ミリア・ウル・キムラスカ=ランバルディア。
ナタリアの妹に当たる少女の記憶を、ルークはあまり持っていなかった。ただ、両親と兄となったアッシュから聞くとその人物像は好ましいと言えた。
ナタリアが活発な火のような印象を与えるとしたら、ミリア姫は静謐な水面のような印象だと家族は言う。小さい頃、アッシュはナタリアとミリア姫と三人で遊んでいたそうだが、その頃のナタリアはアッシュを振り回して少々困らせることもあったそうだが、ミリア姫はナタリアに振り回されているアッシュを追いかけて来るほうだった。外で遊ぶよりも読書や勉強のほうが好きで、教師受けがたいそう良かった。体力はあるが運動が苦手らしく、ナタリアがランバルディアアーチェリーを習い出したころ、最低限の護身術を除き、譜術を極めることにしたようで、アッシュが誘拐される前の時点ですでに中級の譜術を扱えたらしい。10歳以前のミリアを知るアッシュはそう語り、それ以後の話をしたのは両親だった。
ミリア姫はナタリアと違って表向きはあまり有名ではないが、雇用政策や治安維持、食料問題など幅広く取り組み、安定した政策を打ち出しているようだ。15歳の頃より政治家として名を連ねるようになったらしく、表に出てこないため若年層には人気はイマイチだが、中年層を中心に絶大な人気を誇っているとのことだった。3年前にミリア姫の雇用政策を導入したところ、キムラスカ国内で不当解雇が減り、それに伴い路頭に迷う人や強盗や万引きの犯罪が数字で見る限り約6割減少したという。レプリカの保護と人権問題にも取り組んでもいるらしい。ナタリアが旅をしていた間、彼女が抱えた開拓事業や公共事業も肩代わりして、キムラスカが預言離脱方向で纏まったときも混乱する国民を落ち着かせるべく各地に訪問して姿を見せて、ルークたちの影で国を支えていたとのことだった。
性格は、温厚に尽きて他者を思い遣ることが出来る人だと、父は穏やかな口調で語り、母は芯の強いお人ですよとこれまた穏やかに語ってみせた。
ルークが邸につれてこられた直後、記憶喪失だと思われていたルークを見舞いに来たこともあったそうだが、ナタリアがルークに近付くなと厳しく命じたようだった。
それでもミリアは、ルークの誕生日にはプレゼントを欠かさず、軟禁されているルークが暇を持て余さないように本や音楽プレイヤーやレコードなどたくさん送ってくれた。
本は残念ながらルークには難しすぎて最初のうちは読めず(ルークには難しい内容だと気付いたのか、途中からは絵本や絵が多く描かれた本をくれた)、一部は父親の書斎の肥やしになっていたりするが、そのほかの音楽プレイヤーなどはルークの部屋にある。
ミリアの心遣いが嬉しくて、手紙の書き方を覚えたルークが真っ先に手紙を送った人物はミリアだった。嬉しかったことを伝えたくてお礼を書き綴った手紙は父の手からミリアに手渡され、返事が届けられた。ルークの手紙の書面の文字とは違い、綺麗で読み易い文字で書かれた手紙をルークはレコードが収められたラックの中に隠し、ときどき思い返しては読んでいた。
だから、彼女との婚約話が出たとき、ただ頷いた。否定を返すことなど考えもしなかった。
姿は見えないが、やさしくしてもらった。物を贈るという行為の中に、気遣いがあると気付けるくらい、ミリアのやさしさは伝わってきた。
否定を返すことが思い当たらなかったのは、きっと彼女となら、穏やかな家庭を築けると思えたからかも知れない。
「ルーク、ミリア殿下に失礼のないように」
「はい」
ルークは小さく頷いた。
鮮やかな色合いの花々が咲く、王城の中庭。芝生の上にテーブルセットが置いてある。
イスに座り待っていたのは、インゴベルト陛下と、ストロベリーレッドの髪の女性。女性はルークとファブレ公爵の姿を視界に入れて、イスから立ち上がる。
女性のマラカイトグリーンの瞳が、ルークを見やる。穏やかで和いだ女性の瞳に、緊張して強張っていたルークの両肩から自然と力が抜ける。
彼女とならやっていけると、根拠も無く思えた。
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