いた。
見れば、中学生の頃に同じクラスだった、この同窓会の幹事である男、みょうじなまえがゆるりと笑って立っていた。

場地は今年で27、みょうじは26になる。
成人の祝いでも、三十路を迎える節目と言うわけでもないこの時期に突然、知らないアドレスからメールが来た時は驚いたものだ。
内容を見れば同窓会の誘いで、中学の名前だとか何年卒業のクラスが何組だったとか、
当事者が知っている情報が載っていたから信じて最後までメールを読んだ。
そして、文末に記載されていた幹事の名前に、ああ、と妙に納得がいって出席の返事を送ったのだ。

「ま、急に誘って悪かったよ。
 オレてきとーだからねえ、思い立ったが吉日ってやつ?
 忙しいトコ来てくれてありがと、場地くんも楽しんでね」

「おー、そうするワ」

「おーいみょうじ、大体揃ったっぽいけどー?」

「あ、はいはい〜。今いく〜」

みょうじは学生時代からゆるい性格で、東卍と呼ばれる暴走族に入っていた場地にも物怖じせずに話しかけてきていたし
中学で留年した後に同じクラスになったというのに留年の事を知っても何も気にする風ではなく。
ヤンキーでこそなかったが場地はそんなみょうじとそれなりに仲良くしていて、
隣のクラスだった松野千冬も交えて休日に遊んだ事もあった。
だが本人はそんな性格ゆえに人気者で、遊びに誘おうにもなかなか捕まらなかったな、と
同時にそんな事も思い出す。

「どしたの場地くん、行こーよ。
 遅れてくる奴以外集まったんだってさ。
 同じクラスじゃなかったから松野は居ないけどよかったらオレといっぱい話そうね〜」

「え、あ、ワリ。行くわ」

みょうじは人の機微に敏い。
今のように、場地が少しぼーっとしていて輪からすっかり離れてしまっていても
点呼をとったわけでもなくそれに気付いて自然と傍に来てくれる。
誰と誰が仲がいいだとか、そういった事も全部見ているからよく他の面々を気にかけていて。
学生時代、体育の授業なんかでもそうだったなといつかの光景を思い出しつつ
場地は今度こそ輪に混じって店内へと入っていった。



「場地くんは今なんの仕事してんの?」

「あ?ああ、今はペットショップの店長」

「まじでー?
 あー、でも中学ん時さ、一緒に遊んだ時ペットショップの前で止まってたよね。
 行くぞ〜って言ってもそこからずっと動かなくって」

懐かしいなあ、なんて笑う隣のみょうじに、こういうところだ、と場地は内心で思う。
人をよく見ていて、知っていて、けれどそれが不快にならないようなそんな距離感。
見た目のせいもあるかもしれないが、場地はみょうじのそんなところが特に気に入っていて。
てっきり、友人の多いみょうじは他のグループで飲むのだろうと思っていたら自分の隣でずっと飲んでいるものだから
意外に思って不自然でない程度にその横顔を盗み見る。

「なぁに、惚れちゃった?」

「ば、ッ……!ち、違ェわ!!」

ちらりと視線を投げたのは一瞬なのにばちりと目があって、それから眦を弛ませたみょうじに
大袈裟な音で心臓が鳴いた気がする。
きっと女に困った事はないのだろうし、彼女が切れてもいなさそうで、
何なら結婚もしていたっておかしくない。
そこまで考えて、場地はぶんぶんと首を横に振ってそれを消す。
みょうじに彼女が居て、結婚していたからといってなんだと言うんだ、
自分には関係のない事だ、と、そう言い聞かせて勢いよくビールを呷った。




「みょうじ、おい、みょうじ……起きろって」

「んん……、ん……?なにぃ、もう朝ぁ?」

「飲み過ぎなんだよオマエ……!!」

同窓会は二次会へと移行して、しかし場地はそれには参加しなかった。
隣で飲んでいたみょうじが、意外にも酔って潰れてしまったもので。
確かにいろんな人間が来てはみょうじに飲ませていて、それに嫌な顔ひとつせずに相手をしていて
よほどのザルでなければ酔わない方が無理ではあった。
そして人というのは薄情なもので、一度も酒を進めてはいないのに隣に座っていたというだけで
介抱は場地に委ねられてしまったのだ。
確かにみょうじの事は気に入っていた、けれどもう10年以上会っていない相手の介抱など
家もわからなければ勝手もわかるか、と場地は盛大にため息をつく。

「家連れてきゃいいのか……?
 明日仕事なんじゃねーだろーなコイツ」

少し意識を浮上させたのも虚しく、既に穏やかな寝息を立て始めたみょうじに肩を落としながら
場地はタクシーを自分の家へと急がせた。




「おっも……おいみょうじ、頼むからオマエ明日仕事とか言うなよ。
 つーか仕事何してんだコイツ……」

玄関のカギを開けながら場地は一人そんな事を言い、寝てしまって重さの増したみょうじを肩に担ぐ。
ずる、とみょうじの体が滑りそうになって慌てて担ぎ直した、その時だ。

「あ……?」

パラパラと、みょうじの服から何かが落ちた。

「……ハァ……。
 無くして困るもんかどうかもわかんね……ぇ……」

大事な物だったらどうしよう、と思って場地はそれを拾おうとした。
が、手を伸ばしかけて、はっきりとそれが何なのか認識して、思わずといったように手を止める。

「コレ……」

それは小さな手帳のようで、ちょうど開いたページから落ちた一枚の紙。
表を向いて床に落ちたそれは、どこからどう見ても

「オレとの写真じゃねーか」

場地とみょうじが、卒業式の日に撮った写真そのもので。
見る限りそれ以外には何も挟んでいなさそうなそれに、
どうして十年以上前に撮影した自分との写真だけがあるのか、と
場地はそれを拾いあげながら思わず手帳ごとじっと見る。
確か卒業式のあの日、人気のあったみょうじは代わる代わるいろんな相手と写真を撮っていて。
絶対に自分だけと撮ったわけではないのに、自分との写真だけがここに大事そうにしまわれている、ということは。
そこまで考えた時、場地の耳元でほんの少し息をのむような音がした。

「……、……すけべ」

「……やっと起きたんかオマエ」

言葉に詰まったような間を一瞬空けて、それからみょうじはどこか寂しそうにからかいの言葉を吐く。
起きたなら、と部屋のソファーへと身体を降ろしてやると、みょうじは片手で顔を覆っていた。

「引いた?」

「引いたっつーか……コレだけ持ってた意味もよくわかんねーよ」

「はは……場地くんは残酷だねえ。
 すっかり酒も抜けちゃったよ」

ゆるりと口の端を持ち上げて笑うみょうじの顔はまだ赤かったが、
先程に比べればいくらか呂律もまわって焦点もしっかりしていて。
担いでいたからか見えなかった顔をライトの下ではっきりと見て、
元々白い肌にやけに映える朱が綺麗だ、などと柄にもない褒め言葉を思いながら場地は黙ってみょうじを見ていた。


「オレさあ、場地くんの事好きなんだよね。
 中学の時からずっと」


どこか諦めたような笑い方で、みょうじは場地を見つめる。
先程はわからない、なんて口をついて出たが、言われた瞬間にどうしてかその告白は自分の胸にすとんと落ちてきて。
まるで知っていたかのような妙な納得と、少しの高揚。
けれどみょうじは見た目も悪くなく、人付き合いが上手く人気者だというのにどうして自分なのか、と
場地は純粋な疑問に首をかしげた。

「……てことはオマエ、十年以上片想い?してたワケか?つーかなんでオレ?」

「そういうとこ。
 最初に出てくる言葉が男同士だろ、とか気持ち悪い、じゃないとこが好き」

「……、……そりゃ、思わねぇわけじゃねえけど、
 オマエ冗談で言ってるワケじゃねーんだろ」

「勿論。
 オレ、本当は幹事なんてイヤだったけど場地くんが来てくれるかもしれないとか、
 来てくれた場地くんが全然変わってなかったりとか
 あと、隣でいっぱい話せて浮かれて飲みすぎたりとか。
 そんなことになるくらい場地くんが好きだよ」

女々しいよね、と続けたみょうじはひとつ息を吐いて大事そうに手帳をしまうと、
少しふわついた足取りで立ち上がる。

「どこ行くんだよ、もう終電ねーぞ」

「残酷だなあ。
 十数年来の気持ち告白した相手の家に泊まるほど神経太くないよ」

「おいみょうじ、」

「今日は楽しかったよ場地くん。
 来てくれてありがとね、また同窓会したら会おうね」

するり、と、手を伸ばした先から抜けていくような。
そんな軽さで玄関まで足を向けたみょうじを、場地は追えないでいた。
かける言葉が喉を通り越さず、出ていく時に笑って手を振ったみょうじに手を振り返す余裕もなく。

ただ、不気味なほどに嫌悪感が生まれない自分の気持ちと、大して飲んでもないのに今更赤くなってきた顔をもて余してその場に立ち尽くす。

自分も好きだと、そのまま伝えるにはその気持ちは熟れすぎていた。