肩がぶつかったら、どころか場合によっては目があったらケンカに発展しそうな治安の悪い日々。
勿論自分の見た目もあるにしても、最近は特にケンカを売ってくる命知らずが増えた、と
街中を歩きながら荒師慶三は思う。
螺愚那六という関東でも最大の構成人数を誇る暴走族の長ともあれば早々挑んでくる相手もいなかったが
最近は煌道連合などという手強いライバルが出てきた事により血の気の多い輩が増えている。

「そういやアイツ、怪我治ったんか」

そこまで思い出して、ふと、つい最近出会った存在が頭を過る。
今牛なまえと名乗ったその人物は、先に思い出していた煌道連合の総大将である今牛若狭の弟らしく
その兄や家族への反発の表れで螺愚那六の縄張りをうろつく事が多いようで。
元々目立つ容姿な上に気が強かったものだからこちらの縄張りになんて居たら絡まれるどころではないだろう、と
柄にもなく少し心配になった、その時だ。

「うおっ」

路地裏への曲がり角から、人が飛んできた。

「なんだあ?」

ずしゃり、と重そうな音を立てて地面に落ちたその人物には少しだけ見覚えがあって。
鼻血や殴打の痕で少し判りづらいが、少し前に自分が伸した相手だった。
そしてその理由は、大勢にリンチされていたカタギらしき人物を助けたからというもので。

「あれ……慶三くん?」

「なまえ……何やってんだオマエ」

その助けた人物こそが、先程心配していた相手であり、
今まさに路地裏から悠々と歩いてきた今牛なまえその人物である。


「何って……オレこの前こいつらにボコボコにされたじゃないですか。
 だから、怪我治ったんでお礼参りっす」

「……、……」


訂正しておこう。
カタギなんかじゃなかった、十中八九コイツはヤンキーだ。

荒師は微妙な顔でそうか、と返すと、ほとんど汚れていないし怪我もしていなさそうななまえを見る。

「オマエ、あんまり恨み買うなよ。
 この辺どっちかってーと螺愚那六の縄張りだから下手するとバランスがよぉ」

「……オレ、螺愚那六にも兄貴のとこにも入ってないんで。
 気に入らないじゃないすか、タイマンじゃ敵わなかったからって一人を囲むような奴等。
 だからわからせました、オレのが強いんです。
 もうオレに関わんなって事でちょっとやりすぎましたけど」

カチン、と表情を硬くしたなまえはどこか不安定で、
周りを寄せ付けない壁のようなものをぶ厚く感じる。
確かに言う通り、相手の鼻の骨は折れていそうだしもう立てないだろうほどに怪我をしている。
ここまで一方的な暴力を振るえる程の力の差があって尚、それを止める気がなかったなまえに荒師は大きなため息をついた。

「やりすぎは良くねぇぞ」

「……ここまでやったって手加減したって、どうせまたオレのとこ来るんです。
 どっちでも一緒でしょ」

「だからってなあ……」

「慶三くん」

どこか、咎めるような声音でなまえに呼ばれ、荒師は思わず片眉を吊り上げる。
荒師よりも大分身長の低いなまえは、少し大股で近づいてきたかと思うと
表情のあまりない顔で荒師をずい、と見上げてきた。


「オレとは他人なんだから、そういう干渉しないでよ」


それは明確な線引きで、これ以上入ってくるなと言外に示しているような言葉。
声も身も震わさずに言うのは肝が据わっているのか実力を測れていないだけか、
おそらく前者なんだろうと思いつつ荒師は徐にその細腕を掴み上げる。

「っ……!
 何、怒った?」

申し訳程度に使っていた敬語もどこかに行って、
先程より少し怒りの色を含んだ表情に変わるなまえ。
こいつも結局そうなのか、と、そう言っているようななまえの目に荒師は眉を寄せ、ため息の後にやっと口を開いた。

「じゃあよぉ、オマエと仲間になりゃ干渉できんのか?」

「は……?」

「オマエが螺愚那六の一員になりゃ仲間だろ。
 そしたらオレは総長としてオマエのやる事に口出しても不思議じゃねえよな」

「……なんでそうまでしてオレに関わるんですか。
 オレ嫌いなんです、人と関わるの」

何を言っているんだ、と困惑したような顔を見せた後、なまえはすぐに取り繕って目を伏せた。
荒師が掴んだ腕は最初こそ抵抗しようと力を入れていたものの、今ではもう諦めたように脱力している。
そしてまた顔を上げると、なまえは抑揚を感じない声で言葉を続ける。

「……わかりました。
 じゃあオレ、慶三くんの言うこと聞いてもうやりすぎないようにするから離してください。
 できるだけこっちにも……来ないようにします」

「…………オマエなあ……」

そうまでして人が嫌いか、と荒師は肩を落として。
先日偶然会った時は懐いたように笑っていたというのに
この落差はなんなんだ、と納得いかない顔でなまえを見る。
そして、自ら仲間に引き入れるような事を言ってまでしてコイツに関わりたい自分はなんだ、と
自問自答してから、ちら、と視界に入ったものに荒師は僅かに目を見開いた。

「……耳赤ェな」

「赤くないですほっといてください」

「超早口じゃねえか」

「うるさいです黙って」

ふい、と、逸らした顔は僅かに、程度のものだったが
その横の耳は誰の目から見てもわかるほどに赤く染まっていて。
早口に否定するなまえに荒師は思わずその紅葉のように染まった耳朶へと手を伸ばした。

「ひゃ…!」

「ぅお……悪い。
 にしてもオマエ、頭ちっせーな」

「……慶三くんと体格差がどれほどあると思ってるんですか?」

「まあそうだな、腕もこんな……。
 あー、違ェ、そんな話してんじゃねえんだよ」

「自分が全部言い出してますけど」

耳や腕から手を離して、む、としたような顔になったなまえを何とはなしに撫でてやり
荒師は猫のように目を細めたなまえに再度の提案を。

「なァ、やっぱオマエ螺愚那六入れ」

「……なんでですか」

「心配になんだよオマエ一人にしとくと」

「……慶三くんに嫌われるのも捨てられるのもイヤだから入らないです」

ぽそ、とこぼされた本音のようなものに荒師は目を見開くが、なまえはちらりと荒師を見ていて。
冗談で言ってはいなさそうなそれに荒師は少し思案する。

「アイツ、さっきボコした奴、チーム一緒だったんです。
 他の奴に絡まれてケンカで勝ったらオレの事気に入ったってチーム入れてくれて、でも兄貴の事知って。
 アイツら兄貴の名前でケンカしようとしたから怒ったらオレだけ集会呼ばれなかったり置いてかれたりとかして、チーム抜けたけど今みたいになって」

「なんだそりゃ……」

「慶三くんとは揉めないと思うけど、慶三くんの仲間とは揉めるから、オレ入りたくない」

そう言って顔を上げたなまえの瞳が不安げに揺らぐのを見て、
荒師は本日何度目かの大きなため息を吐いた。

「じゃあそんな捨て犬みたいな目で見んじゃねえよ」

「……見てないです」

「ウチはオマエの兄貴どうこう言う器の小せぇ奴等なんて上の奴等にはほとんど居ねえ。
 オマエはオレの目の届くところに置いといてやるからウチに入っとけ」

三度目の勧誘。
これで尚も断ってくるようなら今日のところは諦めるか、と荒師はそう考えていたが
なまえは顔を逸らしつつも小声で小さく呟きを発した。

「嫌いになったら慶三くんにもお礼参りしますからね」

「……ははっ。
 おー、上等だよ」

ぐしゃぐしゃと小さな頭を撫でてやりながら、
さてこれをどうなまえの兄貴に報せたものかと荒師はそう考えて思わず笑った。