豪華な調度品に囲まれた部屋に通されたルークは、呆然とする思いが抜けないままベッドに歩み寄り腰かけた。
 ――何が起きているのかわからない。両親が離婚して、幼馴染が意識不明の昏睡状態にあって――どうして、こんなことになってしまったのだろう。混乱する頭を強く掻き毟る。

「……くそっ、なんだっていうんだよ!」

 ティアがファブレ家に訪れて以来、嫌なことばかりが増えていく。両親が離婚したことはそれほどショックではなかった。元々ルークの両親の夫婦仲はお世辞にも良いとは言えなかった。父は外に愛人を作り、母は父を公爵様と他人行儀で呼んでいた仲だ。そんな二人を見ていたルークは両親が離婚したと聞いても、自分はどちらに引き取られるのだろうと冷めた思いだった。ショックを受けたのは、幼馴染の容態だ。

 ミリア・ルツ・キムラスカ=ランバルディア。婚約者ナタリアの妹は、ルークの一つ年下で、ナタリアよりも身近に感じる存在だった。記憶喪失と診断されたルークに昔のことを思い出せとせっつくわけでもなく、誘拐前と今のルークを比較することもなく、一緒にいてとても居心地のよい相手だった。
 キムラスカ王族の象徴を濃く受け継ぎ、緋袍の長髪と翡翠色の双眸といった容色を持つ美少女だったせいか、姉のナタリアとの仲はぎくしゃくしていたが、それでも姉妹というべきか、二人は互いのいないところで互いについて褒めあっていた。本当はとてもお互いが大好きだとでもいうかのように。面倒くさい関係だなとルークは思いながらも、どこか微笑ましく見ていた。
 健康的なミリアの姿を覚えている。その彼女が、ベッドに横たわったまま、目覚めることのなく、どんどん痩せ細ってしまっているという。このままでは、命の危険もあると。

 ルークはぞっとした。今このときもミリアの命の灯火が消えようとしているかも知れない。じわりじわりと胸から湧き上がった焦燥感と恐怖が全身に行き渡る。いてもたってもいられずにベッドから腰を浮かすと、ルークは即刻バチカルに戻れるように手配を頼むべく部屋を飛び出した。

「――無責任な人ね」

 ルークが一足先にバチカルに戻るべく旅立った。
 そのことを聞かされた和平使者一行は2つの反応にくっきりと分かれた。
 ルークからのフォローを期待できなくなり表情を固くしたイオン、アニス、ジェイド。和平仲介を頼まれておきながら役目を放り出すようなルークの行動に顔を顰めた、ティア、ガイ。ティアは呆れと非難が混じる声で「まったくルークったら……」と呟いた。

 とうとう、ジェイドは断念した。

「イオン様」
「……ジェイド……」

 名前を呼ばれたイオンはのろのろと顔を上げる。イオンの顔色は今立っていることが不思議なほどに悪かった。途方に暮れた顔で佇むイオンに対して申し訳ないと思うのだが、これ以上ジェイドは彼らと共に行動する気はなかった。マルクトが道連れになるだけだ。

「和平仲介をお願いした身ですが、今回の一件なかったことにさせてください」
「そんな! 何故です!?」

 ティアは非難じみた声をあげた。何故も何もない。いったい誰のせいでこんなことになっているのか――イオンとアニスはティアを睨みつけ、ジェイドも怒りと苛立ちが浮かんだ眼で彼女を一瞥した。

「……そうですね。最早、僕は和平仲介をできる身ではありません。最後まで和平協力できずに申し訳ございませんでした」
「……いえ、こちらこそ、私の愚行のせいでイオン様と教団の立場を悪くしてしまって申し訳ございませんでした」

 ジェイドは、和平協力を仰ぐことで導師イオンの身を何週間も拘束していた事実を謝罪する。
 イオンは強張った頬を動かして、なんとか苦笑を浮かべた。

「気にしないでください。責任者である僕が教団を留守にする事を深く考えなかったことが、そもそも悪かったんですから。その責まであなたに押し付ける気はありません。……これは、僕が選んだ結果です」
「……本当に申し訳ございませんでした」

 もっと早くジェイドが導師イオンに和平協力を仰ぎ、教団の許可をきちんと取っていれば。結果主義者である自分をこれほどまでに後悔する日が来ようとは思いもしなかった。ジェイドは苦々しく謝罪をした。

「さようなら、ジェイド。お元気で」
「……はい。イオン様も、」

 ――お元気で、など、言えるはずがなかった。死地に向かうような心境でバチカルに向かうイオンに言ったら、それはただの皮肉だ。ジェイドは口を閉じて、返された和平親書を懐にしまい、マルクトへ向かって歩き出した。遠ざかって行くジェイドの背中を見送り、イオンは「行きましょうか」と先を促した。アニスは青白い顔で頷き、ティアとガイも倣うように頷いた。

「……アニス、逃げるなら今ですよ」

 バチカルに近付くにつれ、アニスの表情は強張り口数も減っていった。
 殺される可能性が高い場所に向かうのに、のんきでいられるほどアニスは馬鹿ではなかった。
 星が瞬く月夜の晩、焚き火を囲みながらイオンにいわれた言葉にアニスは笑おうとして失敗した。ガイとティアは楽しそうに談笑している。

「やだな、どこに逃げろって言うんですか? もう、教団も、戦争回避できないっぽいのに」
「その制服を脱いで、オリバーたちと逃げて新天地で新しい生活を始めればいいじゃないですか。……きっと今なら、モースもあなたを脅迫できませんよ」
「っ、知ってたんですか……」

 アニスは息を飲むが、すぐに「そっか、知ってたんですね」と泣き笑い寸前の顔を見せた。

「良いんです。あたしは、イオン様と一緒に最後までいます。それで、生き残ったら……マルクトに出頭します。タルタロス襲撃事件、あれ、あたしのせいなんです。あたしが、行路教えちゃったから」
「っそう、ですか……」

 アニスは引き攣り笑いを浮かべた。彼女はもう死ぬ覚悟を決めていた。

「あーあ……なんか親に振り回されてばっかりで、あたしの人生ろくでもなかったなあ」
「……僕もそうですよ。モースたちに振り回されてばかりで」
「ふふ、そうですか……でもね、あたし、嬉しいこと一つだけあったんです。イオン様に出会えたことは、あたしの人生の中で、最高の出来事でした」

 イオンはその言葉に穏やかに笑った。

「僕も、アニスと、ルークに出会えたことが、最高の幸せでした」

 アニスはくしゃりと顔を歪めると、「イオン様ったら、女心わかってないんだから」と茶化すように言った。その顔に流れた一筋の涙に、釣られるようにイオンもすこしだけ泣いた。

 キムラスカと教団の戦争は回避された。
 その影には導師イオンの姿があった。

 キムラスカと教団に激震を走らせた事件の犯人の身柄は引渡され、さらに導師イオンは謝罪と戦争回避の意味をこめて自らの命を差し出した。導師守護役のアニス・タトリンはイオンと共に処刑されることを望み、インゴベルト国王は導師イオンとアニス・タトリンの命をもって教団の誠意を受け取り、宣戦布告の撤回をした。その後、教団はキムラスカ王国に事実上の降伏を宣言し、解体の運命をたどった。
 和平を断念してマルクトに帰国したジェイド・カーティスはイオンたちが処刑されたと聞いて、彼らの死を悼むように黙祷を捧げた。

 導師イオンとアニス・タトリンの散り際が見事だったせいか、罪を犯した罪悪感を露ほども持っていなかったティア・グランツに対して、キムラスカ王国の糾弾は辛酸を極めた。ティアは逮捕された当初こそ、自らの逮捕は不当だと喚いていたが、彼女のせいで導師イオンを始めに大詠師モースといった教団の幹部が処刑されたことを知ると、ようやく罪の意識が芽生えたのか、青白い顔をしてうるさい口を閉じた。明らかになった世界の正体にパッセージリングの制御など様々な可能性を考え、ティア・グランツの死刑はすぐに執行されることはなく、子を3人ほど産ませた後に死刑が執行された。

 ルークはキムラスカに帰国するまでの間に道中何が起きたのか詳しい説明を求められたが、世界の混乱を再び招きかねないと自ら口を閉ざした。ジェイドから道中の詳しい話を聞かされていたマルクト皇帝ピオニーはいつキムラスカから抗議文が届くか冷や冷やとしていたのだが、ルークのおかげで両国の国家間の悪化は回避できたたため、安堵の息を漏らすと同時に、次期キムラスカ国王に多大な借りを作ったと苦笑した。




「……あんだよ」
「……ああ?」

 ルークとアッシュは睨み合っていた。
 火花を散らし合う2人を見守る周囲の眼は生温かい。

 ルークがレプリカであることが判明したが、あまり状況が変わることはなかった。ルークはファブレ公爵家次男として迎え入れられ、ルーカスという新たな名前を与えられた。愛称はルークのため、ルークと周囲に呼ばれている。
 アッシュはファブレ公爵家長男として受け入れられたが、ルークという名を改名してアシュレイと名乗るようになっていた。
 ルークは母シュザンヌと共にバチカル城へ、アッシュは父クリムゾンと共にコーラル城に普段は住んでいる。この度ミリアの婚約者を再選出するために、二人はバチカル城の一室で顔を合わせていた。

「同じ顔して気持ち悪いんだよっ。こっちみんな!」
「それはこっちの台詞だ、この愚弟が! てめえこそ見てんじゃねえ!」
「はあ!? 誰もおまえなんて見てねーよ、あ、やっぱおまえのことデコ広いって見てた。謝る」
「ああ!? てめえだってデコ広いだろうが、アホ面晒しやがって」
「てめーと同じ顔だっつーの!!」

 低レベルな喧嘩をする2人に益々周囲の眼は生温かくなる。
 二人と向き合う形でソファに座っていたミリアも生温い目で見守っていた。

 ――昏睡状態からミリアが何とか意識を取り戻した頃には、世界は目まぐるしい変化を遂げていた。姉が偽姫であったり、預言の真相が明らかになったり、ローレライ教団が解体することになっていたり。寝ている間に起きたせいで現実感に乏しく、ミリアは世界の状況を聞かされた当初、これは夢かと思いこんだ。姉の部屋が空き室になっていたことと、ルークと酷似したアッシュの存在によって、否応なく現実だと思い知らされたが。
 痩せ細った身体を以前と変わらないように戻すべく、ミリアはクロテッドクリームとジャムを手に取りスコーンにつける。ルークとアッシュそっちのけでオヤツタイムに入ったマイペースなミリアの姿に、自然と2人から毒気が抜かれ、兄弟は同時に溜息を吐いた。

「仲良しですわね」
「「はあ!?」」

 そして2人はまた口喧嘩をはじめ、やはりミリアはマイペースにお茶のお代わりをメイドに要求したのだった。




2013/09/14

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