ジェイドと話をしたガイは、難しい顔をしてガルディオス家に戻った。
応接間でガイの帰りを待っていたナタリアとティアが出迎えた。
「ガイ、ジェイドの協力は…その顔を見ると、無理でしたのね」
「…ああ」
「やっぱりわたくしも出向いて、ジェイドを説得するべきでしたわね」
ジェイドの協力を仰げず、ナタリアはガッカリした様子だった。ティアも不安げな表情をしている。ルークが政略結婚させられそうになっていることを、ナタリアがティアに教えたのだ。
ルークを愛するティアにとって、ルークが政略結婚させられそうになっている現状は不安なのだろう。ティアのその表情を見たガイは、ティアとルークの仲を応援しようとする気持ちを再び奮い立たせた。
(そうさ、こんなにティアはルークのことを想ってるんだ。ルークだって3年前はティアのことを想っていたんだし、今も両思いに違いない。まだ、遅くはないはずだ)
ガイは、ジェイドの余計な言葉――忠告――を意図的に無視することにした。
「仕方ないさ。旦那にも事情があるんだろう。当初の予定通り、アニスを味方につけてインゴベルト陛下に訴えよう」
「そうですわね。アニスも今では導師見習いですもの、わたくしたちが一丸となって訴えればきっとルークとミリアの結婚を阻止することが出来るはずですわ」
「…ルーク、どうしてるかしら」
「ティアのことを待っているはずさ。あいつ、いろんなものに雁字搦めになっちまって動けずにいるんだろう。ティアが来れば、自分が何をすべきなのか理解するさ、きっと」
ガイがそう言うと、ティアは不安がすこし和らいだようで微笑んだ。
三人の中では、ルークとティアが想いあっているのは確たる事実であり、それを覆すものの存在は、一つ残らず脳内から排除していた。ガイたちはグランコクマを出ると、ナタリアが街の外で待機させたアルビオールに乗り込み、アニスの協力を得て、バチカルへと向かったのだった。
キムラスカ王国首都バチカル――バチカル城。
アルビオールから降りたティアたち一行は城に乗り込んだ。制止する兵士を無視し、時に振り解き、向かった場所は王が待ち構える謁見の間だった。
「――お父様!」
厳粛な雰囲気が支配する謁見の間に、甲高い女の声が反響する。謁見の間に居た貴族達は驚いて一様に声の発生源に視線を向けた。
すると、謁見の間の扉を開けて、ナタリア王女を先頭に置いた3名の男女が入ってくるところだった。礼儀を欠いた彼女らの行為に、周囲の貴族らが厳しい眼差しに変わる。ナタリアはそのことにも気付かず、玉座に居る国王に挑むように見つめた。彼女に付き従う3名の男女も王女に倣い、頭を下げようとしない。
一国を治める国王に対して、臣下であるナタリア王女と、付き人が礼のひとつもしない。
不遜で無礼な態度に、大多数の貴族らは思いを揃えた。これはもう終わったな、と。貴族らはナタリア王女の未来を思い、嘲笑を口元に小さく刻む。
ナタリア王女の行動に顔色を真っ青に変えたのは、ナタリアを支持する一派の貴族だった。ナタリアの耳に易しいことを告げて、今まで私腹を肥やし、ナタリアが王妃になれば自分達は安泰だと支持していたというのに――彼らは自分達が支持する人間を間違ったことを悟る。自身を支持してくれている貴族らから怒りと恨みを買ったことにも気付かず、ナタリアはまず非礼を詫びる。そして、情に訴えるような言い方で話し始めた。
「わたくしの話を聞いてくださいませ、お父様。わたくしはやはり、アッシュのことを愛しています。たしかに彼がやった行為は、キムラスカ王女として許してはならぬのでしょう。――ですが! 元を正せば、彼が犯罪行為に走ってしまったのは、わたくしたちが彼の苦しみに気付けなかった所為なのでは? 彼の事情には、考慮すべき点がいくつもあります。それに彼は世界救済に一役を担ってくださいました。どうか、どうか…寛大な措置を!」
玉座に座るインゴベルト国王は酷く不機嫌な顔をしていた。
自分の言いたいことをまず訴えたナタリアは、「それと、」と国王が何も言ってないのに、話を勝手に進めた。
「ルークとミリアを婚約させるとはいったいどういうことですの? ミリアには他に婚約者がいたはずですわ」
どうもうこうも、貴様の所為でルーク子爵とミリア姫の婚約が成立したんだよ。――多くの貴族が胸中でナタリアの疑問に答えた。あくまでも胸中であったので、当然のごとくナタリアの耳には届いていない。
「元よりあった婚約を破棄するなどと醜聞ですわ。お父様、どうかこのことも考え直してくださいませ。ルークには他に愛し合っている女性がいるのです」
ルークには他に愛し合っている女性がいる――その言葉こそ、ミリアとルークの婚約を支持したインゴベルト国王を始めとした大部分の貴族にとっては醜聞だった。キムラスカ王国の英雄が、まさか他の女と愛し合っておきながら、王女と結婚するなどとあってはいけない。表沙汰になれば、英雄の名に傷がつく。
ナタリアの言動が間違いであることを証明すべく、インゴベルトは傍に控えたファブレ公爵に話を振った。
「…ファブレ公爵、ルークには愛し合っている女性がおるのか?」
「いいえ。息子はミリア殿下一筋でございます」
「そうであろう。ルークとミリアの仲はわしの目から見ても円満じゃ」
間を空けずに返された言葉に、インゴベルトは満足そうに頷く。
「ルークに他に愛している女性がいるなどと…ナタリア、それはそなたの勘違いじゃ」
「勘違いなどではございません! ルークはティアを愛しているのです! そしてティアもルークのことを…そうですわね? ティア」
話をふられたティアは、ナタリアの問いに小さく頷いた。
そして、ティアは酷く不安げな表情でインゴベルトを見上げた。その姿は、絵画などで描かれる神に許しを請う少女の姿に酷似していた。事情を知らぬ者であったら、ティアの姿は憐憫と同情を勝ち得ることができただろう。
しかし、インゴベルトたちは何だこの女は、とまるで理解できない存在を見るように、不可思議に満ちた視線を向けるだけだった。
ナタリアたち以外には見えていない輝かしいスポットライトを浴びた少女は、ルークと愛し合っていることを主張した。
「私はルークを…彼のことを愛しています。私と彼は身分違いかも知れません、でも…っ」
ティアは伏し目がちに告げる。
その姿に心打たれたのか、傍にいた少女と、青年が口を開いた。
「ティアは世界を救済した英雄のひとりでもあるんだ。それに、ユリアの子孫でもある。だから決してルークとの結婚は無謀じゃないはず。陛下、ティアは本当にルークのことを愛しているんだ。ルークも、きっと同じ気持ちのはずです!」
「おぬしは…たしか…」
「ガイラルディア・ガラン・ガルディオスと申します」
ガルディオスの家名を聞いたキムラスカ貴族は騒然とした。
「俺はルークの親友です。あいつのことは俺が一番よく知ってます。ルークのヤツ、本当にティアのことを愛しているんです。口に出さないだけで、本当はすごく想ってる。ティアがいるのに、ミリア姫と結婚しちまったら、ルークの奴きっと幸せになれません。それに、ミリア姫だって。ルークとミリア姫のことを想うなら、ふたりにとって最良の選択をしてください! お願いします!」
ティアとルークのためを思い、ガイは頭を下げて頼み込んだ。
自分達のために頭を下げてくれたガイの姿を見て、ティアは涙ぐむ。アニスとナタリアは勇気付けられた。
「インゴベルト陛下、あたしもそう思います。このままじゃ、ティアもルークもミリア姫も幸せになれません。考え直してください!」
導師見習いのアニスがガイの言葉に続く。
ナタリアもさらに言い募ろうと口を開く――しかし、それはインゴベルトによって遮られた。
「…いい加減にしてもらえないか? 余はそなたらの寝言に付き合っていられるほど、暇ではないのじゃが」
うんざりとした口調で言ったインゴベルトに、ナタリアたちは瞠目した。
考え直してくれるよう言葉を尽くして訴えたのに、寝言と称された衝撃は計り知れなかった。頭の中が真っ白に染まり、呆然とする。
「許可も無く謁見の間に現れて、好き勝手に言葉を並び立てるとは。…わしはナタリアの教育を間違ったようじゃな」
ふうと疲労と嘆きが詰まった溜息を国王は吐きだした。
貴族らは国王のフォローを入れると同時に、ナタリアを貶めた。
「陛下の所為ではございません」
「そうですとも。陛下は悪くありません」
「陛下ではなく、教育係と、乳母に原因があるのでは」
「子供がどういう人間になるかは、幼少時の教育で決まると申しますからなぁ」
「そう言えば、乳母はナタリア殿下にたいそう甘かったそうですな。もしやその所為では?」
「ナタリア殿下の乳母と言えば、たしか…」
ナタリアに、意味深な視線が集まる。
我に返ったナタリアはようやく、自身に向けられた貴族の視線が冷たいものであることに気付いた。
貴族らの視線は、王家を謀った偽姫だと告げていた。ナタリアの顔から血の気が引いていく。貴族らの視線に慄いたナタリアは慌てて顔を俯かせて、嵐が通り過ぎるのを待とうとする。しかし、今のナタリアにはそれが許されなかった。彼女が、キムラスカ国王の怒りを買ってしまった所為で。
「…ナタリア、そなたはどうやら大分疲れているようじゃ。しばらく離宮で休むと良い」
「っ!」
聞き捨てならない言葉に、ナタリアは顔を上げた。
”離宮”、”休む”2つの言葉が意味することは――今後、ナタリア王女が表舞台に立つことは無いということ。
「わたくしは疲れてなどっ、」
「遠慮は要らぬ。ゆっくりと休みなさい」
インゴベルトは優しい口調で、ナタリア王女の進退を決めた。
兵士を呼び、少々強引にナタリアを連れて行かせる。ナタリアは許しを乞うべく「お父様っ、お許し下さい、お父様っ!」と、悲痛な声で叫んでいたが、国王が相手にすることは無かった。
ナタリアを目の前で連れて行かれたティアたちは真っ青になる。自分達は何も悪いことはしていない。だから、大丈夫だ。
――しかし、それならどうしてナタリアは連れて行かれたのだ?
ナタリアの身を思い、インゴベルトの所業に抗議したい気持ちは当然のように存在していたが、それよりも保身が勝り何も言えなかった。
「そなたらはいつまで其処にいるつもりじゃ?」
ティアたちは再び硬直した。
石像と化した彼女らは兵士によってバチカル城から摘み出された。
しばらくそのまま硬直していた彼女らは、インゴベルトの理解を得られなかったことに憤然とした。
「もうこうなると、直接ルークに言いに行くしかないな」
「そうだね。ルークが嫌だって言えば、きっとインゴベルト陛下も思いなおしてくれるよ!」
三人は此処まできたらもう後には引けないと、直接ルークを説得しにファブレ公爵邸に行くことに決めた。
ルークさえ説得できれば、万事が上手くいく。
そう信じることで、首にかけられようとしている縄に気付かないふりをしていた。
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