(さ よ う な ら、お 姉 様 )












「まさか、あなたがこれほどまでに強かだったとは気付きませんでしたわ」

 その言葉を向けられた女性はきょとんと首を傾げた。困惑したような彼女の表情には嘘が見えず――否、読ませず、彼女の義母となった女性は小さく笑った。

「さすが、王女ですわね」
「あの、お義母様、何を仰ってるのか…?」

 義母の言葉を理解できないように装う姿は堂に入っていた。それもそのはず。彼女は成人するまでの二十年間、この態度で周りを欺いてきた。父を、姉を、――皆を。
 義娘となったこの女性にとって、姉を掌で転がすことなど実に簡単なことだったろう。正義感の塊のような姉は妹を毛嫌いしていた。それは、王族の象徴を受け継いでいる者に対するやっかみかと思っていたが――正義感の塊のような姉は無意識に気付いていたのかも知れない。
 策謀を蜘蛛のように巡らせていた妹こそが、最大の敵になる可能性を。

「ナタリアを利用したでしょう?」

 義娘――ミリアは動揺した素振りを見せずに、不思議そうに言う。

「わたくしが、お姉様を?」
「あの子を誘導したでしょう」

 たとえば、ナタリアにアッシュの処遇を教えて、暴走するように仕向けたり。謹慎中のナタリアにアッシュの居所を教えて、城から抜け出すように仕向けたり。
 そうでもなければ、こうもタイミング良くナタリアが次々に問題を起こすはずがない。

 ミリアがナタリアを嵌めたのだ。

 ナタリアを疎ましく思って。
 姉が妹を嫌うように、妹も姉を嫌っていた。
 ミリアはナタリアを排除できる機会をずっと待っていたのだ。

 そのことにシュザンヌが感づいたのは、彼女がナタリアの居場所をそれとなく探り当てた時だった。

「え?」

 ミリアはますます困惑して、言った。

「何のことでしょう?」

 ――この一件に関して、話す気は欠片もないようだ。
 義娘の手ごわさに舌を巻いて、シュザンヌは「わたくしの勘違いだったようですわね」とこの話を終わらせた。





(さすが、お義母様ですわ)

 真相を突かれたときは、どうしようかと思った。が、白を切りとおすことにした。シュザンヌが深く話を突くことは無いと理解していたから。
 シュザンヌは敵には容赦ないが、それ以外に関しては優しい。王家やファブレを敵に回さない限り、大丈夫だとミリアは気付いていた。

(――お姉様はわたくしを嫌っていた。けれど、わたくしはお姉様が嫌いじゃなかった、好きだった。私には持ってない、愚直なまでの真っ直ぐな心を持っていたから。羨ましく思う一面もあったけれど、好きだったのよ)
(だから、今までお姉様がミスをしてもフォローしていた)
(お姉様が好きだったから)
(けど、)
(わたくしの大切なものを、お姉様は大切にせずに捨てるんですもの。わたくしが何よりも欲しいと思ったものを)

 ミリアは無造作に視線を投げる。
 無意識のうちに彼女の視線は、夫となったルークの姿を追っていた。

(それなのに、お父様が、お姉様可愛さにわたくしの大切なものとお姉様を夫婦にしようとした)
(そんなこと許せなかった)

 ナタリアも、ティアと言う女も――父も許せなかった。

 ナタリアはミリアが欲しいと心の底から望んでいたものを、手に入れておきながら、呆気なく捨てた。
 父はそんな彼女を十八年間溺愛していて、偽姫だと知った今も可愛がっていた。父はナタリアを手放したくない一心で、ルークと結婚させようとした。
 ティアと言う女は何を考えたのか、自分が犯罪者であり、加害者であることを忘れて、彼に愛されているように振る舞っては周囲を味方につけて、彼を手に入れようとした。

 ――ミリアの気持ちも考えず。

(ずっと欲しいと想ってた。彼が好きだと言えば、欲しいと言えば、主張すれば、彼を手に入れられたのかしら。――いいえ、そんなこと無かった。お姉様がいる限り、お父様の優先順位は変わらない。お姉様を排除しなければ、わたくしは彼を手に入れられなかった)

 だから、ナタリアに罠を仕掛けた。
 ミリアは欲しいものを手に入れるために。

 ナタリアの猪突猛進さを利用するのは実に容易いことだった。
 アッシュに対する執着心も知っていたから、それを利用してやれば良い。
 ミリアがしたことは、姉の前でうっかりと口を滑らせて「アッシュとナタリアの婚約が破談になる」ことを教えてやっただけだ。

 そうしただけで、ナタリアは呆気なく暴走してくれた。

 国王に対して暴言を吐いて、勝手に城を抜け出したナタリアに父は謹慎処分を下した。
 でも、まだ足りない。やはり父はナタリアに対して甘かった。
 これでナタリアが城を抜け出したのは、二度目だ。しかも謁見の間で恥の上塗りをした。それでも尚、父が下した処分は「謹慎処分」でしかなかった。

 ナタリアがいつまでも城にいたら、彼を取られるかも知れない。
 ミリアと彼の婚約は、国王の命令で決まったのだから、国王の意思一つで破談にさせることも出来る。
 ナタリアが居ると、ナタリア可愛さに父がミリアと彼の婚約を破談させて、ナタリアと彼を婚約させる可能性があった。

 ミリアと彼の婚約を国中に公布した以上、それは無いと信じたかったものの、父は意志薄弱だ。
 一度はナタリアを偽姫として処分しようとしたのに、説得で意思を簡単に翻した。
 一度は預言に従って戦争を起こしたのに、預言通りに進んだ先に待ち構えているのが破滅だと知らされて、真偽を大して調べることなく、簡単に戦争を止めた。
 元々キムラスカがマルクトに言い掛かりをつけて始めた戦争だ。戦争中、どれほどのキムラスカ軍人が戦場で散ったと思っているのだろう。
 預言通りに行動していた父は、自分の意思で物事を決めることがたいそう苦手で、また国王の命令がどれほどの人に影響を及ぼすのか自覚がなかった。
 今まで預言通りに国政を動かしていたから、国王としての責任感が不足しているのだ。

 そんな意思薄弱な国王が決めた、ミリアと彼の婚約は脆い。
 だから、国王が彼とミリアの婚約を撤回して、ナタリアとルークの婚約を再び成立させようと考える前に、ナタリアを追い出す必要があった。

 ミリアがしたことは大したことではない。
 謹慎処分を下されて、鬱屈としているナタリアにそれとなくアッシュの居場所を教えた。
 そうして、アッシュに婚約者が出来たことを遠回しに教えただけだ。
 それだけで、姉は王城を勝手に抜け出してくれた。

 ナタリアのおかげで、目の上のたんこぶであるティアも芋づる式に潰せた。
 ナタリアのおかげで、父に溺愛した娘に処分を下すと言う苦汁の思いを与えることが出来た。

 ――すべてはミリアの思惑通りに。


「ミリア!」

 大切なものがミリアの名を呼ぶ。
 ナタリアを罠に嵌めて手に入れた大切なものだった。
 ミリアは笑った。

(大切にするわ)

「ルーク」


からの恋――は、もう終わりよ。




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