「まずったな」
ガルディオス伯爵とフェンデ男爵を連れて戻ってきたジェイドの報告を聞くなり、ピオニー陛下は疲労が滲む溜息を落として舌打ちをついた。
「ファブレ公爵家に睨まれたうえに、――次期国王に近付くなと釘を刺されたか」
アッシュは罪人故、ナタリアは王家の血筋を引かぬために、王位継承権はすでに無い。必然的にキムラスカの王位継承権は変動していた。
ナタリアが偽姫とばれる前は、ナタリアが女王候補になっていた。そのため、ミリアは王族筋のとある公爵家に降嫁することになっていた。しかし、ここに来て、ナタリア王女が偽姫であることに発覚した。キムラスカ国王に娘として認められた彼女だが、当然のように女王候補から外されて王位継承権一位を失ったのは言うまでもない。
そうして、王位継承権二位だったミリアは王位継承権一位に繰り上がった。
彼女がキムラスカ女王になることが決まったのだ。
しかしミリアは王になる教育はされていないうえに、彼女自身、女王になることに乗り気ではない。そのため、彼女の婚約者を王にしようと周囲は動いていた。
ナタリアは、ルークを婚約者にして公爵夫人の席に座るはずであったのだが、彼女自身がアッシュ以外を夫にすることを拒んだうえに国王に対して背反行為を重ねた。きっと背反行為を重ねた理由の一つに、ミリアに対する不満もあったのだろう。妹のミリアが王妃になり、自身は公爵夫人に甘んじる。ミリアよりも格下であることを、正妃の娘として十八年間育てられたナタリアは受け入れられなかったに違いない。キムラスカ王女姉妹の不仲はマルクトにまで聞こえるほどだ。
ともかく、ナタリアがアッシュ以外を夫にすることを断固反対の姿勢を示したため、ルークの婚約者と言う立場に空白が生じた。ルークの王位継承権は、キムラスカ王族の男児の中で一番高く、その点ミリアの当時の婚約者は王位継承権はルークよりも劣っていた。ここに、ミリアとルークの婚約が成立した。
ミリアとの婚約が決まったルークも王になる教育は受けていないが、まだ若いうえに、各国に顔が知れている英雄だ。王位を継ぐまでの期間に帝王学を学ぶことになっている。ピオニーと同じように、ルークが王位を継ぐことになるまで10年以上の歳月を要することだろう。
「それはそれは見事な釘でしたよ。何しろ、ピオニー陛下によろしく伝えるよう、王妹殿が申し上げられましたから。それだけじゃありませんよ。彼らは謁見の間に押し入ったようです。いやあ、キムラスカに大きな借りを作ってしまいましたね」
「……」
ピオニーは机の上でべちょと上体を倒した。両手でバンバンと机を叩く。まるで子供が駄々を捏ねているようだ。ピオニー陛下は子供のような大人なので大して変わらないのかも知れない。
「――もっとも、ガルディオス伯爵も、フェンデ男爵も、ファブレ公爵夫人の釘には気付いていないようですがね」
「…愚鈍だな」
「ええ。愚鈍です。…あの二人は、友人の家に行った程度の感覚しかありませんからね」
「立場忘れてたのか」
「ええ。…まあ、今さらな話ですが」
「…今さらな話だな」
――ガイとティアが立場を忘れて、個人感情のまま行動することは、今さらなことだ。
ガイは長い間、復讐心に捕らわれて、ガルディオス家再興に乗り出さなかった。ガイやペールのようにホドの生き残りがいるとは考えもせず、ガイは自身の復讐を優先させた。
ティアはローレライ教団の制服のまま、ファブレ公爵家に襲撃をかけた。結果的に誘拐されたルークが事情を聞いても『私情だから、あなたには関係ない』と告げた前歴がある。
二人とも、自身の感情を優先させることについて何の疑問も抱いていない。いや、すこしは何かしら思っているかも知れないが、事情があるのなら立場を置いて私情を優先させても仕方ないと思っている。
「どうするおつもりで?」
ジェイドの問いにピオニーは口を開く。
「ガルディオス伯爵とフェンデ男爵を――」
「ピオニー陛下より命令です」
――ガルディオス家、フェンデ男爵家、爵位剥奪です。
憎たらしいほどの笑顔でジェイドが告げた言葉に、ガイとティアは言葉も無く立ち尽くす。爵位剥奪。――その言葉の重さを理解するにつれ、怒りと怯えが沸きあがった。
「――なんで。どうしてなんだ!」
「どうしたもこうしたも無いでしょう。他国に迷惑をかけたのですから。何かしら処分が下って当然じゃないですか。一介の使用人であった時ならばともかく、今のあなたはマルクト貴族なんですから。あなたの行動にはマルクト帝国貴族の肩書きがどうしても付いて回るんですよ。――ガルディオス伯爵」
ガイとは呼ばず、ガルディオス伯爵と呼ぶ。ジェイドの真意に気付いたガイはゴクリと唾を飲み込んだ。ジェイドが向ける視線の冷たさに挫けながらも、焦燥で上手く回らぬ舌を動かした。
「俺は、ルークの、っ親友の家に行っただけだ!」
「だから何ですか? 親しき仲にも礼儀ありと古来より言うでしょう。アポイント無しに他国の貴族の家に訪問する行為が、どれほど礼儀知らずの行為なのか。謁見の間にも押し入ったそうじゃないですか。ピオニー陛下の元に、キムラスカ国王とファブレ公爵より苦情が届きましたよ。あなた方の身勝手な行動の所為で」
「っ!!」
容赦なく降り注ぐ言葉の刃は、ガイとティアの心情などまったく考慮してなかった。何も言い返すことが出来ず、ガイは口を結んだ。ティアは青褪めた顔色で、今にも泣き出しそうに俯く。
「――まったく。こんなことになるんだったら、あの時、あなた方を止めていれば良かった」
二人の様子を見ていたジェイドは大袈裟な溜息をついた。
「とにかく、あなた方の爵位は皇帝勅許の下に剥奪されました。ガルディオス家、フェンデ家はあなた方の代で終わりです」
皇帝の御璽が捺された勅命状を広げる。
「ガルディオス家、フェンデ家の全財産は、マルクトが没収します。――即時、荷物を纏めてください。この住居は現時点を持って、マルクト預かりとなります」
爵位剥奪の挙句、財産まで奪われる。流石にこれは黙っていられないと、今にも卒倒しそうな顔色でガイとティアは唾が飛ぶ勢いでまくし立てた。
「爵位を剥奪するうえに、財産まで没収にするなんて、いくらなんでも横暴が過ぎるんじゃないか!? 俺たちはただ、ルークの家に行って、バチカル城の謁見の間に入っただけじゃないか! あの旅をしていた当時なら、謁見の間に入ることくらい何とも無かっただろ!? それなのにこんなことで、こんな厳しい処罰をするなんて酷いじゃないか!」
「大佐、ピオニー陛下に考え直すように言ってください! たしかに迷惑をかけたことは認めます。でも、私たちはただルークの家に行って、謁見の間に入っただけです! 爵位剥奪に加えて財産没収はいくらなんでも酷すぎます!!」
二人に詰め寄られて、ジェイドはほとほと嫌気が差した。二年前の旅で特別扱いを受けたガイとティアは、いつからかその恩恵を当然のような顔で享受していた。
「あの旅をしていた時が異例だったんですよ。あなたたちは理解出来なかったようですが」
それも仕方のないことかとジェイドは冷めた見方をする。
ティアはユリアシティからあまり出たことがない、箱入り娘だった。ガイもそうだ。彼は復讐心を抱えたまま十年以上の歳月をファブレ公爵家で過ごしている。ルークに比べれば世間慣れしている二人だが、比較対象が悪いだけで、二人とも箱入りから出ているとは言い難かった。
「早く荷物を纏めて頂けませんか。この家はすでにあなた方の家ではないのですから」
感情が窺えない声で告げられて、ガイとティアは顔を歪めた。
渋々荷物を纏めるなり、ガイとティア――のみならず、ガルディオス家にいた使用人一同はジェイドたちマルクト軍人によって家から追い出された。使用人たちは何故家を追い出されたのかわからずにいたが、ジェイドに事情を聞くなり両肩を落とした。そうしてガイとティアを恨みがましい目で見やり、今後の生活の相談をする。
使用人たちの中から出てきたペールは酷く落ち込むガイとティアに声をかけた。
「ガイラルディア様…これからどうするおつもりで」
「決まってる。ピオニー陛下のところへ行って、爵位剥奪を撤回してもらうんだ。俺たちは大して悪いことをしてないんだから、いくら何でも爵位剥奪は重すぎるだろ」
「そうね。それがいいわ。…ルークにも協力してもらえないかしら? 謁見の間に入ったことはともかくとして、ファブレ公爵家のことはルークに頼めば許されるんじゃないかしら」
「ああ、そうだな。ルークに手紙で頼んでみるか」
「………そうですか」
ペールは顔を伏せた。
ジェイドが広げた勅命状には、没収した財産の半分をホドの住民への生活支援金に使われると書いてあった。ガイはその一文を見落としていた。
ガイが名乗りをあげるまで、ガルディオス家は滅亡したと思い込まれていた。
そのため、ガルディオス家の財産は、元々ホド住民の生活支援金に使われていたのだ。それが、ガイがガルディオス家の遺児として名乗りを挙げたことで、マルクト帝国が使用したガルディオス家の財産は金銭という形で返還されることになった。
マルクトがそのようにホドの生存者の生活を見てくれていたから、ガイがガルディオス家を復興したときも、生き残っていたホド領民は特に不満を持たなかった。
ガイはマルクトに大きな借りを作っているというのに、愚鈍にも気付かなかった。
ピオニー陛下は、本来ガイがガルディオス家の遺児だと認めなくても良い立場にあった。それなのに、ガイがガルディオス家の生き残りだと認めた。
それは一重に彼をキムラスカのファブレ公爵家から引き離すためだ。
ルークの使用人と誰に隠すこともなくガイは公言していた。彼の背景を知る人間は、当然のようにガイがファブレ公爵家にいる理由を察することが出来た。
平和の障害になりそうな、爆弾を放置しておくことは出来ない。ガルディオス家という爵位を与えることで、枷を作ったというのに、当人が枷に気付かずに自分の思うままに振舞い続ける。
その結果が、これだ。
しかし、ガルディオス家の滅亡は防がなければいけない。
爵位を失ってでも、ガルディオス家の滅亡は防がなければならないのだ。
――何としてでも。
そうでなければ、ホドで死亡したガルディオス伯爵夫妻、マリィベル、――ガイを守るために死亡したホドの住民が報われない。
ガイとティアを見つめるペールの眼に怪しい光が宿る。
(不釣合いな夢を見ずに、そのまま二人で結婚してしまえば良かったものの)
その方がまだ幸せな夢を見れたものを。
ここまで失態を犯した貴族に温情を与えるほど、マルクト帝国は甘くない。
二人は楽観的な見方を示しているが、そんなものは夢幻にしか過ぎないのだ。
何しろ、ペールは――。
『皇帝陛下はガイラルディアとメシュティアリカに夢を抱けないそうです。帝国の火種に成り得る存在は近々排除することになるでしょう。どういう意味か理解して頂けますね? ――ですが、子供には罪はない』
ジェイドは唇を釣り上げて笑んでいた。
『例えば、ティアがガイの子供を身篭り産んだとしましょう。さすがにピオニー陛下は、ガイとティアの子供まで排除しようとは考えません。両親の罪に子供は関係ないのですから。――まあ、あくまでも例え話ですがね』
ジェイドは一枚の白紙を懐から取り出して、呆然とするペールの皺くちゃの手に差し出した。
『何か手を貸して欲しいことがあるのなら、ここに連絡してください』
白紙に描かれていた謎の連絡番号。
それは、ジェイドに直通で繋がる通信機の番号だった。
その場で跳ね返すことが出来たはずなのに、ペールはその紙を受け取ってしまった。
選んでしまった。
ガイを裏切り、ガルディオス家の血を残すための選択肢を。
「ガイラルディア様、メシュティアリカ様、一先ず宿屋に行きませんか。当面の宿を確保しなければ」
「ん、ああ…そうだな。悪い、ペール」
「――いえ」
その言葉を向けるなら、どうしてもっとしっかりしてくれなかったのか。
ガイの言葉に苦い思いを抱く。
ペールはこれからしようとしていることを胸中に隠して、感情とは裏腹の笑みを浮かべた。
「ガイとティアの子供は可愛いだろうな」
「容姿は良いですからね。…子供産んだら、用済みですね」
ユリアの血に有用性があることは古人が歴史書という形で示してくれていた。
創世歴時代の華々しいユリアの活躍を見る限り、パッセージリングの封印の解呪のためにユリアの血が――と言うよりは、おそらくユリアの遺伝子が――使われたように、他の譜業にもユリアの血が使われている可能性が高い。
だから、ティアが用済みになる前に、ユリアの血を残しておきたかった。保険として。
「キムラスカにこれ以上の借りを作る前に、サッサとこうしてりゃ良かったな」
「今さらなことですよ。それより、ティアが子供を産んだ後はどうしますか?」
「どちらのことだ? ペールか? 子供か?」
「両方ですよ。両親は用済みでしょう」
「まあ、あの二人を生かしておいたら余計なことになりそうだしな。…いや、でも、流石に子供を産んで育てるようになれば浅はかな夢を見ないようになるんじゃないか?」
男は一縷の希望を示す。が、眼鏡の男は希望をあっさりと一蹴した。
「産まれた子供が可哀想でしょう。ルークは劣悪な環境で良く育ちましたが、ルークは例外です。それに、ガイとティアの教えを直々に受けて育つ子供ですよ? 私は将来に期待が持てませんね」
「反面教師という言葉があるだろう」
「子供の教育は環境が物を言うんですよ。ガイとティアに育てられた子供が、反面教師なんて言葉に気付くと思いますか? 自分の考えが正しいと思っているティアと、いざとなれば子供を見捨てるガイですよ。両親の教えに染まりきる方が先だと思いますけどね」
「…お前嫌なこと言うなぁ」
「それに、火種を誰かが拾って利用する前に、消しておく方が賢明では?」
男は溜息を吐きだす。
「――ペールだけでは荷が重い。ティアが子供を産んだ後、お前も手伝ってやれ。その後はペールの好きにさせろ。もし、ペールが騎士であるにも関わらず、他の選択肢を選ぶようだったら、」
「ええ」
騎士なら、主君を裏切った後生きていることが苦になるはず。
それなのに、生きる道を選ぶのならば。
「わかりました」
prev next
back