泥沼です。いろいろ酷いです。
世界の命運を賭けたエルドラントの戦いより、7年の時が経過していた。
プラネットストームを停止させた影響により音素は緩やかに減り、必然的に人々は音素に頼っていた生活から脱却し始めた。回復譜術を日常的に駆使していた人々は、怪我をしてもすぐに治療できない現状に痛い思いを味わうようになり、迂闊に怪我をしないよう注意力を高めた。また音素を使わずとも、大怪我を治療できるようにするために医療技術が向上した。魔物の討伐にも譜術を利用できなくなったり、音素を利用して可動していた譜業も使えなくなったりと不便は数え切れないほどあるが、それでも人類は懸命に日々を生きている。
「ルークはいつ来るのかしら」
メシュティアリカ・アウラ・フェンデは物憂げな溜息を吐いて、窓の外を眺めた。
窓から見える風景は、バチカルの雑然とした街並み。つい先日まで見下ろして建物の屋根しか見えなかった風景は、今や同じ目線にある。あの建物の屋根の下で、どんな人間が暮らしているのか、数ヶ月前までは想像の域を出なかったのに、今のメシティアリカ――ティアは庶民の人々の暮らしを知っていた。当然である。彼女もまた、平民となってしまったのだから。
彼女は数ヶ月前まではルークの妻だった。ティアは、エルドラントから3年後ルークと再会して、そのまま結婚した。好きな人と結婚して幸福な日々を送っていたのだが、それも4年しか続かなかった。ファブレ公爵夫妻に結婚当初から子供を切望されて、ルークと共に子作りに励んでも、ティアが子供を孕むことは無かった。いっこうに妊娠した様子を見せないティアに医師が下した診断は、子宮が正常に機能していないということだった。おそらく過去にティアが障気触害を患った時に、子宮にも障気の影響が及び、子供の命を育めないようになったのだろうと医師は告げた。
ショックを受けるティアに対して、公爵夫妻は憐れみながらも、ルークと離婚するように告げた。ルークはファブレの跡継ぎを作らなければならない。子供を産めない貴族の妻など必要ないのだ。ルークとティアの仲を応援してくれたナタリアも子供を産めない彼女をフォローすることは出来ずに、周囲に味方がいなくなったティアは泣く泣くルークと離婚した。
その際、ルークにティアはお願いした。
ルークが新しく妻を娶り、その妻に子供を産ませたら、離婚して、再び自分と縁を戻して欲しいと。
ファブレ公爵家の跡継ぎさえ生まれれば、ティアと再婚しても何の問題もないはずだ。ティアが生むはずだったルークの子供を産む女には憎しみを覚えるが、彼女は同時に女に対して優越感と憐憫を覚えていた。
ルークの元に嫁いだ女は子を産んだらお払い箱にされることも知らずに、ルークの子を産むのだ。
ルークの子が産まれる日が来るまで、ティアは離婚するときに貰った慰謝料の中に含まれているバチカルの一角に構えたそこそこ大きな邸に、数人の使用人と共に暮らす。
時々聞こえてくる、ルークと、すこしの間だけ妻の地位を貸してあげている女の噂に耳を傾けながら。
「早く子供産まれないかしら……」
END.
ティア視点。ルーク視点も書く予定。
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