1人は数ヶ月前に娶った妻、ミリア。彼女はルークより3歳年下の侯爵家の娘だ。両親に大切にされて育てられた箱入り娘らしく、やや世間知らずなところがあるが、教養はしっかりと行き届いている、やさしい娘だった。女性というより少女と表現していい雰囲気を持つミリアに、ルークは深い罪悪感を覚えた。妻であるミリアが子供を産んだら、離婚し、前妻とよりを戻そうとしているのだから。
 前妻であるティアとは好きで離婚したわけではない。ティアが子供を産めない体であったから、仕方なく離婚した。ルークは跡継ぎを必要とする立場の人間だ。貴族である以上、子供を成すのは義務のようなものだった。離婚して数ヶ月。新たに迎えた妻はティアと違い、あっさりと妊娠した。



 日が経つごとに丸く膨らんでいくミリアの腹は、もうはちきれんばかりに大きくなっていた。

「何作っているんだ?」

 ルークが問うと、ソファの上に座っていたミリアはやさしい笑顔で「涎掛けです」と言った。子供が産まれて来るのは半年も先のことだというのに、今から産まれて来る子供のために妻は涎掛けを作っている。ミリアの両手には、厳選した布と針。一針一針チクチクと縫っていくミリアはやけに楽しそうだった。

「へえ……涎掛けか」

 何も自分で作ることはないのに。それが許される立場にいるのに、ミリアは産まれて来る子供のためにいろいろと用意していた。ルークの子供が産まれて来る1日、1日と望んでいるミリアの様子に、ルークは、自分という男の残酷さを突きつけられている気分だった。

 自分の子供を身篭るミリア。そのミリアが子供を産んだ後、彼女から子供を取り上げて、ミリアを捨てて、前妻を再び妻に迎え入れようとしているのだ。なんて酷い男なのだろう。ルークは自分という男がこの世で最も唾棄すべき男に思えた。

 今のミリアはティアほど美人ではないが、穏やかな時間を与えてくれる女性だった。

 ティアと結婚していたときは時々無性に息苦しくて嫌になるのに、今の妻と結婚してからというものの、ルークはそんな思いを味わったことが一度もなかった。

 それどころかファブレ子爵として参政するようになり日々気を張り詰めた生活を送っていたのに、家に帰ると気が安らぐようになった。そのおかげで、脳神経から来る頭痛は治り、顔色も良くなった。ティアと結婚していた頃は、ティアを思い遣らなければいけなかったから気を張り詰めて生活していたというのに。

(ずっと、このままでいれたら……)

 今のミリアと離婚せずに、彼女と共に夫婦関係を築き上げていく。ルークとミリアが結婚したのは政略結婚だ。ミリアだとて、結婚前は好いた男の1人や2人いただろう。自分の意思とは関係ないところで決まった政略結婚に諦観を覚えながら、それでも夫であるルークに対して愛情を育もうとしている。その彼女を裏切って、ティアと再びよりを戻すと言うのか。ルークとの間に作られた子供に愛情を注ごうとしているミリアを裏切ってまで。

『ルーク、子供が産まれたらまた私と……』

 離婚するとき、ティアはそう言った。最後まで告げられることがなかった言葉の意味を読み解くのは簡単だった。ティアの眼には、ルークに対する未練が浮かんでいたから。

 ティアと約束したわけではないが、新しい妻が子供を産んだら、ティアとよりを戻すことをルーク自身も考えていた。それが自分の幸せだと思い込んでいたから。
 ルークの人生に鮮明に残るあの旅の中、ティアを想ったのは嘘ではない。けれど、ティアと生涯を共にする決意があるほどの想いだったかと言われれば、頷けない自分がいる。

 ミリアを裏切ってまで、ティアとよりを戻す。そのことに今のルークは何の価値も見出せない。ようはルークは今の生活に満足しているのだ。ティアと結婚していたときよりも、よほど今の生活が居心地良かった。
 この生活を台無しにしてまで、ティアとよりを戻そうと思えない――そのことに気付いてしまったから、ルークは決めた。

 ティアを、もう2度と妻と呼ぶことはないと。


END.

次でラスト。

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