INVADER

 


暴力というものは、たちの悪い薬だ。

人が蔓延る渋谷で生活する男子高校生、みょうじなまえは雑踏の中でそんな事を思った。
ストリートでは乱闘騒ぎが起きる事がままあるし、暴走族なんて輩も多くなってきた。
そうでなくても口より先に拳が飛ぶような輩が増えているだとか、朝のニュース番組で名前も知らないコメンテーターが言っていたのを思い出す。
もう吐く息が白い本格的な冬場、世間は少し前にクリスマスに浮かれていて今は年末を迎える準備に追われている。
そんな中でも暴力事件は連日絶えないというのだから驚きだ。
忙しない世界に取り残されるような心地よさを感じて、みょうじが雑踏から抜けた時だった。

「よぉ」

「……、……大寿。
 どうした、久しぶりじゃん」

ガタイの良い男が、タイミングを見計らったかのようにみょうじの背中へと声をかけた。
みょうじはそれに表情をろくに変えずに振り向き、もう1年ほどろくに会っていなかったな、などと考えながら大寿と呼ばれた男の方へと一歩近寄る。

「毎年会ってたろ、クリスマスは」

「ああ……まあそうだな。
 今年は来ねぇと思ってたよ、去年のクリスマス以降会ってねえんだから。
 つーか終わったし、クリスマス」

「オマエ、家はどうなった」

「テキトーなアパート住んでるよ。
 家族が、って意味なら知らねえな、今頃どっかの男とまたよろしくやってるさ」

男の名前は柴大寿。
みょうじとは同級生で、つい1年ほど前までは仲の良い友人だった。
ある時、黒龍という暴走族を纏めあげると言い出した大寿に
頑張れ、と心のこもっていない応援を口だけでしてからはほとんど会っていなかったが
ただ唯一、どういう意図かみょうじは図りかねていたが、クリスマスに教会で祈りを捧げた後の時間
必ず大寿はみょうじに会いに来ていた。
祈っていたら思い出すのだと、そう言っていた気もする。


「オレは先日、家を出た」

「は……?」

近くのコンビニの駐車場。
慣れたように煙草を取り出して吸い始めたみょうじに付き合うようにコンビニの外壁に背を預けた大寿は
紫煙を燻らせるみょうじに徐にそんな言葉をなげかける。
どういうことだ、と訝しげに眉を寄せたみょうじを一瞥して
それからみょうじの服の襟元に触れた。

「おい、大寿……」

「暴力が全てだと思ってた。
 けど違った。それがわかったから今日オマエに会いに来たんだ」

「……、……頭でも打ったか?
 オレの知ってる大寿じゃねえなあ」

大寿の指が少し襟元を捲れば、そこにあるみょうじの肌は青や赤の鬱血に染まっていて。
それを見られた事にたいした感慨もなさそうに視線を巡らせたみょうじは黙って大寿の言葉を待つ。

「何がどっかの男とよろしくやってる、だ。
 相変わらずやられてんじゃねえか」

「別に嘘言ってねえよ、母親が帰ってこねえだけ。
 んで、母親が居ない分の捌け口がオレ。
 でもそれは愛情のしるしなんだろ、大寿クン?」

煙を吐きながら言うみょうじに大寿は眉間の皺を深くする。
元々、みょうじの家庭環境は悪かった。
父親が酒にギャンブル、更には暴力に溺れて母親やみょうじに手を出す日々。
中学で同級生となった大寿にいつしか家庭環境を打ち明けはしたが、
それは愛情のしるしなのだと諭されるように言われてみょうじは笑った。
中学三年生の冬頃にみょうじが引っ越してからは会っていなかったが、
それにしても1年で随分な変わりようだ、とみょうじはまた笑う。

「暴力って、酒と薬と同じで。
 依存性があっからさあ、そんなすぐに抜けねーよ。
 皆力示したいじゃん、自分より弱い奴いたぶりたいじゃん。
 一回知ったら戻れねーんだって」

「別に改心するつもりはねぇ。
 暴力が全てじゃねぇ事を認めるだけだ。
 そもそも八戒にも柚葉にもオレが必要なくなったから家を出た」

「ふぅん……。
 まあ、オマエが家出たとしてもオレ知らねえけど。
 よかったじゃん、独り立ち」

ジジ、と火のついた煙草を灰皿に押し付けてみょうじはまた笑う。

「じゃあオレそろそろ行くわ。
 酒買ってこいってアイツがうるさいから外出てただけだし。
 じゃあな大寿、ちょっとでも会えてよかったぜ」

みょうじは、ここのコンビニは年齢確認が厳しいんだ、と言いながら歩きだそうとした。
しかし、その歩みは数歩で止まり、ぽすん、と軽い音を立ててみょうじの身体は自分よりも幾分か育った体躯にぶつかる。
大寿に引き寄せられたのだと認識したみょうじは、不思議そうな顔で振り向き様に見上げた。

「……なに?」

「オマエも来ねぇか。
 住むアテはあるし金もある」

「……はあ?オマエの家にってこと?
 なんで。会ったの1年ぶりだぜ。
 オレ環境変わるの嫌いなんだよね」

眉を寄せるみょうじを、それでも真剣な顔で大寿は見つめる。
みょうじにとって日常というものは大切で掛け替えのないものであった。
いくら父親に殴られようが、いいように使われようが、
毎日同じような事の繰り返しが心地よく、世間一般に騒がれるイベントなどにはさして興味もない
そんな刺激とは縁遠い生活が気に入っていた。
大寿が何を思ったのかはみょうじの知るところではないが、環境の変化は父親に殴られるよりもストレスに感じる、と
そこまで思ってみょうじは大寿の腕の中から抜け出した。

「そういや大寿さあ」

「なんだ」

「来年のクリスマスにはオレに会いに来んの?
 もう独り立ちしたんだろ、彼女とか作れよ」

「……、……ならオマエがそうなりゃいい」

「は?」

話を逸らそうと話題を選んでみたが、みょうじは再び目を見開く事となった。
大寿がクリスチャンである事は知っていたし、宗教的な作法などは知らないが1人で祈りに行く事は何も言うつもりはなかった。
しかしそれが終わった後に誰かに会うのならばやはり恋人関係にある相手だろうと
みょうじなりに気遣っての発言だったが
それがまさかこちらにそのまま跳ね返るどころか矢を射るように返されるなんて。
みょうじは視線を逸らして少し考えるように間を置くと
目を閉じてゆるく笑った。

「オマエが社長にでもなって、オレを養ってくれるようになったら考えてやるよ。
 オレ、金払えねーからそろそろ高校中退しなきゃいけなくって。
 まともな仕事に就けねえだろうから付き合うメリットなんもねーし」

「……おい、なまえ」

「オマエが成功した頃に、オレがまだ生きてたら付き合おうぜ。約束な」

オマエ頭いいし成功者の器だろ、と大寿に笑いながら言ったみょうじは、軽い足取りでその場を後にした。
その頃にはもう自分への気持ちなどないであろう事をふんで、
当分変わりそうにない日常を愛おしく思いながら、
頼まれた煙草を買いに人通りの少ない場所に面するコンビニへ立ち寄る。

「それにしてもアイツ、いつからオレの事そーいう目で見てたんだろうなあ」

不器用でいて流れるような告白を思い返して笑うみょうじは煙草を手にしながら楽しそうに口角を上げた。
日常を侵されるのは嫌いだと変わらずに思っているが、
それでも大寿からの告白は嫌じゃなかったなどと思って
また変わらない日常に向かって歩き出す。




 
「よぉ、約束通り迎えに来てやったぜ」

「……ははっ、残念ながらオレもなんとか生きてるなあ」

約束から10年ほどして、薄汚れた日常がまた侵される事に驚きと確かな歓喜を感じて、
いつかのコンビニで今度は堂々と買った煙草を咥えながらみょうじはゆるく笑った。

いつか暴力が愛情のしるしだと言って溺れていた男が、未だ日々暴力にさらされる自分を優しく助け出す様が
なんだかやけに可笑しくて愛おしかった。