キムラスカ国王の玉座の横に居座っていたモースに横領罪を突きつけて、ミリアはあっさりとシンクたちにモースを捕縛させた。
 この後、教団に戻り次第、モースは査問会で裁かれる。だが、その査問会は形だけのものだ。詠師会の決定により、彼が身に覚えのない罪状も加算されて、最終的にモースは牢屋に入れられる手筈になっている。ダアトは大詠師モースを切り捨てたのだ。
 先ほどまでふんぞり返っていたモースがあっという間に罪人になってしまい、キムラスカ国王以下、重臣一同は戸惑っていた。
 口に縄を咥えさせられたモースがもごもごと見苦しく騒いでいるが、罪人の話を聞く者はおらず、シンクがモースの腹を踏んだことで彼は黙った。
 妙な雰囲気を打破するべく、和平親書を携えたジェイドが恭しく前へ出る。
 ジェイドの隣にはルークとイオン、導師の背後に付き従うのはヴァン、ミリア、シンク、フローリアンにそして――ティア・グランツ。
 ティアはあたかも己が和平使者一行の団員のように堂々と立っていた。
 ミリアがフローリアンに目配せする。フローリアンはミリアの意を受けてティアの腕を後ろに引いてイオンたちの傍から引き剥がした。ティアはきょとんと目を丸くしてフローリアンを見るが、彼はにこりと笑って何も言わない。
 ティアたちのやり取りを視界の端に収めつつ、マルクトとキムラスカ間の和平交渉が始まった。
「――ふむ。たしかに、近年、両国の国境線を巡る衝突は激しくなるばかりだ。こちらも頭を悩ませている。和平には一考の余地がある」
 キムラスカ国王がマルクト皇帝陛下の御璽が押された和平親書を見ながら答える。
「アクゼリュスの住民の救助か……」
 キムラスカ国王は感情が伴わない声で呟いた。
「予定調和というわけか」
「叔父上?」
「ルーク、そなたには大事な役目がある。ユリアの預言にそなたの名前が」
「ユリアの預言?」
 イオンがぽつりとこぼした。
「ユリアの預言は持ち出しが固く禁じられています。創世歴時代、各国が争う原因となったものですから。――それは本当にユリアの預言ですか?」
「なに?」
 キムラスカ国王が目を剥いた。いや、国王だけではない、キムラスカの重臣一同がざわついた。
「モースは確かにユリアの預言と言っていた。導師の許可も得ていると言っていたのだが」
 イオンは目を伏せる。
「……僕はそのような許可は出していません。第一、ユリアの預言は……」
 イオンは言葉に詰まった様子で口を閉じる。ミリアが代わりに前に出て、言葉を紡いだ。
「おそれながら導師イオンに代わり、私ミリア・ヘルメスが申し上げさせていただきます。その前にお話しておくことがございます。……お恥ずかしながら、現在教団は一枚岩といかず、導師派、大詠師派の二大勢力に別れ指揮系統が乱れています。そのことは聡明なキムラスカ国王であれば周知の事実かと思われます」
「うむ」
 キムラスカ国王はミリアの名前を聞いて驚いた顔をしたが、すぐに相槌を打って話を促す。
「大詠師モースは大詠師派の旗頭であることをいいことに、度々その権威を利用するばかりか、時には越権行為を繰り返してきました。導師イオンの命令の意に染まず、導師の名を貶めることにばかり心血を注ぐ真似をしてきた大詠師の話には信憑性がありません。そのことを踏まえてお話致しますが、ユリアの預言は導師以下詠師会の承認がなければ、持ち出しを固く禁じられております。キムラスカを謀るべく、また導師の名を貶めるべく、モースがユリアの預言と偽る可能性は十分にございます」
 キムラスカ国王たちは怒りの形相へと変化を遂げた。
 モースは真っ青な顔で首を振っている。
「つ、つまり、モースが持ってきた預言は、ユリアの預言ではなく……」
 キムラスカ国王は憤懣やるかたないと顔を真っ赤に染めて、モースを睨みつける。
「だが、預言士も……いや、その預言士もモースの手先である可能性があるのか……」
 ミリアは言った。
「そのユリアの預言という譜石をこちらで確認させていただいてもよろしいでしょうか? もし真実ユリアの預言であれば、モースはキムラスカを謀る意思はなかったと思われます。教団としても、持ち出し厳禁のユリアの預言を持ち出したとなれば、モースの罪状を改めて見直す必要がありますので。キムラスカにはそのユリアの預言という譜石を調査次第、真偽をご報告いたします」
「うむ、そうしてくれ」
 キムラスカ国王がユリアの預言らしき譜石を文官に持って来させる。
 大事そうに保管されていた譜石は、今となっては真偽が疑わしい譜石でしかない。ミリアは文官から譜石を受け取り、懐にしまった。
 その際、ティアが前へ出ようとした。ティアは預言士だ。今この場で真偽を確かめることができると、自ら申し出ようとしたのだろう。そのような大事なことをティアに任せるわけがない。フローリアンはティアの腕を捻り上げて制止した。
「っ何をするの!」
 ティアは悲鳴をあげた。その声は謁見の間に揃う一同の視線を集めた。ティアはフローリアンを睨みつけていたが、フローリアンはにこにこと笑みを崩さずに見下すような目で彼女を見ていた。ミリアも冷ややかな一瞥をティアに向けて、国王に視線を戻した。
「――先日ファブレ公爵家を襲撃した罪人をお連れ致しました」
 フローリアンがティアを突き倒した。ティアは無様に倒れると恥辱に身を震わせた。ティアが起き上がる前に、フローリアンは彼女の背中を足で押さえる。
「ティア・グランツは以前教団にいましたが、事件を起こす前には既に除名しておりますので、教団はこの件に関して一切関与していないことを弁明させていただきます」
 ティアは驚愕に顔を染めると、自分の立場を弁明しようとする。大詠師モース旗下、第三情報部所属ティア・グランツ響長――と、彼女の口から紡がれる前に、ミリアは事前に用意していた文書を懐から取り出した。四つ折りにされた紙を広げて、周囲に見えるようにした。
「これが証拠です」
 イオンは目を瞠り驚いていたが、すぐさま落ち着いた。ミリアは教団を守るためにティアを切り捨てた。それは正しいのか、イオンにはわからない。だが、アニスを守ってくれたミリアがやる事が間違っているとは思えなかった。
 ミリアは文書を近くにいる文官に預けた。文官は国王の元へと向い、預かった文書を国王が広げて目を通す。その内容は、事件が起こる半年前にティア・グランツを教団から除名した証明書だった。除名理由は独断行動をする、命令に背く、妄想癖があり自分の意に染まない他人を非難すると書かれてあった。無論、偽造の可能性はあるが、キムラスカは教団と事を荒立てる気はない。
「確かに、除名されてるな。うむ、この件に関して教団に非がないことを認めよう。しかし、その者はユリアの子孫ではないのか?」
「確かにティア・グランツはユリアの子孫ですが、ユリアの子孫がたった一人しかいないというわけではございません。ヴァン・グランツ謡将が立派に次代を繋いでくれることでしょう」
 ヴァンが静かに歩み出て、粛々と頭を垂れた。
「この度は不肖の妹がご迷惑をおかけして、大変申し訳ございませんでした。今回の件を受けて、私は妹の育て方を誤った責任を深く痛感しています。キムラスカに許してもらえるのなら、私は教団を除隊し、ユリアの血を次代に繋ぐことで、責任を取りたいと考えております」
「せ、師匠……! 師匠が頭を下げる必要なんてない! 悪いのはティアだ! 師匠は悪くない! 叔父上、師匠を許してやってくれ……師匠は何もしてないんだ!」
 ルークが慌ててヴァンを庇おうとする。ヴァンの元に駆け寄ったルークが許しを請うように、キムラスカ国王とファブレ公爵を交互に見る。国王とファブレ公爵はひどく驚いた顔をしたあとで、戸惑ったようにゆっくりと頷いた。
「……グランツ謡将の謝罪、確かに受け取った。グランツ謡将は貴重な血を繋ぐこと。これをもって縁座から排除する。異論はないな」
「この身に余るご寛大な処置に感謝致します」
 ヴァンは頭を下げて礼を言う。ルークも安堵したように吐息をこぼした。ティアは納得がいかずに声をあげようとしたが、途端、背中に乗ったフローリアンの足に体重がかかったことで肺が圧迫されて息を飲んだ。
「ティア・グランツはキムラスカの好きにさせてもらう。この際だ、聞きたいことを聞かせてもらおう。カイツール軍港が、鮮血のアッシュ主導の元に妖獣のアリエッタに襲撃を受けたという報告が入っている。これは教団の指示か?」
 キムラスカ国王はじろりと導師イオンを見る。イオンは力強く否定した。
「滅相もございません! 僕はアッシュとアリエッタにそのような命令を下していません」
「大詠師モースの命令なのかも知れません」
 ミリアがイオンに追撃する。またモースか、と皆が胸中で呟く。ありえないと否定できない。それどころか、ありえると全員が思っていた。今やモースへの信用は地に落ちていた。モースは目をむき出しにして、泡でもふきそうな青白い顔で、ぶるぶると首を振って否定をしている。その必死さがモースへの疑惑に拍車をかける。
 ユリアの預言を笠にきて、モースの甘言に踊らされたキムラスカは苦々しい顔で大詠師だった男を睨みつけた。
「モースは好き勝手にやってきたようだな……まったくもって忌々しい。教団は迅速にアッシュたちにカイツール軍港襲撃の意思を確認してもらいたい。モースの命令であるなら軍港を襲撃した罪はモース個人に責任があると判断しよう。だが、モースの命令でない場合は教団にもその責を負ってもらう。良いな」
「はい」
「うむ。それと、ミリア・ヘルメスだったか、アルマンダインよりそなたが軍港で死傷した兵を介抱してくれたと聞いている。大変世話になった。礼を言う」
 ミリアは深々と頭を下げた。
「――随分と話が逸れたが、和平親書はたしかに受け取った。これから議論に入るので、返事はしばらく待ってもらいたい」
 国王は城にイオンたちの部屋を用意すると言って、話を終わらせた。
 フローリアンがティアの背中から足を離す。自由になるとティアはやかましく吠えたが、誰も耳を貸さず、国王の命令を受けたキムラスカ兵が彼女の口を塞いで牢屋に連行した。そしてミリアはシンクとフローリアンと共に、モースを連れて、教団に戻った。



2014/12/22 junkから移動

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