「ミリア、"ルーク"様の側室の話がおまえに持ち上がっている」

 王妃となるナタリア姫は庶民の娘だ。しかも、罪人の乳母と父を持つ娘だ。そのような女の血を、キムラスカの青き血筋に組み込むなんてとんでもない。おまえが側室となり、王となるルーク様の子を産み、キムラスカ王族の血を守りなさい。
 おまえが国母になり、おまえが王妃の役割を果たし、おまえが実質上の王妃となるのだ。おまえはナタリア姫と親交があったから、今回の側室話はおまえにとっては辛いことになるだろうが、おまえほど王妃となるに相応しい姫はいないのだ。おまえが、おまえが、おまえが――――父から押し付けられた重責は、1人の少女の双肩にはあまりにも重すぎた。

 それでも堪えるしかないのだと、少女は知っていた。この場所から少女が逃げ出すには、あまりにも周囲が彼女に押し付ける期待は大きすぎた。そんなもの知らないと、すでに立場と責任に雁字搦めになっていた少女は言えなかった。だから湧き上がる溜息をぐっと堪えて、代わりに微笑みを浮かべるのだ。完璧と称される微笑を。それが親友を追い詰めることになっても、彼女はそれ以外の道を選ぶことを知らなかった。




「ミリア様、おめでとうございます」
「ありがとう」

 イスに腰掛ける側室に、喜ばしい笑みを浮かべて祝いの言葉を述べる幾多の人々。彼らは側室の腹に宿った子供の存在を祝っていた。王子か王女かまだ性別はわからないが、慶事であることに変わりは無い。
 側室の妊娠は国中に駆け回り、国内外より祝いの品が届けられている。1年ほど前に起きた暗い出来事を払拭させるような出来事に、皆喜んでいた。

 ――1年前、王妃が精神病により療養することになった。妊娠していないのに妊娠していると言い張る王妃の姿は、国民の憐れみを誘い、それと同時にこの国の未来を案じさせた。
 精神病になった王妃に子供を産ませることを、誰もが不安に思った。王妃の精神病の影響が、彼女が産む子供にどのように影響を及ぼすかまったくわからないからだ。子供の成長は両親と環境によるものが大きい。王妃が産む子供は、必然的にこの国の将来を担う人物。その人物が、キムラスカの未来を背負うに相応しくない成長を遂げたら、国は大いに荒れてしまう。
 ナタリア王妃が子供を産めなくされている事実を知らない国民はそう思った。無駄な懸念を覚えていることも知らず、国民はそこで、側室の存在を思い出し、王妃に子供を産ませるよりは、精神共に健康な側室に次代の期待をかけた。

 それから1年後の今、国民の期待を背負い、側室は妊娠した。

 祝いの言葉を受け止める側室に、貴族たちはこれでミリア様が王妃になったようなものだと告げた。
 ナタリアの存在は貴族たちにとって、そして国民にとって。――すでにいてもいなくても構わない、その程度の存在に成り果てていた。




 自分が妊娠していないなんて、思いたくなかった。子供をよすがに夫の心を取り戻そうとしていた王妃は、離宮にまで聞こえてくる側室懐妊の報せに目を覚ました。覚まさざるおえなかった。
 貴族から妊娠の祝言を述べられる側室と、妊娠の事実を否定されて離宮に追いやられたナタリア。何故こうも自分と側室を取り巻く環境が違うのか、その差を深く嘆く。自分は王妃で、前国王の娘で、国王であるアッシュとは今は仲違いをしているが、本当は相思相愛のはずで。側室に負ける要素なんて何ひとつないはずなのに、ナタリアは自分が思い描く未来から道を外れているような気がしてならなかった。精神的な疲労により抜け毛が目立つ色褪せた金色の髪を掻き毟る。表舞台から追いやられたナタリアはイスから腰を上げ、離宮を出る仕度を整えた。
 アッシュが城に戻ってくるよう声をかけてくるのを待っていたが、これ以上待っていることなど出来そうも無かった。王妃の唐突な行動に、お付きのメイドはギョッと目を剥いて止めようとしたが一声で黙らす。数人のメイドと兵士を連れて、ナタリアは城へ戻った。

 天に向かって頭を伸ばす城はキムラスカ王家の権威をこの上なく主張して、一般人には敷居が高く感じる場所であったが、ナタリアにとっては生まれてから成人するまで育った家だ。家に戻ったという感覚も味わうことなく、アッシュの元へと向かう。
 ひさしぶりに見る王妃の姿に、城を歩き回っていた者達は一様に驚いた顔をしていた。彼らはナタリアの妄言を知っているため、精神病に陥り療養していたはずの王妃が何故ここにいるのかと、疑問に思っていた。結果、王妃の一挙一動を注視する無数の眼が彼女の背を追いかけるが、人目を集めることに慣れているナタリアは気付かなかった。
 真紅色のカーペットを踏締めながら一歩一歩アッシュの元へ向かって歩いていたナタリアの視線の先に、数人のメイドと騎士に囲まれた側室の姿があった。ゆったりとしたマタニティドレスを着ている所為であまり目立たないが、ナタリアの眼は側室の腹に膨らみがあるのを見逃さなかった。自然と鋭くなるナタリアの視線を受けて、側室は立ち止まった。
 彼女はナタリアにとって親友だった。彼女がアッシュの元に嫁がなければ、その関係は変わらなかっただろう。親友に愛する男を奪われた怒りと悲しみ、そして今度は自分の立場さえ奪おうとしているかつての親友に、ふつふつと怒りが湧き上がりナタリアの喉奥から怒声が競りあがる。

「この――っ」

 どうして、自分の大切なものを奪うのと問い詰めたかった。かつて親友はナタリアの自由気ままなところが羨ましいと言った。自分は親に従う以外の生き方を知らないから、自分の足で立っているナタリアが好きだと言ってくれた。ナタリアを好きだと言ってくれた親友が、どうしてナタリアを追い詰めるような真似をするのか理解出来なかった。
 たとえ彼女が親に従い、アッシュに嫁いできたとしても。仕方ないことだとナタリアが側室の存在を受け入れることなど、出来るはずがなかった。ナタリアにとってアッシュは大切な人で、その人に自分以外の女の影があることすら許せなかった。アッシュと両思いであった自負があるから余計に。そして側室も、ナタリアにとって大切な人だったから。
 アッシュの子を宿す親友の姿に、裏切られたという思いが大きくて、感情のままに言葉を口走る。

 彼女がハッと我に帰ったとき、王妃の気が違えたとざわめく人々がいた。
 図らずも王妃が精神病に罹ったという世間の噂に後押しをしてしまったナタリアは、この日、自ら王妃という役柄を投げ捨てた。 
 その後、側室は腹の子が産まれる前に王妃へと繰り上がり、対する王妃であったナタリアは再び離宮に戻されて王妃という肩書きをなくした。
 人があまり訪れることがない静寂に満ちた離宮で、前国王の娘で元王妃として暮らしていくナタリアは、どうして華々しい表舞台から降ろされたのかわからない。



END.

途中で書くの飽きて遅くなりましたが、これにて完。
2012/12/20

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