―― 一年後。
雲ひとつない晴天の下で、華やかで豪勢な結婚式が開かれた。
成人式を迎えたばかりの若々しい花嫁はまだ幼い顔つきをしていたが、次々と代わる代わるに祝いの言葉を述べる人々に応対する姿は様になっていた。さすがキムラスカ王女とでも言おうか。ピンクホワイトのウェディングドレスの裾は今まで見たことがないほどに長く、この国一番高貴な女性が誰であるのか、如実に示していた。花嫁の隣に並ぶルークは着慣れぬ白色のタキシード姿で、緊張した顔を見せず、立派に役目を勤め果たした。
結婚式が終わり、披露宴に移る。
大きなホールを貸しきって行われている披露宴には、そうそうたる顔ぶれが参加していた。ダアトより、導師、大詠師、詠師――導師候補生の姿も何人かある。つい先日まで、アニスの姿もその中にあったのだが、彼女は先の一件が原因でキムラスカ王国より抗議を受けたために降格処分になったらしい。元々アニスが導師候補生になれたのは実力ではなく、彼女が世界を救済した功労者の一人であり、その彼女が導師となることを望んだからだ。もし彼女が本気で導師になりたいと望んでいるのであれば、実力で成り上がってくるだろう。その程度のチャンスは与えられていた。キムラスカからは流石に自国の次期国王の結婚式ということで、家格問わずに貴族が揃い踏みしている。マルクトからはピオニー皇帝陛下以下数人、またルークの友人としてジェイドが招待されていた。
各国の中枢を担う者たちが一同に介する機会などそうは無いだろう。
ここぞとばかりに、腹に一物を抱えた者たちが思惑をひた隠しにして自身の顔を売って行く。家格が低い貴族は大貴族と取次ぎを持とうと忙しそうにしていた。政治に疎いジェイドですら、どの人物が力を有しているのか一目瞭然であった。何しろ、力を持つ者の周りには飴に群がる蟻のように人が集っているのだ。
政界の権力者の下には政治家が揃い、財力を持つ者の周りにはおこぼれに預かろうと集る。名がある貴族の下には様々な貴族が集う。そのどれにも当てはまらない者の周りは寂しかった。
次期キムラスカ国王の結婚式ともなると、流石にいろいろと華やかだ。
談笑する機会が設けられ、参席者の一人として招待されたピオニー陛下は右隣にジェイド、左隣にグレン中将を置いて話をしていた。
くるくると忙しそうに、けれども慌てるような真似は見せずに動くウェイターに赤ワインが入ったグラスを手渡される。左隣のグレン中将は紅茶を、右隣のジェイドは白ワインだった。その差は、公務か否かである。
今回の結婚式にジェイドはルークの友人という立場で招待された。ピオニー陛下とグレン中将は公務の一環である。ピオニーはともかく、護衛役として訪れたグレン中将はワインではなく紅茶を飲んでいた。他にも護衛としてマルクト兵を連れて来たが、隊長たるグレン中将が飲酒しては示しがつかないからだ。
ピオニーはワイングラスに口をつけて、こくりと血のように赤いワインを飲む。アルコール度数は低い。酒に強いピオニーは物足りないが、それほど酒に強くない参席者は内心安堵していることだろう。
「ピオニー陛下、ジェイド、グレン中将」
歓談していたピオニーたちに声がかかえる。その声は、今回の結婚式の主役の一人の声だった。ルークは窮屈な首周りを緩めながら、ピオニーたちが陣取ったテーブルの一角に現れた。
「ルーク」
「一息ついたんで来ました。久しぶりです」
「おう、久しぶりだな」
ルークとピオニーが逢うのは実に久しぶりだった。皇帝に次期国王ともあれば、そうそう国を空けることが出来ないのだ。座っても良いか、と尋ねるルークに席を当然だと頷く。ルークはジェイドの隣に座った。すかさず飲み物を運んでくるウェイターに水を貰う。花婿が酔っ払ってもらっては困るということで、念のためにルークはワインを飲まずにいた。
「花嫁の傍にいなくて良いんですか?」
「良いんだよ、今は。叔父上…義父上と話してるし」
「話?」
「んーまあ、…言ってもいいか。ナタリアの話だよ」
悩んだのは一瞬、ルークは隠すことなく話し始めた。
「脱走したナタリアを発見したんだと」
「なんですって? 脱走? …ナタリア王女は謹慎中の身でしたよね?」
「ああ。一年前のことでかなり義父上の怒りを買っちまったから、謹慎中になってたんだけどな。しばらくは大人しくしてたんだけど、我慢の限界に達したのか、脱走しちまって。義父上が怒りまくってたんだ」
「それは当然でしょう…」
話を聞いたジェイドは呆れた。
そう言えば、ナタリアが仲間になったのも、彼女が無断で城を抜け出したことが原因だったことを思い出す。
「アッシュの所に行こうとしてたらしくて、カイツール軍港で見つかったらしい」
アッシュはすでにコーラル城に居を移していた。
そのことを知っているのはキムラスカ国王にミリア王女、ルークとファブレ公爵夫妻、それに一部の信頼厚い重臣だ。
それ以外の者は知らないはずなのだが、ナタリアは何処からか情報を入手したらしく、城を抜け出して、アッシュが居るコーラル城に向かおうとしていたらしい。
ミリアが「もしかしたら、お姉様はアッシュのところに居るのかも知れません」と言ったため、まさか、と思いつつも、ナタリアのアッシュに対する執着の高さを知っていたため、念のためにキムラスカ国王が兵士を向かわせたところ、ナタリアをとっ捕まえることに成功した。
「…予想通り過ぎて、いっそ笑えますね」
「笑い事じゃねーっての。さすがに義父上の怒りも沸点に達したようでさ、ここまで馬鹿にされた以上黙ってられないつって、ナタリアを庶民に降格するらしい。多分その後はいくらかガルド握らせて放り出すんだろうな」
死刑にしないのは、まだ親子としての温情が残っているからだろう。
「…その後、ナタリアはアッシュのところに行くんじゃないですかぁ?」
「俺もそう思った。義父上もそう思ったらしいんだけど、しばらくは様子を見てみるってさ。アッシュに接触しても、一先ずは様子見だと」
「おや、インゴベルト陛下はアッシュとナタリアの関係を認めるんですか? たしかつい先日、アッシュの婚約者が決まったと聞いた覚えがあるんですが」
ジェイドの言葉に、ルークは黙り込む。そして再び口を開いた。
「――いや、アッシュを試してるんだと思う」
「アッシュを試す?」
ジェイドは眉を跳ね上げた。意味がわからずに、ルークの言葉を待つ。ピオニーはなるほどと頷いた。
「国から選ばれた婚約者ではなく、ナタリアを選ぶかどうか、試してるのか」
ルークは頷いた。
「…多分。アッシュはキムラスカに害を成したから、あいつが反逆者と言う疑いが今も消えたわけじゃないんだ。ただ、アッシュにも事情があったから、それを考慮して、保留にされただけで。――もしアッシュが、国王直々に選んでもらった婚約者がいるにも関わらず、ナタリアを歓迎するような真似を見せたら、アッシュはきっと…」
アッシュの意思は関係なく種馬として扱われる――ルークが飲み込んだ言葉を悟り、ピオニーたちは苦々しい顔をした。
「でも、俺はアッシュを信じてる」
ルークは自信を持った口調で告げた。信頼が滲むその言葉に、ジェイドは目を見開く。ルークはニッと笑った。
「あいつならきっと大丈夫だ」
水を飲み干して席を立つルークを、ジェイドは呆然と眺めていた。
「そろそろ俺は戻るよ。ゆっくりしてってくれよな」
ルークは明るい表情で妻となったミリアとキムラスカ国王の元へ戻る。彼の背中を見送ったジェイドは綻ぶように笑った。
あの旅の時は、酷く仲が悪かったアッシュとルーク。それが時を経て、信頼しあう関係になっていたらしい。年月とは何と偉大なことなのか。
「良かったな」
「ええ、本当に。あんまりにも幸せそうだから、ガイとティアのことを、伝える気も失せちゃいましたよ」
「良いんじゃないか? ルークも聞かなかったし」
それはつまり、二人の近況を聞くということすら思い浮かばないほどに、ガイとティアの存在がルークの中で薄れたということだ。
これからもっと、ルークの中で二人の存在感は薄れていくだろう。
何しろルークは若い。これから様々な経験を積んで生きていく彼に、一時的に同じ時を共有した相手をずっと思い続けるほどの暇はない。ルークは、いずれガイとティアのことを思い出として処理して、長い時を生きていくのだ。
「そうですね」
ティアがガイの子供を妊娠していることなど、ルークの耳に入れるほどの話しでもない。ジェイドは笑う。
半年後に待ち構えている未来にガイとティアの姿が見えずとも、何の支障もなく、世界は時を刻み続けるのだ。
「ミリア!」
ルークは妻の名を呼ぶ。シュザンヌと談笑していたミリアが振り返った。
その顔に浮かんでいる笑みに、ルークも釣られるようにして笑う。ミリアの笑顔の裏に思惑が潜んでいることをルークは知っている。だから、何だと一笑する。
彼女の思惑は自分を傷つけない。そのことを、ルークは感覚で理解していた。何よりも、ミリアが想うように自分も想っている。その事実さえあれば良い。
ミリアがいれば、幸せになれる。
だから、何も問題ないのだ。
「ルーク」
名前を呼ぶ彼女の隣に、ルークは並んだ。
END.
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