キムラスカ新国王”ルーク・フォン・ファブレ”には2人の妻がいる。
キムラスカ王女のナタリアと、侯爵家より嫁いだ第2夫人。新国王の寵愛がどちらにあるのか、それによってどちらの勢力につくか計算高いキムラスカ貴族たちは、王の動向に注視していた。
――そうして、貴族の大半が側室派についた。
国王の寵愛は側室にこそあると、大半の貴族達が判断したのだ。加えて言うと、側室となった第2夫人は側室という立場ながらも、王妃に相応しい血筋、名、後ろ盾、教養、容姿を備えた、人格者であった。
第2夫人はマルクトと和平が結ばれて6年余り、その間にマルクト皇帝妃にどうかと、マルクトの重鎮より婚約話が持ちかけられたほどの女性である。
実際にマルクト皇帝妃になってもおかしくなかったのだが、新国王である”ルーク”が帰還したことにより、その話は自然と流れた。
マルクトに女性をやるより、キムラスカを継ぐ次期国王の”ルーク”の妻となり、彼を支えて欲しい。国を支える権力者達は皆一様に同様の思いを抱き、外堀を埋めるように、彼女と”ルーク”の結婚を整えた。
それほど、周囲に国王の妻であれと望まれた女性だ。彼女こそを王妃にと思う者は当然多く存在していた。
対する王妃派についた貴族の大半は、最初から泥船に乗った気分でナタリアと接していた。彼らは一様に彼女の御し易さに目をつけ、彼女を利用することでさらなる既得権益の獲得を狙っていたのだ。
沈む船に乗りかかっているのは、ナタリアが名だけとは言え王妃だからである。王妃の特権はそれなりにあった。だからこそ利益を搾り取れるだけ搾り取り、王妃が潰れる前に、サッサと彼女を切り捨てようと考えていた。何とも狡猾で薄情なことであるが、当のナタリア王妃だけは、彼らの計算高い一面に気付かず、自分についてくれた派閥に感謝の涙を流し、彼らのおべっかに酔い知れていた。
ー―これは、そんな道化王妃の話である。
深夜、ナタリア王妃は国王夫妻の寝室のベッドで夫の来訪を待ち詫びていた。
ネグリジェを纏う王妃の形相は険しく歪んでいた。時計の針はもうじき12時を越える。国王の政務はとうに終業時刻を迎えているのに、ナタリアの夫である”ルーク”――かつては、アッシュと呼ばれていた男は一向に寝室に現れる様子を見せなかった。
今日も側室のもとで眠るのだろうか。王妃である自分を差し置いて。胸中から湧き上がる嫉妬に身を焦がすような思いをナタリアは抱いていた。
エルドラントの戦いより、すでに6年の時が流れている。3年前に1人帰還したアッシュはキムラスカに戻り、そのままナタリアと結婚した。そこまでは、ナタリアが以前から思い描いていた幸せな未来設計図の通りに進んだ。
ナタリアが思い描いていた将来設計図ではその後、家庭を築きながら彼の子供を産み、差別や貧富の格差がない社会にアッシュと共にしていくようになっていた。
その将来設計図に黒い染みが生まれた始めたのは、とある大貴族の提案だった。
アッシュに側室を持つように言ったのだ。ナタリアの血筋を理由にして。キムラスカ王族の血筋に、ナタリアの庶民の血を混ぜるのは仕方ないことだと言っておきながら、だがそれとは別に、キムラスカ王族の血筋を守るために王族の血筋を継ぐ傍系の娘を側室にして欲しいと言った。
しかもその相手は、かつてのナタリアの親友だというのだから、衝撃は計り知れなかった。
冗談ではない。アッシュの妻は自分だけでいい。そんな思いでいたナタリアは当然反対した。
が、彼女の父であるインゴベルト国王は大貴族の訴えを一蹴できなかった。
キムラスカ王族の血筋を守る必要性と、庶民を次期王妃と認めなければいけない大貴族の心情も、無視出来なかったからだ。ここで無視してしまえば、大貴族たちの反感を募らせるだけだとわかっていた。
国民人気が高いナタリアであるが、王族の象徴を継いでいないことから産まれた当初から貴族からは厳しい目を向けられていた。それでもナタリア自身が王女らしくしていたことで反感は抑えられていたのだが、ナタリアはマルクトと和平を結ぶことになり親善大使をアクゼリュスに派遣した際に、国王の命令を無視して、親善大使に同行している。
その後、ナタリアの死亡を理由にマルクトと開戦したことで――これは第6預言に詠まれた国の繁栄のためであったが、開戦理由は本来は親善大使の死であったはずなのに、インゴベルトの娘可愛さにナタリアの死亡が開戦理由となってしまった。国王命令を無視して独断で同行した王女の生存保証を、マルクトが面倒を見てやる義理はないのに、何故彼女の死を開戦理由にしたのかと当時インゴベルトは貴族から突かれた。――王女が独断で行動した責任の所在を、キムラスカはマルクトに押し付けてしまった。マルクトは王女がアクゼリュスに同行するなど聞いていないのに、彼女の死を理由に戦争が始まってしまい、いい迷惑だっただろう。
ナタリアはその辺の事情を自分の命を心配してお父様が〜という理由に思い当たっても、そもそも自分が国王の命令に背いた所為で〜とは一切思っておらず、その後もルークの旅に同行した。
ナタリアに王女としての責任感が備わっていないのは明白であり、彼女を王妃として認めることがどれほど貴族達に懊悩を与えたのか、インゴベルトは理解していた。そしてこれが貴族達の譲歩であることも。
貴族達は、ナタリアに王妃としての役割を期待していない。彼女が王妃としての役割を逸脱した行為をしても目を瞑ってやるから、その代わり、自分達が認める王妃を作らせろ。
つまりナタリアの王妃はお飾りの地位で、貴族達の認める王妃とは側室として推薦する女性だと、貴族達は直接的なことは言わなかったが、それと近いことを言ってのけた。
インゴベルトは娘を馬鹿にする貴族達に怒りを覚えたものの、私情に惑わされて国益を損ねる行動を犯したため、王としてそれを跳ね除ける力は無かった。
その結果、ナタリアにとって不本意である、アッシュの側室が生まれた。
それでも、アッシュの寵愛はナタリアから揺らがなかったら。ナタリアは苦い思いを抱きながらも、嫉妬に駆られることはなかったのかも知れない。インゴベルトとナタリアの誤算は、アッシュがナタリアに向けていた愛情がすっかりと無くなり、代わりのように側室に向けられたことだった。
(あの女狐! わたくしから”ルーク”を奪うなんて…!)
いつまでも来ない夫を待ちわびて、ナタリアは1人広いベッドの上で涙を零した。白くなだらかの頬を伝う涙を拭う手はどこにもなかった。国王夫妻の寝室のドアは閉ざされたまま、開く様子はない。
側室として迎え入れられた女性はかつて――彼女が側室として迎え入れることが決まるまでは、ナタリアの親友だった。親友に夫を略奪されたような気がして、ナタリアはさめざめと泣くことしか出来ない。
側室を感情的に罵りたいのに、彼女が1人になる機会も、ナタリアが1人になる機会も無かった。それもそのはず、ナタリアは王妃で、側室もまた王妃に準じる地位を持つ高貴な女性だ。騎士や召使が付かないときなど、自室で眠る時間以外ありはしない。それだとて、ドアの外には騎士がいる。
ナタリアは睡眠の時間に部屋を脱け出して、側室の元をたずねようと考えたこともあるが、その思考が行動に移されることはなかった。アッシュが国王夫妻の寝室に訪れたときは彼との甘い時間を堪能したいし、アッシュがいないときに行動に移そうとしても、側室の部屋に夫がいたら。側室と夫が交じり合っている姿を見てしまうと、耐えられないからだ。
だからアッシュがいないときを狙っているのだが、次期国王のときも、国王と言う立場についても、アッシュが城からいなくなることはなかった。
「なぜ……」
今夜もアッシュは側室の傍で眠るのか。
「なぜ……わたくしの傍にいてくれませんの……”ルーク”!」
このままナタリアの元にアッシュが訪ねてくることが途絶え、側室の元にばかり訪ねたら。
おそらく側室はナタリアよりも先に子を授かるだろう。
そうなると、夫の愛情が薄れたことを実感させられるだけではなく、ナタリアの王妃としての立つ瀬がますます無くなる。
恐怖と怒りに苛まれるナタリアを抱き締めて、安心させてくれるはずの夫は、今夜も部屋に訪れることはなかった。
END.
エンドって書いてますがアッシュ視点に続きます。これ夢小説で書こうと思ったネタなんですが、夢主視点よりアッシュとナタリア視点の方が面白そうだったので(無論書いている私が)こんな書き方してます。側室=夢主です。
prev next
back