※キャラ死亡表現有り/残酷表現有り/ルーク×夢主/既存キャラ成り代わり



「お願いです、ファブレ公爵様」

 金髪緑眼の少女は、細い両腕に、昏倒した弟を抱いて懇願した。
 背中から大量の血を溢れさせながら、血塗れの手で、弟を抱いたまま毅然と顔を上げていた。

「まだ幼い弟だけは助けてください……! この子は今日が誕生日なのです、お願いします、わたしの身はどうなっても構いません」

 少女は、両親とメイドたちの死体に囲まれる中、それでも絶望に顔を歪めることなく弟の命乞いをした。両親を殺めた男に向かって。

「……弟を助けるために、自らの身を差し出すか。貴様の両親を殺めた仇に向かって。それが恥知らずであることは承知の上か」
「貴族として産まれた以上、敵国の兵の手にかかる前に、わたしは命乞いなどせず弟と共に死ぬべきなのでしょう。でも、わたしは、たとえ恥知らずといわれようとも、弟を助けたい。そのためなら、恥知らずと言われようとも構わない」

 男は翡翠の眼でしばらく少女を見ていたが、諦めたように息を吐いた。

「貴様の身と引き換えになる」
「それでも構いません」
「両親の仇である男に純血を散らされ、その身に子を孕む覚悟があるのか」
「弟への温情がいただけるのであれば」

 少女の眼差しは変わらない。

「……二度はない」

 男は少女の気概に免じて望みを叶えてやることにした。




「ガイラルディア、生きて」

 まだ意識が戻らない弟を最後に抱き締めて、生き残った騎士ペールに託す。
 騎士が弟を連れて小船に乗り込み、戦場となった島から離脱してゆく。遠ざかる小船を見送ると少女は振り向いた。
 愛する故郷を戦場にした男が部下を従えて立っている。剣戟の音も、住民の悲鳴もすでに止んでいた。島に残っているのは、少女のように命乞いをして何かと引き換えに生き残った者と、敵国の大将と兵士たちだけだ。

「行くぞ、×××××」

 自分の名前を呼ぶ人間が、今となっては家族を死に追いやった仇敵しかいない。戦争後、敗者側の女がどうなるのかわかっていないわけではない。今もそう、少女の視界の端で、生き残った女達を物色するキムラスカ兵の欲望の顔が映っている。
 大将である男の手前、横暴に及ばないだけだ。
 おそらく、少女と大将が離れれば――生き残った住民達がこれから味わう苦痛に、少女は領主の娘として胸を痛めた。だが、何を言うこともできない。弟の命と引き換えに、少女はその身を差し出した。ホドの生存者ではなく、弟を選んだのだ。少女が弟に姉としてできる最後で唯一のことは、弟の命を守ることだけだったから。

 少女は、助けを求めるホドの住民の眼から逃げるように、背を向けた。

「……はい、公爵様」

 ND2002――第三次国境戦争勃発。
 ホド戦争とも呼ばれる第三次国境戦争は、マルクト帝国領土であるホド島とフェレス島の消滅を発端に始まったとされる。
 この戦争を機に、キムラスカ王国とマルクト帝国の国交は冷え込み、小康状態が長らく続くようになる。


 *


 キムラスカ王国とマルクト帝国は紆余曲折の末、終戦することになった。
 その間に、アクゼリュス崩壊や、パダン平原の戦いなど様々な事件が起きたが、久しぶりといって良い慶事に皆が喜びの声をあげた。
 だが、ただ一人。
 これから行われる終戦会談を前にして、思いつめた顔をした男がいた。その男は剣の柄をしきりに撫でていた。

「――同じような取り決めがホド戦争の直後にもあったよな。今度は守れるのか」

 終戦会談の場が緊迫感に包まれた。
 男――ガイラルディア・ガラン・ガルディオスは、不躾にもキムラスカ国王に対等の口を利き、剣を向けていた。鋭い眼差しには殺意にも似た憎悪が宿っている。彼の望みを口にしなければ、キムラスカ国王はたちまちその命を失くすことになるだろう。
 キムラスカ国王は顔色は変えないまでも息を飲み、一同も動くことができずにいた。しかし、一人だけ、冷静を失っていないファブレ公爵が口火をきった。

「場を弁えろ、ガイ・セシル」
「……なんだと?」

 ぴくりと剣柄を握る手が震えた。諌められた相手が仇であるファブレ公爵であったことが気にいらなかった。ガイは仄暗い感情が宿る眼で公爵を睨む。
 一触即発。
 依然と、剣を突きつけられたままのキムラスカ国王は生きた心地がしなかった。

「ここは首脳会談の場だ。剣士風情が出る幕はない」
「俺は!」
「貴様の弁解は後程聞く。退がれ!」
「っ……!」

 公爵の気迫に押されてガイは悔しげに渋々剣を収める。公爵は壁に沿うように立っていた兵士達に視線を向ける。公爵の意を汲んだ兵士達は、瞬く間にガイを囲んで彼の両腕を掴む。会議室から引き摺るようにガイを連れ出そうとするが、ガイも抵抗した。

「っおい! やめろ! 俺は何も悪くないだろう! 事実を言っただけだ! インゴベルト陛下が平和条約を破りホドに侵攻したのは事実だろう!? 今回のパダン平原の戦争だって、本来ならば起きる必要はなかったんだぞ!? それが起きたのはなんでだと思う!? マルクトの和平を受け入れておきながら、インゴベルト陛下は、親善大使一行の人員に含まれていなかったはずのナタリアをアクゼリュスで喪ったと勘違いして、マルクトにその責任を押し付けたせいじゃないか!」

 黙れ、とキムラスカ側の席に並ぶ貴族の一人が声をあげた。
 ガイの暴言を即刻止めなければ、キムラスカ王国の名誉も地に落ちてしまう。しかし、止めるのはもう遅かった。

「キムラスカはナタリアが死亡した情報の真偽すらろくに確かめなかったんだ! だからアクゼリュス崩壊直後にすぐさま宣戦布告をしたんだろう! 和平を受け入れておきながら! ホド戦争もそうだ、キムラスカがマルクトとの平和条約を破り侵攻したんだ! キムラスカ国王の浅慮な判断のせいで、何百、何千、何万の命が奪われてきたというのに、こんなキムラスカ国王を信用できるはずがないだろう!」

 ザッとキムラスカ国王と王女の顔色が青白く染まる。

 インゴベルトは自身の決断で自国の兵を死に追いやった事実を深く受け止めていなかった。当時のインゴベルトは愛娘の安否に動揺し、追い討ちをかけるように大詠師モースが暴露した偽姫の事実に踊らされていた。その状況下では自国の兵士の生死に思考が向かなかったのだ。
 ナタリアはガイに糾弾されて、初めて思い至る。自分の浅慮な行動が、戦争の引き金を引いたのだと。

「ガイが言っていた言葉は事実か? 俺はそんなことは聞いていないぞ」

 マルクト皇帝がジェイドに視線を移す。厳しい視線に晒されたジェイドは眼鏡のブリッジを上げて「事実です」と静かに答えた。
 和平交渉成立後、ジェイドからの定期連絡は途絶えた。アクゼリュスの住民を救助すべく向かっているのだろう、救助に手を焼いているのだろう、そう思っていた。それが、突如アクゼリュスが崩壊し、キムラスカ王国から届いたものはナタリア王女の死による宣戦布告だ。
 王女が親善大使一行に同行しているのは初耳であったが、ジェイドが報告を怠った可能性もあるため、否定することもできずに返答を濁して送り返すしかなかった。そこに、セントビナーが崩落する危険性があると駐在する軍から報告を受けたのだ。
 宣戦布告に、セントビナー崩壊といった危急の用件が積み重なり、対応に追われ情報の精査が遅れた。
 もしガイの発言が真実だとすると、あの宣戦布告はキムラスカ側の言い掛かりであり正当性はない。国家の名誉を損なうものとして損害賠償を請求し、宣戦布告を撤回させることも難しくなかっただろう。

「なぜ王女が勝手に同行した事実を報告しなかった」
「ナタリアはバチカルを出る直前に合流しました。報告するとなると出発が遅れます。それに、ナタリアはルークに許可を取っていました。親善大使が決めたことに口を挟むわけにはいかないでしょう。ルークはナタリア同行に難を示す我々に、自分が親善大使だと言っていましたから」

 ジェイドがルークに視線を向けた。話の矛先を向けられたルークだったが、彼は気付かず、喚くガイをはらはらとした面持ちで見ている。ガイを止めるべきかと席を立とうとするが、キムラスカ側の列席者に制止されていた。

「おまえは和平使者としてでなく、皇帝陛下名代として、和平交渉に向かった。親善大使と対等の身分を与えられて、ナタリア王女の同行を拒否できない理由はない。おまえがナタリア王女の同行を黙認した時点で、マルクト皇帝陛下名代がナタリア王女の同行を受け入れたことになるのだと、なぜ思わなかった? ルーク殿にナタリア王女同行の責任をすべて押し付けられると思ったら大間違いだぞ」
「……私は、キムラスカの問題だと思ったのです」
「アクゼリュスはマルクト帝国領土だ。しかも濃度の高い障気に汚染されていた。そこにキムラスカ王女を連れていく事実がどういう事態を招くのか考えなかったのか。ナタリア王女が障気触害で亡くなる可能性もあったんだぞ。他にも懸念は尽きない。ナタリア王女の命が脅かされたら、和平どころじゃない、戦争のきっかけにもなり得るのだと想像さえしていなかったのか」
「……」
「軍法会議を覚悟しておけ」

 ピオニーの発言にとうとうジェイドは沈黙した。ピオニーとジェイドのやり取りはガイの喚き声に掻き消され、二人の近くにいた者達にしか聞こえなかった。聞こえた者達の顔色はそろって悪い。
 抵抗虚しく、ガイは会議室から引き摺り出されていった。

「……問題はあったが、会談を続けよう」

 咳払いして、微妙な雰囲気になった会談の場を締めるようにテオドーロ市長が言うと、一同は頷いた。
 彼はキムラスカ国王殺害未遂の罪で逮捕された。


 平和条約は結ばれたものの、両国の重鎮の胸にしこりが残る会談となっていた。
 マルクト皇帝はジェイドに鋭い視線を向け、マルクト側の列席者も厳しい顔をしている。
 キムラスカ側の列席者は、国王と王女に対して失望を隠せないようで苦々しい顔をしていた。王と王女は顔色をなくしたまま黙り込んでいる。
 教団は、何の傷も負わずに済んで安堵に胸を撫で下ろした。彼らは、一番責められるのは自らの組織だと自覚していたのだ。神託の盾騎士団の導師イオンと、ナンバースリーであるヴァン・グランツが犯した罪は重い。導師イオンは、パッセージリングを操作できるようにセフィロトの封印を解除してしまった。ヴァン・グランツはパッセージリングの操作をし、キムラスカではベルケンドを占領した。それらの罪を責められたら、弁解の仕様もない。
 責められることなく終わったのが奇跡としか言いようがなく、このまま、教団の責任を有耶無耶にできるかもしれない――楽観視して、明るい表情をするテオドーロ達に水を差すように。ファブレ公爵が口を開いた。

「私は、教団の管理責任と、神託の盾騎士団の主席総長を始めとした神託の盾騎士団兵士が、これまでに犯した罪について、議論する必要があると感じています」
「たしかに、それは俺も考えていた。マルクト側は神託の盾騎士団の横暴により様々な被害を被っている。軍艦奪取、セントビナー占拠、これらについて意見を聞きたい」
「キムラスカ側もマルクトと同じくローレライ教団により損害を得ています。先のことは当然承知の上だとは思いますが、古いものでは十八年前から被害が及んでいます。ナタリア王女のすり替え教唆、ファブレ公爵子息誘拐、最近ではファブレ公爵家襲撃、カイツール軍港襲撃、ベルケンド不法占領など他にも余罪があります。この件に関して、教団側に意見を聞くと同時に、誠意ある対応を望みたいと考えています」

 ファブレ公爵は動揺から立ち直れずにいる国王に代わり、教団の罪を責め立てた。
 テオドーロたちの顔から笑みが剥がれ落ちるのは早かった。
 改めて教団の罪を列挙されると凄まじいものを感じる。追及は辛酸を舐めるものだと思われた。

 ティア・グランツは自身の罪を挙げられていると思わず、怪訝に眉を寄せて話を聞いていた。会談が終わる頃には、青褪めることになるとも知らず。



(2016/02/02)
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